サトリの鬼姫   作:春乃

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肆話

 

 

「ね、お嬢さん」

 

「え、なんですか……いきなり」

 

「あそこに、誰かが飲みかけのまま置いていったペットボトルが見えるでしょ?」

 

「え? はい、ありますけど……」

 

「あそこに見える飲み物を、君は手に取ってここに持ってこられるかい? 多分持ってこれると思うんだけど」

 

「は?」

 

「それじゃあ今度は、僕たちの上に見えるこの大きな空を、手に取って、ここに、持ってこられるかな?」

 

「……警察呼びますよ」

 

「まあ、無理だよね。それが僕と君たちの違いだよ。

 見えるものも違うし、君たちが触れられないようなものを僕は感じて、触って、操ることが出来る。

 

 この大きな空に触れられるような存在の事を、きっと神様っていうんだろうなあ」

 

「な、なにいって──」

 

「──“(サトリ)”」

 

「…………ぁ」

 

「さ、いこっか」

 

「……はぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“(サトリ)”ッ!」

 

 マナはゴブリンたちの陰から飛び出すと、それに釣られてこちらを見た騎士の一人と目を合わせた。

 

「…………あ、ぁ?」

 

 するとその人間が、全身から力を失ったように崩れ落ちる。

 

「おい、大丈夫か!」

 

「気をつけろ、奇妙な術を使うぞ!」

 

 一人が崩れ落ちた騎士を支え、一人がこちらを警戒する。

 対してこちらのゴブリンは三匹で、その隙を見過ごすゴブリンたちではない。

 

「ギギギョ!」

 

 ゴブリンたちが騎士へ襲い掛かる。

 決して広くはない家屋で行われる戦闘。マナはどうにか逃げられないかとタイミングを見計らい──

 

「おい、逃げたぞ! よく見たら、子供じゃないか!?」

 

「知らねえよ! くそっ、ゴブリン共が!」

 

 どうにか逃げ出すことに成功した。

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 森を走っていた。

 自分を抱いて外へと逃げた母とは対照的に、マナは森の奥へ奥へと進んでいく。

 

「はぁ、はぁ!」

 

 殺意だ。

 マナは生まれて初めて殺意を向けられた。

 今でも震えが止まらない。ドクドクと心臓が早鐘を打って、歯が勝手にカチカチと音を立てている。

 

「やっちゃった……」

 

 マナが持つ“(サトリ)”という力は、ただ視線を合わせた相手の心を読むだけの力ではない。

 心という、不可視で不可侵なモノに干渉するその力は、相手の思考を操り、思うがままの人形にしてしまうような使い方も出来る。

 

 思考が分かる。心が分かる。ならそれに触れられない道理など無い。

 

 そうやって、マナの前世に当たる人間は様々な犯罪を起こしてきた。

 マナがやったのはそれの真似だ。

 

 相手の心に干渉し、意のままに操る外法。 

 

「こ、ここまで、来たら……」

 

 夢中で走ったマナは、近くにあった木に背を預けた。

 

「あれ?」

 

 ふと、マナは自分が知らない物を持っていることに気づく。

 これは何だろうと記憶を探り──それが、ゴブリンたちが拝んでいた物だと気づく。

 

 それは全長二メートルほどもある漆黒の大太刀。

 両手で持っても地面に引き摺ってしまうようなその大太刀を、マナは自分でも知らないうちに持ってきてしまったようだった。

 

「……そんなことある?」

 

『ククク。あるぞ、小娘』

 

「!?」

 

 突如聞こえた女性の声。マナは周囲を見渡して──

 

『どこを見ておる。貴様の膝の上じゃよ』

 

 ギ、ギ、ギ。と、大太刀へ視線を向けた。

 

『それにしても、鬼の女子か。最近はつまらんやつだったからのう、これからよろしく頼むぞ?』

 

「──ひええぇぇぇぇ……」

 

 初めて殺意を浴びて精神的に参っていたこと。限界まで走って体力が底をついていたこと。さらに刀が喋りだすというマナのキャパシティーを超えた出来事がトドメとなって、マナの意識はブラックアウトした。

 

『ククク、ハハハハハ!!!』

 

 脳内に響く女性の声は、どこまでも愉快そうに笑っていた。

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「よし、【剛腕】と【健脚】取ろう」

 

『スキルポイント5を消費してスキル【剛腕 Lv1】を取得します。

 スキルポイント5を消費してスキル【健脚 Lv1】を取得します。』

 

 早朝。

 安全だったゴブリンの巣とは違うからか日が昇ってすぐに目が覚めたマナは、スキルを取得した。

 

『小娘、名は何という?』

 

「進化もしよう。もちろんホブゴブリンに」

 

 ホブゴブリンに進化することで得られるスキルを合わせれば、マナには新たに三つのスキルが増えることになる。

 これは大幅な強化だとマナは口角を上げる。

 

『我の新たな所有者となるのだ。名くらい名乗ってもよいだろう?』

 

「進化、ってどうやってするんだろう。スキルを取るみたいな感じでいいのかな」

 

 目を閉じ、進化すると念じる。

 

 

『進化可能』

 [ゴブリンクイーン]

 [ホブゴブリン]

 

 

『それにしても、鬼の姫とは中々に珍しい存在だな。気に入ったぞ?』

 

「…………」

 

『うむ。先ほどから何を無視しておる? 我の声は聞こえているだろう?』

 

「な、なんなのこれぇ!」

 

 マナは、自分の対面に立てかけた黒い大太刀に向かってそう叫んだ。

 

『元気じゃのう。ククク』

 

 喋る武器。

 昨日、ゴブリンの巣からマナが無意識に持ってきてしまった物。

 

「どうしよう……」

 

『おっと。あそこへ戻すなんて退屈な真似はするんじゃないぞ?』

 

 女性の声が、そう返してくる。

 

『して、名は何という?』

 

「……マナ」

 

『マナか。ククク、これからよろしく頼むぞ?』

 

「よろしくしたくない……」

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

『[ゴブリンプリンセス]が[ホブゴブリン]へ進化します。

 

 

 

 

 

 各種能力値が上昇しました。

 スキル【恵体 Lv1】を入手しました。』

 

 進化を開始するとマナの体は光に包まれた。

 そして感じる、体が作り変わっていく感覚。

 

 やがて光が収まると、マナは自分の身長が少し伸びていることに気づく。

 

「おお……」

 

 今までの外見は人間の5.6歳ほどの女児だったのだが、それが今や10やそこらの少女の体になっていた。

 

「つめ!」

 

 そして、指先には鋭利な爪が、口には牙が。耳は少し尖って、人間からゴブリンへ少し近づいたような容姿になったいた。

 肌の色などは変わりないが、人の体よりは森で生きていきやすいだろうと、マナはご機嫌だ。

 

 

 種 族:ホブゴブリン Lv10

 名 前:マナ  

 ランク:D

 生命力:70/70

 魔 力:30/30

 物理攻力:55

 物理防力:50

 魔法攻力:30

 魔法防力:40

 速度能力:45

 

 

 スキル

 【恵体 Lv1】【剛腕 Lv1】【健脚 Lv1】

 

 称号

 【姫種】

 

 スキルポイント:0

 

 

「えへへ、強くなってる」

 

 成長した自分の体を眺めながらマナはにこにこと可愛らしい笑顔を浮かべた。

 進化したらレベルがリセットされるものだと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 

『ほう。マナよ、お主は強くなりたいのだな』

 

「…………」

 

 と、そこに割り込んでくる空気の読めない刀が一本。

 

『我を使えばお主はこれからもっと強くなれるぞ。よかったな』

 

「……ここに置いていこうかな」

 

『なんだと!?』

 

 体が成長したことでサイズが合わなくなった簡素な服を気にしながら、マナは半目で大太刀に向かって言った。

 

『というかお主は、何も感じないのか!』

 

「?」

 

『ゴブリンと言えど、鬼の端くれであろう!? ならばこの我から溢れる“気”を感じるはずだ!』

 

「……はあ」

 

『我は鬼に連なるモノたちに最も尊ばれる存在なのだぞ!?』

 

「そっかぁ」

 

 マナはそれを聞き流しながら進化して変わった自分の確認を続けた。

 

 

『スキル 【恵体】

 恵まれた体。

 レベルアップ時の生命力と物理防力の成長に上昇補正。』

 

 

『スキル 【剛腕】

 類い稀なる剛腕。

 レベルアップ時の物理攻力の成長に上昇補正。』

 

 

『スキル 【健脚】

 並ぶ者無き健脚。

 レベルアップ時の速度能力の成長に上昇補正。』

 

 

 このスキルがあれば、マナはレベルアップしていく度に今までより強くなっていく。

 魔法も使いたいが、よくわからないので今は放置だ。スキルポイントが貯まってから考える。

 

 さて、とマナは黒い大太刀を見る。

 

「……持っていく?」

 

『持っていけ!』

 

 と言うが、この大太刀は成長したマナでも両手で持たないと運べないサイズで、森でのサバイバルに適しているとは思えなかった。

 

「まあでも、一応刃物だし……」

 

 何かを切るのには使えるかな、と。マナは両手で大太刀を持つ。

 

「おもい……」

 

 両手に荷物を抱えながら、とりあえず森の奥を目指す。

 目指すは自分が食べられる木の実などの食糧と、水だ。

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「んっ、と。よっ……と」

 

『ははは、まさか我がこんな使われ方をするとはな』

 

 森を歩いていると、マナはいつもゴブリンたちが自分への献上してくる果物が生っているいるのを見つけた。

 

 外見がリンゴのように真っ赤で、中身もリンゴのようなリンゴ。つまりリンゴを発見したのだ。

 それは地面から離れた枝にあり、とてもマナが手を伸ばして届く距離ではない。だからこそマナは、この喋る謎の大太刀を使ってリンゴを採ろうとしているのである。

 木登りが怖いとかそういうのではない。決して。

 

「もう少し……」

 

 精一杯背伸びをすると、大太刀の先端とリンゴがこつんと触れる。

 

「えい!」

 

 

 

 初めて自分で採った食べ物は、大層美味しかった。

 

『満足か?』

 

「うん」

 

 リンゴを齧りながら森を進む。

 お腹を満たしたなら、次は寝床を探さなければならない。

 飲み水の確保もしなければならないし、やることはたくさんあった。

 

「“(サトリ)”」

 

 目を閉じることで周囲の状況を索敵する。

 とりあえずこの一帯には外敵はいないようだ。

 

 何か居たら最悪木に登ればいいだろうとマナは考えていた。もしそうなったらこの大太刀は地面に置いていく。

 

「強くならないと」

 

 きっと、このままではマナは生きていけない。どこかで他の魔物に殺されてしまうだろう。自分のレベルを上げる為にゴブリンたちが持ってきた狼の魔物や、ゴブリンの巣を襲った人間たちに勝てるヴィジョンがマナには見えない。

 強くなるために、他の魔物を殺してレベルを上げる。本来群れで狩りをするはずのゴブリンである自分が、一人で。

 

 出来るのだろうか。

 いや、するしかない。

 

 そんな決意を新たに、日が暮れたきたのでマナは爪を駆使しておっかなびっくり木に登り、じっと夜が明けるのを待った。

 

 

 

 大太刀はもちろん地面に置いた。

 

 

 

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