青薔薇の棘は誰かを刺して
誰もが怖れるその姫の棘
僕は自ら刺されてく
決して逃げられぬその棘に
二度と抜けないその棘に
僕は決して離れないから
幼き頃から決まっていたんだ
友希那やリサと初めてあったのは、確か幼稚園の頃だった。最初は人見知りだった僕は、遠目から二人が同じ公園で遊んでいるのをたまに見かけたりするぐらいだった。けど、いつのまにか、家が真向かいにある同い年の子ども同士ということもあって、親同士の交流から始まり、終いには僕たちは3人で集まるようになった。
別段これといった習い事やスポーツなんかをしていなかった幼い頃の僕が歌を歌いたいと思ったきっかけは、他でもない友希那の歌を聴いたことだった。ある日、友希那とリサが友希那のお父さんとセッションをしたのだと、嬉しそうに話してくれたのだ。
『わたしもうたうから! りゅうくんもきいて!』
僕は今でもあの歌声を鮮明に思い出すことができる。父譲りの音楽センスか何かなのだろうか。幼かったあの歳を考えればその凄さも分かるであろう、全くずれることない音高。そして何よりも、聴いたものの心を一瞬にして奪ってしまうほどの凛とした歌声の響めき。僕は一瞬にして生まれるべくして生まれた歌姫の虜になった。
『ぼくもゆきなちゃんみたいにうたいたい!』
家に帰った僕は確か、それはもう思い出しても頭を抱えてしまうほどに親に泣きついたはずだ。わがままを言って、友希那たちには内緒で友希那のお父さんがギターを弾いているところを聴かせてもらった覚えすらある。
きっと今の、シンガーソングライターとして活動している自分の原点を辿るのであれば、それは友希那の歌、ひいては友希那のお父さんにまで立ち返ることになる。
『きょうも、りゅうくんきいて!』
『うんっ、ききたい!』
あの頃は近所の公園のベンチで毎日のように3人で集まって、とっても小さなライブをしていたはずだ。友希那が歌って、僕がそれに聴き入って。代わりばんこに歌ったりしてたかな。リサも来ていたんだけど、もしかしたらリサよりも僕の方が熱心に友希那の歌を聴いていたかもしれない。
『わたしのうた、どーお?』
『ゆきなちゃんのこえだいすき! ずっときいてたい!』
『そうかなぁ、えへへ』
『え、リサは?』
『リサちゃんのうたもだいすき!』
『えへへぇ、リサもりゅうくんのこえすき!』
『わたしもだもん!』
小さな頃は今よりももっとずっと純粋だった。ただ3人で集まるあの時間が、友希那の声が、心の底から大好きで、ずっとその歌声を聴いていたかったんだ。もちろんそれは今も変わっていないんだけれど。でも、あの頃はただその歌を聴いているだけで良かったんだ。
一つ目の転機が訪れたのは小学校高学年の頃だった。小学生の僕にとっては本当に突然の出来事だった。
親が離婚したのだ。
その時はその言葉の意味はぼんやりとしか分からなかったし、ちゃんと自分の家の家庭事情を理解できたのは本当に中学生になってからのことだ。それでも、突然自分の母親が消える、という衝撃的な経験した僕は元より引っ込み思案だったところがさらに輪をかけて大人しくなった。
『柳。一緒に歌おう?』
『え……?』
そんな時でも、これまでと変わらずに接してくれたのは友希那とリサだった。小さい頃と変わらずに友希那は僕と一緒に歌おうとしてくれたし、リサも互いの家によく出入りしては、一緒にご飯を食べたり。あの頃の僕にはいつも2人がいたのだ。
『歌、歌わないの……?』
『……ううん。歌う!』
心に大穴が空いてしまって、その穴を埋めたのが僕にとっての音楽だった。あの頃からだろうか、弾き語りというものを知って、自分で歌を書いて、作って、歌って。音楽のことなんて、読めるのは五線譜だけだし、tab譜も知らなければ、コード進行も知らない。音楽理論なんてすっからかんの僕が作った曲なんてたかが知れていたし、それを表現する術なんて殆どが自らの声帯頼りで。今の自分からすれば相当稚拙なものだったろう。けれど、その時はまるで自分が大物アーティストにでもなったように錯覚したものだった。友希那と2人でデュエットをして、そんな真似事が心の底から楽しくて仕方がなかった。
中学生になり、思春期を迎えた僕は少しだけ2人との距離感が変わった。今も変わらぬ気恥ずかしさが、2人と近づきすぎてはいけないと警告しているみたいで、僕の頭の中でずっと響いていたのだ。それはきっと誰しもが同じことで、友希那やリサも似たような感覚を持っていただろう。
いつまで経っても幼馴染3人でずっといるなんてわけにもいかないから。交友関係だって、リサは音楽には触れつつも、友希那とばかりいることは減ったらしい。僕に至ってはそもそも2人が羽丘に進んだから、学校で会わない分、一緒にいる時間は総じて減っている。
けれど。
『柳。一緒にカラオケで歌わない?』
『じゃあ、折角だし』
気恥ずかしさのようなものだとか、環境の変化はあったのに、どういうわけだか歌に向き合う時だけは変わらなかった。それも、友希那の歌に触れている時はずっと。それはきっと僕自身に埋め込まれた音楽の遺伝子が友希那の歌声によって目覚めたからなのだろう。
僕自身が自分なりにボイストレーニングをしたりだとか、そういう歌への興味を失っていなかったこともあったけど、何より友希那と一緒に歌うことが楽しくて。だからだった。
『友希那、今日はさ、聴いて欲しいんだ』
『リサは良いの?』
『うん、友希那に聴いて欲しい』
僕はある日、友希那を連れて、カラオケにわざわざギターまで持ち込んで。友希那を座らせると、目の前で弾き語りを始めた。
君があの日歌ってくれたその声は
締めつけるように僕の胸の中で響めいて
僕はその響めきに燃やし尽くされて
今も眠っているんだ
君があの日救ってくれたその人は
風でたなびくようなその髪を追いかけて
その声を絶やさぬように語り尽くして
今も探しているんだ
緊張しすぎて、どんな歌だったかなんてのは朧気だ。それに、反応を見るに僕が歌い終わった後、きっと友希那は何がなんやら分からなかったことだろう。僕はギターのベルトを肩から外して、困惑する友希那の手を取った。あの日からだった。友希那が今までよりもっと明確に大切な存在になったのは。
リサにも伝えたら、ものすごくびっくりされたけどおめでとうと言われたのを覚えている。その次の日ぐらいの晩に家に呼ばれると、ホールケーキが丸ごと出てきて、3人で食べたっけ。
『な、なにこれ?!』
『お祝いの気持ちを込めて、ケーキ焼いてみたんだ〜。さっ、食べよう?』
なんだかんだ考えると、あの中学生だった頃が全く何も知らなかった幼い頃と同じか、それ以上に楽しかったのかもしれない。
けれど、その中学生だった頃に、僕たち3人を取り巻く環境はガラリと変わることになった。友希那のお父さんのバンドが解散してしまったのだ。友希那のお父さんがFWFを最後に、音楽という世界から完全に消えてしまった。
一番変わったのは友希那だった。友希那は誰よりもお父さんの音楽が好きだった。人が変わってしまったように音楽にのめり込むようになった。僕と歌う機会も急になくなってしまった。リサも音楽に苦しむ友希那を見ていると居た堪れなくなったからなのか、友希那の前では音楽の話題を避けるようになった。僕もむしろ1人で歌うことに慣れ始め、自分で歌った動画を'Ryu'の名義で投稿するようになったのもこの頃だった。
お父さんの復讐を志して、友希那は、僕たちの関係は大きく変わってしまった。
……でも、けれども。僕といる時は、もっと言えば僕か友希那、どちらかが歌っている時は、友希那はずっと友希那のままだった。
『友希那の歌、聴きたいな』
『……そう、じゃあ聴いてくれるかしら』
友希那の部屋に友希那のあの声が響き渡る。僕と友希那のためだけのステージだった。
『……はぁっ。どうだったかしら?』
『……うん。友希那の声、好きだな』
『そ、そう』
『友希那、照れてる』
『そんなこと、あ……』
『……あ、ごめん。つい』
『……、ん、いいえ。その、柳の歌も、聴きたいわ』
『……それじゃあ、早速』
僕も友希那の歌声を聴いている時は、音楽の亡霊に囚われていない友希那と向かい合うことができたし、僕が歌っている時は、友希那の表情はリラックスしていて、……簡潔に言うなら、音楽を楽しんでいたのだ。
友希那の声が僕の頭に反響し続けている限り、僕はすっかりその歌声に酔うことができたのである。僕はその時から、音楽を通じて友希那に愛情を捧げ続けていたのだ。
薔薇の姫君は蜃気楼と消えてゆく
見えなくなったその姫を
僕はずっと追いかけてる
僕は君の残したほんの僅かな花の香を便りに
その姿を探し求め
薔薇の花びらを握りしめる
岬にひっそり咲いていたのは仄かに青い薔薇でした
☆8をくださった、Alan=Smitee様。高評価していただきありがとうございました。
高評価や感想等いただけると作者のモチベーションが爆上がりするので、よろしければ、是非感想や評価もよろしくお願いいたします。