「レナードのこと、あまり気にしないでください。」
「え?」
アイの収容室に向かって歩いている途中、ダニーさんは止まらないままにそう言った。
「レナード……さん、さっきの人ですよね?」
「え、あいつ名乗ってもなかったんですか?」
はぁぁ、ダニーさんが大きくため息をつく。頭を抱えてしまった。
「……すみません、注意しておきます。」
「あ、ありがとうございます……。」
「他にも何かあったら言ってください。教育係としてできる限りの事はしますから。」
「えっ、」
ダニーさんの言葉に思わず立ち止まってしまった。
まさかダニーさんにそんなこと言われるなんて思わなくて。
ダニーさんはこう、仕事面で良くしてくれるけど。私の対人関係とか、そういうものには無関心だと思ってた。失礼な話、そういう相談は面倒くさがられるだろうと思ってたのだ。
立ち止まった私に気がついたダニーさんが振り返る。
「どうしたんですか?」
「い、いえ……。その、ご迷惑、おかけしちゃってすみません……。」
「?、迷惑かけてるのはレナードですよね? 」
「でも、私がなにかしちゃった可能性もあるかなって……。」
「心当たりがあるんですか?」
それは、ないけど。
それでもあそこまで強く言われるということは、やはり何か引っかかることがあるのだと思う。
ハッキリとした理由を言えない私に、ダニーさんは呆れたようにため息をついた。
「無いのに反省する必要はありません。そんなことしてたら相手の思うツボですよ。」
「それはそうですけど……。」
「もしまた絡まれることがあったらこういってください。〝自分に文句があるなら、オーケストラの担当を変わってくれたら聞いてやる〟って。」
「オーケストラさんの……?」
「皆黙りますよ。あんなのの相手、誰もしたがらないので。」
「オーケストラさん、優しいですよ……?」
私がそう言うと、ダニーさんはまたため息をついて。
「あれは優しくありません。」
「そりゃあ人とはズレてるとこはあるけど、ちゃんと話せば、」
「あのですね。」
「静かなオーケストラは、話さないんですよ。」
「…………え?」
「ユリさんが来るまでの間、オーケストラへの交信作業は俺達が一方的に話すだけで応答は得られませんでした。〝話せないアブノーマリティ〟として判断されてたんです。」
「でもっ、」
そんな、確かに他の人からオーケストラさんとどんな話してるかなんて聞いたことないし。
私がオーケストラさんと話してる時、他の人に声が聞こえてないのはわかってたけど。
でもそれはあくまで〝その時〟だけだと思ってた。〝私には他の人よりも話してくれるんだな〟位に思っていて。
でもそうじゃない?オーケストラさんの声、私しかわからないの?
「なんで……?」
「だから会話できるユリさんは特別なんで「それは絶対にないです。」
その言葉はハッキリ訂正させてもらう。ダニーさんが言い切る前につい声が出てしまった。
有り得ない。特別な力なんて、私絶対持ってない。ずっとそう言われ続けて育ってきた。それを確認した人だって、うちの家系のちゃんとした人である。
今更、〝特別な何か〟なんてあるわけが無い。そんなわけない。
「……少なくとも、アブノーマリティに好かれる能力はあると思いますよ。」
「…………。」
好かれる、能力。
「さて、収容室に急ぎましょう。行きますよユリさん。……ユリさん?」
「あっ……はい。」
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫、です。」
※※※
廊下をダニーさんと歩きながら、アイのことを尋ねた。私が休みの間、と言ってもたったの二日間であるが、何があったのか。
しかし私の問にダニーさんはなかなか答えない。ただ起こったこと、知っていることをありのまま答えてくれればいいのに難しい顔をして言葉を考えているようだった。
そうしているうちにも足は進み、何度か聞き返してその度思った返事はかえってこず、結局何も聞けないままアイの収容室に到着してしまったのである。
「えっと……普通に入っていいんですかね?」
「はい。大丈夫な筈です。」
「筈って……。」
「入る前に一つ聞きたいのですが、……特別な指示を貰ったりはしていませんか?」
「特別な指示?別に何も……。ダニーさんと一緒に行くように言われた位です。」
「……そうですか。」
なんだその含みのある言い方は。
もしかしてダニーさんは私とは別に〝特別な指示〟というのを貰っているのだろうか。大いに有り得る話だ。それならば今回の作業がダニーさんと二人というのも納得出来る。
「…………。」
「ダニーさん?」
扉を開けようとしたダニーさんの手は動かない。どうしたのかと見ると、その横顔には汗が流れていて。
「あの、私先に行きます。」
「あ、いや。俺は大丈夫です。すみません。」
「作業の指示貰ってるのは私ですし。別に先に入っても問題ないですよね?」
「問題はありませんが、」
「なら私が行きます。」
半ば無理矢理ダニーさんを押しのけて、扉を開ける。ダニーさんは多分私の為に先に行こうとしてくれたのだろうけど、別に私は平気だ。
得体の知れないアブノーマリティならまだしも相手はアイなわけで。正直全然怖くない。むしろ心配で、私は早く中に入りたいのだ。
扉のタッチパネルを操作して、ロックを開ける。即座に開く扉。一歩、中に入ろうとしたのだが。
「……っ、」
何これ。
足を踏み入れた途端に、体が重くなる。
動けないほどでは無いけれど、動かすとやけに重力を感じる。重くて、だるい。動きにくい。
一体何が?つい先日まで、普通の部屋だったのに。
「アイ……!?」
その中に、アイがいた。部屋の隅で、苦しそうにうずくまっている。
床にその細い身体を伏せて、四つん這いの状態で頭を下げている。
アイスブルーの美しい髪は床に広がり、部屋のホコリが絡んでしまっている。私は慌てて彼女に駆け寄った。
「アイ!?どうしたの!?苦しい!?」
本当に、何があったの。
とりあえず体制を変えさせたい。体調が悪いのならちゃんと横になるべきだ。
だからとりあえず、背中から抱きしめるようにして、持ち上げる。
持ち上げる……持ち上げ……持ち上がらない!?
「ふんっ!……ふんっ!!……んっ……んっ……!!う、動かないっ……!?」
アイの体を持ち上げようとするのに、この細い体何故か動かない。抱っこしようと背中を掴んでるのに、全く微動だにしない。
いやなんで。絶対に軽いでしょこのモデル体型。なんでこんな岩みたいに動かないの。
「えぇ……、ユリさんよくこの状態で触れますね……。」
「ちょっとダニーさん手伝ってくださいよ!!」
「絶対嫌です。」
「ダニーさん!!」
女の子が具合悪そうなのに何を突っ立ってるんだこの人!!早く手伝ってよ!!
どんなに力を入れても、アイは動いてくれない。どうしよう。
見た限り、体に怪我は見当たらない。となると何か病気だろうか。
熱があるかの確認をしたくて、髪をかき分けて小さな額に触れる。ぺたりと手のひらを置いたのだが、広がる彼女の体温に驚いて直ぐに引っ込めてしまった。嘘でしょ。
「つ、冷た……!?」
とんでもなく冷たい。体温なんてない。むしろマイナスなんじゃないかと言うくらいに冷たい。
思わず〝死んでるんじゃないか〟なんて不謹慎な考えが過ぎるくらい、冷たい。
息があるか顔に耳を近づける。聞こえる微かな呼吸音と、何か小さな言葉が聞こえた。なんて言っているかまではわからないけれど息はできているようだ。
早く体を温めないと。とりあえず私は着ていたジャケットを脱いでアイの背中にかける。スーツのそれに断熱性は期待できないが、無いよりはマシなはず。
「…………ユリ?」
「アイ!」
そこでようやく私達に気が付いたアイが顔を上げてくれた。
その顔を見て私は驚く。やつれて真っ青なのである。
元々肌が白いのは知っているけれど、これは白を通り越して青紫だ。
焦点の上手くあってない瞳。目の下に細かいシワがたくさん出ている。疲れが溜まっている顔だ。
「ユリ……。ユリなの……?」
「そうだよ!!アイ、どうしたの?具合悪い?とりあえずそのままは良くないから、横になろう?」
床に寝転がるのは嫌かもしれないが、直ぐに敷くものを持ってくるから今は我慢して欲しい。
しかし促してもアイは首を横に振るだけで。何とか説得しようとするのだが話を聞いてくれない。
「アイ、ね、ちょっとだけ動こう?ダニーさん何か敷くもの持ってきてください! 」
「この状況でユリさんを一人に出来ませんよ。」
「でも、アイを置いていくなんて私も出来ないです!」
そもそもこんな状態になるまでXさんは何をしてたのか。
数日前まで可愛らしい笑顔で出迎えてくれたのに、今はその面影もない。こんな短時間でここまで変わってしまうのは確実に何かあったのだろう。それなのになんの対処もしていないなんて。
「ユリ、」
「っ!?」
重そうに床についていた腕が私に伸ばされる。そのままガッ、と強く方を掴まれて軋む骨。痛い。
「ど、どうしたの……?」
「わからないのよ。」
「何が?」
「どうしてこんなにも平和なの?」
「え?」
……アイ?
「私がいるのは邪悪な悪者を倒すためなのに」
「アイ、」
「これじゃ私が、世界に必要とされてないみたいじゃない?」
「アイ、落ちついて、」
「私は世界に平和をもたらすために選ばれたの。それなのに今日も世界は穏やかで」
「ユリさん、離れてください。」
明らかにおかしいアイの様子。彼女の目は私に向けられているけれど、私と目が合わない。
ダニーさんが私の腕を掴む。離れるよう引っ張られるけれど、それと同時に肩を掴むアイの力が強くなって。
「痛っ……!」
「世界は善と悪にわかれている。私は正義で、でも私が善なら悪もいなければ、悪なしで私は存在できない。」
「ユリさん!振り払ってください!!」
「あぁぁぁぁ!!わからないわからないわからないわからない!!」
「ア、アイ……っ!!」
アイの声が、部屋に響き渡り空気を大きく揺らす。
耳がビリビリするほどの声量と、怒っているような気迫が私に直撃して。
怖いっ!!
「やめてっ!!」
「うっ、」
思わず彼女の手を振り払ってしまう。ゴツッ、その勢いでアイは頭を床にぶつけてしまって。
「あっ……!」
聞こえた鈍い音に、ハッと我に返る。
床に伏せるアイを見て血の気が引いた。馬鹿!!私何やってるの!!
「ご、ごめん!ごめんねアイ!!びっくりしちゃって、痛かったよね!?」
「……平和……対価……使命……正義……、」
かなり痛かっただろうに、アイは振り払った私を怒らない。
というより、私の事を完全に無視だ。私がいること事など忘れてしまったように、声をアイは無視をする。
その姿が痛々しくて、可哀想で。見ているこちらが苦しくなるほどに辛そうで。
私に出来ること、慰めになる言葉、考える。なにか気の利いたことを言えたのなら、彼女の少しでも救いになれたのなら。
アイが言った事を思い出す。
彼女はなんで平和なのかと悩んでいた。平和は大切なのにどうしてそれが困るのだろう。
やったことに対して結果が出るのはいい事だ。魔法少女のアイが仕事をした結果、平和と思える時間が訪れたわけで。でも本人がこんなに辛そうなのだから、理想の平和では無いということ?となると私がアイに言えること……できること……って、なんだろう……?
「……わかん、ない。」
「ユリさん?」
「ごめんね、アイ。わかんないよ……。」
どんなに考えても分からなかった。私は魔法少女じゃあないから、アイが言ってること、求めてること……わからない。
アイは私の事、慰めてくれたのに。私は何も言えない。理解すらしてない 。力を持ちすぎると、普通の人にはわからない悩みが出てくるのだろうか。私は普通だから、それもわからない。
「助けてもらってばっかりで……何も返せなくて、ごめんね……。」
情けない。申し訳ない。
返せるものが、何も無い。
せめて、なんて気持ちでアイの冷たい体を抱き締める。伏せている彼女に覆いかぶさり、少しでも体温をわけられればと思った。
辛くなっちゃったのかな。
嫌になっちゃったのかな。
苦しいことが積み重なって、本当はずっと悲しかったのかな。
全部想像でしかない。アイの本心はわからない。私には、何もわかってあげられない。
……前も、同じようなことがあった。
日本にいた頃。幼い頃から両親の仕事の手伝いをしていた兄と姉。留守番をしていた私は寂しくて、辛かったけど。その不幸を嘆くことも怒ることもあったけど。
家族には家族の辛さがあって。特別な力を持つ人はそれ相応の苦しみがあるのだと、あの時の私は気がつけなかった。……理解してあげるべきだったのに。
「……助けてる、? 」
「アイ?」
「私、ユリのこと助けてる?」
「え、うん。」
私の言葉を反復するアイ。その声は先程とは違う、取り乱した様子も沈んだ感じもない。驚いたような、不思議そうな声。
「助けてくれたよ?」
「……私が?」
「うん。」
今更なのに、なんでそんな反応をするのだろう。
美女と野獣の時は明らかだったし、初めて会った時優しくしてくれたのも私は嬉しかった。
それに、
「アイが、私を助けるって言ってくれたの嬉しかったんだ。」
「え……、」
「私ね、最近引っ越したの。前まではね、全く別のところに住んでたんだ。」
そういえば、アイに私の話はあまりしてなかった。いや、そもそも私は今までの人生、あまり自分の話をしてこなかった気がする。
特別話すような面白い話もない。私のことを話すと、家族の話に自然となってしまう。その方が興味を持ってもらえるから。そしてその度になんだか虚しくなるのだ。
「知らないところでね、心細かったの。……アイも同じだよね。ここに来たばっかりだもんね。それなのに、私の事気遣ってくれて……。」
それどころか、ここの施設全部を、護るなんて言ってくれて。
「アイは、すごいよ。」
すごいよ。本当に、すごいと思う。
それなのに〝必要とされてない〟なんて。
「……必要に、決まってるじゃん……。」
なんでそんなこと、思っちゃうんだろう。
そんなこと、思うのおかしいよ。
だって貴方達は特別で。皆が必要としていて。……本当なら、私なんか相応しくない位の人達で。
「ユリ……っ!!」
アイが顔を上げる。今度は私を見ている。
大きな宝石の瞳。涙で濡れてキラキラと輝き、誰が見ても美しく綺麗な彼女。いつも通りの、アイだ。
「うわっ、」
そのままガバッと抱きつかれる。先程とは違って、今度はアイの方が覆い被さるような体制だ。
勢いよく抱き着かれて、よろけた私はそのまま後ろへ。尻もちをついてしまう。
「ユリ、好き、大好き、ユリ。」
「ア、アイ……?」
……え?な、なんで?なんで元気になったの……?
なんで、こんな急に。
私大したこと、別に言ってないのに。
彼女が元気になった喜びより困惑が勝ってしまう。自分が言ったことを思い出しても、アイを元気付けるようなこと言った覚えがない。
感謝とか、肯定とか。そんなのアイならいくらでも貰える言葉のはずだ。彼女に感謝してるのは私だけじゃないだろう。
噂になるくらい、人気のアブノーマリティなわけで。そんな彼女がどうして。
「あ、」
その時、思い出したのは。
『……少なくとも、アブノーマリティに好かれる能力はあると思いますよ。』
ダニーさんが私に言った。
ぶわっ、と嫌な汗が吹き出す。
え?嘘?嘘でしょ。え?
まさか、本当に?本当にそんな力が、私に。
「私ね、ユリ会えて良かった。これからもね、ユリの為に、たくさんたくさん頑張るわ。」
だって、だってそんなの。
「だから、ずっと私のお友達でいてね。」
───騙して、いるような。
「……?、ユリ?」
ぐるぐる、ぐるぐる。
様々な記憶が頭に過ぎる。
もしも。全部私のせいだったら?
初めて会った時オーケストラさんが脱走したのも。
罰鳥さんが鳥籠に入ったのも。
大鳥さんが私にランタンを渡したのも。
赤い靴が皆を魅了したのも。
美女と野獣に異様な執着をみせたあの人の事も。
私が、無意識に。何かしらの力を使って。
アブノーマリティの皆にそうさせたとしたら。彼らの行動を操っていたのなら。
「どうしたの?ユリ、」
アイの、好意も。オーケストラさんの、優しさも。
全部全部、私がそうさせたものだったら。
…………どう、しよう。
コメントお返事出来なくてすみません!!
明日お休みなんでちょっとずつ返してきますいつも本当にありがとう!読者のみなさんだーいすきです!!