海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

14 / 39
【十四】赤い靴で踊りましょう_2

カツン、カツン。鋭いヒールの音が廊下に響く。

歩く度に、蛍光灯に反射して赤い靴は艷めく。傷一つ無い完璧なエナメルは自慢げに輝いていた。

 

しばらく歩くも、不気味な程何も起こらない。

 

足は全く痛くない。脱げないことは変わらないが、最初にきた刺さる痛み以外は何も無く。むしろ歩きやすかった。

元々履いていた靴よりも歩きやすいから、不思議である。普通なら初めて履く靴なんて多少靴擦れしそうなものだが。

歩きながらも目線はついつい足元に。

 

本当に大丈夫なのかなコレ……。

 

不安でしかない。しかもさっきから人に会わず、沈黙の流れる廊下がより私を不安にさせた。

皆収容室に入ってしまっているのか。それにしたって一人も会わない、すれ違わないというのはどういう事だろう。

まさかそれも赤い靴のせいなのだろうか。いや、考えすぎか。

わからない。状況が状況だけに、神経質になってしまっているのかもしれない。たらりと何かが鼻筋を通る。

それは汗で、空調設備も整う室内は暑くもないのに。自分が変な汗をかいていることにこの時気がついた。

 

「……あっ!」

 

そこで私はようやく一人の女性に会う。思わず声が出てしまった。

ようやく会えた人に私は嬉しくなって、慌てて追いかけた。

コントロールチームに入っていったその人。追いかける間に蘇る記憶。

知っている。あの女性初日にすれ違った人だ。挨拶も出来なかったけれど、会ったことは覚えている。

私もその人に続きコントロールチームに入る。いい印象を持たせたくて、その人に笑顔で手を振りながら中に入った。

「えっ」

 

しかし中に入って固まってしまう。なんとコントロールチームのオフィスに大勢の人が集まっているのである。

予想外の光景。しかも、女性。全員女性である。

十数人はいるけど、コントロールチームってこんな女性ばかりなのか。初日は男性の姿もちらほら見えたのに。

戸惑い、声をかけるのが遅れた。そのせいで私が声を出すより相手が振り返る方が早かった。

一人が振り返り、続いて皆も振り返る。

集まる注目。目立つ事は慣れていなくて、思わず肩を竦める。

上げた手をそっと下ろして、なんて声をかけようか迷っているとなんとこっちに来てくれた。

覚えててくれたのだと嬉しくなり、私は再度笑顔を向ける。

 

「あ、あの!こんにちは!あの時はちゃんと挨拶できなく……て……?」

 

……?

 

しかし何だか、様子がおかしい。

彼女は真っ直ぐ私の元に向かってきて。それはいいのだけど足取りがどこが鋭いというか。

カツカツ、と荒い足音でこちらにくる彼女の手には────、

 

「よこせ!!」

「うぉぁっ!?」

 

ブンッ、と振り下ろされた警棒。あまりに突然の攻撃にヒュッと変な息が出た。

 

えっ、何?何??

 

ドッドッドッ、心臓が騒ぐ。

何とか避けたけれど、そのせいで彼女はバランスを崩し倒れてしまった。ドッドッドッ。

受身を取らなかったようでだいぶ痛そうな音で倒れた彼女を見る。

これは手を差し伸べるべきなのか。いや、でも攻撃してきたのだし逃げるべきか。色んな考えが頭を回る。

まとまらない考え。しかし何だかとても、とても嫌な予感がして。

 

「……。」

「あ……あの……。」

 

そう考えてる間にも、彼女は腕を曲げて地面に手を着く。ゆっくりと起き上がるその体。下見えた顔に私はぎょっとした。

顔が、血まみれ。真っ赤なのだ。

打ちどころが悪かったのだろう。正面から倒れていたから、もしかして鼻を折ったのか。本来なら直ぐに病院に連れていくべきで、心配をするのだが。

私の内は心配ではなく恐怖で埋まっていく。足は自然に数歩後ろへ。はぁっはぁっ、と息が荒くなっていく。

 

何故か彼女、血だらけの中真顔なのだ。

 

流れる赤が床にボタボタと落ちている。そんな中で、眉ひとつ動かさずに私をまっすぐと見ている。

逃げないと。そう思った。それは恐らく本能。考える必要も無い。これは、これはまずいと。

振り返る。足が動く。私が走ると同時に、後ろから足音が聞こえた。何人もの足音。

振り返れない。しかし何が起こっているのか確認する必要も暇もなかった。

追いかけられている。振り返ったら確実に私は捕まる。その後がどうなるかなんて分からないが、考えたくもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

アンジェラはモニター越しにエージェント、ユリの監視を続けていた。

今回ユリに下した指示は〝女性キラー〟と呼ばれているアブノーマリティ、〝赤い靴〟への清掃。

 

その名称の理由は簡単。女性のみを魅了し、着用させ。着用した人間は〝殺人鬼〟になるからである。

 

その靴を履いた女性達を、アンジェラは知っている。彼女達は赤い靴を履いた途端に様々な理由で人を殺そうとした。

いわく「好きな人の彼女」だから。いわく「私よりも美しいのが許せない」から。いわく「この前ぶつかってきた」から。いわく「なんだか嫌い」だから。

その理由はいつも赤い靴に乗っ取られた後のカウンセリングで聞く。

彼女達はぐったりとしながら、最後はいつも同じようなことを言っていた。「どうしてか、普段は我慢していた怒りや悲しみのタガが外れた」のだと。

そう、赤い靴を履いた人間は大抵生きていた。

止める方法はちゃんとあるのだ。だからアンジェラはこのアブノーマリティを軽く見ている。その為の準備もちゃんとしていた。

 

「大丈夫ですよ、エージェント・ユリ。」

 

いざとなったらおとぎ話の木こりのように。

あなたの足を切ってあげますから。

 

せっかく手にした珍しい女を、そう簡単に傷つけるのは不本意だったけれど。

アンジェラは案外前向きなAIで、「足がない方が研究もしやすいかもしれませんね。」と考え方を変える。逃げられないというのはだいぶ良いかもしれない。

アンジェラはじっとモニターを見つめる。さぁどうなる?貴方の足は今日でお別れ?

液晶の中でユリは赤い靴に手を伸ばす。キラキラとした瞳。

それを見て、やはりユリも所詮は人間の女。結局赤い靴には敵わないのかとアンジェラは少し残念な気持ちだった。

 

「……?」

 

が。一瞬ユリの動きが止まったかと思うと、次の瞬間直ぐに手を引っこめる。

ユリはなんだか苦しそうに頭を抱えている。決して無事ではないその態度。しかし彼女は赤い靴を履こうとしない。それはつまり。

 

赤い靴の魅了が、解けた?

 

あの一瞬で?確かに手を伸ばしていたのに?一体何があったのかアンジェラにはわからない。

というのも仕方ないのだ。実はこの管理モニター少し特殊で。

 

〝 実際の映像がアニメーションに見えるフィルタ〟をつけている。

 

今では普通に皆が使う、カメラの加工アプリのようなもの。

それは管理人の精神に支障をきたさないように、ついでに職員のプライバシーを守るように。

とても優秀だがその反面、繊細な職員の動きは反映されない。

 

更に、〝声〟も反映されないことが多かった。

 

考えてみれば当たり前だが、いっぺんに百人程の声がイヤホンに入ってきたら理解できないどころか頭が痛くなる。なので職員らの〝声〟は漫画の吹き出し同様、配布した彼らのインカムが〝声〟を聞き取り〝言葉〟を読み取る。

そして必要だと思ったものだけ文字に変換してモニター上に映し出されるのだ。

 

だからアンジェラはこの時、ユリが首を抑えた仕草も、「あっつい!!」とつい日本語で発した驚きの言葉もモニターで見ることが出来ない。

そのアニメーションフィルタをオフにすれば済む話なのだが、身体を持たない彼女はスイッチに触れることも出来ない。

 

アンジェラはない舌で舌打ちする。

 

「こんなフィルター、やはり付けるんじゃあありませんでした。」

 

あとから追加で付けたこの機能は、残念ながらアンジェラとは繋がっていない別の機械なのであった。

とりあえずユリに声をかけてみる。彼女の声は文字としてアンジェラに入ってくるが、それは大した情報ではなかった。

なのでとりあえず、履いておくよう指示を出す。ついでに外を歩いておいてもらうことも。

 

 

 

──────ヴヴヴヴヴヴっ!!

 

 

 

【警告】【警告】

 

 

「……あぁ、いけない。」

 

 

【 アブノーマリティが逃げだしました。】

【管理人は直ちに鎮圧作業を指示してください。】

 

そこまで指示した時、〝警告〟の文字がモニターに大きく表示される。

 

「ユリさん以外のエージェントへの指示も私が送らなければ……。」

 

本来指示するはずのXは後ろで倒れている。彼をこうしたのは紛れもなくアンジェラなのだが、役に立たないその姿を見て彼女はうんざりした。

アンジェラはメインコンピューターと繋がっている回路を動かす。そしてエージェントに適当な指示を送る。

Xが動かない今、施設内全体を彼女は管理しなければいけないのであった。

 

「上手くいかないものですね。」

 

アンジェラは肩を竦めた。彼女の中ではもっと上手くいく予定だったのだが。

事実は小説よりも奇なりと言った詩人の言葉を、アンジェラは痛感する。予想外のことは楽しいが、それに重ねて苦労もあるので今後はもっと慎重に動こうと決意して。

とりあえず今は、アブノーマリティが逃げ出さないようエージェントに指示をするのと、逃げ出したアブノーマリティの確認が先決である。

 

「おかしいですね、一人いない……。」

 

しかし、アンジェラは困惑する。指示をしたいある一人の人間が、モニター上にいないのだ。

休憩時間中か?しかしそれなら申告があるはずである。

タイムカードはないが、タブレットでの申請は規定にあるのだ。そうしないとちゃんとした休憩時間が確認できない。

当社をブラック企業にする訳にはいかないと、アンジェラはそういう所も徹底している。

申告はモニター端に通知が来るのだが。あまりにユリに集中しすぎたせいでアンジェラの記憶は定かではなかった。

まぁいないのなら仕方が無いと。別の人間に指示を出そうとしたその時。

管理人室の扉が、開いた。

 

振り返る。アンジェラのカメラ()が捉えるのは人影。

モニターに集中しやすいよう、管理人室は基本電気を消しているから。廊下の強い灯りが人物の逆光になっているのだ。

だから彼女はカメラの明度と彩度を調整する。人で言う、目を凝らすという作業を行う。そのせいか3D映像の顔は睨んだようなしかめっ面になってしまった。

いいや、理由はそれだけでは無いかもしれない。

 

「……どうしてここにいるのです?エージェント、ダニー。」

 

そして見えたその人物は。モニターで見つからなかったその一人で。

その人はハァハァと息を切らしていたが、直ぐに呼吸を整えアンジェラを睨んでくる。

 

先日突然に自らユリの教育係を名乗り出たエージェント・ダニー。

 

アンジェラはそのことをまだ了承していなかったのに。管理人を強引に説得し丸め込んだこの男。

彼女は元々彼が気に入らなかった。エージェントとして優秀ではあるが、会社への態度がとにかく悪いから。そのくせ、たまに妙な行動をする。

アンジェラはダニーを見る。あからさまな不信感、隠す気のない嫌悪。AIのくせになんとも人間らしい声。美しいからこそ、醜いその曲がり無き響き、表情。

それをダニーはただ見ている。一枚の絵を見て立ち止まる、芸術家のように。まっすぐと突き刺さす視線をアンジェラにおくる。

しかし床に倒れる管理人の姿に気がついた時。ようやく彼は静かに口を開いた。

 

「俺は──────」

 

 

 

 

 

 

 

─────【警告】【警告】

 

【 アブノーマリティが逃げだしました。】

【管理人は直ちに鎮圧作業を指示してください。】

【警告】【警告】

 

【 アブノーマリティが逃げだしました。】

【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

【警告】【警告】

【警告】【警告】

 

 

 

 

 

 

 

警報音が、響く。走る私を急かすような。

ただ事ではないその音に泣きそうになる。しかし泣いている余裕すらない。

こんな時にアブノーマリティの脱走か。しかし私はそれを気にしている時間が無い。自分のことで手一杯だった。

走って。

走って、走って、走って────、それでも止まない、減ることも無い、多勢の追ってくる足音が。

私の耳に、荒い息と一緒に入って。私の背中を押し続ける。

 

疲れた。苦しい。脇腹が痛い。太ももが痛い。

 

もう、止まってしまいたい。お水が飲みたい。苦しい。呼吸が辛い。

エレベーターを待てないから、階段を降りて。一階下に降りて、また走って。それでも人が見つからないから、もう一階下に行きたいのに。

 

なんでっ……、なんで閉まってるの……っ!?

 

下へ向かう階段はシャッターで閉ざされていて。だから仕方がなくまた上に行って。

ならもう施設の外にと思っても、やはりその扉も閉ざされていて。

さっきから同じところをぐるぐる回っている。終わりが見えない。それでもやっぱり、走るしかなくて。

 

「っ、アンジェラさん……っ!!アンジェラさんっ!!」

 

必死の思いで叫んでも、アンジェラさんからの返事はない。さっきまでインカムで話してたのにどうして。

 

「誰か……っ!!」

 

もう誰でもいいから助けて欲しかった。

辛い。苦しい。なんでこんなことになってるのか。

泣きたい。でも泣いている暇もない。後ろから聞こえる声。「赤い靴」「靴を」「靴」「私の」。途切れ途切れのそれらはもうホラーだ。怖くて仕方がない。

限界。足が痛い。これでもよく走った方だ。

火事場の馬鹿力というものか、それともこの赤い靴の力なのか。とにかく私にしては、よく走った方だと思った。

足が千切れそうという感覚を初めて味わった。痛い。地面を踏む度に足首と足裏全体にビリビリとした痛みが走る。

 

「………あっ!」

 

ばたんっ、

 

そしてとうとう、転んでしまった。

受身はとったが膝は強打した。元々の疲労に加えてこのダメージ。とんでもなく痛い。

全身に響く痛みに顔を顰める。ぐっと腕に力を入れて起き上がろうとするも上手くいかない。

一瞬だけ。その痛みに気を取られてしまった。

ハッとする。そして顔を上げた時にはもう遅くて。

 

「ぁ、」

 

もうすぐそこに、私を追ってきた女性達が。

立ち上がらないと。立ち上がらないといけない。 でもやっぱり上手くいかない。足はズルズルと引きずるばかりで。

 

どうしよう。

どう、どうしよう。どうしよう……っ!?

 

「ゆ、るして。」

 

何を言っているのか。何に対してなのか。

でも危機的状況に迫った私はただ許しを乞うことしか出来なかった。

私の声が彼女達にどとく訳もなく。倒れる私に向かってきて。

手を伸ばしてくる。いくつもの手が、手が、手が。私に伸びてきて。私の足を掴もうと、そしてその手に持った警棒で、私の足を。

 

殴られる。

 

ガキンッ!!

 

「っ……!?」

 

恐怖に強く目を瞑った。いや、反射的に瞑ってしまったという方が正しい。

けれどすぐ聞こえた金属音。なにか固いものがぶつかる音と、しかしやって来ない痛みに目を開く。

すると。私の目の前に誰かの背中。広くまっすぐ伸びた背中は大きな影を作り、私をその中に隠す。

「だ……誰……。」

 

誰?いや、本当に誰。

わからない。人の姿だけれど。すごく背の高い。

明らかにただの職員とは違う。まず着ている服が違いすぎる。

背中しかみえないけれど、その人が着ているのはパンツスーツなんかでは無い。年季の入った、少し汚れも見える真っ赤なフード付きのマント。

真っ赤なマントがふわりと揺れる。優雅に。羽のように。その隙間から見えた銀色に、私はぎょっと目を見開いた。

 

「だ、ダメっ!!」

 

形状はわからないが、その人が持っているのは確かな刃物だった。

考える前にその人を止めていた。ダメだ。そんなもので攻撃するなんて。怪我じゃ済まなくなる!!

追いかけられていたのにこんなことを考えるのは変なのだろうか。

しかし体は動いてしまった。頭があとからついてきたが、やはりダメだ。明らかに様子のおかしい職員さん達を殺すなんて絶対に駄目。

私はその背中にしがみついて、必死にその人を止める。私の方に振り向いたのを感じたが、ここからだとよく顔が見えない。

 

「……チッ、」

「えっ、」

 

ふわっ、と浮く感覚。その前に聞こえた舌打ちはきっと空耳ではない。

痛みを訴えていた足は、地面から離れたことでほんのちょっとだけ楽になった。

 

いや待って。何?なんで?

 

「なっ……なっ……!?」

「黙って、舌噛むよ。」

 

そんな事言われても。そう言われた次の瞬間に感じた風と勢いに。

言われたまま私は舌を噛んだ。結構勢いよく噛んだせいで、血の味が口の中に、広がる。

 






色々書き直してたら遅くなってしまいました( ´・ω・`)
申し訳ないです……。
アイちゃんなるべく早く出しますね。皆さんに愛されてアイちゃんもにっこにこである。

アイ「うふふ、私も早くユリに会いたいわ♡あわよくばバクっと……、」

前作ネタを出してすみません。新規読者さんも私はばくっといきたい位好きなので分からないところは全然気にしないでスルーしてください。。。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。