海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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【十二】黒い怪物の心_4

 

床に置かれたランタンをダニーさんと凝視する。

試しに人差し指でつついてみるが、何も起こらない。どうやら危険性はないみたいだ。

 

「本当に返しに行くんですか……?ユリさん馬鹿なんですか?馬鹿なんですね?」

「ダニーさんはっきり言うようになりましたね!?大丈夫ですよ、多分……。あ、でもこれXさんに伝えないとですよね。」

 

ランタンを私が拾い上げると、ダニーさんは「げっ、」なんて汚い声を出す。失礼な。

ランタンは見た目よりもずっと軽かった。というか、重さを一切感じない。箸よりも重いもの、と例え話があるがこれは箸以上に軽いかもしれない。

 

「Xさんに連絡って、どうとるんですか?」

「……とれませんよ。」

「とれない?」

「管理人から私達に連絡は取れますが、逆は出来ません。普通はそうでしょう。社長が従業員に連絡を取ることは簡単ですが、逆は難しい。」

「そ、そっか……。でも私達のこと管理室のモニターで見てるんですよね?」

「それが仕事ですからね。」

 

じゃあインカムで呼びかけたら気がついてくれないだろうか?

難しいかもしれないが、やってみる価値はあるだろう。

 

「すみません!Xさん!!聞こえますか!?」

「いや管理人が応える訳ないでしょう。」

 

[どうしましたか?]

 

「アンジェラさん?」

「通じんのかよ!!さっきからなんなんだ!!」

 

怒ったように叫ぶダニーさん。

そ、そんな事言われても。やってみたらたまたま反応してもらえただけで、偶然である。

しかしXさんを呼んだのに、返事をしてくれたのはアンジェラさんだった。どうしてだろう?

とりあえず、事の経緯を説明する。アンジェラさんはモニターで私達のことを見ていたようで話はスムーズに進んだ。

 

[つまり、置いていったランタンを返したいということですね?]

「はい。このままって訳にもいかないですし……。それとも会社におまかせした方がいいですか?」

[いえ。放置しておくと何が起こるかわかりませんし、ユリさんにお願いできますか?]

「わかりました!」

 

ピロン、と私のタブレットが音を立てる。

 

{対象:大鳥 作業内容:栄養}

 

「栄養ってなんですか?」

[食事ですね。ついでに大鳥にご飯をあげてきてください。]

「ご飯……。」

 

渡されたバッグの中にはペットフードみたいなのがあった。あれをあげればいいのか。

 

「わかりました!」

[では健闘を祈ります。輝かしい未来のために、よろしくお願いいたします。]

 

そこでインカムは切れた。

ダニーさんに大鳥の部屋を教えてもらおうと彼を見れば、頭を抱えている。その様子はあからさまに嫌がっていて。嫌でも仕事だから仕方ないのに。

 

「ダニーさん、お部屋教えてくれたら私一人で行きますよ?」

「……さすがに今回は一緒に行きますよ。」

 

そうダニーさんは言ってくれるが、ランタンを持つ気はさらさらないらしい。

代わりに彼は自分のタブレットを開いて、その画面を見せてきた。

 

「アブノーマリティの収容室がわかる方法をお教えします。見ていてください。」

 

ダニーさんに送られてきている作業指示の画面。

{対象:何もない 作業内容:交信}。何もないって、名前なのか。想像したのは透明な実態の無いアブノーマリティ。でもそれって存在してるというのか?よく分からないアブノーマリティがいるんだなぁ。

ダニーさんはその画面の、名前〝何もない〟をタップする。すると画面端にマップが出てきた。

 

「これがこの施設のマップになっています。このマップ通りに行けば収容室です。」

「成程成程。」

 

私も同じように作業指示の〝大鳥〟をタップ。すると出てくるマップ。

それの通りに行こうと前を向いたら、既にダニーさんが進んでいて。

 

「やり方がわかったならもう大丈夫ですね。今回は私がこのまま案内するのでついてきてください。」

「ちょ、ちょっと待って。」

 

だからダニーさんと私だとコンパスが違うから、置いていかれちゃうんだってば!

もっとゆっくり歩いて欲しいのに。ダニーさんは私を気遣うことなくスタスタと歩いていってしまい。私は小走りでそれを追いかけるのであった。優しくない!!

 

 

※※※

 

 

何とかダニーさんについて行ってたどり着いた収容室。わりと離れていたせいで私にはちょっとした運動になってしまった。

 

「大鳥は収容室内では比較的穏やかですが、気をつけてくださいね。そばにいますが、確実に護れる約束は出来ないので。」

「中まで来てくれるんですか?」

 

さっきは絶対動いてくれなかったのに。どうして?もしかして……。

 

「……オーケストラさんより、危険なんですか?」

「なわけないだろオーケストラ舐めんな。」

「舐めてないですよ!?」

 

ダニーさん度々口悪くなるのなんなの。怖いからやめて欲しい。

そんなピリピリしなくたっていいじゃあないか。私は新人で何もわからないのにこんな扱い酷い。

しょんぼりと肩を落とした事を彼は気がついたのか、またため息をつかれた。しかしその表情は少し罰が悪そうで。

 

「……オーケストラの時は。貴女にわかりやすい好意をあっちが持っていたのを見たから。会話もしていたし大丈夫だと思ったんですよ。」

「まぁ、優しかったですけど……。」

「その優しさは貴女にだけです。で、今回の大鳥ですが。たまたま引いてくれただけで、安全とは分かりません。だからついて行きます。」

「あ、ありがとうございます……。」

「アブノーマリティは、一瞬で人の命を奪う。気は抜かないでください。これは教育係としての教えです。」

「……。」

 

一人でオーケストラさんの作業行かせた貴方が言うことなのかなそれは……。

 

と、思ったが。また口悪く怒られるのも嫌なので言わないでおいた。空気読むのは大事。本日二回目の空気読みである。

壁の電子パネルに触れて、部屋のロックを解除。 扉はスムーズに開いて、いざ中に。と、思ったのだが。

 

「ひぇっ、」

「えぇ…………そうはならねぇだろ大鳥……。」

 

黒い。そして、黄色い。

何かが扉の壁になっている。なんだこれ。真っ黒なカーペットみたいなのに、丸くて黄色い石が点々と敷き詰められている。

よく見ると黄色い石は少し動いていて。まさかこれ、目?目なのだろうか。

 

「こ、これってもしかして、」

「大鳥の本体ですね……。」

「そんなに大きいんですか!?部屋のサイズ間違ってません!?」

「いや、大きいは大きいですけど部屋には余裕がありますよ。恐らく大鳥が入口付近で立ち止まってるんでしょう。」

「えぇ……?」

 

なんで?こんなぎゅうぎゅうに入口に押し付けられてたら辛いだろうに。しかも目があるってことは正面から突っ込んでるということ?

そんなに出たいの?それとも入ってきて欲しくないの?どちらにせよこのままではランタンを返せない。

 

「……あの、ランタン持ってきたの。中入っちゃダメかな……?」

 

どうにかどいてくれないだろうか。試しに持ってきたランタンを見せる。

すると黄色い目が数度瞬きをして。ゆっくりと離れていく。ズシン、ズシン。重い音を立てて後ろに下がってくれた。中に入れてくれるみたいだ。

 

「おじゃましまーす……。」

「……。」

 

中に入る。目の前には真っ黒な大きい毛玉のアブノーマリティが。

大鳥というアブノーマリティは、名前の通り確かに大きいかった。しかしダニーさんの言う通り、部屋は少し余裕のある広さ。

 

「えっと……大鳥、さん?なんであんなとこにいたの……?」

 

本当に、なんであんな体を押し付けていたのか。問いかけるも答えてはくれない。

とりあえず私はランタンを床に置く。大鳥さんは見ているだけで動かない。

 

「……。」

 

リナリアさんの言う通り、悪意は確かに感じない。

黒い毛玉の巨体には、いくつもの黄色い目が着いていて。それら全てがどこを見ているのか、何を考えているのかわからない。

怖い雰囲気はないのだけれど、だからこそ怖いと思う人はいるのかもしれない。得体がしれない恐怖というのは確かにある。

 

「ご飯持ってきたの、食べる?」

 

ランタンは返せたので、あとはもう一つの作業、〝栄養〟に取り掛かる。

バッグの中から茶色いペレットを取り出した。透明なジップロックに入ったそれはペットフードにしか見えないけれど、中身は一体何でできているのだろうか。

ペレットを見ても大鳥は特に反応せず。これってどうやってあげればいいのだろう。

 

「ダニーさん、これって撒いていいんですか?」

「ダメです。なんで撒くんですか。ちゃんと手であげてください。」

「一応鳥だしいいかなって……。」

「日本人ってよくまこうとしますよね。豆だったり灰だったり……。そんなんで鬼も花も喜びませんから。ちゃんとやってください。」

 

厳しい目で注意されてしまった。すみません。

手のひらにペレットを出して、真っ黒なくちばしの前に持っていく。

大鳥さんはくちばしの先でつんつんとペレットをつついてくれるが、食べてはくれない。これでは食事と言うよりも遊ばれている。

 

「アーン、して。……うわっ!?」

 

口を開いて欲しくてアーン、と言ったらパカッと開いたくちばし。思った以上に大きく開いた。これじゃあまるでワニだ。

口の中はギザギザの歯がびっちりと並んでいる。ノコギリのような歯で噛まれたらきっと一溜りもないだろう。

しかし大鳥さんは口を開けたまま動かない。私が何かするのを待っているようで、無防備にじっとしている。

だから口の中に出したペレットをそっと入れてみた。コロコロと転がる茶色の塊。

ちゃんと入ったのを確認して手を引くと、大鳥さんの口が閉じる。

ボリッ、ボリッ。豪快にペレットが砕ける音。外から見たくちばしは動いてないのだけど、この中でペレットはどう動いているのか。

 

「美味しい?」

 

ギィィ……、

 

「うわっ、」

 

問いかけると体を私に押し付けている。擦り寄られるが見た目に反して最悪の触り心地。

ゴワゴワしていてちょっと痛いくらい。ノリの効きすぎたタオルみたいだ。でもこの反応は。

 

「可愛い……。」

「は?」

 

後ろからダニーさんの声が聞こえたが気にしない。だって可愛い。可愛いじゃあないか、愛嬌があって。

手を伸ばして撫でるとまたギィギィと鳴く。音だけなら苦しそうに聞こえるが、きっと気持ちいいのだろう。更に体を擦り寄せてくる。

 

「君、翼ないんだね。代わりにお手手があるの?珍しい。」

 

大鳥さんの体には翼らしきものがなかった。

ゴワゴワのカーペット素材の毛玉に、くちばしが付いていて。翼の代わりに枝のような細い手がある。

鳥という名前だが、空は飛べるのだろうか。まぁ仮に飛べたとして、この大きさでは室内じゃあ窮屈だろう。

細い手に触れてみる。硬い。しかし器用に動かして私の指に絡んできた。

つい笑ってしまう。これじゃあ恋人繋ぎってやつだ。鳥なのに随分ロマンチックである。

 

「もう逃げちゃダメだよ?」

 

ギィ……

 

「わかった?……わかってるのかなぁ……。」

 

返事のように鳴いてくれたが、ちゃんとわかっているかは不安だ。でも言葉は通じるようだったし、理解してくれたことを願うしかない。

恋人繋ぎの手を解いて、ゴワゴワの体をひと撫で。そして「バイバイ、」と別れを告げる。やることは終わったので次の仕事に移らないといけない。

 

「ダニーさん、行きましょう。」

「……はい。」

 

後ろで見守っていてくれたダニーさんに声をかける。

彼はやはり私を不思議そうな目で見ていたが、その視線に答えることは出来ない。私だってなんでこの子がこんなに懐いているのかわからないのだ。

部屋を出ようとしたら、背中に何かがあたる感覚。

なんだろうと振り返ると、そこにはランタンがあった。なんと大鳥さんが私にランタンを押し付けているのである。

 

「ど、どうしたの?」

 

ギィ……

 

「?」

「……あげるって言ってるんじゃあないですか。」

「え、えぇ……?そうなの……?」

 

ギィィ……

 

いや、あげるって言われても。

これ貰っていいものなのか。脱走してた時持っていたくらいだし、大事なものなんじゃあないのか。

私これ持って仕事できる気がしない。軽いと言っても荷物にはなるし、落として割ったりでもしたら大変だ。

 

「……ありがとう。でも、受け取れないよ。大事なものでしょう?」

 

ギィ、ギィ……

 

「使いたい時、借りに来るから。その時借りてもいいかな?ね、また来るから。」

 

…………

 

そう言うと、大鳥さんはランタンの手を引っ込める。わかってくれたのだろうか。

感謝の気持ちを込めて、えいっと抱きついてみる。と言っても大きすぎて腕が回らないので、腕を広げてくっついた、の方が正しいかもしれない。

肌触りの悪さが全身に伝わってくる。しかしその奥に何か匂いも感じた。

 

「緑の匂いがする。」

 

緑の匂い。植物の匂い。湿った草の匂い。

この子、もしかしてどこか自然が多い所に住んでいたのかな。

だからこんな匂いがするのかな。

 

癖のある匂いだ。でも嫌いじゃない。むしろちょっと懐かしさも感じる、心地よい香りだった。

そんなことを思いながら抱きついていると、大鳥さんの目が一つ一つと閉じていくのが見えた。ゆっくりと、黄色の瞳が音もなく黒い毛で隠されていく。

 

…………、

 

「……眠ったの?」

 

…………、

 

鳴き声はない。もう返事はしてくれないようだった。

体を離して大鳥を見ると、目が全て閉じているせいでただの黒い塊になってしまっている。

黄色の瞳すっかり隠れてしまって、どこに何個あったか全くわからなくなっていた。

動きもしなくなってしまった。やはり寝たのかもしれない。

 

「おやすみなさい、いい夢を見てね。」

 

そう声をかけて、私はようやく収容室を出る。

大鳥さんに抱きついたのを見ていたダニーさんは、信じられないと顔を顰めていたが気が付かないふり。

だって仕方ないじゃないか。やっぱり可愛かったんだもの。

 

アブノーマリティは、どんな夢を見るんだろう。

想像もつかない。怖い夢じゃあないといいな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいない黒い森には恐ろしい怪物が住んでいると噂がありました。

 

しかしロボトミー社が森を訪れたとき、『怪物』にも生き物にも一匹として出会いませんでした。

 

唯一存在していたのは大鳥だけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

収容室を出るとほぼ同時に、タブレットが鳴る音がした。

ダニーさんは自分のタブレットを見て、ちっと舌打ちをする。

隠す気もなく「クソが、」と暴言を吐き、彼は乱暴にタブレットをしまった。

 

「ユリさんすみません、俺にも作業指示が来ました。貴女はチームのオフィスに戻って待機していてください。」

「わ、わかりました。」

「もしさっきのように、アブノーマリティの鎮圧命令が出ても無視して構いません。」

「えっ?」

 

ダニーさんの言葉にぱちぱちと瞬きをする。つまりそれは、管理人の指示に従うなということだろうか。

 

「でもそれは、」

「いいんです。貴女がアブノーマリティに好かれているとはいえ、それがどこまで通じるかわかっていないんでしょう。その状況で鎮圧作業なんて命をゴミに捨てるも同然。」

「それは……そうかもしれないですけど、」

「静かなオーケストラと罰鳥、あと大鳥の場合のみ鎮圧に向かってください。これは教育係としての指示です。わかりましたね?」

「……は、はい……。」

 

それだけ言うとダニーさんは行ってしまった。

……心配、してくれてるのだろうか。

でもそもそもこの仕事をはじめたきっかけはダニーさんで。彼は結構私に無茶も言ってきて……。

 

「よく……わかんないな。」

 

ダニーさんって、優しいのか優しくないのか、よく分からない人だ。

 

[本当に、彼はよくわからない人間ですよね。]

「うわぁっ!?」

 

耳に急に入ってくる声。思わず飛び上がってしまった。

 

[驚かしてしまいましたか?申し訳ございません。]

「い、いえ……、大丈夫です。アンジェラさん、どうしました……。」

 

インカムからアンジェラさんの声が聞こえる。大丈夫、と言ったけれど出来れば次から前置きを入れてほしい。

 

[ユリさんに作業をお願いしたくてご連絡しました。それとお伝えしたいことがありまして。]

「作業?でも、今ダニーさんがいなくて……。」

[大丈夫ですよ。私がこのまま音声でサポートします。それに明日からはユリさんも一人で作業して貰うことになるので。]

「明日からですか!?」

 

それは自立早くない!?せめてあと二、三日間は誰かと一緒に仕事したいのだけれど!!

しかしアンジェラさんの話では、他のエージェントさんも二日目では一人で作業をするらしい。

教育係のエージェントもそれぞれ作業がある為、新人にそんな構っていられないそうだ。

 

[簡単なアブノーマリティから皆さん始めるので、そう緊張しないでください。私も管理人もしっかりサポートいたしますので。]

「……わかり、ました……。」

 

不安で仕方がないけれど、会社でそう決まっているのなら文句は言えない。

私が今できることは、付きっきりでサポートしてもらえる今日の内にいかに仕事を覚えるかである。

 

「で、あと伝えたいことってなんですか?」

 

作業指示の他に、伝えたいこともあるとアンジェラさんは言っていた。

タブレットのメッセージアプリもあるのに、敢えてインカムで伝えたいことって一体何なのか。そんなに大切なことなのだろうか?

私はそれを会社のお知らせとか、初日に伝え忘れたとかだと予想していたのだけれど。

アンジェラさんの声で伝えられたのは、そんな話ではなかったのである。

 

[ユリさん、]

 

 

 

 

 

 

[エージェント・ダニーをあまり信じないでください。]

 

 

 

 

 

 

 

………………え?

 

 

 

 

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