海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

29 / 39
【十二】誰かの声_4

どうしよう。

もし、ダニーさんの言うとおり、私がアブノーマリティ達を魅了してたら。

何らかの力を使って、無意識でも影響を与えてたなら。

どうしよう。……どうしよう。

 

「……さん、ユリさん!」

「っ、あ、ダニー、さん?」

「どうしたんですか、ボーッとして。」

「え、あれ、……アイは?」

「は?作業は終わりましたよ?」

 

声をかけられて辺りを見れば、確かに施設の廊下。

振り返れば収容室の扉があって。私、いつの間に外に出たの。

 

「私、アイに何かしましたか。」

 

まずい。記憶が曖昧だ。

……自分の事に集中しすぎていた。

記憶を辿ろうとしても、アイと話していた途中から真っ白になっている。

ダニーさんの言い方だと、特別何か粗相をした訳ではなさそうだ。身体が自然に動いたのか、完全に潜在意識でやっていたのだろう。

 

アイは元気になったのだろうか。

元気になったとしても……、私何か余計なこと言ってないだろうか。

 

「何か……?別に話していただけでしたが、覚えてないんですか。」

「途中から 、曖昧で。」

「……そうですか。まぁ大丈夫でしょう。ユリさんですし。」

「大丈夫って……。」

「アブノーマリティの懐柔とコントロール、お見事でした。この事は俺から報告しておきますね。」

 

ダニーさんは私の話に関心は無いようで、直ぐにタブレットで作業の記録をはじめる。

話を終わらせるつもりがない私は、何かダニーさんに声をかけようとした。だって何があったかとか、ダニーさんから見たアイのこととか何も聞けてない。

だから口を開いた。開いたのに、声が出ない。何か言わないとと思うのに、喉でつっかえてしまう。

 

「…………、」

 

ダニーさんはタブレットを見て、私に目もくれない。

私の事を報告すると言っていた。なんて、報告するんだろう。

 

『アブノーマリティの懐柔とコントロール、お見事でした。』

 

そう言われた。私が、アイをコントロールしたのだと。

 

……ずっと、力が欲しかった。

 

家族のような、特別な力が欲しかった。悪いものに立ち向かえる力、誰かを助けられる力、必要とされる力。

本来なら、持っていておかしくなかった力。無いと思われていた私の力は、もしかしてアブノーマリティに対して発動するものだった?

良かったね。良かった。

良かった?

 

──────良いわけない!!

 

「最低……っ、」

「……?ユリさん今何か、……って、えっ、」

 

床を蹴って、走り出す。後ろからダニーさんの声が聞こえたけど、そんなこと構ってられない。

直ぐに私は行かなければいけない。それなのに何故かいつもよりも床が滑りやすく感じる。足ばかりが急いで、私は上手く走れない。

 

 

 

※※※

 

 

何度か転びそうになるも、何とか怪我はなく目的地についた。

震える足、切れる息。ハァハァと荒い息のまま、私はそこに向き合う。───オーケストラさんの、部屋の扉に。

 

「……、」

 

扉を開こうと、電子ロックに手をのばす。しかし開く前に手が止まってしまった。

ドクドクと心臓が煩い。胸が痛い。オーケストラさんの収容室に行くのに、こんなになるのは初めてだ。

一番初めの作業の時だって、こんなではなかった。

だってあの時からオーケストラさんは私に優しかったから。緊張はしたけど、怖いなんて思わなかった。……怖い?怖いんだ。私。

 

怖い。

このことを言ったら、オーケストラさん、怒ってしまうかもしれない。

そしたら、そしたら私。

 

「……嫌われちゃったら、」

 

良くしてもらったのに。

励ましてもらったのに。助けてもらったのに。私の事、受け入れてくれたのに。

全部全部無くなっちゃうのかな。オーケストラさん、私の事嫌いになっちゃう?

オーケストラさんは、私の欲しい言葉をくれる。まるでヒーローだと思った。救われた気分だった。

いつもオーケストラさんは私の心配してくれて。最初こそ戸惑ってばかりだったけど、今は。

 

……私、オーケストラさんにすごい支えられてたんだ。

 

オーケストラさんが言ってくれること、してくれる行動。当たり前なんて思ってなかった。不思議だった。

でも嬉しくて、深く考えずに受け入れて。今が良ければ、オーケストラさんと話せるのが楽しいから、まぁいいかなんて思って。

 

「……友達、だって、」

 

思ってたんだ。勝手に。

私がオーケストラさんを操ってるなんてこと、微塵も考えなかった。

 

「……、」

 

ロックを解除して、扉を開く。

背けては行けない。それはあまりに不誠実だ。私はこれ以上、オーケストラさんを裏切りたくない。

──ユリさん?

 

「オーケストラ、さん。」

 

そこに、オーケストラさんはいる。いつもの通り、人形の姿で。

堂々と佇んで、静かに、美しくそこにいる。

 

──どうしたんですか、酷く音が乱れて……、

 

「……っ、」

 

──ユリさん!?

 

「ひっ、ぅ、うう、オケ、さ、ごめ、ごめんなさい、ごめ……っ、ううっ、」

 

あぁやってしまった。溢れてしまった。

滲んでまともに見れない視界、ボロボロと出てくる涙。最悪だ。こっちに来てから前よりも泣くようになってしまった。

家に家族がいないからって気を緩めすぎたんだ。自制が出来なくなってきている。本当に最悪だ。

謝らないといけないのに。こんな泣いて困らせて。

 

泣いていいわけない。傷ついていいわけない。

 

それなのに止まらない涙に、本当に、本っ当に嫌になってくる。

オーケストラさんの心を、勝手に操って。

私の事好きにさせて。

護ってもらって。それで、こんな泣いて。……私、最低だ。本当に。

ちゃんと謝らないと。早く。

口を開く。言わないといけない。それなのに上手く声が出ない。

可能性だとしても、これは伝えなければいけないのに。

早く言え、早く。自分を急かす。息を吸う。吸った時は普通なのに、吐いた息が何故かとても熱い。

これを秘密にするのは、分かってて黙るのはオーケストラさんに嘘をつくことになる。そんなのは絶対に嫌だ。

これを言って怒られても、嫌われても仕方ない。ちゃんと受け止めないといけない。何をされても、仕方ない。それだけの事をした。

 

──どうしたんですか!!

──何がありました!?

 

「違う、なにも、ないの。」

 

──そんなわけないでしょう!!

 

違う。

本当に、何も無いのオーケストラさん。

本当はね、私、何も無いんだ。

好きになってもらえる部分が、何も無い。

オーケストラさんからの好意に対して持てる自信が何も無い。

オーケストラさんが、私のどこを好きになってくれたのかわからない。

こんな平凡で、どこにでもいるような人間にどうして優しくてくれるのかわからない。

その理由を探すよりもダニーさんの言った、〝好かれる能力〟の方が信憑性を感じてしまう位に。好きになってもらえる心当たりが、何も無い。

 

「ごめんなさい……っ」

 

ごめんなさい。

もし本当にそうだったら。ごめんなさい。

わざとじゃないの。わざとじゃ、ないんだよ。

 

『君みたいに安全じゃあないんだよ俺たちは。』

 

レナードさんに言われた言葉と、ダニーさんに言われた言葉が蘇る。

 

『いいな、君は家族に護って貰えて。』

 

それが、いつかのあの人たちと重なる。色んなことを言われた。

特別な家系で生まれた、特別でない私。よく思われないのは当たり前で。そんな肩身が狭い中でも不自由なく生きてこれたのは、家族が私を守ってくれたから。

……私は、家族に何も返せないで、ここに来ちゃって。

 

「私は、何も無い。いいとこなんて、一つも無いけど、でも。」

 

──そんなこと、

 

「でも、別に利用しようとしたわけじゃない。お願い……信じて……。」

 

ただ、優しい貴方が好きだったから。

だから、傍にいたかっただけなの。

 

「……うぅ……。」

 

こんなこと言っても、信じて貰えないかもしれない。

結局全部言い訳でしかない。それでも素直に伝えるくらいしか、私に出来ることは無い。

オーケストラさんの空中に浮かぶ手が、あっちこっちに動いては忙しない。私を心配してくれているのだ。人形の表情は変わらなくとも、指揮者の彼の手はいつも優しい。

口を開く。覚悟なんて出来ないけど、いつまでもここで泣いているわけにはいかないから。

 

「……私、オーケストラさんの気持ちを、操ってたかもしれなくて。」

 

──え、は、どういうことですか、

 

「何らかの力で……オーケストラさんをコントロールしてたかもしれないんです……。」

 

──ユリさんが、私を?

 

「確実じゃないけど、可能性はあります。……本当に、ごめんなさい……っ。」

 

助けてくれて、嬉しかった。優しくしてくれて嬉しかった。

それが全部、私が望んでやらせていたかもしれないだなんて。あまりにも最低な事実。

 

「怒るのは、当たり前です。私の事、もう嫌かもしれないけど。わざとじゃないんです……。」

 

──ま、待ってくださいユリさん、

 

「もう私の事、助けたりしなくていいから。」

 

助けて欲しいと思うことは、これからも沢山あると思う。

でももしオーケストラさんが私を助けたくないなら、それは仕方ないことだ。強要なんて出来ない。今までが特別だったって、ちゃんと理解しないといけない。

助けて貰えないことで、弱い私は死ぬかもしれないけど。

……それでもオーケストラさんを騙すことはしたくない。どうしても、したくない。

 

だって、オーケストラさんは私に言ってくれた。

『貴女は一人じゃあない』って。『ずっと傍にいる』って。

 

……嬉しかった。私はいつだって、皆に置いていかれる気分だったから。

オーケストラさんの言葉は、幼い頃からずっと私が欲しかった言葉だった。

 

「もうここに来ないようにすることも、出来るから。」

 

優しい貴方を騙して、ごめんなさい。

オーケストラさんが望むなら、Xさんに担当を外して欲しいと言おう。

それが無理なら、私が仕事を辞めればいい。私が出来るのはせいぜいそれくらいしかない。

 

「許して、ほしい……。」

 

だから許して、なんて。本当に私はかっこ悪いなぁと自己嫌悪する。

それなのに許されたいと思ってしまった。嫌わないで欲しかった。嫌ったからってオーケストラさんは私に何かする方では無いと分かってる。それでも私は、嫌われたくない。

ごしごしとジャケットの袖で涙を拭う。硬い生地が瞼に擦れて痛い。それによれたファンデーションが服についてしまった。なんて汚いのか。最悪だ。

 

──ユリさん……、

 

俯く私の頭が、撫でられる感覚。これはオーケストラさんの手だ。丁寧に、優しく。私を慰めてくれるオーケストラさんの手。

それで私はより泣いてしまう。こんなことを言っても優しくてくれることが嬉しい反面、罪悪感が辛くて、申し訳なくて。

 

──そんな悲しいこと、言わないでください。

 

「許して……くれるの、?」

 

──許すも何も、怒ってませんよ。

 

なんで。なんで、怒らないの。

こんなこと言われたら、普通恨むだろう。そんな事ないって、信じてないの?

本来オーケストラさんが抱かない感情、起こさない行動。不自然な過去をなぞれば、私の異質さに気がつくはずで。それなのにどうして。

 

──ユリさん、あのですね。

──まず、私にそういった術は通じません。

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

走り去ったユリの様子が明らかにおかしく、ダニーはそれを追いかけようとした。

が、それをタブレットの通知音が止める。ダニーはチッと舌打ちをした後に、内容を確認する。

 

{対象:何も無い 作業内容:交信}

 

〝何も無い〟。それはダニーの担当アブノーマリティの名前。

この指示は放っておけない。アブノーマリティの機嫌を損ねたくないのは勿論、その中でもこの〝何も無い〟は厳重な管理が必要なのである。

もう見えなくなったユリが走り去った方向を見る。本当は今からでも追いかけたい。『後でもいい』なんて考えで、ダニーは何度か後悔した経験がある。

 

「…………、」

 

立ち止まって、数秒考えて。面倒くさいことばかりだと、ダニーは自分の頭をがしがし掻く。

それでもやはり、ダニーは〝何も無い〟への指示を優先することにした。人よりもアブノーマリティを優先しなければいけないその事実は彼にとって皮肉そのもので憂鬱な気分になる。

 

「ダニー!」

「……レナード、?」

 

歩き出すダニー、進む方向から走ってきたのは朝も話した〝レナード〟。

ダニーはげっ、と思わず声を出した。どうせ今朝のことを言われると思って、出来ることなら暫くレナードとは関わりたくなかったのである。

忙しいと言ってさっさと逃げてしまおうか。しかしそれで納得するような相手ではないとダニーもわかっていて。どう回避するか、穏便に済ますか悩んでいたのだが。

 

「その、今朝のこと。……ごめん、悪かった。」

「……は?」

「俺が……興奮して、感情抑えられなかったから、あんな騒ぎ起こして。ダニーの邪魔して、ごめん。」

 

レナードが言うのは、ダニーが予想もしなかった〝謝罪〟で。

ダニーは用意していた様々な言葉を全て飲み込む。何を言っているのか。

 

「お前が謝るのは、俺じゃねぇよ。」

「そ、それは……。でもダニーの邪魔をしたのは確かだろ、」

「なんでそんなユリさんにつっかかんの?」

「……っ、」

「ユリさんお前になんかしたの?」

「それは、……それは!!」

 

レナードはぐっと強くこぶしを握り、ダニーを強く睨んだ。

それは朝見た表情と似ていて。相当な怒りと憎悪を感じるレナードの態度に、ダニーは首を傾げる。

 

「ユリさん、お前になんか出来るような人じゃないと思うんだけど。何が気に入らないんだ?」

「なんでダニーはあの女を気にかけるんだよ!!」

「え?」

「教育係も……っ、なんで引き受けたんだ!!」

 

勢いよくレナードに言われてダニーは困惑した。ぱち、ぱちと。瞬きを繰り返す。そしてもう一度思った。こいつ、何を言っているのだと。

 

「いや……まずこの会社にユリさん連れてきたの俺だし……。」

「え、は、……え?」

「ユリさんがここにいるのは俺のせいだよ。巻き込んだのは俺だ。」

 

そう。ユリを連れてきたのはダニーである。

罰鳥が施設外に逃げ出した、あの夏の昼。全ての職員が絶望した。

人を襲う鳥、未知の生物。捕まえなければ大変なことになると、休みの職員も電話で呼び出し、必死に探し回った。

 

そしてダニーはユリと出会う。

 

ベンチに座っている人。黄味がった肌色と、真っ黒な髪。この辺りでは珍しいアジア系統の女性。

華奢な体格に似合わないがっしりとしたスーツケースを見て、ダニーはユリを旅行者だと思った。

そんな、何も知らない彼女を連れてきたのは自分だ。ならばそれなりに責任は感じるのが普通だろう。

 

 

「……なんで、だって、ダニー俺に言っただろ、」

「?」

「俺が、ここに来た時。……なんで、来たんだって。」

「……っ!」

 

言った。確かに言った。まさか覚えてるとは思わなかった。

というのもダニーが忘れていた。

確かにそんな事、言った。

自分が会社を辞めて、ロボトミーコーポレーションに来て。まだ大きな事件はなかったもののここの危険さを実感する毎日に。急に来た、レナードに。

 

『なんで来たんだよ……。今からでもやめとけ、ここ相当危ないぞ。』

 

「ダニーは言ったよな、〝俺も覚悟には時間がかかった〟って。〝でもお前はやめとけ〟って」

「それは……、」

 

レナードの言葉は的確にダニーに刺さる。そのせいで頭痛も、吐き気もしてくる。

確かにそれは、矛盾だ。

だってあの頃は、まだこの会社を残酷だと思えど、憎悪するほどの感情はなかったから。だってあの頃は、まだ本当には失ってなかったから。だってあの頃は、だってあの頃は。

 

自分の感情と状況によって左右するそれは。

相手によって、変えてしまう意見は。

 

「黙れ!!」

「っ、ダ、ダニー、」

 

この矛盾の正体は───偉そうなことを言う癖にユリのことを巻き込んでいる。最低なダニーの正体で。

ダニーは思わずレナードを睨む。険しく歪むダニーの顔に、レナードはビクッと肩をふるわせた。

 

なんで、なんでだ。

なんでそこまでわかってるのに、お前は俺から離れてくれないんだ。

わからなかった。性格の相性が悪いことは、会話してればわかるわけで。

ダニーは性格ゆえに、酷いことを言ってしまうこともある。それは自分の悪い癖だとわかっているし、直そうともしているのに直っていない、最悪の部分で。

嫌われてもおかしくない。自分を苦手視する人は少なくない。

元々嫌われやすい方で、加えて今自分が最低なことをしている自覚がダニーにはあって。自分ですら、目を逸らしているくらいのものなのに。

それなのに何故、レナードがこんなにも自分を。

 

「……あのさ、レナード。本当にさ。」

 

頼むから、本当に。

 

「もう俺に、ついてくんな。」

 

 

 

 








海外移住アカ凍結とけません\(^o^)/
▶19日に解けました。タイミングよ。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。