薔薇は青いままでいい   作:敷き布団

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第3話 人知れず変わる歌

君に愛を歌っても

君は気づいてくれないよね

君がたとえ聞いてくれなくとも

君が耳を塞いでしまっても

僕は喉が灼けるまで

素直に歌っていたいんだ

 

 

 

 

 

「僕さ、友希那のこと。嫌いかもしれない」

 

僕の無慈悲な気持ちを前に言葉を失ったリサ。リサはどうしてかと聞いてくれたけれど、そんなの仕方がないじゃないか。一方通行の愛なんて悲しすぎるんだから。最近徐々に素っ気なさが以前にも増して強くなっていることは気がついていた。友希那の心が冷めているのかもしれないだなんて思ったことは一度や二度ではなかった。

 

「……マンネリ化してる……みたいな?」

 

「うーん、ちょっと違うけど……まぁ大体そんなところ」

 

小さな頃からずっと一緒にいるのだから、そもそもそんな恋愛感情を抱くのがおかしいのかもしれない。しかも僕の恋愛感情はきっとおかしい。少し触れるだけで壊れてしまいそうな友希那を壊すか壊さないかギリギリのところで留めているようなものだった。歌に囚われた歌姫を歌姫たらしめ続けようとしているのだから。だからこそ決して僕は彼女と俗物的な交わりをしたいわけではない。

幼き頃に聞いた友希那の声。その歌声は今でも僕の記憶に強くとどまっているのだけど、その声は僕に届いていないのだ。まるで矛盾しているだろう。僕とて友希那とスキンシップを取りたくないわけではない。だが、余りにも触りすぎて仕舞えば僕は僕の手で彼女を壊してしまう。

 

「言いづらいこと聞いちゃって、ごめんね?」

 

リサはバツが悪そうな顔を浮かべて、部屋を後にした。彼女はきっと優しいから、本心から聞いてはいけなかったと反省しているのだろう。その一方できっと聞きたかったに違いない。彼女にとっては僕も、友希那も幼馴染なんだから。

 

「はぁ……」

 

リサが部屋を後にしてどれほど経っただろうか。窓の外は暗くなっていて、時間の早さを感じてしまう。ほんのちょっと前に部屋でベッドに寝転がる友希那を想い起こして、僕はそっとベッドへと倒れてみた。うつ伏せになって、視界はすっかり黒の毛布に包まれる。何にも見えなくなって息が苦しかった。

 

「あ……」

 

なんだか匂いがする。なんて感じて、確かめてみると、さっきまでそこに座っていたリサの匂いだきっと。そもそも僕の部屋から誰かの匂いがするのなら、それはリサか友希那の2択だから。友希那はもっと可愛い匂いをしている。少し嗅いだだけで抱きしめたくなる、庇護欲を昂らせるそんな匂い。けれど、この匂いは逆の欲望を覗かせる匂いだった。

 

「……友希那ぁ。会いたいな……」

 

わずか十数メートル先に寝転がっているであろう友希那に想いを馳せる。きっと僕と同じ態勢で転がりながらも、彼女の方がより高尚な思考を繰り返しているのだろう。僕がしていることは過去への追想とそれに追い縋るだけだから。そういう意味において、僕はとても臆病で、悲しい程に人間的だった。

 

 

 

次の日。どういうわけだかメッセージでリサに呼び出されて、家の前の通りで待っている。けれどリサが出てきそうな気配はまるでない。リサの家の表札の横に凭れかかって、一体どんな用で呼び出したのかを思案する。けれどやっぱり心当たりはなくって、ただ無言で時が過ぎるのを待っていた。

 

「……って、柳?」

 

「……友希那?」

 

そんな俺に声をかけたのはリサではなく、友希那だった。見ると友希那はよそ行きの格好をして、手に可愛らしい子猫のポーチを提げている。

 

「どうしたの柳。リサなら私の家にいるわよ?」

 

「……え? リサにここで待つように言われたんだけど」

 

「……? 私はリサに買い出しに行って欲しいって言われたのだけれど」

 

「あぁ……そっか」

 

友希那はあまりピンと来ていないらしいが、どうやら僕たちはリサの掌の上だったらしい。最初から仕組まれていたのか。そう考えたら、呼び出された時に散々、身嗜みには気を遣えとか、色々言われたことの意味がわかった気がする。

 

「買い出しって、何を買いに行こうとしてたの?」

 

「えっと……メモがリサから送られてくるって聞いたのだけど。あ、これよ」

 

友希那に見せられた画面にはびっしりと買いに行くものリストが書き込まれている。なるほどなぁ。

 

「友希那一人でこの量は無理でしょ。手伝うよ」

 

「リサを待っていなくて良いの?」

 

「良いから。いこう?」

 

指定されたのは近くのショッピングモール。買い物リストにはご丁寧に店の名前まで書いてあるし、なんなら買うものだけじゃなくて、見るものと書かれたものまである。要はこのお店を回れ、ということなのだ。その証拠に同じリストが僕の方にも送られてきたから、それを見てあーだこーだ言いながら、友希那と並んで歩く。勿論だけど、手を繋いで、なんて出来っこない。出来っこなかったんだけど。

 

「ねぇ柳。リサから手を繋げって言われたのだけれど。繋いでくれるかしら?」

 

「……え?」

 

僕は自分の耳を疑った。けれど、それもどうやらリサの差し金らしい。

 

「だから、手を繋いで欲しいのだけど」

 

「……勿論」

 

そっかそっか。根掘り葉掘り交際状況を聞かれたのもそういうことなのか。これはリサに感謝すべきなのだろう。僕は帰りの途中には寄り道をして、リサの好きな地元の商店街の惣菜屋で売っている煮物を買って帰ろうと、友希那に声をかけたのだった。

 

訪れたショッピングモールは休日ということもあり人に溢れかえっている。人前でこうして歩いたりするのは少しだけ気恥ずかしくもあるから、手を離したいという気持ちもあったけど、横を歩く友希那を見上げると全く気にしてもないらしい。

 

「その……手って」

 

「どうかしたの?」

 

「いつまで繋ぐのかなと」

 

「帰るまで? 別に気にする必要もないんじゃないかしら」

 

「いやまぁ……うーん。友希那はこれだけ多くの人通りで、とか気にしないの?」

 

「ライブでもっと多くの人の前に出たら注目されるわよ?」

 

「なんかちょっと違うんだけど……まぁいっか」

 

その言葉の節々にはRoseliaの湊友希那であるという風格すら備わっていた。友希那が気にしてないと言う以上は、手を離すわけにもいかない。リサの言ったことだから何も疑うことなく、盲目的に彼女はきっと手を握ろうとしているのだろう。

 

「……柳なら、顔は出していないから、緊張するのかしら」

 

「う、歌ってるわけじゃないけど……。まぁ、緊張はするかな?」

 

「……最近の柳の歌、変わったわね」

 

「変わった?」

 

唐突に昨日思い悩んだ話が振られて、僕はしどろもどろになりながらも聞き返した。変わった……。確かにコメント欄でたまに言われることはあるけれど、僕としては何も変わったつもりはないのだ。僕にとっては僕の歌う歌は全てが全て、友希那へのラブソングだったのだから。

 

「……いえ、なんでもないわ。時を経れば、歌なんて変わってしまって当然だもの」

 

「そういうものかな……。……あ、でも、そういえば友希那の歌も変わったもんね、最近」

 

「……えっ?!」

 

「わっ……」

 

思った以上に大きかった友希那の反応度合い。上擦った声が耳を通り抜けてゆく。それは僕が見てきた友希那の感情の起伏でも、ここ数年では1番ぐらいのものだったかもしれない。

 

「どうしたの?」

 

「……いえ。どんな風に変わったのかしら?」

 

「どんな風? うーん」

 

変わったとは言っても、それを一言なり長文なり、言葉で表そうとするとかなり難しいものなのである。けれど、友希那からはかつてないほどにその話を詳しく聞かせろとばかりに視線が飛んでいるものだから、僕はなんとか貧相なボキャブラリーを捻り出していた。しかし、それはどこまで行っても象徴的で幼稚な表現の域を出ない。

 

「一時期、少しだけふんわりとしたんだけど、またある時から急にとんがった感じになったというか。うーん……」

 

「……分からないなら、分からないでもいいわよ。……そうね、柳は私の歌は……好きかしら?」

 

「それはもちろん」

 

「……そう」

 

そこまで言うと、友希那は途端に静かになる。先程まで珍しく大きめの声で話していたのが嘘みたいなぐらいに。

 

「えっと、大丈夫? 顔赤いけど……」

 

「……いえ。うん……大丈夫よ」

 

「……友希那は、僕の声、好き?」

 

「当たり前じゃない。小さい頃から聞いていたもの」

 

「うん。でも……昨日の曲は、あんまりだったんだよね?」

 

「それは……」

 

口数は少なめに、友希那は思案顔になる。友希那の口数が少ないことなんて、今に始まったことではなかったけれど。

 

「……僕、もっと頑張るからさ。友希那に認めてもらえるぐらい」

 

「……そう」

 

友希那はきっと鈍感だから僕の歌う意味になど気がついていないのだろう。だがそれでいい。僕は友希那が気づいてくれるまで、歌うだけだから。僕がこの歌に込めた想いに、友希那が気づいてくれるまで。

 

 

 

 

 

浮き足立った僕の心も

君にときめいているだけだから

ざわついている僕の心も

君を待ち続けてるだけだから

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