合宿が終わってから数日が経った。俺は今、トレーナー室で先輩と一緒にとあるレースのライブ映像を見ている。おそらくウマ娘達の寮でも同じ映像が流れていることだろう。
場所はフランス、この日に開催される凱旋門賞を映している。このレースにリギルのエルコンドルパサーが出走するのだ。しかし、本命は別に居る。
「........あれがブロワイエ.......」
「流石はヨーロッパ最強と言われるウマ娘。立ち姿が違うな」
カメラが映すのは一人のウマ娘。金色の長髪を靡かせ、優雅に立つ姿はまるで貴公子のようにも見える。
彼女の名前はブロワイエ。ヨーロッパ最強と呼ばれ、日本ならず世界中にその名を轟かせるウマ娘だ。日本で言うところのルドルフのような存在だろうか。
日本の代表として凱旋門賞に出走するエルコンドルパサーの応援及び観察という目的もあるにしろ、やはり本命は彼女だろう。ヨーロッパ最強の走りとやらを存分に見させてもらうことにする。
いよいよスタートする凱旋門賞。エルコンドルパサーは逃げに近い先行策で一気にトップへと躍り出る。海外と日本ではウマ娘の体格や単純な力の差が大きいため、一度囲まれると抜け出すのは困難を極める。この作戦は妥当だろう。
レースはあっという間に最終直線。このままエルコンドルパサーが1着で駆け抜けるのかと思っていたその時ーーーー後ろから最強が迫ってきた。
凄まじい脚で迫り来るブロワイエ。先頭のエルコンドルパサーとの距離をどんどん詰める。エルコンドルパサーも負けじと粘るがその差は徐々に縮まり、遂にその位置が入れ替わった。
先にゴール板を走り抜けたのはブロワイエ。よって、凱旋門賞はブロワイエの勝利で幕を閉じた。やはり最強の名は伊達じゃない。その事実を痛感したレースとなった。
***
凱旋門賞が終わってから、明らかにチームの雰囲気が変わった。エルコンドルパサーの、そしてブロワイエの走りに感化されたのか、ここ数日全員トレーニングへのやる気が段違いだ。特にスペに関しては一段と気合が入っている。.........若干気合が入りすぎな気もするが。
そんな中、スペは秋のレースの前哨戦とも言える京都大賞典に出走。合宿で心配だったメンタル面の懸念は取り除けた。気合いも仕上がりも十分。今のスペならなんの問題もない。
........と、思っていたのだがーーーー
『なんと、スペシャルウィークは7着。惨敗です!』
「なんでえぇぇぇぇぇ!?」
.........空回りしすぎだ、バカ。
「スペちゃーん!スーペちゃん!」
「エ、エルちゃん!」
京都大賞典から数日後、今日も今日とてトレーニングするためにストレッチをする俺達のもとに訪れる一人のウマ娘。フランスから帰国したエルコンドルパサーだ。
「ただいま戻ってまいりマシタ〜!!」
「おかえり〜、エルちゃん!」
相変わらず仲の良いこって.........
「京都大賞典見てマシタ!7着でも気を落とさないデネ!」
ーーーーギクッ
「調子の悪い時だってありマース!」
ーーーーギクッギクッ
「駄目な時は駄目デスねー!」
ーーーーギクッギクッギクッ
こいつ.........いや、無自覚なんだろうけどさ、なかなか容赦ないよな。エルコンドルパサー、恐ろしい子!
「あれ?なんだか前より大きくなって.........」
「エ〜ル〜?スペちゃんを滅多刺しにするのはやめなさ〜い」
これ以上は見てられないと思ったのか止めに入ったグラスワンダー。エルコンドルパサーのジャージの襟を掴み、そのままズルズルと引っ張っていく。どなどなどーなーどーなーなんて聞こえてきそうだな。
「失礼しました〜」
「日本に帰ってきた実感が湧きまシタ〜!」
嵐のようにこの場を去る二人。気になってふとスペの方を確認すると、しっかりエルコンドルパサーの言葉責めがぶっ刺さっている様子。
「スペ、終わったレースのこと考えててもしかたねえぞ。次は秋の天皇賞、その次はジャパンカップも照準に入れてるんだからな」
「あ、秋の天皇賞.........」
秋の天皇賞。それは去年、スズカが怪我をしたレース。やはりどうしても良い気分にはなれないが、流石にスペまで怪我をするなんてことないだろう。.........いや、違うな。もう二度と、怪我なんてさせない。俺は俺の役割を全うするだけだ。
そのためにもまずはーーーー
(無駄に張り切りすぎなこいつらをどうにかしないとな........)
近頃チーム全員がやけに張り切りすぎている。士気が高いのは結構だが、高すぎても逆に空回りするだけ。心に体が追いつかなければ何の意味もないし、むしろ悪い方に向かってしまう。特に........
「おいスペ、お前隠れてトレーニングしてたろ」
「えっ!?ええっと........」
相変わらずわかりやすい反応に思わず溜息を吐く。先日の京都大賞典、俺の中ではスペの仕上がりは決して悪くなかった。しかし、実際走ってみれば明らかに自分の力を出し切れていなかった。
トレーニング不足、というのはありえない。レースのために何日も調整していたし、彼女もそれに真面目に取り組んでいた。そうなると、考えられるのはその逆。過度なトレーニングによる疲労の蓄積が原因だろう。
「あのなあ........やる気があるのはいいが、それでレースの時に本調子が出なくてどうすんだよ」
「うぅ.......すみません........」
「お前らもだぞ。闇雲にやればいいってもんじゃない。抜くときは抜く、やる時はやる。そういうメリハリが大事だ。俺なんてむしろ永遠に休んでいたいまである」
「最後ので台無しですわね」
しかしながら、やはり思うところがあるのかバツが悪そうな表情を浮かべる一同。こうなると一度ちゃんと休ませた方が良いと思うが........
「うっし、決めた。お前ら全員しばらく休養。特に、スペは次の秋の天皇賞までな」
「は、はい.......」
どうやら先輩も同じ考えだった様子。確かにそれが妥当だろう。スペに今必要なのは、鞭より飴の方だろうからな。
「そうだ。せっかくだし、この機会に一度実家に帰ったらどうだ?」
「じ、実家ですか?」
そういえばスペの故郷は北海道だったか。確かに生まれ過ごしてきた地なら気も休まるだろう。俺もそろそろ千葉に帰って愛しのマイシスターに顔見せに行こうかしら。今の八幡的にポイント高い。
結局スペは実家へと帰り、他のメンバーもトレーニングはなし。唯一スズカだけは自主練をしている。スズカだけは流石に怪我による遅れがあるからな。もちろん無理しないように俺も付き添っている。
「タイムはどうですか?」
「ん、良くなってる。少しずつだがな」
そんな会話をしていると、遠くから先輩が息を切らして走ってくる。またなんかやらかしたのかあの人。
「スズカの復帰レースが決まったぞ!一ヶ月半後のオープン特別だ!」
「マジっすか.......」
「私の復帰レース.........」
予想に反した、しかしながらやはり驚くべき内容に思わずそう呟く。確かにそろそろ考えてはいたが.........一ヶ月半後か。時間はありそうでない。そろそろ実践感覚を取り戻すためのトレーニングをした方が良さそうだな。