一番星に魅せられて   作:黒金剛

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だいぶ更新が遅くなってしまいました!申し訳ございませんでした!


暗雲の宝塚記念

新年会が終わった次の日からスズカのリハビリが始まった。リハビリはそれは過酷なものだったが、彼女はまた走るために文句の一つも言わず懸命にリハビリに取り組んでいた。

俺は毎日スズカのリハビリに付き添った。先輩にスズカのことを任されたというのもあるが、自分のせいでこうなってしまった彼女にせめて最後まで尽くそうという、一種の罪滅ぼしのような心配が強かったのは否めない。

 

 

「スズカ、最初は軽くだからな」

 

「無理はすんなよ。それと、何か違和感を覚えたらすぐ報告してくれ」

 

「はい」

 

 

その懸命なリハビリが実り、遂にスズカはターフに戻ってきた。既に日常生活に問題はなく、今はウォーミングアップのランニングに一緒に参加している。勿論軽めの調整ではあるが、彼女にとっては久しいレース場の芝を踏みしめる感覚だろう。

 

 

「どうやら問題なさそうだな」

 

「........ですね」

 

 

二列に並んでターフを一周するスピカのメンバー。その最後尾にスペと並んで走るスズカの状態を確認し、先輩と共に安堵の息をつく。同時に、彼女の走りに対するひたむきな姿勢に一人感嘆する。

 

 

完全な復活とはまだいかないものの、こうしてスズカが戻ってこれたことは素直に嬉しい。チームにとっても彼女の復帰は喜ばしいことだろう。やはり何処か活気があるように見える。

 

 

(.........まあ、一人心配な奴は居るけどな)

 

 

そんなことを考えながら、スズカの隣で笑顔を浮かべる黒鹿毛の彼女に視線を向けるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

スズカがトレーニングに復帰した日から更に数日が経った。新年会の時に見たWDTが理由か、近頃チームのメンバーのやる気も高まっている。

 

 

近々迫っているスペの宝塚記念。一番の脅威はやはり、リギルのグラスワンダーだろう。怪我で同期からは遅れをとったものの、その遅れを取り戻すかのように近頃のレースでは躍動している。間違いなく今回の大きな壁となるだろう。

 

 

一度思考を打ち切り顔をあげた俺の目に、膝に手をついて息を荒くするスズカの姿が映る。どうやら少しだけペースを上げて走ったらしい。一瞬だけ体が動きかけたのは、やはり彼女の怪我を一度見てしまったからだろうか。そんな条件反射に思わず苦笑いを零す。

 

 

「スズカさん!大丈夫ですか!?」

 

 

しかし、そんな俺より顕著かつ大袈裟に反応する者が居た。先程までターフの端でスクワットをしていたスペだ。彼女は心配の声を上げるが早いか、勢いよくスズカの方へと走っていく。

 

 

そんなスペに自分は大丈夫だと苦笑を浮かべるスズカ。しかし、スペは一向にスズカの元を離れようとしない。スズカを心配するのはわかるが、あなた今トレーニング中だからね?

 

 

「こらー!サボるなスペー!」

 

「ご、ごめんなさーい!!」

 

 

案の定先輩にお叱りの言葉をもらい、慌ててトレーニングに戻るスペ。その様子を見て一人そっと溜息をつく。

 

 

実はこの光景は今に始まったことではない。スズカが退院してから.......否、スズカが怪我を負った時から、スペは何かとスズカに構いっきりになっている。それこそ過剰だと思ってしまうくらいに。

スペの中でスズカの存在がどれほど大きいのか、少なからずそれは理解している。だが、それで自分のことが疎かになってしまっては本末転倒。宝塚記念はもうすぐそこなのだ。

 

 

一抹の不安を覚えながらも、俺はただただ深く溜息をつくことしかできなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

そしていよいよ始まった宝塚記念。各ウマ娘がゲート前で各自ストレッチをしたり、集中を高めるために時間を費やしている。

 

 

ふとスペに視線を向ける。今日までのトレーニングを見てきた限りでは調子は悪くない。むしろ仕上がっている方だろう。遠目だが見たところ変に緊張してる様子もない。もっとも、俺が抱えているのはもっと別の角度の精神的な不安なのだが、今そんなことを幾ら言ったところでどうしようもない。とりあえずスペを信じるしか..........

 

 

「ーーーーっ!?」

 

「ん?どうかしたか、八幡」

 

「あっ、いや、別になんでも」

 

 

........なんだ、今感じたただならぬ闘気は。先輩達は見た感じ気づいていない。ぼっち生活が長かったせいで何かと場の雰囲気や人の視線に敏感になった俺だからわかるのか。

 

 

ひとまず冷静になった俺は、闘気を感じた方向に目を向ける。その視線の先に居たのは、ゲート前で真っ直ぐにスペのことを見つめる今レースの最も注意すべきであろうウマ娘。リギルのグラスワンダーの姿がそこにはあった。

 

 

(あいつ、以前一度会った時とは明らかに雰囲気が違う。てっきりおっとりしたタイプかと思ってたが)

 

 

話し方や雰囲気から何処かおっとりとした大和撫子、第一印象はそんな感じだった。正直レースで凌ぎを削るタイプじゃないとまで思った。だが、彼女の見せる闘気(それ)はまさしく勝負する者のそれ。どうやら俺は彼女のことを外面だけで決めつけていたらしい。

 

 

(このままだったら、スペの奴.........)

 

 

俺のそんな心配など知らぬというようにゲートが開き、レースがスタートする。全ウマ娘が一様にスタートを決め、各々の作戦に合うように走る。

スペが居るのは集団の真ん中付近。一方グラスワンダーはその更に後方。スペをマークするようにピッタリ後ろについている。最後に差しにいくつもりか。

 

 

レースが始まって間もなくして、スペが何かに気づくように辺りを見渡し始める。どうやらあいつも気づいたみたいだな。グラスワンダーの並々ならぬ気迫に。

 

 

レースもいよいよ終盤。ここに来てスペがしかける。持ち前の末脚で一気に加速したスペは、次々と前のウマ娘を抜いてあっという間に先頭に立つ。

 

 

「っ!?」

 

 

しかし、それをさせんと追従する者が居た。グラスワンダーだ。スペと同様溜めていた脚を一気に解放した彼女は、どんどんスペとの差を縮めていく。これは不味い........差されるっ.........!

 

 

(今日のスペちゃんなら、私の相手じゃ........ありませんっ!!)

 

 

俺の予想は的中し、グラスワンダーは最後の直線で更に加速。前を走っていたスペに並ぶことなく追い抜き、そのまま1着でゴールする。

 

 

スペが敗れたことで応援していたスピカのメンバー達もわかりやすく気を落とす。両手両膝をターフにつくスペにグラスワンダーが近寄り、何か短く言葉をかける様子を見ながら、俺は握りしめた拳に力が入るのを感じていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

宝塚記念を終えたその夜、俺はトレセン学園内にあるとある切り株の近くに座っていた。この切り株はレースで負けたウマ娘が、己の悔しさや行き場のない感情を叫ぶためのもの。溜め込んだ様々な思いを吐き出し、次のレースへと向かうために使う有名スポット。

 

 

そこに座ってしばらく夜空を見上げていた俺は、静かな空間に聞こえる足音に視線をそちらへと移す。そこにはお目当てのウマ娘ーーーー酷く落ち込んだ様子のスペがこちらにとぼとぼ歩いてくるのを確認できた。

 

 

「よう」

 

「っ.......八幡さん.........」

 

 

どうやら俺が声をかけるまで気づいていなかったらしく、ピクリと耳を震わせて顔を上げたスペの顔には明らかに影が差していた。

 

 

「すみません........私........」

 

 

ポツリと零した謝罪は何に対してのものか。今日のレース結果に対するものなのか、それとも..........なんにせよ、俺のやることは何も変わらない。

 

 

「........正直、今日のお前は負けるんじゃないかと心の何処かで思っていた」

 

「っ........!」

 

「別に実力でグラスワンダーに劣ってるなんて思っちゃいない。今日のお前の敗因はもっと別のところにある。.........なあ、スペーーーー」

 

 

ーーーー今日、何を考えながら走ってた?

 

 

「私は........」

 

「大方スズカのこと、だろ?」

 

「........はい」

 

 

最近のスペはスズカのことを意識しすぎている。それが二人一緒に走るという約束故、また彼女の優しさ故のものだということは重々承知している。

 

 

「この際だからはっきり言わせてもらう。いつまで他人に執着するつもりだ?」

 

 

それでも俺は、今から告げる言葉を取り下げるつもりは毛頭ない。

 

 

「そんな.........スズカさんは他人なんかじゃありません!同じチームの仲間で、憧れの先輩なんです!」

 

「確かにな。だが、お前はスペシャルウィークだ。サイレンススズカじゃない。端的に考えて、お前とスズカは他人だと言える」

 

 

どれだけ仲が良かろうと、所詮は違う人間、違うウマ娘。スペがスズカになることはできないし、逆もまた然りなのだ。

 

 

「そんな他人のために、お前は自分を見失おうとしている。お前がスズカを過剰に気遣うことでお前のレースに影響が出る。それをスズカが喜ぶと思うのか?」

 

 

これはスズカ自身も心配していたことだろう。自分に付きっきりでトレーニングにも集中できない。スペがそうなってまで自分に尽くしてくれることを彼女が望むとは思えない。

 

 

「それに、今日のお前は対戦相手を.........グラスワンダーのことを見ていなかった。向こうは明らかにお前との真剣勝負を望んでいたのにも関わらずだ。お前の行為はグラスワンダーを侮辱したのと変わらない」

 

 

今日のグラスワンダーの気迫はそれはもう凄まじかった。怪我で同期に遅れを取り、少し前の毎日王冠ではスズカに大敗を喫した。しかし、彼女は折れることなく、その悔しさを胸に今日の宝塚記念に臨んだのだろう。彼女の覚悟が、思いが、今日のレースに乗り移っていた。

 

 

「........なあスペ、お前の“本当”の夢はなんだった?」

 

「本当の、夢.........?」

 

「それを思い出せ。俺が言えるのはそれだけだ。あんま遅くならないうちに寮に帰れよ」

 

 

そう言い残して彼女に背を向けてヒラヒラと手を振った俺は、とある木の裏へと足を進める。

 

 

「それじゃ、後は頼みますよ」

 

「.........ああ、わざわざありがとうな」

 

 

木の裏に立っていた先輩に後始末をお願いする。いつから居たのかは知らないが、どうやら俺達の会話を聞いていたらしい。まったく悪い人だ。

 

 

「........なあ、八幡」

 

 

先輩のお礼に肩を竦めて返し、そのままこの場を後にしようとした俺を呼び止める先輩の声。何かと思い振り返った俺の目に、何処か心配するような、何処か悲しむような先輩の顔が映る。

 

 

「お前は多分、自分が悪者になればそれで良いと思ってる。確かにそれで解決することもあるかもしれねえ。だが、少なくともその行動を見て悲しむ奴が居るってことは覚えておいてくれ」

 

「........お疲れ様でした」

 

 

先輩のその言葉に俺は返事をしなかった。奇しくもそれは高校の頃、唯一恩師と呼べたあの人がくれた言葉とよく似ていた。そんな思考に苦笑を浮かべた俺は、学園の門へと一人歩くのだった。

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