秋もすっかり過ぎ去り、既に冬の寒さを感じさせる今日この頃。分厚めのコートのポケットに手を突っ込みながら、肌を刺す北風から少しでも逃れるようにマフラーで口元を隠す。
既に去年にさよならバイバイして新たな年を迎えた。更にはスズカの外出許可も降りたことで、スピカの皆で新年会をすることになった。俺は実家に逃げようとしたのだが、我が愛する妹の小町からーーーーー
『お兄ちゃんはそっちで担当のウマ娘さん達と新年迎えるでしょ?ならお兄ちゃんの分のお料理は無しでいいね!お兄ちゃんもお兄ちゃんで良いお年を迎えてね!あっ、今の小町的にポイント高い!』
というふうに半ば強引に決められてしまった。俺はアシスタントトレーナーだからあいつらは正確には俺の担当ではないし、その判断は八幡的にはポイントマイナスなんだけど.........
そういうわけで愛する千葉にも帰れず、それなら家に引き篭っていようと思ったのだがそれをあいつらが許すはずもなく、こうして寒空の中駆り出されたというわけだ。
「あっ、やっと来た!遅いよ八幡!」
「あんたねえ。新年くらいもう少しシャキッとしなさいよ」
「ばっかお前。これくらい誤差の範囲内だろ」
「十分の遅れは普通に遅刻ですわ」
「そうですよ!皆八幡さんを待っていたんですからね!」
どうやら俺の味方は居ない様子。これこそ真のプロぼっちの宿命というやつか。我ながら自分の力が怖すぎて涙が出てくるぜ.........
「おはようございます、八幡さん」
「おう。.........ギプス、取れたんだな」
スペの押す車椅子に乗ったまま声をかけてくるスズカに短くそう返しながら、彼女の左脚に目を向ける。つい最近までそこにあった物々しいギプスは無くなっており、今はサポーターのようなものが付けられている。
いよいよリハビリに入るって言っていたし、彼女の脚は問題なく完治に向かっている。それを考えると、少しだけ張り詰めていた不安が緩むのを自覚する。
「うっし、八幡も来たことだし早速行くか!新年会の準備は俺に任せとけ!」
活気のある声音でそう告げる先輩の言葉に全員で賛同。それからはスーパーで新年会に必要なものを買っているのだが.........高級伊勢海老やカゴいっぱいの人参など遠慮なしに爆買いする彼女達に呆れの溜息。あんだけ意気込んでたけど、先輩お金の方大丈夫なのか?
「........すまん、八幡。半分出してくれ」
........うん、まあ、そりゃあそうなるよね。
***
『カンパーイ!!』
快活な掛け声と共に勢いよく掲げられるにんじんジュースの入った紙コップ。盛大な乾杯の音頭を皮切りに、チームスピカの新年会が幕を開ける。
「ったく..........なんで俺が準備しないといけないんだよ」
「新年会の準備は俺に任せろって言ってたでしょ」
「こういうのはメジロ家では使用人の仕事ですわ」
「へいへい.........お前らに家庭的なものを期待した俺がバ鹿だったよ」
彼女達が炬燵でぬくぬく暖を取る中、食材の準備をさせられていることに不満を零す先輩。最後の先輩の言葉にカチンときたのか、三人でプロレス技をかけたり足蹴にする。口は災いの元とはよく言ったものだ。俺の不満は心の中に留めておくことにしよう。
「うっし、できたぞ!俺と八幡特製鍋だ!」
『おおー!』
鍋の蓋を開ければ途端に広がる白い湯気と部屋中に香る良い匂い。特製とは言っても、鍋だからせいぜい具材切るくらいしかしてないけど。
蓋を開けるが早いか各々で取り分け、鍋の味に舌鼓を打つ。遅れて座った俺も早速一口。出汁の効いた程よい温かさが冷えた体に染み渡る。うん、美味い。
「あっ、始まるよ!WDT!」
テイオーの声に釣られるようにテレビを見れば、今年のWDTに出走するウマ娘の紹介が流れている。ルドルフを初めとして、並み居る実力者達がの名を連ねている。
そして始まるWDT。各々が素晴らしい走りを見せる中、見事1着に輝いたのはルドルフだった。やはり“皇帝”の名は伊達じゃないということか。
WDTを見たからか、スピカのメンバー各々も気合いを入れ直している様子。目指すは打倒リギル。壁は高いが決して越えられない壁ではないだろう。
「よし!それじゃあ行くとするか」
え、まだどっか行くのん?俺はもう暖かい室内でじっとしていたいんだけど...........
***
しかし、残念ながら俺のささやかな願いは聞き入れられることなく、無理矢理引っ張り出されてやってきたのはスペの階段トレーニングにも使ったことのある神社。所謂初詣というやつである。
「あ〜、あったまる〜」
先程屋台で買った甘酒を飲み干した俺は、体の中から温まる感覚に思わずそんな声を漏らす。マッ缶には及ばないものの、やはり甘酒の甘さも捨てがたいものがある。
「八幡、何飲んでるの?」
「甘酒」
「いいなぁ。一口ちょーだい!」
「あそこに売ってるから自分で買ってこい」
“八幡のケチ!”と吐き捨てておれの指差した屋台へと甘酒を買いに行くテイオー。鍋の材料も買ってるのにこれ以上金使ったら破産するし、そもそもこれをテイオーにやったら関節キスになるでしょうが。むしろ感謝して欲しいってもんだ。
「おーい、そろそろ行くぞー」
先輩の呼ぶ声に全員が賽銭箱の前に一列に並ぶ。各々の金額をお賽銭として投げ入れ、紐のついた鐘を鳴らして全員で合掌と瞑目。それぞれの願いを何処かで見ているであろう神様に向かって心の中で唱える。ゴルシよ、願い事は心の中で言え。
(.........スズカをまた走れるようにしてやってください。お願いします)
今まで自分の運命を、神様を恨んだことなんて幾らでもある。虫の良い話だとは思う。でも今だけは.........この願いだけは叶えて欲しい。ただそう思うのだった。