サトリの鬼姫   作:春乃

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弐話

 

 

 

 魔物。

 それは人間の敵であり、討伐対象。

 魔力によって突然変異した動物の子孫や、神によって作り出された人類の敵などと言われているが、その正体は定かではない。魔力が満ちた空間から突然出現する魔物もいて、学者たちはその生体に頭を悩ませている。

 

 例えばゴブリン。

 彼らは独自の言語体系を持ち、人間には及ばないが知性を有している。

 そして、人を襲い繫殖する存在であるから、魔物と定義され駆除対象となった。

 

 何故ゴブリンは人の雌を使って繫殖するのかと言えば、生まれてくるゴブリンの殆どが雄だからだろう。

 これは、ゴブリンを最底辺として類似する特徴を持った魔物を束ねて定義された【鬼系魔物】の特徴だった。彼らは生まれてくる子供の殆どが雄である。

 

 しかし稀に、非常に稀に、雌が生まれる。生まれてくる【鬼系魔物】の雌はその母体となった種族の容姿と非常に酷似していて、見目麗しい姿で誕生する。

 生まれてきたその雌を、雄は大層大事に育てるのだ。ある程度まで成長して、子を成しても母体が安全になるまで。

 そうして成長した【鬼系魔物】の雌は雄と交わり、人を襲わず、誰にも知られず、安全な場所で子を増やす。

 大昔の記録に残っているゴブリンの大繫殖では、万単位のゴブリンが森を、町を食い尽くして国を落とした。

 

 それが、ゴブリンの【姫種】。

 

 あまり知られていないが、危険度A認定の、発見され次第国を上げて討伐がなされる非常に危険な魔物である。

 

 

  ──────────────────────────────

 

 

『経験値が一定値に達しました。

 レベルアップしました。

 各種能力値が上昇しました。

 スキルポイントを獲得しました。』

 

 脳内にアナウンスが響く。

 もう幾度か聞いたそれを聞き流すと、マナ自分が殺した狼のような魔物がゴブリンたちに連れ去られるのを見送る。

 

「ふう……」

 

 ゴブリンの巣に戻ってきてから幾日か経った日、彼らは瀕死の魔物をマナの前に連れてくるようになった。

 主に今殺した狼の魔物で、四本の脚と首、体を何匹ものゴブリンに抑えられた状態でマナの前に差し出される。

 それを用意された短刀で殺すと、先ほどのようなアナウンスが聞こえた。

 

 マナの目的は“生きる”ことであるからして、レベルアップして貧弱なステータスが上がっていくのは嬉しかった。

 

 ただ、ゴブリンたちが最終的に自分に何をさせたいかを“(サト)”ったマナの心境は複雑なものである。

 

(子供を産む……)

 

 ゴブリンの雌であるマナは、同族たちと交わって数を増やすことを期待されていた。

 

(嫌、絶対に嫌)

 

 ゴブリンが母を襲った結果がマナであるが、自分がゴブリンと交わるのは御免だ。

 

(まずは、レベルを上げる)

 

 子を産むのは嫌だが、一人で生きていけるほどマナは強くない。

 故に、ひとまずは従順なふりをして甘い蜜を吸おうというのがマナの算段だった。

 

(私、死にたくない)

 

 前世での自分の死。今世での母の死。

 

 それらを通じて、マナの中では死にたくないという感情が強くなっていた。

 

 

  ──────────────────────────────

 

 

「ゴブリン、か」

 

 簡素だが質の高い家具が並ぶ書斎。

 その部屋の主は腕を組みながらそう呟いた。

 

「はい。偵察に行かせたところ、ラスシルワ大森林の浅い層にある廃村にゴブリンの姿が確認されました。どうやら通りかかった旅人や馬車を襲って数を増やしているようです」

 

「……そうか」

 

 ラスシルワ大森林。

 それは敵国である帝国とこの国の間に広がる、広大な森。

 森の浅い場所には、過去にこの森を開拓しようと試みた名残りである廃村がいくつかあり、奥に進んでいくにつれ魔物の強さは他の魔物生息域とは一線を画すようになる秘境。

 

 その大森林とほど近い場所に、セヴォルト・ライトウッド辺境伯が治める辺境の街、カラトールがある。

 ラスシルワ大森林へ挑む冒険者。帝国の息がかかった間者。それを睨む辺境伯の私兵が三者三様に入り乱れる街。

 

 そんな街を治めているセヴォルト・ライトウッド辺境伯は先日、愛する娘を失った。目を離した隙に居なくなった娘は帝国の息がかかっていると思われる不届き者に攫われ、後日遺体となって発見された。

 

『お嬢様を守れず申し訳ありません』

 

 という置き手紙と共に。

 

 その手紙の主は既に割れている。辺境伯の私兵である騎士団の団長、その息子であると。

 仲の良い幼馴染同士で、仄かな恋心を互いに抱いていたのは知っていた。

 娘が失踪した時、彼が何よりも自分を責め、不眠不休で探し回っていたのも知っている。

 

 ラスシルワ大森林の浅い場所で見つけたと書かれた手紙を信じ、その付近を探らせて見ればそこにはゴブリンの巣があった。

 

「我が娘を穢した薄汚い魔物を、一刻も早く殺し尽くせっ……!」

 

 領主より、ラスシルワ大森林にて発見されたゴブリンの巣の討伐指令が出された。

 

 

 

「帝国の間者ども……貴様らもすぐに炙り出してくれる……!」

 

 

  ──────────────────────────────

 

 

『経験値が一定値に達しました。

 レベルアップしました。

 各種能力値が上昇しました。

 スキルポイントを獲得しました。

 進化可能になりました。』

 

「え?」

 

 いつものように狼の魔物にとどめを刺していると、レベルアップのアナウンスと共に今まで聞いたことのないアナウンスが鳴った。

 

「進化?」

 

 どういうことだろうと、マナは自分のステータスを確認する。

 

 

 種 族:ゴブリンプリンセス Lv10『進化可能』 

 名 前:マナ 

 ランク:E

 生命力:70/70

 魔 力:25/25

 物理攻力:20

 物理防力:17

 魔法攻力:25

 魔法防力:28

 速度能力:24

 

 スキル

 

 称号

 【姫種】

 

 スキルポイント:10

 

 

 Lvが1だった頃から多少は上昇したステータスとスキルポイント。そして『進化可能』の文字。

 

「進化って、どうやってするんだろう」

 

 とりあえずマナは、目を閉じる。そして自分の中、どう表したものか、魂というべきところを“(サト)”る。

 基本的にマナの“覚”は瞳を介して発動する力であるのだが、あえて目を閉じることで、方向性を失った“(サトリ)”の力がソナーのように周囲に広がる。それを自分に集めることで、わざわざ何か反射するものを用意しなくても自分のステータスを確認することが出来る。

 これは前世の自分もやっていなかった応用で、既にマナは“(サトリ)”の力を前世の自分よりも使いこなしていた。

 

『進化可能』

 [ゴブリンクイーン]

 [ホブゴブリン]

 

 すると、出てきたのはこんな文字。

 

 

 [ゴブリンクイーン]

 ゴブリンプリンセスの成体。

 成体となった事で繫殖が可能になる。

 ゴブリンを産み続けることでその一生を終える。

 

 [ホブゴブリン] 

 ゴブリンの成体。

 一人前のゴブリンの戦士。

 進化時にスキル【恵体 Lv1】を入手。

 

 

 見た瞬間にマナの心は、ホブゴブリンへの進化に決まっていた。自分がゴブリンと交わって子供を産むなんて許容出来ない。

 恐らく、ゴブリンクイーンへ進化すれば自分は周囲に侍るゴブリンたちから襲われるだろう。

 

(絶対に、ホブゴブリン)

 

 しかし、ホブゴブリンもゴブリンの成体だ。

 結局どちらに進化しても同じではないかと、マナ訝しんだ。

 

 つまり──

 

「もう、ここに居る意味が無くなった」

 

 このゴブリンの巣から抜け出す日は、着々と近づいていた。

 

 

 

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