「うおーーーーー! 外だーーーー!」
マナは嬉しさのあまり、雄叫びを上げていた。
眼前に広がるのは、地平線のどこまでも続いていく道無き平野。
「外だよ、外! やっと森を抜けられたね!」
『ああ、そうだな』
興奮しながら右手に持った漆黒の大太刀──天鬼へ話しかけると、彼女はまるで小さな子供を見守るような声音でそう返した。
「何日も何日も森にいて、もう一生このままかなーって思ってたけど、外に出られてよかったあ」
ぐぐーっと伸びをして、空気を目一杯吸う。
『して、マナよ。このまま進むのか? この先、食料を確保できるとは限らんぞ?』
森で過ごしていた時は、襲ってくる魔物や果物を食べればよかった。
水も、音や匂いを探して何とか確保できた。
さらに言えば進化したことである程度飲まず食わずでも動けるようになり、あまり食料問題には悩まされなかった。どちらかと言うと、いつ魔物に襲われるか分からず、安心して睡眠ができなかったという点の方がマナは困っていた。
「大丈夫だよ、きっとなんとかなるよ!」
マナはとりあえず森から出たかった。
『これも修業だ』と言って天鬼が周囲の魔物を威圧するのをやめてからもう、魔物に怯えて眠れない夜を何回も過ごした。
──と言いながら、それでも天鬼は本当にマナが勝てない魔物は近寄らせなかったのだが。
「なんとかなるよ、うん!」
そう言って、足首程度まで草が生える草原へと足を生み出した。
「一目惚れしました。結婚してください!」
そこから数日。
マナは初対面の男性から突如、愛の告白を受けた。
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膝をついて、手を取って、真剣に目の前の女性を見上げる金髪の男。
対するのは、顔を真っ赤にしてフリーズしている黒髪の鬼の女性。
「一目惚れしました」
「ふえ」
「貴女との距離が縮まっていくと同時に僕の中に芽生えた貴女への感情が大きくなっていきました。
互いの名前も素性も知らない、初対面の女性にこんなことを言うのは失礼だと理解していますが、僕の中にある溢れんばかりの貴女への感情がそうさせてしまいました。
もう一度言います。結婚してください」
「ふええええええ」
何故、マナがいきなりこんな赤面のポンコツ赤鬼になってしまっているか。
それは単に、愛という感情を“覚”ったことが無かったから。
母からは親子の愛を、ヴェッタからは友愛を、天鬼からは親愛を受けるマナであるが、“恋愛”の情を向けられるのは初めてであり、それを“覚”ったのも初めてである。
“覚”の力でマナが相手の感情を覗く時、マナにはそれがダイレクトに伝わってくる。
生まれてからそう時間も経っておらず、さらに平和な世界で生きた前世の記憶を持つマナが魔物と戦えるのはそれが理由だった。
他者から向けられた感情をそのまま、鏡のように返すことでマナは今まで生きてきた。敵意には敵意を、殺意には殺意を。
だが。成長した体と前世で生きた自分の記憶があろうとも、マナは生まれて一年も経たない女の子でしかない。
理解し難い未知の感情を向けられて──それをダイレクトにぶつけられて、マナはバグった。
「え、あ、あのえっと、えっとちょっとどうすればいいのあま」
「こんの馬鹿息子ッ!!!」
そこに、馬車から降りてきた髭を蓄えた男がマナの手を取る金髪の男、ナルスへ拳骨を落とした。
「いってええええええええええ! 何すんだよ親父!?」
「てめえ、初対面の嬢さんになに言ってんだコラアアアアアアアア!!!」
という声をマナは、ぼーっと湯立った頭の片隅で聞いていた。
『マナ、マナ? ……だめだ、完全に意識が飛んでおる』
と。密かに“人間”を警戒していた天鬼は、一先ず危険が無いことを確認して息を吐いた。
『まさかこれほどまでに初心だとは……』
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「俺はザン。んであれは馬鹿息子のナルスだ。嬢ちゃん、名前は?」
「えっと、マナです」
数分後、正気に戻ったマナは強面の男性から自己紹介を受けていた。
マナに突然告白をしてきた男──ナルスは未だに拳骨のダメージから復帰しておらず、頭を抱えて蹲っている。
「いくつか質問するが、答えられる範囲で答えてくれ」
道の脇に停めた馬車の影で、マナはコクリと頷いた。
「ここがどこだか分かるか」
ふるふる、と首を横に振る。
「誰かから逃げてきたか」
もう一度首を振る。
「両親はどこだか、言えるか」
「えっと、亡くなりました」
「……一人でここまで来たのか」
「一人……ん、はい。一人です」
少し言い淀んだマナに引っかかるものを感じながら、ザンは質問を続ける。
「俺たちを害する気はあるか」
「な、ないです!」
即答。
ジッとその瞳を見ながら、ザンは目の前の少女を計る。
「そうか。俺たちにも、嬢ちゃんを害するつもりはない」
「はい、“分かります”」
目は口程に物を言う。
ザンはこれまでの人生経験から、そしてマナは“覚”の力を使うため。
二人は一瞬たりとも目を離さずに会話を続けた。
「ここはアルマティニ王国の端っこだ。そんでもって、俺たちは商人。嬢ちゃんが求めてるものを俺たちは提供できる」
「はい、欲しいです!」
「…………んんっ。いいか嬢ちゃん、アルマティニ王国っていう国はな、嬢ちゃんみたいな異種族を迫害してる国なんだ。
例えば嬢ちゃんが街を歩いたりなんかしたら、衛兵に捕まって奴隷として売られちまう。そんな国だ」
「でも、ザンさんはそんなこと思ってないです!」
「……………………っああ調子狂うな、まどろっこしい事は抜きだ!」
「はい!」
「こんな所で出会ったのも何かの縁だ。嬢ちゃんを拾ってやる、飯も食わせてやる、服もくれてやる。俺たち商人は縁を大切にする生き物だからな」
「いいんですか!?」
ぱぁあ! と花が咲いたような笑顔を浮かべた彼女に、ザンは苦笑いを浮かべた。
「さっきも言ったが、この国じゃ亜人はまともに生きていけねえ。
でもな嬢ちゃん、あんたは幸運だ。俺たちが目指してる場所は『中立都市ヴェヘム』だ」
「『中立都市ヴェヘム』?」
「ああ。冒険者ギルドが運営する、どの国にも属さない街だ。ヴェヘムにゃ異種族が当たり前のように暮らしてて、差別思想もそこまで深くない。
ヴェヘムでなら、異種族の嬢ちゃんでも暮らしていけるはずだ。その武器は飾りじゃねえよな、戦えるんだろ?」
「はい、戦えます!」
「ならよし。ある程度戦えるなら、ヴェヘムで食うに困るこたねえだろ。乗りな嬢ちゃん!」
「はいっ!」
豪快、だが優しさに溢れるザンにマナの好感度は急上昇。
瞳を輝かせて尻尾を振る犬──今のマナはそんな表現をしてしまえる。
どことなく父性を感じさせるザンに、マナは懐いてしまった。
「うし、それじゃあまずは嬢ちゃんの服からだな。適当に積んであるものを着てみろ。子供が大人に遠慮するなよ?」
「うん!」
そう言って積荷の方へ向かったマナの背中。
野性的な生活を送っていたからか土や泥で汚れていて、それでも傷一つない綺麗な剝き出しの肌に、自分が妻帯者で良かったと安堵するザン。
そして、息子には刺激的すぎるそれを早く布で隠してほしいと願った。
どことなく“魔性”の雰囲気を感じさせる、人を疑うことを知らないかのような異種族の少女。
謎な部分が多いが、それでも面倒を見ると決めたからには最後まで──ヴェヘムへ送り届けると、ザンは決意を固めた。
「ザンさん、着てみました!」
「どれ、見せてみろ」
タッタッタと裸足で地面を蹴る足音に、サイズが合う靴があったかと思案するザンは衣服を身に纏ったマナの姿を見て言葉を失った。
「えへへ、どうですか。似合ってますか?」
それは確か、アルマティニ王国からずっと東にある小国で作られた物。
本来なら祭事などの時に使うそれを輸出品として特別に加工したものらしく、かなり良い値段だった。
巫女服、という名前の衣服だったはずだ。
紫色の生地にところどころ金糸で編まれた装飾が為されたものに、紺色のロングスカートのようなもので一式。
くるりと彼女が回れば、大きく余っている袖口がひらりと宙に舞った。
紫と紺、そしてアクセントとしての金。
それらが彼女の黒い髪、瞳、角と絶妙に嚙み合っている。
「……ああ、似合ってるぞ」
似合いすぎだ、なんて余計な事は言わない。
「よし、あとは靴だな。選んだら出発するぞ」
「わかりました!」
「ナルス! いつまでも伸びてねえで準備しろ!」
「うぐぐ。わかったよ親、父……」
と、起き上がったナルスが新しい服を身に纏ったマナを見た。
「結婚してく──」
またもや飛んできた拳骨により、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。