薔薇は青いままでいい   作:敷き布団

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後奏

あの日見た青薔薇たちは

僕を黒く染め切った

今日花開いた青薔薇たちは

どんな世界を見せるのか

 

 

 

 

 

ライブハウスの中は熱気と狂気に包まれていた。日本一の舞台であるFWFに乗り込むことの出来る最後のバンドを決める舞台となっているからだ。日本中の業界関係者、ファン、そしてバンドマンたちがその舞台を真剣な眼差しで見つめていた。

僕は今、出演者ではなく1人の聴衆としてその会場に居合わせている。観客スペースに居るだけで、その盛り上がりようは肌にひしひしと感じられた。僕にとってはその肌感覚はあまり心地よいものではなかったのだけれど、今はそんなことどうでも良くなっていた。

……まぁ、会場に居合わせた1人の聴衆などと言いながら、僕は堂々と関係者のパスを持って、裏方の方に足を踏み入れようとしているのだが。係員にパスを見せつけ、僕は萎縮しながらも控え室近辺を彷徨く。もう既に何組かのグループは準備を重ねてきた全てを発揮し終えて、そのせいかこの廊下にまでその熱気と声が響めいているのだ。

 

「あれ、菅原さん」

 

「あっ。お疲れ様です」

 

あの日、僕を暗闇の街から薔薇咲く花園へと導いたプロデューサー。どうやらあれも友希那の手回しだったらしく、直接僕と連絡が取れないことを察した友希那がプロデューサーを介して僕を呼び出す作戦だったらしい。まんまと僕は嵌ったわけだけれど。

 

「……なるほど。Roseliaの皆さんに挨拶ですか?」

 

「……まぁ、そんなところです」

 

僕の目と抱えたものを見たら、なんとなくでも言いたいことは伝わっているらしい。

 

「お誘いいただきありがとうございます。けれど、僕は、Roseliaをもう一度はっきりと、見届けたいと思ったので」

 

「……えぇ。またの挑戦をお待ちしていますよ。……Roseliaの楽屋はあちらです」

 

軽く会釈だけしてその場を立ち去る。僕の鈍い足音は会場の響めきに覆い隠された。

 

「……おっここだ」

 

廊下を指し示された方に少し歩いていると、Roselia様と印字された紙の貼り付いた部屋を見つけてノックをする。響めきに負けてノックの音が聞こえなかったらなんて思ったが、思いの外早くに開いたドア。出迎えたのはリサだった。

 

「あれ、柳? ってうわっ」

 

「どうしたのリサ姉ー?」

 

「すごいねそれ……」

 

「……入ってもいいかな?」

 

「……うん、どうぞ?」

 

僕はリサに迎えいれられるままに楽屋に入る。ステージ衣装に着替えた5人が奥で待っていた。よくよく考えたら、友希那とリサ以外は話こそ聞いたことがあるだけで初対面もいい所なのに、悪いことをしちゃっかな、なんて。

 

「おぉ……。……と、その方は?」

 

「……柳」

 

「柳って、友希那さんがリサ姉とよく話してる、幼馴染の人ですか?」

 

「……初めまして。菅原柳です」

 

僕は腕に携えていた大きな手荷物を気にしながらも頭を軽く下げた。僕を認めた友希那は徐に立ち上がり、足音を響かせながらこちらに来た。

 

「……これ、楽屋花ってやつ。初めてするから礼儀だとか、そういうの分かんないけど」

 

「いいのよ。……ふふっ。私たちに相応しい、綺麗な薔薇ね」

 

溢れんばかりの青の薔薇。その色はとても濃い。花言葉は『不可能を成し遂げる』。まさにRoseliaが目指すべきものを象徴しているような花だったから、僕はこれを贈ることにしたのだ。

 

「わぁ……! すっごい綺麗……!」

 

「青の薔薇……。初めて……見たかもしれません」

 

僕としてはあんまり本番の前に気分を掻き乱すつもりはあまりなかったのだけれど、意外と青薔薇の衝撃が大きかったようで動揺させてしまった。

 

「集中したいだろうに、ごめんね?」

 

「……いいえ。本番前に見ることができて、良かったわ」

 

その薔薇から立ち込める香りに頭がクラクラしそうになる。滲みかけた視界に映る友希那と、その隣で友希那を支えるように立っているリサの表情が美しく揺れていた。

 

「これ、今日の間、どこかに飾ろっか」

 

「そうね。あの辺りなんてどうかしら?」

 

薔薇の花束は鏡の上についた白いライトの下に静かに置かれた。荘厳な雰囲気がその薔薇には宿っていた。

 

「いよいよ本番、だね」

 

「……そうね。この間私が言ったこと、覚えているかしら?」

 

「僕をRoseliaの虜にするんだろ?」

 

「そーそー☆ Roseliaのことしか考えられないようなぐらいの演奏、柳に聴かせるからね?」

 

「……うん。観客席で、見守ってるからね」

 

「えぇ。見ていて頂戴」

 

僕は深々と頭を下げて楽屋を後にする。演奏と演奏の隙間の時間を使って僕はいそいそと客席の方へと戻る。ここならボーカルだって、ベースだってよく見える。

この間の夜の公園とは違って、そのステージは友希那とリサ、Roseliaのためのステージで、そこに僕はいない。

 

 

アナウンスと共に吹き上がる煙。その中から現れたのは待ちに待ったRoseliaだった。

 

『来てくれてありがとう。行くわよ、「LOUDER」』

 

あの時。初めてRoseliaのライブを見た時、僕の心に訪れた感情は絶望だった。それは僕が見た光景が、小さい頃からずっと歌い続けてきた意味を失うことと等しかったから。

あの時のRoseliaはまさに友希那の野望を叶えるためのものだった。バンドとして結束をしていなかったわけではない。けれど、そのステージの中心で歌う友希那はお父さんの音楽を認めさせるなどという、呪いに苦しみ続けたアンドロイドだった。僕はそれを音楽の亡霊と呼んで、そこに周囲が囃し立てるような誇り高き青薔薇を見ることなんて出来なかった。そんな誇りに狂い咲いた紫の薔薇に飲み込まれたRoseliaの音を僕が聴くことなんて耐えられなくて、僕の歌は黒く染まった。

 

でも、今は違う。Roseliaが友希那の音楽を認めさせるという1つの目的を見失ったわけではない。けれど、友希那はその信念だけで音楽を創っているわけではなかった。僕がRoseliaをダメにすることなんてなくて、僕は今も、君と同じステージに立っている。僕だけじゃない、そこにはRoseliaのメンバーがいて、勿論リサだって君の傍にいる。

君がいなきゃ僕の音楽は輝かないし、リサがいなきゃ僕の音楽は見えなかった。それと同じように君の音楽にも僕がいて、リサがいる。

紡ぎ出す音楽は誇り高き青薔薇だ。陽だまりの下で鮮やかに色を放ち続ける青の薔薇だ。けれどその青薔薇は急に花を開いたものではなかった。あの小さな小さなステージから始まった音楽が今もずっと息づいている。

 

僕はずっと君を紫の薔薇と毛嫌いしていた。それはきっと君が僕の音楽を否定したのと同じだった。けれど(ぼく)の音楽は何も変わらなかった。

明るい太陽の下で見れば、その薔薇の色は青く見える。それを紫と見るか青と見るかはその時々だ。僕が紫と言えば紫になってしまうし、青と言えば青になる。だけど、どんな時でも、明かりが消えない限り、黒には決して染まらない。

 

君は変わらず頂点を目指し続けるけど、そこにはリサも、僕もいる。リサは僕たちが間違えた方向に進まぬように明かりを優しく照らしている。

僕たちは今、あの頃の幼い歌を聴いている。同じ音楽を聴いているのだ。

僕は今、あの小さなステージで歌っている。陽だまりで可憐に咲いた青薔薇と共に。陽だまりだけでは空虚だから。薔薇だけでは黒くなるから。

 

ステージには薔薇が咲いていた。一度肌に触れれば誰もが虜になるような美しい薔薇だ。

ステージでは僕がずっと愛して止まない音楽が流れている。陽だまりの真ん中で青薔薇の歌姫が、色鮮やかに咲いていた。

 

 

 

 

 

陽だまりがあるから 君は鮮やかに咲くんだ

その薔薇があるから 君は明るく照らすんだ

 

優しく拙い音楽が僕らを包み込んでいる

 

 

僕の心に咲いた薔薇

 

薔薇は青いままでいい

 

 












これにて、『薔薇は青いままでいい』、完結です。

お読みいただいた方々、評価や感想等で応援してくださった皆様、完結までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。また別の作品でも皆様とお会いできることを心よりお待ちしております。
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