ロボトミーコーポレーションの管理人X。彼の仕事はエージェント達よりも早く始まる。
それは主に〝職員が提出した報告書〟の管理。
毎日送られてくるそれらは電子データのため、アンジェラとXの二人体制で管理をしていた。
と言っても、同じアブノーマリティに同じ作業をさせていることがほとんどのため、新しいアブノーマリティ以外は特別目新しい情報は得られない。
それでも万が一なにか変化があったら困ると、彼は毎日膨大な量の報告書を捌く必要があった。
「X、何度も言いますが全て見る必要はありません。私が必要だと判別したもののみ見ていただければ結構です。」
「アンジェラが管理してくれるのは助かるけど、二重チェックっていうのは必要なんだよ。」
「はぁ……、」
このやり取りは何度目だとアンジェラはうんざりする。
Xはあまりに慎重な人間であった。彼のそういう部分を評価し、管理人に選んだのは間違いなくAIのアンジェラなのだが。今となっては少し後悔している。
「にしても……彼女だけ特殊すぎるんだよなぁ……。」
Xはある報告書で手を止める。それにはアンジェラも反応し、満足気に微笑んだ。
「ユリさんの報告書ですね?」
「これ誰が見ても他と違うってわかるよね。あー……この子本当に何者なんだろ……。」
ユリの報告書は今回は四つ。
一、《静かなオーケストラの記録》
今日も変わらず落ち着いた様子でした。
前回に引き続き、〝以前居た世界〟のことを質問してみたところ、元の世界でも音楽をしていたようです。
向こうの世界でも一人ではなく〝複数人の奏者〟と一緒にいたと教えてくれました。
気になったのは、〝生まれる前から指揮者〟だったと言っていたことです。
その辺ちゃんと聞けなかったので、一度聞いてみます。
「まず、オーケストラと会話出来るってのが怖いんだよなぁこの子……。それが普通って思ってるし……。 」
二、《罰鳥の記録》
作業内容は〝栄養〟。最近気がついたのですが、罰鳥さんのくちばしだと思ってた目の下の突起、くちばしじゃあないかもしれません。
少なくともそこでご飯を食べていません。
確かにその突起を使ってフードをつつくのですが、フードを食べる際、体のお腹辺り全て押し付けてきます。
そして体を離した際、手の上のフードが無くなっています。驚きました。
前回頂いた指示のとおり、一度透明な下敷きにフードを置いて食べる瞬間を確認しようとしましたが、食べてくれませんでした。
手からで無いと食べないみたいです。ただフードが無くなる際、手のひらでなにか動く感覚がするのでやはりお腹辺りにちゃんとした口があるのかもしれません。
お腹の辺りを触ると、擽ったいのかモゾモゾ動きます。嫌がっている様子はなく大人しくしてくれるのですが、敏感な部分かもしれないので今後は出来るだけ触れないように避けてあげたいです。
となると突起は何なんでしょうか?棘が刺さっていたらいけないと思ってちょっと触ってみたけどとれませんでした。
また触って確認してみようと思います。
「よくわかんないものに触れるって勇気あるよねユリさん……。罰鳥につつかれないのは自分だけって気がついてるのかな。」
三、《大鳥の記録》
前回同様、大鳥さんは交信が上手く出来ているか不安です。
交信作業結果というか、気がついたことを報告します。
〝ギィギィ〟と鳴き声が聞こえる時がありますが、あれは歯で鳴らしているようです。
話しかけた時にその音がするので探ってみました。くちばしから鳴っていたので、手でくちばしを軽く触ったら開きました。
口の中はすごいギザギザの歯が並んでいて、それを擦り合わせて〝ギィギィ〟という音が鳴っているのだと思います。
あと前回と同じように〝大鳥さんと目が合った状態〟で作業しても特に問題ありませんでした。ダメなんでしょうか?
「駄目なんだよ普通目があったら意識飛んで食われるんだって。」
四、《O-01-04の記録》
すごい可愛い魔法少女でした!
お友達になりました!!
ニックネームを欲しいと言われたので、彼女のことを〝アイ〟と呼ぶことになりました!
「友達って何!?」
「X、電子データ相手に話しても答えはかえってこないんですよ。」
「わかってるよそんなこと!!」
わかっている。こんな独り言言っても意味が無いこと。
だからXはユリに新しい指示を送るのだ。他の職人にはしない特別な指示。
と。いっても。もう何から指示すればいいのかわからない。ありえないこと過ぎて、どこから手をつければいいのか。
「仕方ありません。初日からして彼女は異例でしたし。」
「…………はぁぁ。」
「他のアブノーマリティの反応も気になります。せっかくですし新しい指示を出してみるのはいかがでしょう。」
「えぇ……、これ以上?そんな色々されても俺、情報まとめる自信ないんだけど……。」
「そのために私がいるんでしょう?」
「…………。」
それはその通り、だが。
「危なくない?この子が怪我とかしたらどうすんの。今だって指示出す度ヒヤヒヤしてるのにさ……。」
「特定エージェントの特別扱いはよくありませんよ?X。」
「そんなこと言われたって、特別扱いしない方が無理というか……。」
万が一、ユリが怪我をした時のアブノーマリティ達の反応が恐ろしい。
軽傷ならまだいいが、ここロボトミーコーポレーションはそんな生ぬるい会社じゃあないのだ。細心の注意はしていても、ちょっとした事で腕一本飛ぶような場所である。
「このままだとエージェント・ユリの為にもならないことは貴方もわかっているのでしょう?」
それはその通りだった。
彼にはユリという規格外のエージェントを育てたい気持ちはあった。
いつまでも今のままとはいかない。
アブノーマリティというのは脱走するのだ。今はまだ鉢合わせしてないだけで、初めてアブノーマリティと彼女が運悪く出会ってしまったら。
その時のアブノーマリティの反応は?そして、ユリはそれに対応できるのか?
「…………。」
いい未来は想像ができなかった。Xは頭を抱えて溜息をつく。
そうこうしているうちにも時間は刻一刻と過ぎていき、気がつけばあっという間に、始業時間なのである。
業務がはじまる前の空いた時間、私はダニーさんに報告書のチェックをしてもらっていた。
と言っても、見せているのは全て既に提出済のものである。
本当は提出前に見てもらいたかったのだが、時間が無いから、嘘の内容がなければそのまま送っていいとダニーさんに言われた。
初めてそれを言われた時不安でしかなかったが、ダニーさんいわくどんな書き方かよりも、事実を毎日必ず報告することがこの会社では一番大事らしい。
なのでここ数日の提出済み報告書を今更添削してもらっているのが、今この時である。
「ユリさん……毎日こんな感じで作業してるんですか?怖いもの知らずですね……。」
「なんでですか!?普通にしか作業してませんよ!?」
「逆になんで大鳥の口の中手で開いて見ようとか思えるんですか。だいぶ引きます。」
「いやそれは音がしたから……。」
「………………。」
「わかりやすく引かないでくださいよぉ!!」
別にそんな考えてやった訳でもない。
なんか音がするなぁと思って、その正体を探ったらたまたま口が開いてくれただけで。別に嫌がる大鳥さんの口を無理矢理開けさせた訳でもないのにどうしてそんな目で見るのか。
「まぁ、内容はともかく。報告書はこれでいいと思いますよ。理解はしにくいですがわかりやすくまとまってます。」
「内容が理解しにくいって致命的な気がするんですが。」
「嘘は書いていないんですよね?ならいいです。予想の範囲外過ぎて理解できないと言うだけで、状況は伝わってきます。」
「……私そんな変なこと書いてますかね……。」
「青いりんごが自然になってましたと言われたら、想像出来ても信じられないでしょう。それと同じです。」
「その次元なんですか私の報告書!?」
なんで?ちゃんと見てきたこと細かく書いてるつもりなのに。
オーケストラさんとの話だって、オーケストラさんが他の人に言っていいって許可してくれたことは全部書いてる。ダメって言われたこともちょっとだけあるから、そこは省いているけど。それ以外は嘘偽りなく書いてるのに。
「ユリさんは目離せないですが、手はかからない後輩で教育係としては助かります。」
「それ……褒めてますか?」
「どうでしょう?」
ダニーさんは意地悪く笑い、それ以上何も言わない。
私の反応を楽しんでいるようだ。相変わらずタチの悪い人である。
ピピピ、ピピピ、
「あ、」
「業務が始まりましたね。では俺も自分の仕事に行きます。何かあったら俺のところに来てください。メインルームに戻ればいつかは会えますから。」
「…………。」
仕事中は私物の通信機器の使用を禁止されているため、会う為にはそれが妥当なのだろう。
しかし、しかしである。ダニーさんはそう言ったけれど、じつは会えた試しがない。
ダニーさんに用があった訳では無いが、何度か中央本部チームのメインルームに戻ることはあった。
そこは待機ルームでもある為、次の作業指示待ちであったり、少しの休憩時間として使われる。
ここに来て一週間と少し。となると一回くらいすれ違ってもいいはずなのだが。
会えてない。ダニーさんと一度も会えてないのである。
それがたまたまなら良かったのだが、本人にいつ休憩しているのか聞いた時に帰ってきた答えが。
『出来る時に休憩はとってますよ。まぁ俺的には動いてる方が性に合ってるので、取らない時もありますが。』
察した。この人ワーカーホリックである。待機中すらなにかしてるタイプの人間である。
なので、おそらく彼をメインルームで待っていても会えないのではないだろうか。
数時間待てば会えるのだろうけど、十中八九上からお叱りを受けるだろう。
ダニーさんは今もスタスタと作業に向かう為メインルームを出ていく。
『何かあったら俺のところに来てください。』。そう言われてもダニーさん、貴方どこにいるんですか。聞いたら絶対嫌な顔されるので、それは今もいえないでいる。
ピピッ、ピピッ、
「っと、いけない。」
と、そんなこと考えている場合ではない。私も仕事に行かなければ。
気がつけば他の人たちは皆作業に向かっている。私も慌ててタブレットを取りだし指示を確認した。
その時、ドンッ、と誰かにぶつかる。
「わっ、ご、ごめんなさい。」
「……君か。ぼんやりしている時間があるなんて、羨ましいよ。」
「えっ、」
わかりやすい、悪意のある言葉。
あまりに突然の言葉に私は驚いてしまった。顔を上げると、見たことあるけど名前の知らない男性が。
あれ、この人確か同じチームの。
前にダニーさんと話していたのを見た事がある。
「ダニーも大変だな、君みたいなお気楽者の教育係なんて。」
「へ?え?あの、それってどういう、」
「そのままの意味だよ。新人のくせに急に昇格して。調子に乗ってるんだろ君。」
「そ、そんなことありません!!なんなんですか急に……っ、」
頭が状況に追いついてきて、怒りが込み上げてくる。
口喧嘩は慣れてないし好きでもないが、流石にここまで言われて言い返さない訳にはいかない。
なんなんだ、この人。ほぼ初対面でこんな失礼な態度とって。
「皆、命懸けで仕事をしてるんだ。」
「わかってますよ!私だって、」
「君みたいに安全じゃあないんだよ俺たちは。」
「っ……。」
それ、は。
言葉につまる。安全。確かにその自覚はあった。
オーケストラさんと、鳥さん達。今のところ私はその三体の作業ばかりしていて。
皆優しくて、良くしてくれるアブノーマリティだから。傍から見たらずるいと思われるのもわかる。
「…………。」
「羨ましいね。それで俺達と同じ給料……いや、もっと貰えるんだろうな、君は。」
わかるけど、なんでそんなこと知らない人に言われないといけないの。
どくどくと胸が熱くなってくる。色んな思いがこみ上げるが、それを吐き出すときっと涙も出てしまうから。
俯いて、ぐっと唇を噛むしかできない。すると上から降ってくるため息と、遠のく足音。
きっと、頭を上げてももう男性はいないのだろう。しかし私は動けない。
酷い言葉と言い返せなかった事実が、グルグルと頭の中で回っている。
ピピ、ピピ、
「あ……。」
そんな私を急かすように、通知音が。
{対象:静かなオーケストラ 作業内容:清掃}
「…………。」
タブレットに表示された文字は、いつも通りオーケストラさんの。
私はなんの心配も不安もなく、収容室に向かえる。だってオーケストラさんだから。
『羨ましいね』
頭から、先程の男性の声が離れない。
早く仕事に行かないと。もう業務時間はすぎていて、オーケストラさんも待っているだろうから。
無理矢理に動かした足は、とても重く感じた。誰かに足を掴まれているよう。変な話だ、ここには自分しかいないのに。
※※※
オーケストラさんの収容室についた。もう慣れた遠くもない距離なのにいつもよりも時間がかかってしまった。
きっと酷い顔をしている。表情がわかりやすいのは私の悪い部分。口角を意識して、頬骨を上げるようにして。笑顔を作って私は中に入った。
「……オーケストラさん!おはようございますっ!」
──おはようございます、ユリさん。
「今日も軽くお掃除しますね、その後にお話聞かせて貰えますか?」
エージェントバッグから掃除用具を取り出す。その時上手く掴めなくて、カラン、折りたたみ式の箒が床に落ちてしまった。
「あっ、ごめんなさい……っ。」
慌てて拾おうとして屈んだら、箒に伸ばした手が掴まれた。
「え、」
──何かありましたか?
「……なんで。 」
──揺れている音がする。不安定な音です。
私での手を掴んだのは言わずもがなオーケストラさんで。
指揮者の繊細な手が、私の手に重なりぎゅっと握られる。人形である彼には体温はない。それはわかっているし、本人も言っていたことなのに。
「…………ぅ、」
なんでこんな、泣いてしまうくらいに温かいんだろう。
「酷いこと、少し言われて。でも、私言い返せなくて。」
ダメだ、ダメだ。まだ仕事中なのに。
泣くなんて。いい歳してこんなの恥ずかしい。
確かに傷ついた。怖かった。言い返せなくて辛かった。
でも、耐えないと。そう言われたって仕方がないこと、わかっている。
酷いことを言われた自覚はある。けれど理不尽と言いきれない怒りだった。
新人で、安全なアブノーマリティばかり担当して。お給料は多分他の人より多い。それはここに来た時受け取らなかった慰謝料分が入ってるだけだけど。
危険な思いをして、頑張って長く働いている人からしたら私がどう映るかなんて。
ボタボタと落ちる涙。拭っても拭っても溢れてくる。
涙腺が脆い自覚はある。家業の事務作業をしていた私には自由な時間な多く、家も一人でいることが多かった為泣いても問題なかったのだ。
その時のツケがこんな時に回ってくるなんて。
オーケストラさんにこんな情けない姿を見せたくなかった。つい一週間前に彼の前で泣いたばかりなのに。
よく泣く弱い人間と思われてしまう。間違ってない。間違ってないけど。
頑張ろうって決めたのに。
オーケストラさん達に相応しい、胸を張れるエージェントになれるように頑張ろうって。
『羨ましいね。それで俺達と同じ給料……いや、もっと貰えるんだろうな、君は。』
一歩一歩、少しづつでもいいから。私に出来る事をしようって。いつかきっと、会社の皆も認めてくれるって……意気込んでたのにな。
──ユリさん……。
「……ごめんなさい。少し、落ち着かないと。時間が経てば大丈夫だから。」
私の手を握るオーケストラさん。空いているもう片方の手が、私の頬を撫でてくれる。
涙で濡れたそこは、彼の繊細な手まで濡らしていく。
遠慮しないといけないのに、声が出てこない。その優しさに縋りたくて、私はそっと目を閉じた。
──殺しましょうか。
「はぇ?」
が。その言葉にすぐ目を開いた。