サトリの鬼姫   作:春乃

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拾壱話

 

 

 アルマティニ王国は、大陸の東に存在する人族至上主義として有名な国である。

 

 ラスシルワ大森林という巨大な森を超えた先にある国、アフタンレイル帝国と昔から争っている。過去何度も何度も小競り合いをし、領地を取り合ってきた。

 それでも中々決着がつかないのは、二国を大きく分断するようなラスシルワ大森林や周辺国家の存在が大きいだろう。

 強力な魔物の住処であるラスシルワ大森林を避け、遠回りして戦争を起こせばそれだけ軍は疲弊し、それでも無理に戦争を起こせば周辺国家に喉元を喰いつかれる。

 

 過去に無理をして戦争を起こした二国は、十数年響く打撃を外部から受けた。

 なので現在、表立って二国は争っていない。

 それでも表面下で二国は動いている。相手国の輸出入に関わる国への揺さぶり、冒険者の引き抜き。──将来的に脅威となりえる貴族の誘拐、殺害など。

 

 それでも、表面的な争いはここ数十年行われていない。

 魔物の脅威が近くにある辺境の街などは兎も角、王都シャハルでは穏やかな昼下がりの風が吹いていた。

 

「いい天気だよ」

 

 小高い丘の上にある、小さな共同墓地。

 貴族が使うような大層なものではないが、それでも教会が運営しているのできちんと清掃が行き届いている。

 

 そこに、一人の女性が花を持って訪れていた。

 

「今日で、10年目だ。あなたが言ってたような人は、まだ見つからないよ」

 

 墓地の奥。

 少しだけ他の墓石より大きなそれには、「セリア・アハト」という名前が刻んである。

 

 セリア・アハトは、10年前に病気で亡くなった。

 ズィーベン孤児院という孤児院をたった一人で営んでいた、強かな女性。

 

 様々な事情で捨てられた身寄りの無い子供たちを受け入れて、『ズィーベン』という名前を与えて、家族として、決して裕福ではなかったが幸せに暮らしていた。

 

 

 彼女が倒れるまでは。

 

 

 子供たちはどうにかしてセリアを救いたいと奔走したが、無駄だった。

 薬は高価で、子供たちが稼ぐような日銭では決して買えず。

 頼みの綱だった『聖教会』は多額のお布施がなければ癒しの術を施してはくれない。

 

 

 

 

『ノイン。ノインツィヒ。こっちへおいで』

 

『…………なに』

 

 いつかの記憶。

 ここに来るといつも思い出すのは、セリアと彼女が最後に話した時の言葉。。

 

『あんたは、いつも一人だったね。でも、誰かが嫌いとか人が苦手とか、そういうのじゃない。

 他の事にあんまり興味を持てないんだろ? だからいつも素っ気なくて、勘違いされちまうんだ。でもね、あたしは知ってるよ。あんたの奥底にある“熱”を知ってる。

 ……きっと、きっとね。あんたが“熱”を持てる人が現れる。一目惚れかもしれないし、ちょっとずつかもしれないけどね。

 

 だからさ。そんな人が現れるまで、あんたが寂しくないように……『アハト』の名前を持っていきな。特別だよ?

 わかったかい、ノイン。

 

 ノインツィヒ・ズィーベン・アハト。あたしの、一番娘──』

 

 

 

 

 彼女が亡くなった次の日、聖教会の人間がやって来て当時8歳だった幼い少女を『勇者』として聖教会に引き取られた。

 それから10年、彼女は喪失感に苛まれながらも、セリアが言っていた“熱を持てる人”を探しながら生きている。

 

 これが、当代の勇者。『氷晶の勇者』の異名を持つノインツィヒ・ズィーベン・アハトの半生である。

 

「勇者様! ここに居られましたか!」

 

 と、静かだった墓所にガシャガシャと鎧の音が響く。

 

「……なに?」

 

 不機嫌に振り返ったノインツィヒに見つめられた兵士は、まるで極寒の夜に裸一貫で放り投げられたような感覚に陥る。

 

「お、王城地下の古代魔法陣が突如として起動! 言い伝えにある“異世界の勇者”が召喚される予兆と一致しているので、王命により招集が掛かっています!!!」

 

 異世界の勇者。

 かつてこの国を邪悪な竜から救い、繫栄を齎した存在。

 それは突如として王城地下から現れたそうだ。

 レベル1の状態で、見たこともないスキルと熟練の兵士と遜色ないステータスを持ち、奇妙な服装で「神から使命を授かった」と言った男。

 

 彼は瞬く間に強くなり、この国を襲った邪竜を倒し、その後も国の発展に貢献した。

 

 「アルマティニ王国に勇者あり」と、他国に名を轟かせるまでに発展したこの国に、また初代勇者のような異世界の人間が現れる。

 

「そう」

 

 異世界の勇者になら、自分は“熱く”なれるかもしれない。

 

 10年もの間“熱”を持てなかったノインツィヒの心は冷え切って、限界が近かった。

 

「勇者……本物の、勇者。

 うん、期待できるかもしれない。期待する。だから、私に“熱”を。魂を燃やし尽くすような“熱”を────」

 

 だからこそ、異世界からやって来るであろう“本当の勇者”に期待した。

 

 

 

 

 

 その後ノインツィヒは王城へ向かい──召喚された“彼ら”に失望した。

 

 

 

 

 

 そして数ヶ月後。用済みとばかりに勇者の称号を剝奪されたノインツィヒは、言われた通りに中立都市ヴェヘムへと向かう。

 世界の全てに“冷めきって”いた彼女はそこで、『鬼姫』という冒険者の異名を耳にする──

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「ねえねえ、天」

 

『ん。なんだ、マナよ』

 

 [鬼人]に進化して数日。

 最初は違和感を感じていた成長した体や強大になったステータスにも慣れた頃。身軽に枝から枝へと飛び移っているマナは己の相棒とも呼べる存在、漆黒の大太刀である『天鬼(アマキ)』へ言った。

 

(アマ)がさ! 他の魔物を寄せ付けないようにしてくれてたのがさ! すっごくありがたいことだったんだなって!」

 

『ああ、そんなことか。いやなに、そう感謝しなくてもよい。当たり前のことをしたまでだ』

 

「そっか! そうなんだね! じゃあさ! 今! 私を! 助けてくれたりしないかな!?」

 

 木から木。枝から枝。

 軽快な身のこなしで森を駆けるマナはしかし、必死の形相で天鬼へ叫んだ。

 

「私がさ! 悪いんだけどさ!? この森本来の魔物の強さってどれくらいなんだろうなーとか気になっちゃってさ! 威圧を解いてって言ったのが悪いんだけどさ!?」

 

 瞬間。背後に迫った牙を回避すると、それを踏み台にして木々よりさらに上へと跳躍する。

 

 雲一つない晴天の青と、地平線のどこまでも続いている生い茂る緑。

 

「うぅ……こんな状況じゃなかったら、感動するんだけどね」

 

「グガアアアアアアアアア!!!」

 

 空に逃げたマナを追うように跳躍してくる魔物。

 それは、前脚が四本で後ろ脚が二本という、奇妙な六本脚の虎のような魔物。

 

 進化して大幅に上昇したステータスと余裕で張り合ってくるこの魔物は、執拗にマナを追ってきていた。

 

「ガアアアアアアアアアア!!!」

 

「グルゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 同じ魔物が二体、計三体の六本脚の虎がマナに迫る。

 空中という、翼を持たない生物にとっては死地になり得る場所へ自ら赴いたその獲物を嘲りながら、六本脚の魔物は迫る。

 

 それに対し、マナは空中で体勢を整え──瞳を閉じて大太刀を構えた。

 

「──“覚非(サトラズ)”」

 

 視界に捉えていた獲物が突如姿を消す。

 何の前触れもなく、蜃気楼のように消えていった獲物にほんの少しだけ動揺を見せた瞬間──バリィン! という何かが割れるような音がして、六本脚の魔物が一匹、首を飛ばされた。

 

「……もう一匹」

 

 またもや聞こえる、何かが割れる音。そして飛ばされる仲間の首。

 

「グゴガアアアアア!」

 

 そこで、最後に残った一匹は匂いを頼りにした。

 姿が見えずとも、獲物の匂いは確かにそこにあった。

 

「っ! ばれたかあ!」

 

 魔物が振るった爪は確かに姿を消した獲物を切り裂いた。

 しかし、空中という踏ん張りが効かない場所での攻撃は、獲物に軽い切り傷を与えるだけで終わってしまう。

 

「時間掛けてられないんだよね!」

 

 バリィン! バリィン! バリィン!

 

 見えない敵と、謎の破壊音。

 匂いを頼りにしたその魔物は、匂いの元が縦横無尽に宙を駆け回っていることを察知した。

 

「終わりだね」

 

 遥かなる青と雄大な緑が高速回転をしている。

 自分の首が飛ばされたと理解した次の瞬間、意識は深い闇に落ちていく。

 

 

 

 

「まだ来てるっ! ああもう、この森の魔物強すぎだよ!」

 

 マナは着地の勢いで枝を反らしてパチンコのように飛び出すと、直後その枝が酸性の液体をかけられたようにジュクジュクと溶けるのを見た。

 

「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 毒々しい見た目の大蛇がマナを追う。

 

「助けてよおおおお!!! (アマ)ーーーーーー!!!」

 

『自分で言ったことだ。我は助けんぞ』

 

「そんなーーーーー!」

 

 悲痛な叫び声がラスシルワ大森林に響いた。

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「ああ~~~平和だな~~~。昼寝でもしたい天気だよ」

 

「ナルス、気ぃ抜いてんじゃねえぞ。何があるか分かんねえのが街の外だ」

 

「分かってるよう親父。でもよ見てくれ、ほら。馬鹿みたいに平和な空だ。ああ、どっかに可愛い女の子でも落ちてねえかなあ」

 

 ガタガタ、ガタガタ。

 地平線まで続く広大な草原。遠くに見える風景と化している山脈以外、これと言って変化の無い道。

 二台の馬車が横に並びながら走っていた。

 

「馬鹿野郎、んな物語みたいなことあるわけねえだろ」

 

 髭を生やした筋肉質な男。

 睨んでいるかのような目は生まれつきで、言葉遣いも荒いが懐の大きい偉丈夫。

 

「でもよ親父~。期待するだけなら金要らずだろ?」

 

 その隣の馬車で手綱を握るのは、金髪の男。

 親父と呼ぶ男性とは正真正銘血の繋がった親子である。

 顔の全てのパーツが母親に似た彼は、隣に居る父と実の親子だと言っても誰にも信じられないのが小さい頃からの悩みだ。

 

「そりゃそうだがよ。もっと金儲けの為に頭使えってんだ」

 

 彼らは、アルマティニ王国の外れにある小さな町を拠点として国内や国外に渡って商売をする商人。

 主に衣服や道具などを扱う彼らの積荷にはそういった類の物が積んである。

 

「──────っ」

 

「ん?」

 

「──────────、──っ!」

 

「ん? またなんか……」

 

「どうしたナルス」

 

「親父、何か聞こえないか?」

 

 風に乗って微かに人の声のようなものが聞こえてくる。

 二人は耳をすませてじっと何かが聞こえてくるのを待った。

 

「あのーーーーーーーー!」

 

「やっぱり聞こえてくるぞ!」

 

 ナルスは立って辺りを見渡す。

 

「あぶねえだろナルス!」

 

 すると……いた。

 地平線の向こう側。道のないそこからこちらに向かってくる人影がある。

 

「あそこだ親父!!!」

 

 二人はその人影を見る。

 遠くてよく見えないが、何やら細長いものを持った……女だった。

 

「あっちにゃ村も街もなんもねえはずだぞ……」

 

 髭を触りながらこちらに近づいてくる、女と思われる人影。

 女が向かってくる方向には、何も無かったはずだ。ここら一体は、だだっ広い平原がどこまでも続いているだけ。

 

 いや……それをずっと超えていった先には、ラスシルワ大森林があったはずだ。

 

「あのー! 私を連れていってくれませんかー!」

 

 ある程度姿や声がはっきりとしてきた距離。

 

「遭難した間抜けな冒険者でもねえみてえだな」

 

 ボロボロの布切れで辛うじて体の局部を隠している女。

 太陽の光を反射する黒髪に、汚れていても損なわれていない美貌。

 身長よりも長い奇妙な形をした武器に、人外の証である二本の角。

 

「…………こりゃ厄介なもんを拾っちまったな」

 

 拾う。と彼が言ったのは、人畜無害そうな笑顔を女が浮かべていたからか、彼自身の懐の大きさか、その両方か。

 少なくとも彼の中では、自分が亜人を迫害している国の民であっても、目の前の少女を無視するという考えは無かった。

 それは息子も同じようで、既に馬車から降りて少女の元へ向かって──

 

「──馬鹿かあいつ!」

 

 いくら無害そうな少女でも、武器を持った亜人なのだ。

 アルマティニ王国は異種族からの風当たりが強い。だからこそ異種族と接する時には注意しなくてはいけないのだ。

 

 あの馬鹿息子は──と彼もまた馬車を降りる。

 

「あの、私はマナって言います! 怪しいものでは──」

 

「一目惚れしました。結婚してください!」

 

「……へ?」

 

 そこで彼が見たのは、膝をついて亜人の手を取る息子──いや、馬鹿息子の姿だった。

 

 

 




お気に入り登録や評価をしてくれた方々、ありがとうございます!

これまでのように隔日更新とは行きませんが、自分のペースで更新していくのでこれからもよろしくお願いします。
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