「クソっ、こんなはずじゃなかっただろ!」
「喋ってる暇があるなら走れ! 死にたいのか!」
森の中を走る三つの人影と、それを追う無数の魔物たち。
「わたし、もう、げんかいっ」
彼らは冒険者だ。
魔物を狩る。ダンジョンを探索する。そんな危険なことをして日銭を稼ぐ仕事の彼らが、辺境の街カラトールにやってきたのは最近の事だった。
リーダーで剣士のアレン。
盾を背負ったタンクのジス。
後衛でパーティーの紅一点、サシャ。
なぜ彼らが魔物に襲われているのか。それはリーダーのアレンが原因だった。
アレンは少し夢見がちな青年だ。仲の良い幼馴染たちと冒険者として活動し始めもう一年。思い描いていた華々しい活躍や心躍る冒険なんてどこにもなく、あるのは地味な薬草の採取や弱い魔物の討伐だけ。
フラストレーションを夜街で発散しながら思いついたのは、生まれ育った街を出て辺境で一発逆転するという名案。
二人を言葉巧みに説得して辺境の街へやってきた理由は、ラスシルワ大森林と面する辺境の方が冒険者らしい冒険者が出来るからだ。
そして彼らはラスシルワ大森林へと脚を踏み入れ、熱烈な歓迎を受けた。
彼らが戦ってきた魔物とは一線を画す、魔物の強さ。
魔物との戦闘は、基本的に戦う魔物と同じランクの人間が二人以上いなければ勝てないとされている。
人はスキルを取得し、技術を磨いて、それでも単純なステータス値で魔物に勝てない。
それだけ人間と魔物のステータスの差は大きく、魔物にスキルポイントを消費してスキルを取得する知能が無いからこそ人類は魔物と戦えてきた。
彼らは無様にも逃げていた
Eランクの魔物。ローウルフの群れから。
「むりっ、ほんとにむりっ」
サシャがどんどん失速する。
このまま走っても追いつかれるだけだ。サシャがいなくなれば自分たちも終わりだと、ジスはサシャを助けようと──
「おい! 開けた場所に出るぞ!」
先頭を走るアレンから声がかかった。
前方の木々の隙間から見える、開けた空間と透き通った湖。
三人はそこを目指して死に物狂いで走る。
そこには──
『やいやいやい! なんだお前たち、人間か!? ここは水精霊ヴェッタ様の──』
「ヴェッタ、そんな場合じゃないよ?」
高級そうな、それでいて人前では絶対着られないような透けた衣服を身に纏う、湖に浮いた青い少女。
額から小さい二本の角を生やし、その身に不釣り合いなほど大きな太刀を持つ黒髪の少女。
「助けますね」
両手を使って大太刀を抜いた少女は鞘をその場に置いて駆ける。
「待て、俺たちは敵じゃない!」
そう言ったアレンに見向きもせずに、少女は三人とすれ違うと、大太刀を大きく円を描くように振り回した。
遠心力を使って独楽のように回る少女は、正確にローウルフの群れを切り裂いていく。
「なんつー業物だ……」
それを見てアレンはその武器の切れ味に目を奪われた。
ローウルフをまるで紙切れのように切り刻んでいく様はまるで舞いのようで、三人は少女に目を奪われる。
やがてローウルフの群れは一匹残らず少女の手によって殲滅させられた。
少女は大太刀を両手で横に振りぬいて血を飛ばすと、こちらを見た。
「えっと、大丈夫ですか……?」
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湖の護衛になった日から数ヶ月。
動物や魔物との戦闘にも慣れた頃、マナは狼の魔物──ローウルフの群れに襲われている人間を助けた。
「ほんっとにありがとうね! マナちゃんが居なかったらどうなってたか……!」
マナの両手を握って上下にぶんぶんと振る女はサシャと名乗った。
深緑のローブに短いロッドを持った、如何に魔法使いといった風貌の彼女にマナは内心期待する。
(魔法……!)
魔物を倒してレベルを上げてきたマナは、未だに魔法というものがよく分からない仕舞いだった。
ある程度スキルポイントが貯まったが、魔法系のスキルは『取得可能なスキル一覧』にいつまで経っても現れない。自分には魔法が使えないのかと枕を涙で濡らした夜は数知れず、ここで魔法使いと出会った事はまさに天の導きだとマナは瞳をキラキラと輝かせていた。
「えーっと、俺はこのパーティーのリーダーのアレンだ。そっちはジスにサシャ。サシャは先に名乗ったみたいだけどよ」
赤髪の少年が物言いたげな視線を向けてマナに言う。
「お前、なんでこんな場所にいるんだ。あと──」
ちら、とマナの額にある二本の角へ視線が移る。
「亜人、か?」
「アレン、そんなこと今はいいでしょ? マナちゃんは命の恩人なのよ?」
窘めるようなサシャの言葉に、マナは繰り返すように呟いた。
「亜人……?」
「亜人っていうのはな、お嬢ちゃん。俺たちみたいな“人”とは違う容姿をしてる人たちの事だ。獣人とかエルフとか、そういう」
大きな盾を背負った大柄な青年──ジスがマナの視線に合わせるよう屈んで教えてくれた。
「そうなんだ」
「角が生えてるのは……まあ、獣人の類いなのかな。お嬢ちゃんは」
本当はただのゴブリンなのだが、そう言ってもややこしくなるだけなのでマナ黙っておく。
「獣人は駆除対象だろ」
目を細めてそう言ったアレンにサシャとジスは顔を顰める。
「アレン!」
「は? 本当の事だろ? この国じゃ亜人に人権は無い。向かいの帝国だってそうだぜ」
「だからって……!」
サシャとアレンが向かい合い、一触即発の雰囲気が立ち込める。
『おい』
割り込むように響いたのは、少女の声。
『いいか! ここは水精霊ヴェッタ様の領域だぞ! さっさと帰れ、侵入者!』
「えーっと……」
どんどん面倒くさくなっていく状況。
どうしたものかとマナは頭を捻った。
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「スキルを持ってないからって魔法が使えない訳じゃないのよ、マナちゃん」
「そうなの?」
「うん。【剣術】っていうスキルがあるんだけど、そのスキルを持っていない私でも剣を持って振り回すことは出来るの。なんでかな?」
バチバチ、という木が燃える音。
枝の隙間から見える星空を眺めて、マナはうーん、と考える。
「ふふふ。スキルっていうのはね、神様が認めた技能だって言われてるの。
【剣術】のスキルを持っていなくても剣は振れる。でもそうやって培ってきた剣の腕前がスキルとして認められると、【剣術】のスキルがゲット出来る。そうするともっともっと剣が上手くなるっていう仕組み」
年下の妹に教えるかのようなサシャの言葉に、マナは「そうなんだ」と返した。
疲労している彼らを一夜でいいからここに居させてほしいとヴェッタに頼み込んだマナは、苦虫を嚙んだようなヴェッタから了承の声を貰うと、サシャに魔法について教えてもらっていた。
ゴネ勝ちである。
「そう。だからスキルが無いからって何も出来ない訳じゃない。努力すればスキルになるし、スキルポイントで取っちゃうっていうのも手だね」
レベルアップすることで手に入るスキルポイント。
マナはホブゴブリンに進化する前にスキルポイントを消費して【剛腕】と【健脚】というスキルを入手した。
どちらもレベルアップ時の成長率を上げてくれるスキルで、非常に役に立っているであろうスキルだ。何せ目に見えるものじゃない。
「スキルをポイントで取るのは、その人の得手不得手で結構レートが変わるらしいんだけどね。私も剣術とかのスキルを取るのは諦めてるし。世の中にはスキルポイントを使うのが恥ずかしいっていう思想を持った人とか……まあ色々あるけど、簡単な魔法の使い方は教えられるよ」
「得手不得手があるけどね?」と最後に言って、サシャはマナへ握手をするかのように手を伸ばした。
「握ってみて」
頭に?マークを浮かべたマナとサシャが手を繋いだ。
「魔法を使うのに必要なステップ、その一。魔力の知覚だよ」
するとサシャの手から不思議な“何か”が流れてくる。
目に見えない。温度も感触もない不思議なそれを感じ取ると、マナの中にも同じようなものがあるのが分かった。
「お、いいねマナちゃん。素質あるよ!
それが、全ての魔法の原型だって言われてる無属性魔法の最初の最初。魔力感知だよ」
『スキル、【魔力感知 Lv1】【魔力操作 Lv1】を入手しました。』
「おおぉ!」
待ちに待った魔法系スキルの獲得に心を躍らせるマナであった。
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「皆さん、大丈夫でしたか? ラスシルワ大森林は魔物のレベルが高い場所ですので、心配していましたよ」
精霊と亜人の少女が住む湖で一夜を明かしたアレンたちは、そこから丸一日、命懸けで辺境の街カラトールへ戻ってきた。
そのままの足で冒険者ギルドへ向かった彼らを迎えた美人な受付の女性。
「まあ、なんとかなったぜ。それに良いものも採ってきたしな!」
アレンが自慢げに布に包まれた何かを受付に出す。
それは、ラスシルワ大森林にだけ生える果実。
ペーシュの実という、貴族御用達の高級品。
魔力が潤沢な土地でしか成長せず、なんとか成長しても果実を実らせるのは一握りという、売れば小さな財産が手に入る希少品。
「これの換金を頼むぜ!」
ギルド全体に響くような声で自慢げに掲げるアレン。
(この馬鹿、目立たないようにするって言ったのに……!)
このペーシュの実。これは、彼らが精霊の湖から出る時に、亜人の少女マナから案内された場所に群生していた。おそらく、精霊という希少な存在が近くにいるからだろう。
アレンたちからしたら信じられないような光景で、その価値が分かっていなかったマナは別れの品としていくつか分けてくれたのだ。
だからこそ三人は約束した。
出来るだけ目立たず、自分たちが見たものを秘密にすると。それが、命を救ってくれた彼女に対するせめてもの行いだと。
だが、アレンは違った。
(亜人なんてとっ捕まえて奴隷にすればいい。あれだけのペーシュの実がどれだけ金になるか、こいつらは分かってねえ)
幼馴染の二人にこの計画は教えられない。
考えが合わない二人とはここら辺で別れた方がいい。魔物に襲われた時も役に立たなかった。
(俺はこんな所で終わらねえ! もっともっと成り上がってやる……!)
アレンの瞳は、どうしようもなく欲望に染まった色をしていた。