海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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【十】誰かの声_2

 

出社直ぐに私を待っていたのは、ダニーさんだった。

「ユリさん、」と名前を呼ばれ。ガッ、と掴まれた腕。まだ始業時間前だと言うのに何だこの剣幕。本能的に逃げたくなる、あまりに怖い表情だった。

 

「な、なんですか。」

「今日の最初の作業は、俺が一緒にします。」

「えっ?」

 

え、なに急に。

それを決めるのは管理人のXさんであってダニーさんではないのでは……?

まだ数分とは言え始業時間前で。何を指示されるかも分かっていないのに?

なぜ突然そんなことを言うのかわからなくて、理由を聞こうとした。しかし私が口を開くよりも先に、「おい!!」と大きな声が聞こえたのである。

私達に方に投げられた声に振り向くと。げっ、と思った。

 

「その女はもう一人で行動出来るんじゃあないのか?」

 

ギロッ、と睨まれて思わず顔を背けた。……あの人である。

思い出される記憶。

『ダニーも大変だな、君みたいなお気楽者の教育係なんて。』

『新人のくせに急に昇格して。調子に乗ってるんだろ君。』。

彼は、以前私を罵ってきた男性。

今度は何を言われるのかと、私はぐっと拳を握った。怖い。なんでこうも、突っかかってくるのか。

 

「期待の新人なんだろ?それなのにダニーが付きっきりなんて変だ。ダニーにはダニーの仕事があるだろ。エージェントユリ、君は中央本部チームとしての自覚があるのか?」

「……っ、」

 

いや、なんで。

なんでそんなこと言われないと……、

 

「なんでそんなことお前が言うんだよ。」

 

え。

 

「え、」

「急に話しかけてきて何。これ別にお前に関係ある仕事じゃないんだけど。」

 

え、まっ、まって。

 

「ダ、ダニーさん、」

「それに別に言うほど付きっきりじゃねぇし。今回は俺がユリさんに用があるの。仮に付きっきりだったとして、お前には関係ないだろ、レナード。」

「なっ……、お、俺はダニーを心配して、」

「余計なお世話だ。やめてくれ。」

 

……ダニーさん言い方強くない!?

い相手の人も私にだいぶキツかったけど、ダニーさんも容赦ない!どストレートに強い!!

 

「迷惑なんだよ。もっとハッキリ言うか?ものすごく、邪魔だ。」

 

ダニーさん!?

ダニーさん!!待ってそれ、聞いてて怖いよ!?

な、なんかこう心臓が、ギュッてなるよ!?

 

「っ……、なんでその女の事ばっか、」

「俺が彼女の教育係だからだよ。」

「ダニーは、教育係なんてしないって前に……、」

「前と今は別。それもお前には関係ないよね。 」

「………………。」

 

気まずい!!

なにこの雰囲気!?

 

ダラダラと吹き出す汗。私何もしてないのに、言い返してすらまだしてないのになんでこんな喧嘩が繰り広げられてるの?

どうすればいいかわからず困っていると、ピロンッ、とタブレットから音がした。始業時間になったのだ。作業指示が私の元に飛んできて。

さっさとここから逃げたい。私はこっそりとタブレットを取り出し目を向ける。

 

{対象:O-01-04 作業内容:交信}

{なお、今回の作業は中央本部2チーム所属のエージェント・ダニーと同行するように。}

 

「え……。」

 

私はダニーさんを見る。え?……なんで、ダニーさんこのこと知ってたの?

ダニーさんは確かに言ってた。今日の指示は同行するって。このメッセージが来る前に。知ってたってことだ。

〝O-01-04〟って、アイの事?彼女への作業はもう何度か行っているわけで。初めてでもないのにこんな指示があるって、なんで。まさか。

 

「アイに何かあったんですか!?」

「っ、!?」

「びっ!?び、びっくりした……。ユリさんそんな大きな声出せるんですか……。」

「そんなことより!!アイに……っ、アブノーマリティに何かあったんですか!?」

 

ダニーさんに掴みかかり、問いただす。昨日とおととい、私は2日間の連休を貰っていた。その間のアブノーマリティの様子を私は知らない。

急に作業の内容が変わるなんておかしい。私の中の記憶、最後に見たアイの優しい笑顔が過ぎる。美しい微笑み。落ち込む私に『大好きよ』と言ってくれたアイ。

 

「何かあったなら……っ、早く行かないとっ。」

 

彼女と出会ってまだ数日。それなのに私は美女と野獣の一件で、助けて貰ってるし慰めても貰ってる。アイは強い。強くて、とっても優しいのだ。

優しくて、強くて、可愛くて。私を友人としてくれた女の子。……そんな彼女に何かがあったなんて、信じたくない。

こんなことをしている場合じゃあないと、私はダニーさんの腕を引っ張った。袖が伸びるとか言ってるがそんなこと知らない。早くアイのところに行かないと。

 

「ま、待てって。引っ張んなくても俺歩きますから!」

「早く行かないと!!こんなことしてる場合じゃあ無いですよ!!」

 

さっさと歩いて欲しい!!こうしている間にもアイに何かあるかもしれないなんて考えたくもないのに!!

というよりダニーさん、何か知っているなら最初にちゃんと教えて欲しかった。それなら話は早かったのに。理由さえ分かれば私だって戸惑うことなく早く行動出来「こんなことってなんだよ!!」、えっ。「えっ、 」。

 

ドカッ!

 

「いっ!? 」

「!?おいレナード!!」

 

急に肩を後ろに引っ張られ、私は倒れてしまう。

痛い。右肩を下に倒れたせいで右半身を特に強打してしまった。

顔面を避けられたのはいいけど、右こめかみ辺りも打ったみたいでクラクラする。痛たた、と頭を擦ったら。ら。ポタっと何かが落ちたのを感じた。

 

「え、」

「ぁっ……、」

「ユリさん!鼻血が……っ、大丈夫ですか!?」

 

鼻血とダニーさんに言われて、手で顔を触る。すると濡れる感覚があって見ればやはり赤い。

さ、最悪だ。ぶつけた所からならまだしもなんで鼻血。色々考えて興奮していたからだろうか。なんにせよこれは恥ずかしい。

痛みよりも恥ずかしさが勝って、私は慌ててポケットからティッシュを取り出す。鼻からダラダラと血が流れる感覚が気持ち悪い。それは鼻下を通り、唇を過ぎて、顎からポタっと床に。

 

そう、床に落ちた時だった。

 

「っ……!?」

 

ぶわっ、と強い風が吹いたのである。室内だと言うのに嵐のような豪風が、どこからか突然吹いて。

急な風圧に耐えられずギュッと目をつむる。きっとそれはそこにいた皆同じだったのだろう。

一瞬の沈黙。その後に、ざわっと一気に周りの様子が変わるのを感じた。一体何がと目を開いた時、私の目の前には白黒が───、

 

───大丈夫ですか、ユリさん。

 

「……オーケストラ、さん、?」

「うぁぁぁぁ!?まっっっっじかよ!!鎮圧!!鎮圧準備!!」

 

え?なんで?なんでここにオーケストラさんが?なんの脈絡もなく、なんでこんな所に?

ざわざわ、周りの皆は混乱している。「なに!?」「どうしよう!」「鎮圧!」「助けて!」。

ちょ、ちょっと皆落ち着いて欲しい!

 

「皆さん待ってください!!大丈夫、大丈夫ですから多分!!」

「大丈夫な訳あるか馬鹿!!」

「馬鹿って……!?ダ、ダニーさん落ち着いて!!とりあえずオーケストラさんに話を、って、え、」

 

取り乱す皆にどうにか落ち着いてもらおうと声を出していると、するっと顔を撫でられる感覚。ちょうど顎あたりだ。

目の前にオーケストラさんの手がふわふわと浮いている。白い手袋をはめた指揮者の手。しかし今は赤く汚れていて。それは多分、私の鼻血。

 

───誰にやられました?

 

「え、」

 

───許さない。

 

あ、これダメなやつ。

伝わってくるこの圧は。

オーケストラさん、すごい怒ってる。

感じる鋭い殺気。私に向けられているものでは無いのに、動けなくなるほどのそれは皆への威嚇でもあって。

かちゃん、と金属の音が聞こえた。そちらを見ると、エージェントの皆が武器を持っていて。今のはそれが擦れた音か。

まずい!!

 

──────ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!

 

「っ!!」

 

【警告】【警告】

 

「まっ、待って……!」

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】

【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

〝鎮圧〟。警報と共に聞こえたその音に、私は息を呑む。

目の前のオーケストラさんを見る。駄目だ、そんなの。オーケストラさんもエージェントの皆も、そんな怪我をするような事。駄目、絶対に駄目!!

 

「っ、オーケストラさん!!戻ってください!!」

 

───ユ、ユリさん?

 

「皆も、お願い落ち着いて!!オーケストラさん!!このままだと大変なことになっちゃいます!!お願いだから戻って……!!」

 

───しかし、

 

「これ、鼻血です!!たまに出ちゃうの!!誰かのせいとかじゃないから!!」

 

オーケストラさんがなんで脱走したのかはわからないけど、怒っているのは私が流した血のせいだろう。

優しいオーケストラさんは私の為に怒っているのだろうけど……、こんな鼻血一つで大事になるなんてたまったもんじゃない!!

このままでは戦闘がはじまってしまう。そんなの絶対に嫌だ!!

オーケストラさんの胴体に飛びついて、強く抱き締める。皆に大丈夫だと証明する為。そして、オーケストラさんに落ち着いてもらう為。

 

「大丈夫。私、大丈夫です。オーケストラさん。お願い、またすぐ会いに行くからとりあえず今は戻って……。」

 

───……。

 

「お願い。このままだとオーケストラさん、怪我しちゃうかもしれないから。そんなの、嫌……。お願い、お願いします……っ。」

 

お願い。と心の中でも重ねて願う。どうか、どうか戻って欲しい。オーケストラさんがもし別の理由で怒ってるならそれもまた聞くから。

皆がオーケストラさんに向ける警棒が、拳銃が。視界の端にチラチラと映る。そんなのでオーケストラさんが攻撃されるなんて嫌だ。それに皆が攻撃しているのを見るのも嫌だ。怪我しちゃう。オーケストラさんも、皆も。そんなの駄目だ。

 

───……本当に大丈夫ですか?

 

「私は大丈夫です。……助けて欲しい時は、ちゃんとオーケストラさんのこと呼びます。だからお願い……。」

 

───わかりました。約束ですよ。

───ちゃんと、ちゃんと私の名前を呼んでくださいね。

 

「!……ありがとう……。」

 

オーケストラさんの手が、再度私の顔を撫でる。今度は顎ではなく頬。優しく丸みをなぞられて、そのまま頭に移動して、ぽんぽん、と軽く触れられた。

 

───私はいつでも貴女の味方です。

───それだけはお忘れないように。

 

ふわり、と。風がまた吹く。今度はとても緩やかな風で。

私と、皆の髪を揺らすそれは暖かく優しい。まるで春風のような。

オーケストラさんの手が、キラキラと光り出す。少しずつ形を崩して光の粒となり、風に乗って宙を舞う。

光の中で、オーケストラさんの姿が揺れて。かと思いきや、ふっ、と一瞬で消えてしまった。

 

「…………も、戻って、くれた。」

 

シーン、と流れる沈黙。

皆を見る。まだ武器は構えられたままだけど、誰も怪我はしていないと思う。

はぁ、と大きなため息が出た。胸を撫で下ろす。何事もなくて本当に良かった……。

 

「あっ、」

 

呼吸と共にボタ、と落ちる鼻血。よく見ると床に小さな赤い水たまりが出来ていて。

これはいけないと慌てて垂れた鼻血をティッシュで拭う。しばらく垂れ流しにしてしまっていたから、ティッシュはすぐに真っ赤になってしまった。

……というよりも私、あのやり取り全部鼻血出しながらしていたのか。

それ気がついて、想像するとなんだか一気に恥ずかしくなった。鼻血をダラダラ。床にボタボタ落としながら『私は大丈夫。』なんて……あまりに格好悪い。

 

「……流石ですね、ユリさん……。」

「いや、そんなことは……。」

 

この沈黙を破ったのはダニーさんだった。その言葉に振り返ると、彼は武器をしまっている所で。

 

「んっと、なんか引いてますかダニーさん……?」

「だいぶ引いてます。」

「なんで!?」

 

貰った言葉は賞賛。しかし合わない表情に、冗談半分に聞いてみたら容赦なく肯定された。

酷い。私頑張ったのに。なんでそんな引き攣った表情をされるのか。

 

「なんでって……、まぁ、いいです。とりあえず作業に行きましょう。」

「ダニーさん切り替え早いですね……?」

「これはユリさんの為に言ってるんですが。」

「え?」

「……ここにいたいんですか?目立つのが好きなら、構いませんが。」

「えっ、……えっ!!」

 

ひそひそ。じろじろ。

気が付けば注目の的。皆が私を見ている。

やったことと起こったことを考えれば当たり前だ。しかしこれを好ましく思うかは。

 

「い、行きましょうっ……!!」

 

ダニーさんを置いて私は足早に本部を出る。いたたまれないこの空気から早く逃げ出そうと必死だった。

後ろから私を追いかける足音がして。それはダニーさんのものなのだけど。

私よりもゆったりとしたペースのくせして音が変わらないあたり、足の長さの差を思い知らされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を出るユリとダニー。その場に居合わせたエージェント達はしばらく呆然と固まったままだった。

しかし一人の男の時が動く。それは先程まで言い合いをしていた男……レナード。

アブノーマリティ・静かなオーケストラが突然現れた驚きと恐怖。それらに彼の体は微かに震えていた。手に持った銃も、未だに離せないでいた。

レナードの中に溢れる、様々な感情。それは複雑に絡み合い、熱く煮え、吐きそうになるような酷いもので。

 

……あの女の事で、〝静かなオーケストラ〟が動いた。

結果的に、一人で鎮圧したのもあの女だ。

それは前代未聞の事実。疑いようもないたった今起きた現実。

 

「…………。」

 

それはあまりに、狡くないか。

何でだ。あの女何もしていないじゃあないか。

別に特質した何かを持っている訳でもない。心も体も弱い。

しかもアブノーマリティとコミュニケーションが上手く取れるなんて、ただの化け物相手の売女だ。妙な術でも使えるのか、それともフェロモンでもだしてるのか。どちらにせよ気持ち悪い女だ。アブノーマリティを魅了し、誘惑するなど。

 

「死ね、」

 

出てきた言葉はどす黒く重い。酷い気分にレナードは目眩すら覚える。

嫌いだ、嫌いだ。嫌いで仕方ない。あぁいう、努力も何もしない癖して評価されるようなやつが一番嫌いなのだ。ヘラヘラヘラヘラ笑って。周りの苦労を知らないくせに簡単にのし上がるやつが一番嫌いだ。

 

誰がお前を良く言っても。

俺だけは絶対に、お前を認めないからな。

 

「…………。」

 

その時レナードの頭に過ぎる、よく知る人の顔。

その人はよく険しい顔をしている。それ以外の時は真顔が多い。ポーカーフェイスが得意な人だとレナードは思っている。

その緊張感も、レナードはその人の長所だと思っていた。そういう所も仕事が出来る理由の一つだと思っていた。そのままがいいとレナードは思っていた。

 

それなのにその人は、なんであんな顔をしたんだ。

力の抜けた、呆れた顔。緊張の解けた、笑ってはいなくとも柔らかい表情。

 

『……流石ですね、ユリさん……。』

 

「ダニー、」

 

……なんでそいつに、ついて行くんだよ。

 

 

 

 

 






あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!!
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