君の張り上げる音色が
僕を求めてくれるなら
それがたった一つの僕が
友希那と別れることになって1週間ぐらい経った。皮肉なことに、友希那と別れたからといって僕の生活がそんなに大きく変わることはない。今日も僕はシンガーソングライターのRyuとして『歌ってみた』動画を配信しているし、コメント欄だって巡回している。
『Ryuさんの今日の歌、ものすごく感情が篭ってる』
『心臓が震えるぐらいの負の感情がヤバい』
『聞いてるこっちの胸が張り裂けそう』
僕はそんな自分の気持ちを芸術的に表現してくれるコメントに縋っているのだ。それは以前とさほど変わった部分ではないのだけど、それでも僕がこの活動にのめり込むレベルは上がったかもしれない。
ひとつだけ明確に変わったことと言えば、友希那と連絡をまるで取らなくなったことぐらいだ。それも、友希那と連絡を取らないだけで、リサとはやりとりするし、2人が練習を終えて帰ってくるような時間になったら外を見てしまう習慣だってそのままだった。
哀れだろう? 自分から痺れを切らして別れを告げておきながら、冷められたことにすら向き合わずに恨み辛みを吐き続け、それを浴びせ続けた人間に縋り続けようとする人間なんて。
「新曲は……今日は考えなくてもいっか」
どうせ考えたって浮かばないし、なんて。クリエイターが認めて仕舞えば終わりのような文句を垂れて、僕は今日も言い訳をする。
……そういえば曲のアイディアというか、どんな曲を歌いたいのかということが思い浮かばないのはもうひとつ変わった部分かもしれない。前までなら友希那のことを想うだけでモチベーションも、歌詞だって、フレーズだって湧いて出たのに、その友希那の存在が僕の魂から抜けてからは、まるで頭が働かなかった。
「でも、そろそろ上げなきゃ……」
それなりの知名度を得ているから、全く活動をしないというわけにもいかないし、創作のモチベーションが湧かないのなら、カバーでも歌って、延命治療に励もうなんて、甘い考えが僕の頭を過ぎる。
自分以外の人が作った曲を歌うのも嫌いなわけではない。自分なりの解釈をアレンジで付け加えることだってできるし、自分で一から曲を作るのとはまた違って、それはそれで楽しい。
けれども、一応シンガーソングライターとして活動する以上は、他者の曲をカバーし続けるわけにもいかなくて、歌枠として配信している部分がある以上は、僕から作曲を切り離すことはできなかった。
「……まぁいっか」
学校から帰ってきて、色々考えながら歌を歌って、気がつけば夜を迎えて、虚無に浸る。それが僕が得た新しい日常だった。けれど夜になったからといって、その夜を楽しむことはできない。窓から外を見れば、あの忌まわしくて、愛おしかった家があって、横から漏れ出る明かりの束でその人のことを思い出してしまうから。その人の匂いや感触、微笑みに歌声。全部が全部蘇ってくる。光が漏れ出るのを見ているだけで、友希那の歌声が脳内に響き渡って、これでもかというほどに理想の音質で奏でられて、苦しくなるのだ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ」
今だってこんなふうに、分かっていながらその家を見たから苦しくなったのだ。僕は窓横の柱に手をついて、大きく、荒い、息をした。
僕が呼吸に苦しんでいると、突然背後のドアが音を立てて開く。
「柳、元気にしてる……って、どうしたの?!」
「はぁっ、はぁっ、……リサか」
「大丈夫? 息苦しい?」
「はぁっ……はぁっ……大丈夫。ちょっと、考え事してただけだから」
「……そっか。とりあえず、一旦座ろう?」
リサに促されるまま、僕はベッドの縁に腰掛ける。座って背筋を伸ばすと、肺に酸素が入ってくる感覚がして、途端に呼吸が穏やかになる。リサの声が僕の頭に響いていた友希那の歌声を掻き消してくれて、それだけで呼吸が落ち着いて、心が荒れていくのだ。
「……調子はどう?」
「ぼちぼち。リサこそ、どうなの?」
「アタシはまぁ……、良い感じ、かな?」
「……そういや、今度ライブやるんだっけ」
「うん。この間のコンテストは負けちゃったから、さ。今度は近くのガールズバンドと合同でRoseliaのライブするんだ、ってあれ、アタシやるって言ってたっけ?」
「……んー。友希那から、聞いたからさ」
「……そっか」
僕が経緯を答えると、リサは言いたいことがなくなったのか、何も話さなくなる。いや、きっと僕が友希那の名前を出したからなんだろうな。ここでもっと、気の利いた返しができるような器用な人間じゃないから、こんなことになっているのだろうけど。
なんて、一人で脳内反省会をしたところで、僕も会話の糸口は何も持ち合わせてなかったものだから、途端に部屋は静かになる。
「そ、そうだ。今日は柳、歌上げてるの?」
「……あぁ。何日かサボっちゃったから、今日はあげてるよ」
「良かったぁ。聴いてもいい?」
「……うん」
リサはポケットからスマートフォンを取り出して、動画共有サイトに上がった僕の曲を流し始める。僕の歌声は僕の今の気持ちを素直に表しているし、僕が奏でるギターの音はどこか空虚に聞こえる。そんな自堕落な歌を聞いたところで、さっきは撮れた音源の確認とか何もしないで、編集をする気も起こらなかったから、そのまま出しちゃったけど流石にまずかったかな、なんて意味のない後悔が募るだけだった。
「……うん。アタシは、良いと思うけど。何か、歌の雰囲気、変わったね?」
「雰囲気?」
「……いや、気のせいかも」
「そこまで言われちゃ、気になるよ。教えて?」
「……この間までは、素直な恋心が率直に表現されてるというか、そんな感じだったけど。その……悲恋の歌というか」
「……聴いて欲しい人が、居ないからさ」
「……だよね」
僕の反応を見て、リサは薄々察したというか、確信したようだった。僕の視界には朧気ながら外の景色が写っている。外の景色は窓以上に分厚い何かに阻まれて、靄がかかってしまっている。僕の視線は部屋の中でも特に黒を放つ窓に釘付けになっているものだから、どれほど鈍感な人間であろうと、僕がそういうちっぽけな悩みに囚われていることぐらいはすぐ分かるだろう。
僕がどれだけ分かりやすく恋心を歌っても、その恋心を向けるべき人が居ないのだから、そんな恋の歌など歌えなくて当然なのだ。リサはバツが悪そうに下を向く。
「ごめん、……わざとじゃ、なかったんだけど」
「……大丈夫だよ、リサがそんな酷いやつじゃないことぐらい、知ってるから」
「ありがとう。……その、さ。友希那も、悪気があった訳じゃないと思うよ。友希那も、きっとライブが迫って、追い詰められてただけだから」
リサが必死になって友希那にも事情があったことを訴えてくれる。けれど、僕だってそれは、心のどこかでは分かっていたのだ。分かろうとしていたのだ。
「分かっては、いるさ。……友希那って、何のために歌ってるのかな」
「え? えっと……、FWFに出るため……かな」
「そうだよね。友希那は、何で歌えてるんだろ……」
「それは……Roseliaで、また、頑張ることに決めたから」
「……じゃあ僕って、何のために歌ってるんだろう」
「……え?」
リサの目線が上を向いた。意味もなく立ち上がり、全てを見たくなくてカーテンを閉めた僕を憐れむように。
「僕も、友希那の歌が嫌いになったわけじゃないんだ」
僕が譫言のように呟いた妄言は、明るさを取り戻した部屋の隅に湧いて出た、真っ黒な紙屑に吸い込まれていった。友希那の歌声が頭の中で反芻する度に、僕はあの日の自分を後悔して、言の葉の欠片を亡くしているのだ。
「……友希那の歌は好き。好きだけど……友希那の歌は、嫌いだ。……けど。……友希那には僕の歌を好きで居て欲しいって、我儘かな」
「アタシには、柳の葛藤の全部は、分かんないけど、そんなの……。我儘でも、何でもないと思う。当然だよ、誰だって」
リサの言葉と友希那の歌声が交互に鳴り響いて、吐きそうなほどに頭が痛い。
「友希那も、きっと柳の歌が嫌いなわけじゃないよ。アタシも、友希那だって、柳の歌、好きだよ」
「……うん」
カーテンの外に透けて見える夜空は僕の心のように不明瞭で。光は何も見えないから、区切られた四角い空しか見えないのだ。
「ごめんね、つまらない話長く聞かせちゃって」
「いいんだよ? 柳のこと……心配だから、悩んでることがあったら、何でも相談してね」
「……あぁ」
僕が暫く夜空を見ていると、いつのまにかリサは居なくなっていた。ドアが開く音すら聞こえなかった僕の耳はどうにかしているらしい。好きな人の歌声を真正面から聞かなくなったこんな耳なんて、要るのかな。
遠くに咲いた鮮やかな紫の薔薇
どうかその根が腐るまで
黒ずんだノートを破り捨てた
おかげさまで、二次創作日間ランキングで7位にランクインしました。ありがとうございました。
また、☆10をくださった、いえろーべあー様、Lirufana様。高評価していただき、ありがとうございます。
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