若干ヤンデレ路線な所があるので、苦手な方はご注意ください。
空き教室の窓際に、曇天の空を物憂げに見上げる少女が1人。
何か考え事をしているのか、心ここに在らずといった様相である。
「ごめん、お待たせ。ちょっと用事が長引いちゃって」
「大丈夫ですよ。千景さん絡みの用事だったんでしょう?長引くのも当然です」
そう言ってうふふ、と笑ってみせるひなた。
だがどこか遠い所を見ているようなその目に、友奈は違和感を感じずにはいられなかった。
「うん。ぐんちゃんが出る来週のゲーム大会の参加申請をしに行ってたんだけど、思ってたより人が多くて時間かかっちゃった。……ヒナちゃん、何かあったの?」
そもそも友奈がこの部屋にやってきたのは、ひなたに「話がある」と呼び出されたからなのだ。
そこに元気のない様子のひなたがいたとあっては、何か良からぬ事があったと直感するのが普通である。
「変、なんですよ」
「変?」
「えぇ。最近、若葉ちゃんの様子が変なんです!」
「若葉ちゃんが?一体何があったの?」
ひなたは若葉の事を誰よりも想っているし、誰よりも知っている。
丸亀勇者の共通認識だ。
「最近、若葉ちゃんがゲームにのめり込んでしまっているんです」
そのひなたが、若葉の様子がおかしいと言う。
「それが原因で、2人でどこかにお出かけする事が以前の半分以下になってしまいまして」
これは重大案件に違いない。
「私の幸せは若葉ちゃんの幸せです。若葉ちゃんがゲームをしたいのなら、して幸せになるのなら、それはそれで良いのかもしれません」
何とか力になってあげないと。
「でも、勇者の皆さんのおかげで多少打ち解けたとは言え、真面目一筋だった若葉ちゃんがこんなにゲームに執着するのなんて初めてです」
友奈の頭脳が人助けモードにスイッチする。
「だからつい気になって、聞いてしまったんです。どうしてそこまでゲームに固執するのか、と」
だが次の瞬間、彼女の決意は動揺に変わった。
「そうしたら若葉ちゃんは、千景に勝つためだ……と」
「……!」
心当たりがあった。
“乃木さんには、絶対に負けるわけにいかないの”
脳内にこだまするは、熱意のこもった宣言。
だが記憶の奥の彼女は友奈に一瞥もくれず、一心に画面を見続けている。
千景からは、密かに特訓を積んでいた若葉に負けたのだと聞いていた。
友奈はゲームの腕前に関する彼女のプライドを分かっている。
だから、大会直前にも関わらずリベンジに執念を燃やす気持ちも分かっている。
分かっているのだ。
応援したい。している。しているけど。
何かこう、変なわだかまりがあって——
“邪魔、なんじゃない?”
その思考に至った時、背筋がぞくりとした。
排除なんかしちゃいけない。
いつだって、皆で一緒に。
誰も置いていかない。
ずっとそうやってきたんだから。
そうして、バーテックスに打ち勝ってきたんだから。
“あなたの幸せを邪魔しているのは何?”
でもその声は他の誰でもない。
紛れもなく自分のものだった。
心の声……本心。
私は、何かの排除を望んでいるの?
「何か思うところが?」
「ううん、何でもないよ。それでそれで?」
「友奈さん……あなたの気持ちを教えてください。その答え次第で、私の話は変わります」
その答え次第で、私の話は変わります。
普段のひなたなら絶対に言わないセリフである。
だがその付属品は友奈の心をちくりと突いた。
何でもない。大丈夫。何とかなる。元気。
心に被せた陳腐なヴェールは受容しない。
そんな意思表示に感じられた。
「ヒナちゃん、私ね……怖いんだと思う」
長い沈黙の後、友奈はぽつりぽつりと言葉を並べ始めた。
「私とぐんちゃんの間にも、ヒナちゃんと若葉ちゃんの間に起きたのと同じような事があったんだ。ゲームをするの自体は前からだし、そんなに気にしてないよ。ただ、最近はリベンジの事ばかり考えてるみたいで……。若葉ちゃんに負けちゃったのが相当悔しかったみたい」
「はい」
「私も、ぐんちゃんとの時間は欲しい。ただ、そこに行き着くために……何か邪魔なものがあるんじゃないかって思っちゃったんだ」
「邪魔なもの、ですか……」
「でも今まで私、誰も何も欠けちゃダメなんだって思って生きてきた。その邪魔者をどかす事は、楽しそうなぐんちゃんから何かを奪う事になっちゃうんじゃないかって思うと……そんな、折角のぐんちゃんの楽しみを妨害するような事を考えちゃった自分が……怖いんだ」
「そうだったんですね。話してくれてありがとうございます」
徐々に話のペースが上がり、落ち着かない様子の友奈。
対照的に、ひなたは氷のような冷静さを纏っている。
「1つお尋ねしますが……千景さんは、友奈さんの事を大切に思っているでしょうか?」
「え……」
「あぁいえ、他意は無いんです」
そう言って軽い笑みを作るひなたが何を考えているのか、友奈は分からなくなっていた。
笑顔の裏に感情を隠した、どこか不気味な雰囲気。
自分もひょっとするとこんな印象を持たれていた事があったのかもしれない、と思う。
「もちろん答えはイエスでしょう。であれば、友奈さんが思っているように、千景さんもまた友奈さんに楽しくやってほしいと思っているに違いありません。友奈さんが心にしこりを残していては、千景さんも心から楽しめないという事です」
「つまり、どういう事……?」
「その『邪魔者』を排除してしまった方が良いのではないか、という事ですよ」
「それって、ぐんちゃんからゲームを……?」
「いえ」
ひなたの目から光が消えた。
「若葉ちゃんですよ」
若葉ちゃんですよ。
わかばちゃんですよ。
ワカバチャンデスヨ。
幾度も脳内で反芻される、鉄の宣告。
何となく、微妙に、ほんの少しだけ勘づいていた。
でも認めたくなかった。
頼もしいリーダーであり、カッコイイ憧れであり、そして変わった一面を持つ友達だから。
邪魔だなんて……まさかそんな……。
「ヒナ……ちゃん……?」
「若葉ちゃんが千景さんに勝ったのは私も聞いています。今では腕前を上げた若葉ちゃんが、千景さんの練習相手になっているとか」
ひなたは友奈から窓の外へと視線を移し、淡々と話し続ける。
雲が薄くなったせいか、空は少し明るくなってきている。
「互いを高め合うのはとても良い事だと思います。命をかけて世界を守ったチームメイトなら、なおさらです。でも」
そこで言葉を切り、再び友奈に照準を向ける。
「そのせいで誰かが不幸になるのなら、果たしてそれは本当の幸せと言えるのでしょうか?」
「……でも、それはちょっと我慢すれば」
「最大多数の最大幸福」
「さいだいたすうの……?」
「より多くの人が幸せになる方に改善すれば、全て良くなる」
ヒートアップしてきたのか、ひなたの語気が強くなる。
「友奈さん、あなたは幸せですか?」
「えと、わ、私は……幸せ、だよ」
「無理しなくて良いんですよ」
「……!」
思わず後ずさりした友奈を、ひなたがそっと抱きしめる。
まるで産まれたばかりの赤子を扱うように、柔らかく、優しく。
彼女の豹変ぶりと難解な言葉は、友奈の理解の範疇をとうに超えていた。
そして溢れ出した疑問は、彼女に思考を放棄させてしまった。
「私たちだけが我慢だなんてそんなの、不公平じゃないですか。ちょっとくらい、求めていいんですよ」
「いいのかな……不公平だなんて言っちゃっても」
「ちょっとだけです。それに、皆がちゃんと幸せになるためですから」
皆が、ちゃんと、幸せに。
そうだ。
誰かが不幸だなんて間違ってる。
誰も置いていかない。
「私たちが管理してあげないといけないんですよ。『最適な状態』の実現のために」
「そうだよね。私たちがちゃんとしてないと。ぐんちゃん……私が元に戻してあげるからね」
雲間から射す夕陽の赤さは、あたかも絵の具で塗りつけられたかのように反自然的だった。