薔薇は青いままでいい   作:敷き布団

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第8話 僕の存在する(うたう)意味

君には僕は必要ないから

僕はもう歌えない

僕にもう歌う意味なんてない

 

 

 

 

 

それはほんの偶然だった。起きて、気持ちの整理をするために散歩をしていて、特に別段の目的もなくその道を通ったら、偶然にも見つけてしまったのだ。地元のライブハウス、CiRCLE。巷ではガールズバンドの聖地なんて呼ばれている、そんなライブハウスの脇道を通った時に、偶然見つけたフライヤー。これが、友希那たちが言っていた、今度のライブ。

 

「……Roselia」

 

それは友希那が自らの音楽人生の全てを注いでいるグループ。僕という存在だけでは逆立ちしても勝てないような存在。これまでも噂は沢山耳にしていた。リサや友希那からの話だけではない。僕の学校の友達との間でも話題に上ることがあるぐらい。

けれど、僕は一度も生でRoseliaの演奏を聴いたことはなかった。友希那の歌やリサの弾くベースは聴いたことがあっても、Roseliaとしての彼女たちがステージで輝く姿は直接見たことがなかったのだ。それは僕がステージの上で音楽に呪われる友希那を見たくなかったから、なんていう我儘な理由。

壁に貼られたポスターにはライブの告知が堂々とされていて、それは明日の放課後の時間帯にやるらしい。僕はこれといってライブハウスに用があるわけでもないし、Roseliaのライブを見るのが怖かったから、踵を返そうとした。

……けれど、目が離すことは叶わなかった。そのポスターの前から離れようとすればするほど、真ん中に凛とした姿で直立する友希那が美しすぎて、心が潰れそうになったから。僕はフラフラとした足取りで、開店直後のライブハウスに駆け入った。チケットのことを問えば、会場でも売ってくれるらしいから、その場で代金を支払って、ライブハウスを出た。

 

「明日、か」

 

家路に着く前、最後にもう一度ポスターに並んだ5人を見る。全員が一点を見つめて立つ姿は神聖にすら感じられる。僕は大きなため息をついて、帰路を急ぐ。

結局その日は逃げ帰るようにして家に帰り、布団に飛び込んで眠りについたのだった。

 

 

 

翌日。陽が落ちた街には多くの人が集う。この小さなライブハウスにここまで人が入っているというのは、Roseliaがそれほどまでにセンセーショナルな人気急上昇のバンドであることの証左であった。僕なんかじゃ本当に、足元にも及ばないような卓越したスペックでステージを支配するのだろう。

会場に入ったのだが、既に熱気に満ちて、観客たちのボルテージは高い。大概の場合、こんな立派なステージが用意されていたとしても、この広いスペースを埋めることはできない。そんなことをやってのけるのは本当に知名度のあるほんの一握りのバンドぐらいでしかない。それを、今僕の目の前で友希那たちはやってのけている。

やがて照明が落ちる。ステージに登場した友希那は、僕の知っている友希那じゃなかった。

そこからはもうほんの一瞬の出来事だった。

 

『来てくれてありがとう。まずは、「Louder」』

 

そこには音楽の亡霊が乗り移った友希那がいた。あの、かつて友希那のお父さんが目指そうとした極地に潜む亡霊が。

それは音楽を好きだった友希那ではないのだ。謂わば復讐のために作られたアンドロイド。なのに、周りに並び立つ4人はそんな友希那を支えて。聴衆たちは狂ったように声を上げる。悪魔に取り憑かれた友希那に、みんなが飲み込まれているのだ。

 

「そっか……」

 

僕の情けない、小さな呟きはその歌姫の歌声と従者たちの旋律と取り巻きたちの歓声に消えた。僕の耳にすら届かないその呟き。

だって僕の耳には確かに、湊友希那の歌声が届いているから。Roseliaの湊友希那が。その時僕は気づいたのだ。僕が居なくたって、友希那は友希那の音楽が創れるのだと。

ずっとずっと、僕は思い込もうとしていたのだ。友希那には僕の音楽がいるのだと。僕が居なければ、僕の音楽がなければ、友希那は音楽を楽しむことなんて出来ないって。けれど、違った。音楽の亡霊に取り憑かれたと思っていた友希那は今、Roseliaの一員として会場全てを取り込むような、真に音楽を愛する歌を奏でているではないか。

僕には惨めで無様な驕りがあったのだ。自分の幻想で作り上げた友希那に、僕は僕自身の存在意義を埋め込んでいたのである。

 

「……帰ろう」

 

不幸中の幸いか、僕は後列の目立たない位置にいたから、周囲の人は前の方に比べれば疎らだった。出口もすぐそこにあった。

聴いていたって辛くなるだけだから。情けない自分を自覚して、余計に虚しくなるだけだから。僕は会場を出た。

 

走った。視界が濡れていたから、きっと僕は泣いているんだろう。

 

どうして泣いているのか、自分でもわからない。僕が泣く理屈なんてないだろう。

 

気がつけば、あっという間に家まで辿り着いていて、誰もいない我が家に駆け込んだ。

僕は自分の世界に閉じこもる。そこには誰もいない。

日頃僕の音楽を崇めてくれるリスナーも。僕の音楽を貶めるリスナーも。

僕の音楽を認めてくれる友希那も、リサも。

僕の歌う意味とはなんだったのだろうか。最初は、小さな頃は友希那が楽しんでくれたから、それだけでよかった。中学生になってから、友希那のお父さんが音楽を辞めて、僕の歌う意味は友希那が音楽を嫌いにならないでいてもらうためだった。いつしか僕は友希那に愛を伝えることだけが歌う意味になっていた。Roseliaを組んだ友希那に想いを届けたくて歌い続けていた。

けれどもう、僕の歌を聴いてくれる友希那はいない。僕は友希那どころか、自分自身が歌う意味すら無くしてしまったのだ。

 

ここ1週間ほど、動画や歌には一切触れていなかった。だって、本当に何も思いつかないのだ。考えようとした瞬間脳に靄がかかったように思考が消えてしまった。投稿しなかったら視聴者の人から色々と言われるかもしれないし、現に今頃僕のSNSとかでは色々言われているのかもしれない。

……けど、もうどうでも良かった。どうでも良くなってしまった。僕の歌に意味なんてないから。

この世界に僕の歌は要らない。

この機材だって必要ない。だって僕はもう歌わないから。ギターを弾くことも出来ないから。

普段なら聞くこともないような気味の悪い金属音と雑音。僕は自分の作った世界を壊していく。

マイクだって要らない。僕に歌う意味はないから。

僕は、要らない。歌を失った僕に、存在する意味なんてないから。

 

どれほどの時間が経ったろうか。いや、自分が認識していなかっただけでそれほど時間は経っていなかったのかもしれない。とにもかくにも、布団の中で縮こまる僕の耳に、木の板が軋む音が届いたのである。

 

「柳、開けても、いいかな?」

 

「……リサか。今は、……待って。ドアは、開けないで」

 

僕は気持ちの整理が上手いことつけられなくて、ドアの向こうにいるであろうリサに扉を開けないよう嘆願した。

 

「うん、じゃあ扉越しでもいいよ?」

 

「……そっか。何かあった?」

 

「……ううん。今日、ライブ来てくれてたよね」

 

「……気づいてたんだ」

 

「まぁね、ライブの途中で出て行くんだもん。上からだと結構見えるんだよ?」

 

「そっか。話は、それだけ?」

 

「いーや? ……そういえば最近、歌上げてないよね」

 

「まぁ、ね」

 

「喉の調子とか、悪い?」

 

「……いや」

 

「そう、か。ねぇ、柳」

 

「……何?」

 

「入るね?」

 

「えっ」

 

僕の返事を待つことなく開いた扉。布団の隙間から顔を出すが、部屋は真っ暗で顔も何も見えない。けれど気配でもう部屋に入ったのだと言うことは容易にわかる。

 

「……何しに、きたの?」

 

「柳が心配だったから。電気、点けるよ?」

 

リサの声がした1秒後に、部屋が急に明るくなり、その途端。

 

「……えっ?! ちょっ、何これ、何があったの?!」

 

部屋には僕が壊した撮影のための機材やアンプなんかの残骸がぶちまけられている。どれも僕が思い切り、何度も何度も床に投げ捨てたから、凹んでたり、ひしゃげた部品が打ち捨てられたりしている。

 

「なんで……、柳!」

 

僕はそんな問いかけにも何も答えない。答えないまま自分の殻に閉じこもる。

 

「……もう壊れちゃって……え、赤……? ちょっと、柳!!」

 

「わ……」

 

一際大きな叫び声が聞こえたかと思えば、僕が隠れ蓑にしていた布団が一気に剥ぎ取られる。急に飛び込んできた外気が僕の傷口を抉った。僕は驚いて、ベッドから飛び降りた。

 

「なんで、なんでこんなに血だらけになってんの! ……柳のバカ!」

 

「……リサ? え……」

 

聞いたこともないような怒りの声を上げたリサに恐れ慄いた僕は、思わず身構えた。けれど、僕に襲いかかったのは、リサの抱擁だった。リサの瞳から零れ落ちる涙が僕の傷口に沁みていた。

 

「なんで……そんなにも……自分のこと、傷つけてるの……!」

 

「……僕にはもう、歌う意味なんてないから」

 

「あるに決まってるよ?! どうして、どうしてこんなことしたの……!」

 

「マイクもアンプも、僕にはもう、要らないから。……歌う意味も。……もう、聴いてくれる人もいないから」

 

「いないわけないじゃん?! 柳の歌、アタシはずっと楽しみにしてた……! 柳が歌ってるところを聴くだけで心が震えるし、ずっと聴いてたかった……!」

 

「……友希那が聴いてくれないのに、僕が歌う理由なんて、ないよ」

 

「どうしてそんなに友希那友希那って……! 柳が友希那の為に歌ってることなんて知ってるよ? 柳の歌が全部友希那に捧げるラブソングなことも知ってる! でも……いいじゃん、そうじゃなくたって……いいでしょ?」

 

「僕はもう歌えないんだよ。愛する人に歌いたいのに、それだけが僕の歌だったから……」

 

「柳……」

 

僕はもう歌う意味を無くしたのだ。友希那が音楽を好きでいてくれるために僕は歌っていたのに、愛を捧げるために歌っていたのに。彼女が僕を求めてくれないなら、Roseliaだけで咲き誇れるなら。

 

「友希那がRoseliaで、あんなに楽しく歌えているなら、音楽の亡霊に取り憑かれた友希那を救おうとしてたなんて僕はとんだ思い上がりなんだよ……!」

 

「柳……?」

 

「友希那が僕の歌を必要としてくれないなら、僕に歌なんて要らない!! 友希那に必要とされない僕なんて要らない!!」

 

まるで黒くなった燃え滓のように惨めな自分。ゴミに成り下がった自分を嘲り、否定する怒号。それはもうただの八つ当たりだった。防音の施された僕の部屋からでも、街中に響き渡りそうなぐらいに、沸る思いを泣き叫んだ。耳を劈く嘲りが部屋を静まらせた。

 

「……どうして」

 

リサの小さな、小さな声。囁くよりも小さな声。

 

「……友希那の、友希那のためじゃなくたっていいじゃん……! 友希那に縛られる必要ないじゃん?! 本当に、本当に亡霊に取り憑かれてるのは柳の方でしょ?!」

 

初めて聞いた、リサの口から飛び出す、乱暴で、優しい言葉。

 

「ずっと苦しんでるのは、柳だよ……。柳が音楽で傷つくなんて、もっと訳わかんない……!」

 

「傷ついてなんか……! 歌えなく……なった、だけで」

 

「傷ついてるよ?! 辛いのに傷ついてないなんて嘘つかないでよ!!」

 

リサの声にならない慟哭に、僕は何も反論なんて出来ない。

 

「……そんなに、そんなに歌いたいのなら、アタシのために歌ってくれたって、いいでしょ……!」

 

「……リサ?」

 

「ずっと……ずっと好きだった……! 柳に、愛する人が居ないなら、……愛する人のために歌うのが柳の歌う意味なら、アタシを友希那の代わりにすればいい!」

 

「え……だって……」

 

友希那の、代わりに、リサを? その言葉を聞いた瞬間、何も考えられなくなった。何を言っているのか、まるで分からなかった。けれども。

 

「もう……アタシ……これ以上苦しんでる、柳のこと、見たくないよぉっ……! あの頃の……小さい時の柳に、戻ってよ……! ……アタシが、柳の歌う意味になるからぁっ……!!」

 

リサの顔は真剣で、熱く濡れた瞳は真っ直ぐに僕の瞳に突き刺さった。頭が真っ白になるぐらい、リサの優しさが残酷にも胸を抉って。僕はリサを受け入れた。

 

 

 

 

 









☆9をくださった、ニュ様、黒乃輝様。
高評価していただき、ありがとうございました。
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