「ーーーーーは?今なんて?」
「だーかーらー!!菊花賞出るって言ったの!」
「いや、出るったってお前........」
テイオーの骨折が明かされた直後。病院の控え室でテイオーの口から告げられた宣言に先輩と二人顔を見合わせる。復帰は来年の春と医者直々に言われておきながら、あろうことか11月にある菊花賞に出るなど言われればそうなるのも無理はないだろう。
「全治六ヶ月?復帰は来年の春?そんなこと言われて菊花賞諦めるボクだと思う?」
しかし、当の本人は全くもって真剣な様子。こちらを見つめる瞳からそれがひしひしと伝わってくる。
「........諦めないんだな」
「絶対出る!そして、絶対勝つから!」
テイオーの強い意思に腕組みして瞑目していた先輩は、続いて俺に視線を向ける。
「八幡、お前はどう思う?」
「そこで俺に振るんすか.......」
「当たり前だろ。お前はスピカのアシスタントなんだから」
先輩に続いてテイオーも俺の答えを待つ。二つの視線に頭を搔いた俺は、溜息と共に口を開く。
「........はっきり言って、賢明とは思えません。時間が限られていますし、無理をすれば悪化する可能性だってある。怪我の面倒を看る立場としては、走らせたくないというのが本音です」
俺の言葉にわかりやすく落ち込むテイオー。ったく.......最後まで聞けっての。
「..........ですが、本人が走りたいと言っているなら走らせてやりたいし、そのためのサポートもするつもりです。これが、俺の答えです」
「八幡.........」
怪我や体調を管理する役割の人間としてあるまじき回答。なにより、秋の天皇賞でのスズカの怪我を目の当たりにした時のトラウマが未だに残っている以上、テイオーには来年の春まで安静にして欲しいというのが正直な感想だ。
だが、本人がこうして出たいという強い意思を示している以上、その意思を汲み取ってやりたい。夢を叶えようとするテイオーを信じたいという感情があるのも事実。今のテイオーに“諦めろ”ということは、俺にはできない。
「.........しゃあねえな。菊花賞までのプラン、どうにかして二人で練るしかねえか」
「.........ですね」
「頼むよ、二人とも!三冠がかかってるんだからさ!」
「へいへい.........とりあえず今は大人しく入院しとけ」
「え〜、嫌だな〜入院........」
こうして、テイオーの菊花賞への道のりが始まるのだった。
日本ダービーでのテイオーの骨折は瞬く間に世間へと報じられた。そのことで周りは何かと好き勝手言っているが、そんなことは関係ない。俺達の仕事はテイオーの要望通り菊花賞に出走させることだけ。
「たっだいま〜」
『テイオー!?』
数日後、テイオーは無事退院した。思いのほか早い退院に彼女の怪我を知っているメンバー達は驚いている様子だ。
「ほれ、テイオー」
「わっと.......これは.........」
「お前のお望みのもん。俺と先輩で考えた菊花賞までのプランだ」
本当にこれ考えるの大変だった。何日も徹夜したし。それだけ今の状況から菊花賞で走るというのは過酷なことなんだよな。
「........お二人とも、本気ですの?」
「もちろんだ。テイオーが諦めない限り全力で支える。そう決めたからな」
マックイーンを含めて他のメンバーはあからさまに心配そうな顔を浮かべる。怪我が怪我だし、こいつらも厳しいことだとわかっているのだろう。
「皆、大丈夫だって!なんたって八幡とトレーナーがついてるんだからさ!」
「そりゃあ、もちろん菊花賞に向かってサポートはする。が、一つ条件がある」
「条件?なに?」
「菊花賞に向けて手は尽くす。だが、その時医者からストップがかかったら、その時は潔く諦める。これが条件だ」
テイオーが走りたいと言った以上何としても走らせてやりたい。だが、医者の言うことを無視してまで走らせて、治るはずだった怪我を悪化させてしまっては元も子もない。彼女はまだ先のあるウマ娘なのだ。その芽を摘むことなどできるわけがない。
「これを守れないならトレーニングはさせられない。わかったか?」
「.......うん、わかった!それまでに何がなんでも治してみせるよ!」
あくまでポジティブなテイオーの調子に相変わらずだなと苦笑。さて、こっちはこっちでテイオーのために最善を尽くすとするか。
***
こうして始まったテイオーの菊花賞へ向けてのトレーニング。とは言っても、走ってるのは他のメンバーだけでテイオーはベンチに座ってその様子を眺めている。もちろんただトレーニングを傍観しているわけではない。
テイオーにまず課したのは所謂イメージトレーニング。他のウマ娘が走る姿を見て、そこに自分が居たらどう走るのか、どう走るのが正解なのかを考える。
どのみちギプスが取れるまでは走ることができない。ならせめて、頭の中でたくさん走らせる。そこで培ったイメージはきっと実際に走る時に役に立つはずだろう。
「テイオーの具合はどうだい?」
「........トレーニングしなくていいのか?」
「目をかけていた後輩の心配するくらい構わないだろう?」
テイオーの様子をターフの外から眺めていた俺の隣に立つ影。声で誰かはわかっていたので、チラッと一瞬だけ隣を見た俺は彼女ーーーールドルフと前を向いたまま話をする。
「テイオー直々に聞いたよ。菊花賞、出るつもりなんだね」
「まあな」
「.........大丈夫なのか?」
「本人の希望なんだ。止める権利なんてないだろ。俺達にできるのは、あいつが百パーセントで菊花賞に臨めるようサポートすることだけだ」
ルドルフの心配はもっともだ。ウマ娘の怪我というのは存外重い。大丈夫、大した怪我じゃないーーーーそんな甘い考えがその後の選手生命を奪ってしまう可能性だってある。
「お前だってわかってるだろ。あいつは........テイオーはこんなところで止まる奴じゃないってな」
テイオーなら骨折を乗り越えて、菊花賞に出て1着を取って、無敗の三冠ウマ娘になる。そんな期待を勝手にしてしまっている。勝手に期待されて、勝手に失望されることを嫌っていた俺がだ。つくづく自分に呆れてしまう。
「.......ああ、そうだな」
そこから俺達の間に会話はなく、揃って座るテイオーを静かに見守っていた。