あの頃から僕は君に
愛を囁き続けて
まだ君にもがいてる
喩え君から僕が消えたとしても
僕は君の影を忘れないんだ
自分の頭をどれほど整理したって、上手く考えはまとまらない。その悩みを僕は歌にぶつけて、それをネットの海に流して、あわよくば友希那に拾ってもらって、読んでもらおうって。小瓶に栓をしているのだ。
『なんか初期のRyuさんらしさ消えちゃったね』
『古参アピ乙。Ryuの声だから良いんだよ』
『直情的なメンヘラみのある歌詞も良いよね』
辛うじて歌い終えて、朝に投稿した歌の反応を見る。自分から反応を見ているのに、『好き勝手言ってろ』なんて考えが脳裏をよぎる。矛盾した僕がいた。そもそものファンの人に対する目線として、適切じゃないかもしれないけれど。
「……はぁっ」
ため息の音とほぼ同時にスマートフォンから音が鳴る。今日も僕の元に届いた友希那からの短いメッセージ。友希那はなんだかんだRoseliaを結成して時ぐらいから、練習が終わったら連絡を寄越してくれる。それは僕がRoseliaの練習後に友希那の部屋を押しかけることがあるからなんだけど。
僕は夕暮れに追いかけられる空を窓から見ながら、親鳥からの餌を待つ雛のようにまだかまだかと部屋の中で落ち着きなく友希那の帰りを待っていた。この部屋は僕が配信をしているということもあってか、撮影、録音用の機材だとか、エフェクターとかが置いてあって、ものすごく乱雑な風景で。そんな荒れた空間から眺める外の景色はえもいわれぬほど綺麗なのである。
「……お」
窓の外からふと下を見下ろすと、二重窓のガラス越しに友希那とリサが家に帰っていくのが見えた。僕はそれを確認すると、もう少しだけ部屋に留まるか、それとも今すぐ友希那のところに行こうか悩んだ末、数分だけ間を置いて家を出たのである。
「友希那、おつかれ」
「柳……」
友希那の部屋のドアをノックして入ると、カバンを床に置いたまま、ベッドの上に寝転がっている友希那がいた。その表情を見ると、何やら考え事をしているようで、僕は何を言うでもなくベッドの側に腰を下ろした。
部屋の中では沈黙の時間が流れる。沈黙は嫌いだけれど、かといって練習を終わって疲れている友希那を無理やり長々としたトークに付き合わせるほどではない。今日も休日だと言うのに、Roseliaの練習といい、友希那とリサは朝から晩までスタジオを借りて練習をしていたのだ。本当に頭が上がらない。
「今日も、練習長かったな」
「ライブも控えているから」
「へぇ……。今度行こうかな」
「まぁ、好きにしたらいいんじゃないかしら」
友希那がこうしてほっぽりだすのは今に始まったことではないのだが、少しだけムッときた。仮にも恋人なのであるから、その恋人がライブに行くと言っているなら、少しぐらい喜ぶそぶりを見せてくれてもいいのに、なんて。そんな他人本意の恨言に過ぎないのだが、ここのところずっと友希那との関係が上手くいっていないことの腹いせか、ふつふつと湧き上がったのである。
「……忙しい?」
かといって、それを表に出したところで何も解決するわけでもなかった。そんなことも分かっていたから、僕はグッと堪えて、僕の知らない友希那の姿を探ろうと問いかける。僕にとってRoseliaの湊友希那はライブでファンの前に出る姿——それが喩え見たくない姿だとしても——以外では、知らない存在だったから。
「そうね。けれど、私自身がRoseliaのみんなに課していることだもの。私が弱音を吐くのは違うでしょう?」
「まぁ……そうかな」
「……グループで活動するって、そういうことだから」
友希那は以前、FWFにRoseliaとしてではなく、湊友希那として出られる機会を逃してまでRoseliaを選んでいたからこそ、その言葉には重みがあった。グループで活動するなんて、ソロで、ネットでしか活動していない僕にとってはまるで分からない感覚だ。人と歌うなんていっても、友希那と歌う以外では、それぞれが歌った音源をプロにmixしてもらうことが殆どだったから、一緒に一つの音楽を作り上げると言う感覚には乏しかった。
「それこそ柳だって、メンバーを集めてバンドボーカルにならないの?」
「バンドかぁ。僕は……1人で歌う方が性に合ってるよ」
僕が歌う歌はみんながみんな、友希那に向けて歌ってるだけ。それが伝わっていないのは悲しいけれど、そんな我儘なやつが同じところを目指して音楽活動なんてまるで続けられそうにない。
「どうせ誰かと音楽をするなら、友希那とがいいな」
「私と? ……歌うだけならいいけれど、活動をするのはまた別かしら」
「そう、だよね」
「えぇ。それに忙しくて、きっとそこまで手が回らないから」
友希那にはRoseliaがあって。僕はただ自分の独りよがりの歌に縋っているだけ。背負っているものが全然違った。
「歌うだけならいいんだよね?」
「え? まぁ、……それなら」
「一緒に歌わない?」
「いいけれど、何を歌うの?」
「何でもいいよ? Roseliaの曲でも良いし」
「さっき自分たちの曲なら、飽きるぐらい歌ってきたんだけど」
「そっか……それもそうだよね」
「えぇ。それにあんまり喉に負担をかけたくないから、一曲だけよ?」
「……じゃあ、折角だから、僕が最近作った歌、歌わない?」
「……えっ?」
僕がそう問いかけると、友希那は目を大きく見開いてこちらを振り返った。それはまるであり得ないものを見るみたいな。何が友希那にそんな反応をさせたのかよく分からなかったけれど、でも、そのすぐ後に友希那が逡巡したような、苦々しい顔になったから、僕の心はざわついた。
「……いいえ。今日は、やめておくわ」
「そ、そっか。喉休めるの、大事だもんね」
「……えぇ。それから、その」
「え?」
友希那は先ほどまで、力を抜いてリラックスしたように寛いでいたのに、一度しっかりと体を起こしてこちらを見た。その時なぜだか僕は、ふと、『怖い』って、そう思ったんだ。全身に悪寒が走り、背中が捻じ曲げられるような。そんな気持ち悪さが喉の奥から這い出てきた。
「これから少し、Roseliaの活動に専念したいから、こうやって家に来るのはやめてもらってもいいかしら?」
「……えっ」
僕は頭が真っ白になった。友希那の言葉の意味がさっぱり分からなくて、きっと僕の顔面は蒼白だったことだろう。
「ライブも控えているわ。私たちは挫折を味わったからこそ、今こそ成長しなければいけないから、……部屋の中でもっとRoseliaのためになる曲を考えたいから、そっちにも時間を割きたいの」
「え……。そっか……」
僕にはその言葉はとてもじゃないけど、受け入れ難くて。脳の思考回路が完全に短絡を起こしたのだ。
「最近……友希那、僕のことちゃんと見てくれなくなったよね」
一度外れてしまった箍は戻らない。それこそ雪崩のように、ふとした衝撃だけであっても、一気に全てが御陀仏になってしまうのだ。ずっと思ったまんま溜まっていた思いが頭の中に浮かんでくるのだ。こんなこと言ったって友希那を困らせるだけなのに。分かっているのに。
「……え?」
「前までは、僕の歌、最後までしっかり聴いてくれたし、聴く時も聴き入ってくれた」
「それは……その」
「でも最近になってから、Roseliaに入ってから、そりゃ時間が減るのは分かるけど、僕と向き合ってくれなくなった」
「……その」
「我が儘って分かってるけど、もっと友希那といたいよ」
「……ごめん、なさい」
「そうだ。Roseliaへの曲だって、僕と一緒に作れば良いじゃないか」
「……なっ?!」
「普段はバラード調しか作らないけど、ロックよりの曲でも僕は書「ふざけないで!!」……え」
「貴方の曲は……、貴方の曲が、Roseliaに……。Roseliaを潰すつもりなの?!」
「そんなわけない?! 僕は友希那を思って!」
「何も分かっていないくせに適当なこと言わないで!! Roseliaは……FWFに行くのよ……」
「……そっか、もういいよ」
部屋に響いて、家中に聞こえているんじゃないかと思うほどの大声の応酬。友希那の顔を見て、なんだか僕はどうでも良くなってしまった。Roseliaがそんなに好きなら、それでいいじゃないか。どうして僕はこんなくだらないことに縋ってしまったんだろうって。
「別れよう、友希那。僕と友希那じゃ、合わないから」
「……そう。……分かったわ」
僕は振り返ることもなく部屋を後にする。下の部屋にいた友希那のお父さんが声をかけてくれたけど、僕は静かに笑みを返して、家を出た。外はもうすっかり夜遅くなっていて、夕暮れが小一時間前には顔を出していたことなんて想像もつかない。僕は自室に駆け込んで、ベッドの上面を思い切り殴りつけた。
当然の如く痛くも何ともなくて、僕はベッドへと仰向けに倒れ込む。天井を見ていると、僕の歌をまるで聴こうとしない友希那の顔が浮かんできて、惨めになった。僕の歌をわかってくれない友希那なんてもう、どうでもいいんだ。僕はそう強がってみるけれど、涙なんて止まらなかった。
誇り高き紫が
憎くて憎くて仕方がなかった
届かないって理解ってるから
全てを黒く塗りつぶしたんだ
メンヘラ気味主人公というかメンヘラ主人公。
☆9をくださった、たるとろす様。☆8をくださった、@p。様。
高評価していただきありがとうございました。
おかげさまで執筆時間の確保が難しい中でもモチベーションを保てています。本当にありがとうございます。