サトリの鬼姫   作:春乃

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捌話

 

『マナ、あなた少し汚れてるわよ。ほら、水を上げるわ!』

 

 精霊の湖の近くで大太刀を素振りしていたマナに、水精霊のヴェッタが声をかける。

 

「いいの?」

 

 ヴェッタがマナへ手のひらを向けると、大きな水球が生み出される。

 それをマナの頭上に移動させ、シャワーのように水を降らせた。

 

「ん、きもちい」

 

『えへへー、そうでしょそうでしょ! わざわざ自分の魔力を使ってあげてるんだから感謝しなさいよっ』

 

「うん、ありがとね」

 

 この湖に来てそこそこの時間が経った。

 最初はどこか怯えていたようなヴェッタも、マナと過ごしていくうちに態度が軟化し、今では二人は友人と呼べるような関係になっていた。

 

『それにしても、この前やってきた人間をそのまま返したのはびっくりしたわよ』

 

「あはは、ごめんね。でも、悪い人たちじゃなかったし」

 

 この前やってきた冒険者たち。

 

 マナは彼らを助けた。

 

 ヴェッタとの取り決めは、この湖にやってくる侵入者を排除すること。

 ヴェッタの感覚で言えば彼らは侵入者で、マナが排除するべき存在だ。それをマナは自分の都合で助けた。

 もちろん、“(サトリ)”で軽く思考を読んだ。しっかりと目を合わせたものではなく、ソナーの方でだが。

 

 マナはあまり、他人の思考を読みたくない。見境なく“(サト)”って、思うがまま他人を操って辿る結末というのは、前世の自分が体験している。だからこそヴェッタや大太刀に“(サトリ)”を使ったことはない。まあ、大太刀は物理的に目が無いのでそもそも無理な話だが。

 だがマナは、魔物と戦う時は“(サトリ)”を使って戦うし、ステータスを見て相手の情報を得る。命の危険が迫ったら、ゴブリンの巣でやったように前世の自分と同じように力を使うだろう。

 結局、ただのエゴでしかない。

 

 そんなエゴのせいで、アレンの奥底で燻っていた野心に気づけなかった。

 表面的な悪意を感じなかった。それだけの理由で助け、帰り際には自分がよく食べている果実の群生地帯に案内した。

 前世の記憶があれど、マナは年相応の少女でしかない。望まぬ死を遂げた母、それをもたらしたゴブリン、悪人だった前世の自分。

 マナを構成する要素はこの三つで、だからこそマナは少しでも他人に優しくしたいと思っていた。

 

 その善意がどんな結果をもたらすのか、マナは身を以て知ることとなる。

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

『む、また侵入者か』

 

 下級水精霊ヴェッタは、今日もまた湖にやってくる侵入者の気配を察知した。

 最近はマナという用心棒を雇っているのだが、あいにく今はその用心棒が居ない。果物を採ってくると言って出かけている。

 

『二人、か。この前来た人間共か?』

 

 マナの事は、過ごしていくうちに信用するようになっていた。未だに周囲を威嚇するように存在感を放っている漆黒の大太刀は別だが、マナは話してみれば普通の女の子だった。

 瞳の奥に潜む不気味な“ナニカ”になんとか慣れれば、ヴェッタとマナは普通の友達になれた。

 

 長い時を一人で過ごした精霊の少女と鬼の少女の間には、確かな絆が生まれていた。

 

『まあ、マナも疲れてるだろうし? 久しぶりに自分で侵入者を追い払おうかしら』

 

 ヴェッタはいつものように、湖から姿を現し──

 

『やいやいやい! ここが水精霊ヴェッタ様の領域だと知っての狼藉か!』

 

 そこには、見知らぬ人間が一人に、この前やってきた人間が一人。

 

「あいつが精霊です!」

 

「見りゃわかるっつうの! 『風刃』!」

 

 侵入者たちは、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「ふっ! はっ!」

 

 精霊の湖の近くにいくつかある、美味しい果物の群生地帯。そこでマナは修業をしていた。

 大太刀と、魔法の修行である。

 

 …………湖で修業をするとヴェッタが話しかけてきて集中出来ないとかそういうことではない。決して。

 

 湖に来た頃からステータスが大分上がったことにより、マナは大太刀をある程度自由に振るえるようになったきた。

 それでも、二メートルもの大太刀を10そこらの少女の体で扱うのは難しい。

 

 マナが魔物と戦ってきて分かったことがいくつかある。

 

 それは、自分が殆どこの大太刀のおかげで魔物と戦えているということ。

 まず、圧倒的な切れ味だ。魔物をバターのように切り裂いていく刀身。それを拒んだ魔物はおらず、どんな魔物にも刃が通って、確実なダメージを与える。

 二メートルというサイズも、慣れてさえしまえば良いことしかない。魔物は大型のものが多く、この大太刀はそれを一太刀で両断することが出来た。

 

 マナは戦闘中、目を瞑る。

 目を瞑ることで周囲に拡散する“(サトリ)”の力。瞳を合わせるより効果が低いが、戦闘中という状況下においてはそれだけで充分だった。マナに向けられる敵意や殺意はその相手の形になって、マナを襲うのだ。

 マナは視覚情報よりも、“(サトリ)”の力を信用して戦っていた。

 

 敵の思考を“(サト)”って、一撃必殺の大太刀を振るう。

 

 これが、マナの現在の戦闘スタイル。

 その補助として、最近覚えた【身体強化】と【防御魔法】を使う。

 

 【身体強化】は文字通り。大太刀を振るう力やマナ自身のスピードを上げる。が、魔力の扱いに充分に慣れるまでは使用厳禁。

 【防御魔法】では相手の攻撃を逸らしたりなどするが……まだ魔法系のステータスが低いし、【魔力感知】や【魔力操作】のレベルを上げないといけないだろうから、この二つはまだ実用的ではない。

 

 だが、着々と形になりつつある自分の方向性にマナは嬉しさを覚える。

 

「こんにちは。君がマナちゃんかな?」

 

 ある程度の素振りを終え、精霊の湖へと向かおうとするマナの背後から聞いたことのない男性の声がした。

 

「え?」

 

 振り返ると、そこに居たのは優し気な表情をしたロングヘアーの男。

 

「えっと、どなたですか……?」

 

「あああ、ごめんね。怖がらせちゃったかな。

 先日、後輩のアレンが君に助けられたって聞いてね。お礼を言いに来たんだ」

 

 そう言って微笑む男は冒険者で、アレンの直属の先輩だという。

 アレンともう一人の仲間と共に、お礼がしたくてやってきたそうだ。

 

「そうなんですね! アレンさんはどこに?」

 

「あはは、恥ずかしながらあいつらとはぐれちゃってさ。昔から方向音痴なんだ」

 

『マナ……この男、危険だ。思考を読んでみろ』

 

 と、ロングヘアーの男に警戒を解いたマナに大太刀が言ってくる。

 マナは大太刀に、ある程度自分の事を話していた。自分の生い立ちや特異な力の事。前世の事は抜きにして、だが。

 

「……むやみやたらに心を読むのはよくないよ。それに、殺気を感じないし」

 

 湖にやってくる魔物と戦っていくうちに殺気というものに敏感になったマナ。

 この男からは、魔物たちが放つような殺気が感じられない。だからこそ無防備に近づいてしまった。

 

「それじゃあ、湖に案内しますね。もしかしたらアレンさんもいるかもですし」

 

「ごめんね、お願いできる?

 あっ、僕はラストっていうんだ。見ての通り冒険者だよ」

 

「マナです。えっと、ここら辺に住んでます」

 

「そっかそっか。じゃあ────死んでね」

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 マナは、自分の背中から胸に貫通している銀色の刃を見て呆然とした。

 

 その瞬間に体を駆け回る、熱と激痛。

 

「あぁっ! ぐぅ……!」

 

 今まで感じたことのないような激痛に、大太刀を支えに膝をついた。

 

「なん、で……!」

 

「おー、やっぱ亜人って頑丈だね。心臓を貫通してるはずだよ? それ」

 

 チカチカと点滅を繰り返す頭に聞こえる、先ほどと何も変わらないトーンで話すラストの声。

 

「アレンのやつは君を奴隷にしたかったみたいだけど、目撃者を生かしておくわけにはいかないんだよね。この国とはもうおさらばだけど、リスクは回避する派だからさ、僕。

 

 

 

 ……あ、死んだ」

 

 ラストは膝をついたまま死んだ亜人の死体の髪を掴んで、ずるずると引き摺っていく。

 

「死んでも武器を離さないとか…………やっぱ亜人って気持ち悪いなぁ。

 さ、あとはアレンを殺して二人で帝国に高跳びだ。──目撃者は生かしておけないしね」

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

「あれ? まだ終わってなかったの?」

 

 亜人の死体を引き摺りながら精霊の湖に着いたラストが見たのは、未だに精霊と戦闘中の相方の姿。

 

 自分の周りに水球を出して警戒するようにレイグとアレンを睨んでいる精霊と、剣を抜いて対峙している二人。

 

「遅せえぞラスト!」

 

「ごめんごめん、レイグ一人で充分かと思ってさ」

 

 わざとらしく肩を竦めるラストにレイグは舌打ちをする。

 

『マナ…………?』

 

 こちらを見た精霊が、ラストが引き摺ってきた死体を見て呆然とそう呟いた。

 

「ん? ああ、これ?」

 

 と、ラストは精霊に見せつけるように亜人の死体を持ち上げた。

 

 胸元から血を流し、森を引き摺ってこられたせいで体中がボロボロになった少女。

 両手で漆黒の大太刀を握る、生気の無い死体。

 

『マナっ!!!』

 

「『風刃』」

 

 精霊がラストに近づこうとするのを、レイグが魔法を撃ち牽制する。

 

『貴様らっ、貴様らああああああ!!!』

 

 周りに浮かぶ水球が槍のように形を変えてラストに迫る。

 

「あーあ、怒っちゃった。そんなに大切だったの? すぐに死んだよ? これ」

 

 軽々と水の槍を躱して、髪を掴んで持ち上げている少女の死体をわざとらしく揺らした。

 

『おまええええええええええええええええええ!!!!!!』

 

 激怒した精霊の魔力が空間を揺らす。

 直後、背後にある湖の水が全て持ち上がって、三人に牙を向いた。

 

 それは、彼ら三人を纏めて飲み込むかのような大海嘯。

 

 湖の水、さらに精霊が持つ魔力の殆どを使って生み出されたそれは、逃げることも抵抗することも許されない。

 

「せ、先輩、どうするんですか!」

 

「ちっ! 黙ってろ足手纏い、てめェは死んどけ!」

 

 レイグは自分に縋るアレンを突き飛ばし、こちらに向かってくるラストと合流する。

 

「ラストォ!」

 

「ああ、『起動』!」

 

「先輩! 先輩!? 俺を助けろよ! ふざけんな! ふざけんなああああああああああ!!!!」

 

 レイグとラストが合流した瞬間、膨大な量の水が彼らを飲み込んだ。

 

 

  ────────────────────────────────────

 

 

『マナ、マナ。起きて、死なないで…………せっかく友達になれたのに』

 

 ヴェッタはマナの亡骸を抱いていた。

 

 己が守ってきた湖の水を全て使った攻撃は、湖の周りの木々を数十メートルは後退させた。水が引いた後には、何も残っていない。全身全霊の攻撃を仕掛け、魔力が殆ど底を突いたが、あの人間どもは殺したはずだ。

 その傍らで、これ以上マナの体が傷つかないようにその亡骸を回収していた。

 

『やだよ、マナっ。起きて、やだ……っ』

 

「じゃ、てめェも死ね」

 

 森の奥から響く、忌々しい冒険者の声。

 そして、バァン! と、銃声が森の中に響いた。

 

『な────ぁ……え?』

 

「いいだろ、これ。帝国の魔導技術が詰まった最新の兵器、“魔導銃”だ。

 てめェみてえな魔力体にゃ効果抜群だろ?」

 

 それは、マナの前世でいうフリントロック式の拳銃のようなもの。

 大海嘯から逃れたレイグは、それを使ってヴェッタの胸を撃ち抜いた。

 

「精霊って凄いね、帝国の“防御結界”が一発でお釈迦だよ」

 

 その後ろから、体の濡らしたラストが姿を現し──

 

「ああ、良かったね。お似合いじゃないか」

 

 ──ヴェッタを見て嗤った。

 

『き、さま……ら』

 

 ヴェッタの胸には、明らかに銃弾よりも大きな穴が開いていた。

 それは、奇しくもヴェッタが抱えるマナの亡骸と同じ位置に。

 

「魔力がもう無ェんだろ? 体が崩れてってんぞ」

 

『く……そ、が。のろってやる』

 

 穴の開いた端から体が崩壊し始めている。

 魔力生命体である精霊には物理的な攻撃は効かず、同じく魔力によって起こされた現象でしかダメージを与えることが出来ない。ヴェッタの胸を撃ち抜いた武器は、そういうものだったのだろう。

 精霊はダメージを受け、魔力による存在が維持出来なくなると消滅してしまうのだ。精霊の心という、純度の高い魔石と呼ばれる宝石を残して。

 

「それじゃ、バイバイ。あの世でその子によろしくね?」

 

 消えゆく意識の最期に、マナを殺した男の憎たらしい笑みを見て。

 

『まな……』

 

 ヴェッタの体は、光となって消えていく──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、だめだな」

 

 それを、黒い霧のようなものが優しく包み込んだ。

 

「!?」

 

「なっ──」

 

 レイグとラストは信じられないものを見たように、呆然とした表情を浮かべた。

 

「ラスト! てめえちゃんと殺してなかったのか──」

 

「……こんなつまらん結末を、我は許容しない」

 

 死んだはずの亜人の少女が、立ち上がった。

 その手に、漆黒の大太刀を握って。

 

「我を離さなかったことだけが幸いだ」

 

 抜き身になった大太刀の、透き通るような美しい刀身から溢れる闇を思わせるような禍々しい霧。

 それが、貫かれた少女の心臓や傷ついた体を覆っている。

 

 

 

 ──大太刀を構え、鬼は告げた。

 

「では、死ね」

 

 

 




あと数話でお話に区切りがつきます。
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