あの日聞いた君の声
今でも僕の耳に焼けついて
未練がましく名残惜しんで
僕はずっとあの頃に
恋焦がれて思い起こして
懐かしんで今を恨むんだろう
僕は歌う。こちらに黒く無機質なレンズを向けるカメラに向かって。僕の声とギターの音色はぶつかり合って、意味もなく空気に溶けて消えていった。
歌い終わった僕は、少し待つと立ち上がって、カメラを止める。その画面に写っているのは情けなくも恋焦がれた想いを歌っている僕。表情こそ写していないけど、声と歌詞がリンクして、顔すら憂鬱そうに見えてしまった。
動画の確認が終わる。撮り終わった動画の編集をするでもなく、僕は動画共有サイトを立ち上げて、今日の朝に上げた動画の伸びを見るのだ。
『Ryuの新曲、世界観バリバリ出てるの良いなぁ』
『この捻じ曲がった感じ、ほんとに好き』
コメント欄には僕を称える声もあれば、
『前の曲の雰囲気の方が好きだったんだけどな』
『2番との落差どうなってんだ』
僕の音楽を否定する声もある。
彼らには'僕'が見えていない。彼らが見ているのは'Ryu'なのであって、'菅原 柳'を見ているわけではない。これが爽快で、気軽で、心が落ち着いた。
そんな顔も見えない声を見て、僕は自己満足を得るのだけど、本当はそんな声、どうでも良かった。僕は一通りそんな声を見納めて、窓から通りを眺める。何の変哲もないただの住宅街の狭い道路。僕は堪らなくその風景が好きだった。夕焼けが伸びるアスファルトが好きで、夜のライトが不気味な電柱が好きで、遅くまで灯りのともる向かいの部屋が好きだった。彼女が起きているのか、家にいるのか分かる術は僕には夜の明かりしかないのである。
「どうせ今日も、練習だろうな」
小さな呟きに煽られて、僕は友希那とのメッセージを開ける。『そろそろ帰る』、だなんてメッセージが来ていたものだから、僕は慌てて洗面所に駆け降りて、家から飛び出た。家から飛び出ると、右手から陰が二つ丁度伸びていた。
「……あら、柳」
「やっほー☆」
「友希那、リサ、お疲れ」
「ありがとう」
「んー、アタシは退散しようかな?」
「別に退散なんてしなくとも……」
「いーのいーの☆、じゃあね、友希那、柳」
手を小さく振り返すのを認めると、リサはトタトタと玄関へと姿を消していった。残された友希那と僕は互いにキョトンとしてしまう。
「……えっと、どうして柳は家から出てきたの?」
「友希那の部屋に行こうと思って」
「……いいけれど」
僕はたまにこうやって友希那の部屋に押しかける。別に押し入っているというわけじゃない。ただ恋人の部屋にお邪魔させてもらうだけ。友希那は滅多に僕の部屋に来たがることはないから、専ら会う時は友希那の部屋だった。
こうやってRoseliaの練習が多忙を極めた友希那と面と向かって2人きりで話すのは久し振りだった。
「今日の朝、新しい曲、出したんだよ」
「……朝?」
多分朝もリサにお世話してもらっていた友希那のことだ。聞いてくれているわけがないだろうと思いつつもそう問いかける。案の定友希那は知らないようで、僕に勧められるがままに彼女が動画共有サイトを開ける。
「……弾き語り」
「うん」
友希那は目を閉じて、僕の声に耳を傾けている。僕はこの瞬間が堪らなく好きだ。何物にも代え難い瞬間だった。友希那の次ぐらいに好きなもの。……この瞬間も、友希那が居ないと成り立たないのだけど。
いつもは素っ気ない友希那。例えハグをしても、キスをしても、反応の薄い友希那が唯一、穏やかにリラックスした顔で僕のことを考えてくれるこの瞬間。
「……なるほど」
「一応2番もあるんだけど」
けれど、どういうわけだか友希那は曲の半分いかずぐらいのところで再生を停止してしまう。……ここのところ、ずっとこうだった。以前は僕の音楽に聴き入ってくれていたはずの友希那。けれど今みたいに、僕の音楽を楽しんでくれない友希那。そのギャップがひどくもどかしくて、不完全燃焼だった。友希那と音楽を共有できるのが楽しくて、苦しかった。
「……なんだか、聴き疲れてしまったわ」
「……そっか」
部屋を支配する気持ちの悪い沈黙。それが嫌で僕は必死に話題を探す。
「……そういえばもう一度目指すの? FWF」
「当然よ」
僕も詳しく聞いたわけではない。けれど、リサから聞いた限りでは、この間のコンテストでは伸び代があるからこそ、という理由か何かで、結果としてはFWFのチケットを手に入れることは出来なかったらしい。友希那が個人へのスカウトを断ってまでRoseliaとして出場した結果だったから、友希那に呪縛から逃れて欲しかった僕の心は複雑極まりなかった。
そんな僕の葛藤を知らないまま、友希那は暗い顔も見せず、僕の背後のベッドの上へと寝転がった。これは別に『襲っても良い』とかそんな合図ではない。そんなことをした瞬間、きっと僕は友希那と離れ離れになるだろう。だから僕は立ち上がる。
「……帰るね」
「えぇ」
僕の方を一瞥もしないまま友希那はゴロリとしている。僕も振り返るでもなく、部屋の扉を閉じる。そして自分の家の部屋に戻った僕はまるで亡骸のように何も話さなくなる。魂を抜かれてしまっているから、僕の瞳は濁ったまんま、向かいにある歌姫の家を力なく眺めるのである。
「……え?」
しかしその家のさらに隣。斜め前の方を見ると、窓からひょっこりと顔を出したリサがこっちを向いて、手を振っている。僕が手を振り返すと、数分と経たないうちに部屋のドアがガチャリと開く。
「あれ? 友希那と何かあったの?」
「何かって……」
「いや……。てっきりアタシはイチャイチャしてるのかと」
「だからしてないって……いつも言ってるでしょ?」
リサは僕に許可を取ることなくベッドのところに座り込んで、物珍しそうに部屋の中を見回している。
「……そんなにキョロキョロしたって、普段リサが来てる時と、何も変わってないよ?」
「……んーん。ここで'Ryu'がレコーディングもしてるのかー、って思ったら。ね?」
「そういうことね」
「感慨深いなぁ。あっ、今日の新曲聴いてきたよ?」
「……あれ、そうだったんだ」
「うんっ、ついさっきだけどね」
「……その、どうだった?」
「どうだったも何も、アタシは小さい時から柳が歌ってるの好きだからなぁ。アタシは好きだけど」
「ファン、みたいな?」
「うんっ。1号……は友希那だけど、2号ぐらいなら名乗っても良いでしょ?」
「……友希那には、ハマらなかったみたい」
「え? ……あー。でも歌の好みとかタイミングでも変わるから、気にしちゃダメだよ?」
「……うん」
リサの声もどこか遠くに聞こえる。僕にとっては、友希那からその言葉を聞かないと、意味がないのだ。だからこの歌は僕にとって失敗作。例え世間がどれだけ称賛しても、論って叩いても、そんなの関係なしにジャンクだった。
「リサはさ、僕の曲のどこが好き?」
「……え? うーん。声?」
「それは僕が歌ってる曲全部に当てはまるじゃん……」
「アハハ、そうだねぇ。ラブソングだけど直情的じゃないというか、分かる人には分かるんだけど、解釈が難しいところとかかな?」
「……へぇ。なんで?」
「意味を考えるのも好きだし、何回も聞かなきゃだからその分柳の声聞けるし?」
「後半は兎も角として、前半は参考になったよ」
「酷いなぁ。今日の曲も、『燃え上がった蝋燭の恋』ってパッと聞くだけじゃ、分かんなかったもん」
「……そう言ってもらえると、助かる、かな?」
「それでも最近はなんとなく柳の言いたいことがわかるようになってきたけど」
「え?」
僕は予想していなかった反応に思わず聞き返す。だって僕の歌の世界観が分かるのは、僕と友希那だけで良いから。
「ずっと聴いてるからなぁ。思考回路が似てきたのかも?」
「……ふふっ。そんな思考回路捨てた方がいいよ?」
「自分で言うんだ?」
「うん。きっと不便な思考回路だからね」
自分がどうしようもなく捻くれ者で、まともな健全たる思考を持ち合わせていないことは自分が一番よく知っているから、僕は嘲り笑うことができる。
「アタシは柳の歌の思考回路好きなんだけどなぁ」
「リサも難儀だね」
茶色くウェーブした髪の毛が跳ねるところを見ていると、この髪よりもきっと僕の心は捻くれてるのかな、なんて馬鹿馬鹿しくなる。僕はリサをずっと見つめていたことに気がついて、目を背けて、窓の外を見る。今友希那はあの部屋で一体何を考えているのだろうか。僕にはまるで分からなかった。
「……友希那かぁ」
「……やっぱり、何かあった?」
「別に……」
「柳と友希那って本当に2人で恋人みたいなことしないの?」
「恋人みたいなことって?」
「え? そ、その……キスとか?」
「……嫌われたくないからさ」
「……へぇ」
聞いてはいけないことでも聞いてしまったのかと、リサはなんだか慌てているようだった。あまり聞かれたくはないけれど、困っている自分にとっては吐き出したくもあったのだ。
「……リサ」
「……どうしたの?」
「僕さ、友希那のこと。嫌いかもしれない」
「……えっ」
僕の心に燃え上がる蝋燭の恋
君をとらえて離さない
僕の心は溶け落ちる真っ黒な愛
君を隠して染めてしまう
黒く染まる君を見たくない
僕は暗闇へと消えていくんだ
メンヘラチック主人公。
☆10をくださった、かけぶ様。
高評価していただきありがとうございました。