一番星に魅せられて   作:黒金剛

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やはり彼は背負い込む

音もない静かな病室。置かれているのは淡白な白いベッドと、バスケットに入れられた色とりどりの花々。部屋の中央に鎮座するそのベッドには、長い栗毛の長髪のサイレンススズカが黙々と本を呼んでいる。窓から入り込む風が、彼女の長い髪を靡かせる。

 

 

「入るぞー」

 

 

静寂を破るノックの音。それに短く「どうぞ」と答えれば、ガラリと病室の扉が開き、彼女のトレーナーである沖野がそんな声と共に入室する。

 

 

「スズカ、スペがここに来てないか?」

 

「スペちゃんならさっき駆け込んできて、ここに」

 

 

そう言って彼女は自らの横たわるベッドの端で腕を枕にするスペシャルウィークの黒鹿毛の髪を優しく撫でる。

 

 

「........ジャパンカップ、残念でしたね」

 

「お前と走る予定だったレースだからな。思い入れも強かったんだろ」

 

 

先日開催されたジャパンカップ。元々サイレンススズカと走る予定だったレースに単独で出走。結果は惜しくもエルコンドルパサー、エアグルーヴに続く三着。レース後、彼女はターフ上で人目もはばからず声を上げて泣いた。余程悔しかったのだろう。

 

 

「.........トレーナーさん。私、早くまた走りたいです」

 

「.........気持ちはわかるが今は我慢だ。焦りは禁物、だろ?」

 

「でも、万が一..........万が一このままだったら...........」

 

「大丈夫です!」

 

 

その時、図ったかのように飛び起きるスペシャルウィーク。突然の出来事に目を丸くして驚くサイレンススズカ。

 

 

「スズカさんはまた走れるようになります!復帰したら絶対私と走るんですからね!」

 

「起きてたの?」

 

「スズカさんのためなら私なんだって.........」

 

 

スペシャルウィークが言い切る前に、グイッと彼女の襟を掴む沖野。

 

 

「お前はまず自分のことだろ。ジャパンカップの反省、みっちりやるぞ」

 

「ス、スズカさーん。また明日ー...........」

 

 

襟を引っ張られてズルズルと引きずられながら病室の外へと連れていかれるスペシャルウィークに苦笑を零すサイレンススズカ。そのまま退室するかと思われたが、その直前で顔だけ反転させた沖野は、そういえばというように口を開く。

 

 

「そういやスズカ。スペの代わりって言ったらあれだが、退屈しないように話し相手を連れてきてやったぞ」

 

「話し相手?」

 

 

沖野の言葉にコテンと首を傾げるサイレンススズカ。重力に従って彼女の栗色の髪がサラリと垂れる。

 

 

「ほれ、さっさと入ってこい。いつまでそこでウジウジしてんだ」

 

 

病室の外に顔を出してそう告げる沖野。誰か居るのかと覗き込もうとするサイレンススズカだが、当然見えるはずもなく。そこからたっぷり数十秒かけて病室に入ってきたのは、彼女もよく知るアホ毛の青年。

 

 

「八幡さん.........」

 

「.......おう、久しぶりだな」

 

 

 

 


 

 

 

 

静寂に満ちた病室。そこに居るのは一人の青年とウマ娘。ベッドに横たわり上体を起こした体勢のサイレンススズカと、その傍らの椅子に座る八幡の間に会話はなく、彼が入ってきてから現在までの数分間無言の時間が過ぎていた。

 

 

「「なあ(あの)..........」」

 

 

そんな空気を変えようとしたのか、しかしながら今度は二人して同時に言葉を発してしまう。

 

 

「悪い.........スズカからいいぞ」

 

「い、いえ.........八幡さんから...........」

 

 

そして勃発する発言権の譲り合い。互いに口下手な性格だからか、変なところで譲ってしまって先に進まない。そんな流れを変えるためか一度咳払いした八幡が口を開く。

 

 

「.........すまなかった」

 

「えっ.........?」

 

 

彼の口から零れ落ちたのは簡素な謝罪の言葉。それと共に座ったまま頭を下げる八幡に、虚をつかれたのか疑問の声を上げるサイレンススズカ。

 

 

「俺の至らなさが原因でお前にこんな大きな怪我を負わせてしまった。本当に申し訳なく思ってる」

 

「........どうして八幡さんが謝るんですか?八幡さんが悪いことなんて..........」

 

「俺はスピカの怪我や体調面のケアを任されていた。にもかかわらず、俺はお前の怪我を防げなかった。...........やっぱり俺には荷が重すぎたみたいだ」

 

 

頭を下げている彼の表情は見えない。しかし、自嘲的は雰囲気は嫌というほどに伝わってくる。

 

 

「.........顔を上げてください。八幡さん」

 

 

数十秒経って一言そう告げるサイレンススズカ。どんな罵倒も受け入れる。そんな思いで顔を上げた八幡の目の前には、しかし穏やかに微笑むサイレンススズカの姿があった。

 

 

「私はこの怪我が八幡さんのせいだなんて思っていません。むしろ感謝してるんです」

 

「は........?感謝..........?」

 

「先日、トレーナーさんに聞いたんですーーーーー」

 

 

『ーーーーーこれは医者に聞いた話だが、お前が骨折で済んだのは日頃の徹底された柔軟と正確なケアのおかげらしい。それがなければ、お前は本当に二度と走れなくなってたかもしれない。ほんと、八幡の奴には感謝しかねえな』

 

 

「ーーーーー八幡さんのおかげで、私はまた走ることができるんです。本当にありがとうございます」

 

「........それが俺の仕事なんだから当たり前だろ。そもそも本当は怪我をさせるわけにはいかなかったんだ。感謝される資格は、ない」

 

「.........それでもですよ。八幡さんのおかげでスペちゃんとの約束を守れる、またあの景色を見られるかもしれないんです。例えあなたがどう思っても、私は八幡さんに感謝し続けます」

 

 

朗らかな笑みを浮かべてそう告げるサイレンススズカの髪が風に靡く。真っ直ぐな感謝の気持ちを正面から受け止めきれず、“.........あっそ”とそっぽを向く八幡。

 

 

「その代わりじゃないですけど、私が退院するまで話し相手になってはくれませんか?」

 

「それに関しては先輩にも頼まれたから構わんが...........こんなぼっちと話したいなんて物好きにも程があるぞ」

 

 

その後はサイレンススズカが居ない間のチームの状況報告やクセ者揃いなスピカメンバーへの八幡の愚痴ーーーーー主に後者が八割ほどだったがーーーーーで時間が過ぎていった。そこに最初の気まずさなどは微塵もなく、サイレンススズカは勿論のこと、八幡でさえ微かに笑みを浮かべていたことを記しておく。

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