あれやって、これやって。業務はいつも通りに進む。
オーケストラさんの所に行った後は小鳥さんにご飯をあげて。その次に大鳥さんを撫でて。
順調に作業を終えたこの後は、またオーケストラさんかと思ったのだが。
「ぇ、」
{対象:美女と野獣 作業内容:交信}
届いた作業指示に、一瞬固まってしまう。
〝美女と野獣〟。頭に浮かぶ昨日の姿。
足を動かす。行かないと、と収容室に向かう。
足は少し震えていて。鼓動がはっきりと聞こえてきて。
ドキドキ、ドキドキと。昨日の姿が、今朝の話が頭に過ぎって。不安と、恐怖と。
でも、もしかしたら私にも何か出来るかもなんて、根拠の無い期待が。ぐちゃぐちゃと渦巻いて。
情緒が、不安定だ。出来るなら関わりたくない。でもなにか出来るかもしれない。
役に、たてたのなら。なにか出来たなら。
そうしたら、認めてもらえるかもしれないなんて。
「…………。」
気がつけばあっさりと着いた収容室前。
呼吸が短く浅い。扉を開けようとした手も指先すら震えている。その情けなさに自嘲しながら、私は収容室を開けた。
そして、その先には。
「ぁ……。」
静かに。
ただ、静かに。
いる。当たり前だが、部屋の中にいる。〝美女と野獣〟が、いる。
大きな牛のような体で。顔にびっちりと目玉をくっつけながら。
その目の全てが、こちらを見ている。
その姿はやはり怖くて、もう帰りたい気持ちになりながらもなけなしの勇気を振り絞った。
私の足はためらないながらも前に進む。コツン、靴の音がやけにハッキリと響く。
入った途端に、甘い香りが顔にぶつかる。香るなんてものではなく、とても強い匂い。
「ぶどう、」
これ、あれだ。ぶどうの香りだ。
すごく強い匂い。ぶどう味のキャンディーやガム、あのわざとらしい甘い香料の香りがする。
美女と野獣からしているのだろうか。一歩一歩と前に進むたびに匂いは強くなる。
悪い匂いではないのだけれど、あまりに強すぎて鼻が馬鹿になりそうだ。
コツン、コツン、強くなる匂いが。甘く甘く私の頭まで匂いが来ている気分になる。
そして、私は美女と野獣の目の前に。
「っ………、」
近くで見ると迫力は増して。そのあからさまな〝未知の生物の姿に〟恐怖は増す。
茶色の四足の生物。牛のような顔にぎっしりと詰め込まれた目玉。
怖い。この、集まっている目をみるとゾワゾワする。
大鳥さんやオーケストラさんの時はこんなに怖くなかったのに、何故今になって恐怖につぶされそうになってるのか。
落ち着くために深呼吸をすると、一気に入ってくるぶどうの匂いにゴホゴホとむせてしまう。
口の中が甘ったるい。もう香水に鼻を突っ込んでる位の感覚だ。
「ごほっ………、こ、こ、こんにちは?」
…………。
美女と野獣に声をかけてみる。作業内容は〝交信〟 なので挨拶をしてみたが反応はない。
そもそもこのアブノーマリティ、人の言葉が通じるのだろうか。
罰鳥さんや大鳥さんは、話せはしなくとも私の言葉は理解してくれていた。
動物の見た目でも言葉が通じる例があるとして、この美女と野獣はどうなのか。
見た目からは想像がつかないが、やってみなければ何も分からない。そのまま色々声をかけてみる。
「調子はどう?」
…………。
「ぶどうが好きなの?」
…………。
「……。」
シーン。
なにも返ってこない。動きすらしない。
美女と野獣はいくつもの目でただ、私を見てくる。やはりそれが怖くて私はごくんと息を呑む。
言葉が無理ならばと、私は美女と野獣を観察してみる。
目を逸らしていた、異型の姿。よく見るとすごく綺麗な目をしている。ぎっしりと集まる目は恐ろしいが、その色だけ見れば魅了される程美しい。
美しい緑。真っ白な白目にぽんと乗っているそれはとても澄んでいる。翡翠の例えが似合う、宝石のような瞳。
見つめれば吸い込まれそう。怖くてやっぱり私は目を逸らす。見ていられない。
「あ……そういえば、殴られたところは大丈夫?」
と、ここで昨日のことを思い出す。
どこか傷になっていないかと美女と野獣の体を覗き込んでみた。
殴られていたのは多分正面から。しかし美女と野獣の頭は割と高い位置にあるため、そこまで警棒は届かないだろう。とすると体に傷があるかもしれない。
「……?これ?」
お腹のところに、赤い傷のようなものを見つける。
ような、というのはこれを傷と言っていいのかわからないからだ。
切り裂かれたような、歪で太い線が二本お腹にある。体の模様ではない、明らかに外部の影響でできたであろう線。
が、傷と言うよりもこれは、傷跡である。既に治りかけの跡。
ぱっくりと皮膚の割れているそこは、昨日できたにしてはあまりに回復の早い。カサブタが剥がれた跡のようだ。
それに傷跡の形もおかしい。勢いをつけて殴ったとして、こんな線状の傷になるのだろうか?
「触っていい?痛いかな?」
返事はない。しかし手を伸ばしても、嫌がるような素振りもない。
相変わらずいくつもの目は私を見ていて、観察されている気分だ。
恐る恐る傷跡に触れる。ちょんっ。と、とりあえず指先だけ。だけ、だったのに。
〝て、て、して、して。〟
「え?」
〝て、ててして、
して
ろして
ころしてろして
てころして殺して殺して
ろしてころしてころころしてここころして
ころして殺してころして殺して
ころして殺して殺して殺してころしてててててて
殺して殺して殺して
殺してころしてころしてこころろろしててててて
ててててててころしてころろろしててて〟
「ぅ…………っ!?」
ぶわっ、と、頭に流れ込んでくる声が。
強く、強く。脳に響いて揺さぶって。
〝殺して!!〟
「いっ………!!」
痛ったい!!
頭、割れるっ……!!
「っ、はぁっ、はぁっ……!」
手を離せば声は止む。しかし余韻が頭に残ってじわじわとこめかみの当たりが痛くなってくる。
息がまだ荒い。声が頭に残っている。
揺れる視界の中、顔を上げれば美女と野獣がいる。今の声、恐らくこのアブノーマリティの声で。
「……っ、」
今の何?
〝殺して〟って、言ってた。
なんで?何でそんなこと言うの?
殺してって、何を?何を殺して欲しいんだろう。
すごく強い声だった。頭の中で叫ばれたような、何かを訴えかけているような声だった。
…………恐い。
湧き上がってきたのは、純粋な恐怖で。
私は後ずさる。逃げたい。直ぐにここから離れたい。もう作業終わりにしては駄目だろうか。
時間にして、おそらく五分も経っていない。けれどこれ以上いたくない。怖い。
Xさんに怒られるかもしれない。でも別にいい。怒られてもいいから、早く外に出たい。
「っ、」
私が後ずさると、それに反応したのか美女と野獣が動き出す。
ゆらりと遅い動きで美女と野獣は頭を振り、こちらに近づいてくる。何をされるのかと身構えた。
しかし次の瞬間、それは予想だにしない行動を。
ガンッ!!
「えっ、」
美女と野獣は、壁に頭を向けて。
「な、な、な……っ、」
ガンッ、ガンッ、ガンッ!!
部屋の中に響く、痛々しい打撃音。
ガンッ!美女と野獣が、頭を揺らす。ガンッ!打ち付ける。
ガンッ、ガンッ、その行動はあまりに異様だ。美女と野獣は自分の頭を何度も壁に打ち付ける。
だいぶ強く打っているのは音でわかる。それに数回の打ち付け後、壁は赤く濡れて。その赤は床にも垂れて。
血が出ているのだ。美女と野獣の血が、収容室を汚していく。アブノーマリティの物と思えないほど、それは見慣れている色をしていた。
ころして。
「ぅ……!」
〝ころして、殺して。ころしてこころろしてして
殺してころしてコロして殺して殺して
ころしてコロしてしてころして〟
また頭に流れてくるそれは。
「で……でない、と、」
頭が痛くて、上手く考えられない。
自分に言い聞かせる。出ないと、出ないといけない。出ないと。早くこの部屋から出ないと。
心は焦っているのに、体は全然急いでくれない。ぐらぐらと目の前が揺れる。頭が痛い。苦しい。
やっとの思いで収容室の扉を開く。数歩の距離はとんでもなく遠く感じた。出られる。この部屋から、出られるのだ。
ほっと息を吐いて、私は収容室を後にする。一歩、外に出た時だった。
私の横を、何かが通り過ぎたのは。
「えっ!?」
私の横を通り過ぎた風。私とは逆を行く、収容室に入った何か。
振り返る。ブドウの香りが私の顔にぶつかる。けれどそれどころじゃない。
美女と野獣の前に立つその人は、今朝私を責めた彼女。昨日私を押しのけ美女と野獣を殴った女性で────、
「死ね!!」
「あっ……!?」
デジャヴ。昨日と同じ。あきらかな殺意を持って、女性は美女と野獣を攻撃する。
しかし違うのは、振りかざされたそれが警棒なんてものじゃない。ギラりとわかりやすい鋭利さを見せるナイフであること。
部屋に響く。ざしゅっ、と。わざとなのかと思うほど見事な斬撃の音。
飛び散る血。事故とは違う、人為的に付けられた生々しい傷に私の喉がひゅっと鳴る。
止めないと。それはわかっているのに体が動かない。助けも呼ばないと。でも声すら出ない。
「お前を!!私は!!許さない!!」
「だ……だ、だ、だめ、」
〝決して対象アブノーマリティを傷つけないよう細心の注意をはらえ。〟
作業指示に、しっかりと書かれていたあの言葉が私を急かすのに。
動かない。体が、動かないのだ。
「あああっ!!死ね!!お前が、お前がァ!!」
泣いている。誰かが。
女性が泣いているのだ。叫びながら、怒りながら彼女は泣いている。
〝殺して〟
美女と野獣の声が、蘇ってきて。私は今更手を伸ばす。しかし当たり前に間に合わない。
再度振りかざされた銀のナイフ。その時だけ、何故かスローモーションになったような。やけにゆっくりと落ちていった、彼女のナイフが。
────ブツッ、と。肉の割ける音が。
「…………ぁ、あ、」
「はっ…………、アハハハハ!!ざまぁみなさい!!お前のしたことを、忘れるな!!」
二度目の斬撃は致命傷だったのか。
美女と野獣がぐったりと床に伏せる。血の海が広がっていく。
美女と野獣は動かない。本当に全く、動かなくなっちゃった。
その光景に女性は体をのけぞって笑う。ゲラゲラ、ゲラゲラ。高らかに響く見事な笑い声。
復讐の為と、許せないと彼女は言った。それは言葉上で、共感の、同情のできる感情であった。
それなのに今私は、目の前の彼女が怖くて仕方がない。
それは血塗れた体のせいでは無い。美女と野獣の体に刺さるナイフのせいでもない。
ただ、ただ。女性のその顔が。まるで快楽の絶頂にいるような蕩けた顔が。
「あーっはっはっはっ!!ざまぁみろ!!やってやった、やってやった!!私がやってやった!!ああぁっ!うふふふふ、あはっ、あはっあはっあはっ!!」
人のものに、見えなくて。
呆然と私はその姿を見る。異常だ、と思った。それは異常だった。大切な人を亡くした相手にこんなことを言うのは失礼かもしれないが、
パキンッ
「っ…………?」
部屋の中、何か、音がする。女性は聞こえてないのか、それどころでないのか気にせずにゲラゲラ笑っている。
それと同時に、今まで以上に強い、むせ返るほどのぶどうの香りが。
パキンッ
「な、なに…………?」
「あは……ぁ…………、うっ!?ぐ…………っ、ごほっ…………!?」
「えっ!?ちょっ、大丈夫ですか!?」
笑っていた女性が急にその場に倒れ込んだ。
慌てて駆け寄り様子を伺えば、女性は苦しそう呻き、ゴホゴホと咳き込んでいる。
顔は真っ青で、支えるために肩に触れればとても冷たい。こんなの、今にも死んでしまいそうな。
とりあえず部屋を出ないと。女性を運ぼうと腕に力を込める。
「っ!?」
が、動かない。微動だにしない。
重いとかそういう次元の話ではない。根を張っているのかと言うほど全く動く気配がないのだ。
おかしい。何が起こっているのかさ確認のため足元を見る。
「えっ、」
目に映ったものに、思わず女性から手を離してしまった。
ゴツンと、頭と体が床にぶつかる、痛そうな音が部屋に響く。女性は怪我をしてしまったかもしれない。しかしそんなことを気にしている余裕はなかった。
何これ。
女性の足が、おかしい。そこにあるはずの人の足はなく、代わりに二本の棒切れがくっついている。
違う。棒じゃない。黒く艶のある、細いそれ。ところどころギザギザしていて、歪に曲がっているそれはまるで昆虫のような。
「ぁ………っ、あがぁっ!!」
「な、な、なに、本当に何!?」
パキッ、バキッ、バキバキっ。
割れる音が、折れる音がする。よく見るとそれは彼女の体からしている。
女性はより苦しそうに、床の上で藻掻く。
違う。もがいているんじゃない。腕が、足が、ありえない方向に曲がって変形している。
バキッ、バキッ、ボキッ、パキッ。
「ぁ……、あっ…………!! 」
これ、あれだ。骨が、折れてるんだ。
腕がパキッと音を立てて折れた後。内側に溢れた血は大きな痣となり、やがて腕全体が赤黒く変色する。
バキッ、パキッ、パキッ、ゴリッ、
彼女の肌から、毛が生えてくる。それは植物のようにぐんぐんと伸びて彼女の体を覆う。 もはや人ではない、獣のような風貌と化す。
〝私は死を待ち望んでいた。〟
「っ!?だ、誰!?」
その時、声が聞こえた。少し高い、男性の声だと思う。
しかしあたりを見渡しても誰もいないのだ。
〝誰しもが、そうだったのだろう。この呪いから解放されたいと。〟
「なにっ…………、何!!もっ、ほんとに何なの!?」
一体何が起こっているの!!
訳が分からない!!
混乱と恐怖とで、涙が溢れてくる。怖い。何。本当に何。
もうこの女性、放っておいて逃げてしまいたい。でもそんなこと出来ない。このまま放ったら絶対良くないことになるとわかっているから。
だからって、私に何ができるの?
「お願い……っ、お願いだから歩いてよぉ……っ!!早く、早く出ようよぉっ!!」
女性を引っ張る。引きずってでも外に連れ出そうとするのにやはりビクともしない。
〝無駄だ。何も出来ないよ〟
そんな私に追い打ちをかける声。カッと込み上げてきたそれは怒りか、恐怖か。
「っ、そんなの!!わかってるよ!!私が何も出来ないことくらいわかってる!!わかってるけどっ、………って、ぇ…………?」
聞こえた声は、私への返事だと思って。声のした方を強く睨んだのだが。
…………私は、そのまま固まってしまう。
「な……んで…………?」
美女と野獣が、二体いる。
部屋に、二体。全く同じアブノーマリティが。
大きな、牛に似た巨体が。顔いっぱいのいくつもの目が、緑の瞳が。
全て二つ、ある。
〝何も出来ない。私達は何も出来ないんだ。〟
〝気がついた時には全て遅い。〟
〝この生物はアブノーマリティでは無いのだと気がつくのが遅すぎた。〟
「ぇ…………ぁ…………、」
〝呪いだ。この呪いこそがアブノーマリティであった。〟
〝人を化け物に変化させるこの呪いこそが─────〟
そこで声は途切れる。
見ると美女と野獣、二体いるうちの一体が溶けて、液体化し、蒸発し、少しずつその姿を消している。
残る一体、そこは女性が倒れていた場所。
残った美女と野獣が、私を見る。翡翠の瞳、何百もの目をこちらに向ける。
わかりやすい異型。普通ではないその姿。人の言葉を話すなど、想像のできない見た目。
「助けて、」
それなのに、確かに聞こえたのだ。
朝私に怒鳴ったのと、同じ声で。助けを求めるその声が。
……………そこから、少し記憶が無い。
【頂き物!!】
また頂きました。というか他の方からも実は絵を頂いてて利用許可申請してます。通らなかったら独り占めします。げへへ。宮野はもう舐めまわすように見ました。えへへ。
今回は前絵を頂いた、味谷さんから!
なんと!!ゲーム!!ゲーム作ってくださったんだけど!!!!
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【挿絵表示】
すごすぎん………?え…………すごすぎん??
こんなに綺麗に可愛く作ってくれて驚き。頂き物は全ての宝物だフォルダに入れてて増えたよ宝物。
うええええんありがとうございます…………。お金どこに振り込めるんだろ……?
読んでもらってるだけでも嬉しいのになにかして下さるの本当に宮野の支え。コメントもファンアートも配信も……やってもらいすぎぃ!
管理人さん達からはゆりちゃん達ゲームで作ったよと言って貰えたりもするし。本当に幸せだよ……ありがとうございます…………(´;ω;`)
うおおおおお書くぞ書くぞ書くぞ書くぞ!!!!!