サトリの鬼姫   作:春乃

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玖話

 

 

「ここは……?」

 

 昼と夜の中間。逢魔ヶ時と呼ばれるその空には真っ黒な太陽が不気味に浮かんでいる。

 

 確かな感触を感じて、マナは大の字に転がっている体を起こした。

 

「わた、しは……」

 

 どうなったのだろうか。とても、苦しかったような気がする。

 

 不明瞭な記憶を探ろうとすると、常に自分の中にあった力が使えないことに気がついた。

 

「覚。あれ? 覚」

 

 どういう訳か、生まれた時からマナと共にあった覚の力の反応が無い。

 

「なん……で? 覚、覚覚!」

 

 

 

『──そう焦るな、マナ』

 

 半狂乱に陥ったマナの背後から、聞き慣れた声がした。

 

『進んでこい。さあ』

 

 マナの背後には、門があった。

 それは和風の、両面に物々しい鬼の意匠が凝らされた門。

 見るもの全てに恐怖を与えるであろう、牛の頭と馬の頭をした鬼がマナを見下ろしている。

 

 マナが近づくと、門は一人でに開いた。

 重量を感じさせながらゆっくりと開いた先に見えるのは、神社のような建造物と、それに続く道。

 

「…………っ」

 

 マナは一度だけ後ろを振り返ると、白い石が敷き詰められた道を進む。

 

 マナの背後には、何もなかった。

 まるで世界にこの場所しか存在していないかのように、門の先へ広がる空間以外は全て闇に包まれていた。

 

 奥に見えるの神社のような建物へ続く道の脇には黒い霧が漂っていて、その霧の中には真っ赤な彼岸花が咲いている。

 漂う黒と咲き誇る朱の情景を眺めて──足元に踏みしめる白が、大小様々な動物や人間の骨だと気がついた。

 

「ひっ」

 

『ククク。さあ、もうすぐだ』

 

 黒い霧の中に咲く彼岸花と敷き詰められた骨の道を進めば、神社のような建造物についた。

 

 またしても一人でに開く扉を抜けて、木の床と襖の道を進み──最奥についた。

 どこか不気味な雰囲気が漂う襖を開き、マナは声の主と対面する。

 

 

 

「初めまして、だな」

 

 

 

 闇よりも深い漆黒の御髪。

 額の中心から少し右にずれた位置にある漆黒の大角。

 胸元を大きく着崩した豪奢な十二単から見える、陶磁器のように白く、妖しい肌。

 傍らには、漆黒の大太刀。

 

 簡素な白い布で貌を隠し──鬼は笑う。

 

「百鬼夜行の世界へようこそ、マナ」

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「なんなんだよ、こいつ!!!」

 

 黒い霧の中からうじゃうじゃと湧き出るゴブリンのような魔物を切り払いながら、レイグは叫んだ。

 

「ラストォ!」

 

「僕に、言うんじゃねえ!」

 

 死んだと思っていた亜人の少女が突然起き上がり、漆黒の大太刀を抜いた。

 

 刀身から滲み出る黒い霧。

 その霧の中から生み出される、醜悪な獣。

 

「そ奴らは餓鬼と言ってなあ、何でも喰らってしまう餓えた鬼よ」

 

 それの大きさは、人間の子供サイズと言ったところ。やせ細った青白く薄汚い体に、血走った目。だらだらと涎を垂らしながら襲ってくる餓鬼は、ゴブリンよりも少し強い程度の魔物だった。本来その程度の魔物なら、レイグとラストの相手ではない。

 だが餓鬼たちは倒す度に黒い霧に姿を変え、その霧からまた生み出されて襲ってくる。そしてその間にも、餓鬼たちは生み出される続けているのだ。

 

「クソがぁああああ!!!」

 

 レイグは風の魔法を使って周囲の餓鬼を吹き飛ばすと、吹き飛ばされた数十匹の餓鬼たちが霧へと姿を変えた。

 

「ラスト、ラストォ! どこだ!?」

 

 だが、既に辺り一面は餓鬼によって埋め尽くされていた。

 風の魔法によって何とか安全地帯を生み出したレイグは、その光景を見て絶句した。

 

 喰われている。

 

 大地が、森が、全てが。

 

「なん、だよ、これ……。ふざけんじゃねェぞ…………ッ!!!」

 

 視界一面、目に映る全てのモノが餓鬼によって覆われている。

 足の踏み場も無いほどに。遠くに見える木々すら呑まれて。

 

 少しだけ膨らんで見える場所、あそこには相棒であるラストが居たはずだ。

 

「なんなんだよてめえはァ!!!」

 

 一瞬で全てが吞み込まれた。

 これまでレイグが築き上げたきた全てを喰らうかのような悪魔と、それを召喚している亜人。

 

 どうしようもない理不尽に、レイグは叫ぶことしか出来なかった。

 

「耳障りだな」

 

 剣を振っても、魔法を撃っても、魔導銃を撃っても。それ以上の物量で押し寄せてくる餓鬼の群れ。

 

「くそがあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 腿を齧られ、肩を裂かれ、腕を喰われ──

 

「やめろ、やめろおおおおお!!!! くるなああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 その身が餓鬼によって覆われ、命を貪られる瞬間までレイグは叫び続けた。

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「楽にしてよいぞ」

 

 マナは、どこか妖艶な雰囲気を醸し出すその鬼の対面に座る。

 

「さて……何から話すか」

 

 思案する動作一つ一つが妖しげで、目が離せない。

 

 「ああ」と、鬼は何かを思い出したかのように手を叩く。

 

「お主は生きておるぞ。精霊もな。だが……どちらの命も風前の灯火だ」

 

 生きている……? 精霊……、ヴェッタがどうかしたのだろうか……?

 どこかぼんやりとした記憶にはまだ霧が掛かっているようで、何の話をしているのか思い出せない。

 

「あなたは……あの、いつもの大太刀なの?」

 

「ククク、どう思う?」

 

「…………いじわる」

 

 膝を立て、脇息に肘をついて鬼は可笑しそうに笑う。

 大きくはだけた衣服と少しだらしない姿勢から覗くその肌は妖しげで、同じ女であるマナでも直視が憚られる。

 

「まあ、そうだな。我はお主が持っている大太刀。その認識で間違いない」

 

「そう、だよね。声が同じだし」

 

 では何故。このような姿をしているのだろう。

 そもそもこの場所は何なのだろう。

 

 自分は、何をしていたのだろう。

 

「我は……そうだな。人ではない」

 

「武器だよね」

 

「そういうことではない」

 

 ?を浮かべたマナに、鬼は微笑んだ……ような気がした。布で顔を隠しているので、表情が分からない。

 

 

「人というものは、人の(ことわり)の中で生きるものだ。

 

 空気が無ければ生きていけない。

 

 物を食わねば生きていけない。

 

 疲れたら休まなくてはいけない。

 

 子を成し、育て、継がせなくてはいけない。

 

 それが人の理。全ての人間は、定められた理の中で生きておる」

 

 

「うん。うん……?」

 

「そして、人と対になるように、神という生き物が存在する」

 

「うーん。え……?」

 

 

「例えば、炎の神がいたとしよう。

 

 その神は炎を司る権能を持ち、その理の中で生きる。

 

 空気など要らず、物を食わなくても生きる。

 

 休む必要も無く、子など成さない。

 

 己が権能と神核、理だけで構成される存在。それが“神”だ」

 

 

 さて、と鬼は自分を指差した。

 

「我はなんだと思う?」

 

 これまで感じたことのないような、威圧感。

 

 猛る火山、荒ぶる海、大地を均す大嵐。

 決して人の身では敵わない“何か”を目の前にしているようなプレッシャー。

 

「神様、なの……?」

 

 震える声でマナは言った。

 もし神様だったら、自分は随分と神様にアレな扱いをしてきたことになる。

 神罰とか降りてくるのかな……なんて、どこか別方向の心配で震えていたマナに、鬼は微笑みながら言った。

 

「違うぞ?」

 

「……え?」

 

「我は神ではないぞ?」

 

「え、あれだけ引っ張ったのに!?」

 

「クハハハハハ! すまんな。まあ必要な話なのだよ、今のは」

 

 今までの威圧感が噓のように消えていき、武器としての大太刀と話しているような軽い雰囲気に変わる。

 

「我は神ではない。ただ、それに“近しいもの”ではある」

 

 そう言って鬼はマナを指差した。

 

「我は、鬼。

 かつて存在した、全ての鬼の祖である神、認識不可能

 その理と権能そのもの。つまりはまあ、神が残した抜け殻のようなモノだ」

 

 “理”というのが、存在するための法則。

 “権能”というのが、力。

 それに“神核”という、人でいう魂のようなものが揃って神となる。

 

 自分は神核(たましい)の無い、(ほうそく)権能(ちから)だけの存在だ。と鬼は言った。

 

「この姿は鬼の祖の神を模したものだ。あくまで模したものであるから、貌は無いがな」

 

「そう、なんだ……。えっと、神様じゃないけど凄い存在ってことだよね」

 

「ん、そういうことだ。出会った時に言ったであろう? 我は鬼に連なるモノたちに最も尊ばれる存在なのだと。

 全ての鬼の祖である力が我だ。故に全ての鬼は我を崇め、奉る。そういう存在なのだ。…………お主を例外としてな?」

 

 確かにマナはゴブリンという名の鬼だ。

 彼女の言う通りなら、全ての鬼の祖の力であるという存在に対して敬意や畏怖を抱き、崇め奉るはずである。ゴブリンの巣で大太刀を始めて見つけた時の、あのゴブリンたちのように。

 

 なのにマナは何も感じない。

 格上の存在を前にしているという威圧感は感じていたが、それだけだ。

 

「でも、いきなり神様がどうとか言われてもよくわからないよ」

 

「まあ、そうだろうな。とりあえず、そういう存在がいるということだけでも覚えておけ」

 

 そういうと、鬼はジッと、貌を隠す布越しにマナを見つめた。

 

「マナよ、ここは現実の世界ではない。我が理の中の世界だ。お主は今、意識だけがここにある。

 そして、現実のお主の体の方は……殆ど死んでおる。心臓は壊れ、血も無い」

 

 告げられた言葉を、マナは理解出来なかった。

 

「お主が助けた人間の一人が、仲間を連れて襲撃を仕掛けてきたのだよ。お主は言った通りの重傷。精霊も、存在が消えかけている」

 

「──そん、な……」

 

 それはつまり、マナが彼らを助けたから精霊の湖が襲撃されたという事だ。

 

「まあ、起きてしまったことは仕方がない。

 マナ。現実のお主の体は今、鬼の理の元で無理矢理生き長らえさせている。精霊も同じだ」

 

 「だが」、と鬼は続ける。

 

「この世界では、生物は『ステータス』という理の元でしか生きられない。

 いずれは鬼の理から出なくてはいけないが……肉体の損傷が激しいのだ。故に──チッ」

 

 何かを見上げるように空を見て、鬼は舌打ちをした。

 

「見つかったか」

 

「見つかった……?」

 

「ああ、厄介なモノに見つかった。ついてこい」

 

 二人は外、骨と彼岸花の道へ向かう。

 そして、空を見上げた鬼に釣られてマナは逢魔ヶ時の空に目を向ける。

 

 

 

 

 そこには、先程もあった不気味に燃ゆる黒い太陽と──先程は無かった、罅割れた空間の外からこちらを覗く、一つの巨大な瞳があった。

 

 

 

 

「……っ」

 

 ギョロギョロと忙しなく何かを探しているようなその瞳は、二人を見つけるとジッとマナを見つめた。

 

「マナ。あれはお主の権能だ」

 

「わた、しの……?」

 

「お主の“サトリ”とかいう力。あれは間違いなく権能だ。我が鬼の権能と理で生きる存在だとしたら、お主は人の理で生きながらも、権能を持った存在という訳だ。

 おかしいと思わなかったか? 魔法ではなく、ステータスにも無い、その力が」

 

 全てを見透かすような、その瞳。

 底が見えない瞳の中の深淵。深い深い深海に沈んでいくような、どこかへ昇ってしまうかのような。

 

 自分という存在が、魂が、五感の全てが支配されているかのような感覚。いや、違う。支配されているのではない。支配している(・・・・・・)

 

 眼を、耳を、鼻を、舌を、その身を、その存在を、全ての意識を、自我を支配している。これが──

 

「ほら、帰ってこい」

 

 トン、と。背を叩かれる感触でマナの意識は引き戻される。

 

「アレはお主の意識が我の理の中にいるのが気に食わないのだろう。今のところ敵意はないようだがな。

 マナよ、お主の体を再生させるには『進化』するしかない。お主の体を動かして魔物を殺しているが、まだ時間が掛かる。

 それまでは此処に居てもらうぞ?」

 

「わかっ、……た」

 

 マナは、未だこちらを見つめる巨大な瞳と目を合わせた。己の権能。前世からマナと共に在った“(サトリ)”の力、そのものと。

 

 

 




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