海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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【十四】誰かの声_6

 

ずるり、と。廊下の床を重い何かが這う音がする。

警報音が、鳴っている。

 

「っ……嘘、でしょ……っ、あんなの倒せない、」

「応援を待とう……っ、俺たちだけじゃ無理だ……っ。」

 

廊下を歩く彼女の耳に、誰かの声が耳に入る。それを彼女は声とは認識しない。ただ、音が聞こえたと振り向いた。

 

「ひっ……! 」

「に、逃げろ……っ、」

 

彼女の目の前には二人の男女がいた。それは実は彼女の知り合いである。

二人はいつかの時、彼女に〝かわいい〟と微笑んだ人であった。少女の姿をした彼女を、〝かわいい〟〝素敵だ〟と微笑んだ彼ら。

しかし二人の表情に今は一切の笑顔はなく。その顔色は恐怖に染まり、歪み。酷い汗と涙を溢れさせて震えている。

彼女はそんな二人を見て思った……。

 

いや、何も思わなかった。

 

〝ぐしゃっ〟

 

「あっ……!」

「ひっ!」

 

その姿を目に移した瞬間、彼女は思い切り、女の方に噛み付いた。

別に順番はどうでもよかった。ただそこにいたから、噛みつき、食いちぎり、その腕一本を床に落とした。

突然の痛みに女は声すら上げられずその場に倒れる。男の方はショックに尻もちをつき、しかし逃げようと何とか足を動かすが、腰が抜けて立てない。

彼女はそれを見て、また何も思わない。ただ目の前に、なにか生きているものがいるから攻撃しようと考えて。

〝ぐるる……〟その口から、低い鳴き声が聞こえる。男はようやく理解が追いつき、大きく口を開いて声を出す。「助けてくれ!!」

 

「助けて!!誰か助けてくれ!!死ぬ!!殺される!!助けてくれ!!早く来いって!!ここにいる!!襲われてる!!助けて!!蛇の化け物に!!助けて!!」

 

自分の声はこんなにも小さかったかと彼は絶望する。こんな、こんな状況でもこの程度しか出ないのかと。誰も来ない廊下を見つめてわんわんと泣き叫ぶ。

 

「助けっ〝どしゃっ〟…………えっ、」

 

それでも諦めることなどできずに叫ぶが。真隣に何かが落ちてきた音がしたのと共に、自分の顔に液体がかかったのを感じると驚きで固まってしまった。

何が。ぎぎぎ、とぎこちなく横を見る。するとそこには、……胴体が真っ二つになった、同僚の女性が。

 

 

 

 

 

 

──────ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!

 

「な、なにっ……!?」

 

急にタブレットがすごい音を立てて震える。

こんなことは初めてで。ユリは慌ててタブレットを確認する。すると{緊急指示}と通知の文字。タップして開く。表示されたその文字は。

 

「…………え?」

 

その、内容に。大きく目を見開いた。

なんで。

ごくん、と自然に喉が動いた。震える手でタブレットに触れる。更新をかける。しかし、表示されている文字は変わらない。そしてその追い打ちのように、タブレットが再び震える

 

{!緊急!}

{作業内容:収容違反したアブノーマリティの鎮圧}

{鎮圧対象:〝O-01-04〟}

 

その数字が表すのは。

 

「…………アイ、だよ、ね?」

 

逃げ出した?

アイが?

 

どうして……。

頭によぎる先程までのアイの姿。確かに彼女は落ち込んでいたし、不安定な状態ではあったけれど……。だからって、脱走?アイが?

会話は普通にできていたはずで。……ダニーさんだって、不安視はしてなかったはずなのに。なにかあったのだろうか。

 

「オーケストラさん、私、行かないと……!」

 

———ユリさん?

 

「お話聞いてくれてありがとうっ!また来るね!」

 

———待ってください、どこに、

 

オーケストラさんの焦る声が聞こえるが、説明している時間がない。タブレットでアイの現在位置だけ確認して、踵を返す。

あぁ、そうだ。部屋を出る前に、私は振り返る。大切なことを言い忘れた。

 

「オーケストラさん。」

 

私はやっぱり、まだどうしてあなたが私に良くしてくれるかわからないけれど。

 

「私も、大好き。」

 

この気持ちだけは、はっきりしている。

上手く笑えているかはわからない。それでも、笑おうと思った。

それだけ伝えて。今度こそ私は部屋を出る。

行かないといけない。アイの、所に。

 

 

※※※

 

 

 

収容室の中では気が付かなかったが、 収容違反の警報も施設に鳴ったようで。

通り過ぎるエージェント達からは緊張感と不安がひしひしと伝わってきた。

通り際に様々な声が聞こえる。「〝O-01-04〟?」「あの子だよね?」「なんで?」「逃げるべき?」立ち止まる人、逃げる人。色んな人がいるが、 自分と同じ方に向かう人が居ない。

ドンッ。

 

「っ、ご、ごめんなさいっ、」

「いやこちらこそ、って、ユリさん。」

「!、ダニーさん!」

 

急ぐあまり、対向の人にぶつかってしまい謝罪する。が、その人はなんとダニーさんだった。

 

「ダニーさんすみません、私行かないと。」

「待ってください。こっちは危険です。迂回しましょう。」

「いや!私急いでて、」

「アブノーマリティが逃げ出したんです。こっちだと鉢合わせになる。」

 

ダニーさんは私の手を掴み、引っ張ろうとする。それに必死に抵抗して、私は前に進もうとした。迂回なんてしている暇がない。それに恐らく。

 

「それ、アイのことですよね。〝O-01-04〟。彼女のところに行くんです!」

「は?何言ってんだ!そんな危険なこと、」

「指示も貰ってます!!」

 

なかなか腕を離してくれないダニーさんに、タブレットの指示を見せる。思い切り目の前に出して、半ば顔に押し付けるようにしてやれば彼は大きく目を見開いて。

 

「……は?鎮圧、って。ユリさん武器持ってるんですか?」

「え?武器なんて……、一応、警棒は持ってますけど……。」

「使ったことは?」

「な、ないですけど。でも相手はアイだし、」

 

私がそう言うと、ダニーさんの顔がこれでもかと歪む。ぐしゃっと眉間に、おでこに皺を寄せて。怒りを露わにして。

その様子に私は思わず震え、固まってしまった。ダニーさんのこんな顔、見たことなくて。

 

「……指示は無視していい。」

「え、?」

 

低い声で言われる。

 

「一緒に逃げるぞ。来たばっかのアブノーマリティの鎮圧なんて、馬鹿なのか?まだあんたには無理だ。」

「え、いや、でも、誰かが行かないと、」

「あんたじゃなくてもいいだろ。」

「へ…………、」

 

ダニーさんの言葉に私は目を見開く。彼の口から出た言葉とは思えなくて。

 

「確かに俺があんたを巻き込んだよ。いてくれたらすげぇ助かるから。こんなクソみたいな会社にあんたを連れてきたのは俺だよ。」

「ダ、ダニーさん、?」

「でも!俺は!!あんたを死なせたいわけじゃない!!」

 

強い言葉で、ダニーさんはそう叫んだ。

シン、と。その場が静まりかえる。周りにいる数人のエージェントさんの視線が、私達に集まる。

けれどそんな視線、私は今気にならなくて。ただ彼の荒い息が、私の腕を掴むその手の震えだけが意識にあって。

私は。

 

「私も死にたくない。」

「なら、」

「でも、誰も死んで欲しくない。」

 

私の細い、通りにくい声が。何故か廊下にはっきりと響く。

ダニーさんが驚いた顔で私を見る。真っ直ぐと射抜くようなその目を、私は何故かそらさずに見ることが出来る。

 

「ダニーさんも、アイも、傷ついてなんて欲しくない。」

「え……、」

「誰がなんと言っても、私もエージェントだから。」

 

スラスラと出てくる言葉に自分でも驚いた。考えるより前にそれらは形になり、声に出した後に、私自身が〝あぁ、そうか〟と納得した。

 

「私早く、皆の仲間になりたい。」

 

ぼろっ、と。目から溢れたものに。

あれっ?と思う。慌てて袖で拭う。泣くつもりなんてなかったのに。次々にそれは出てくる。

止まらない涙に苛立ちを感じて、もういいやと諦めてる。溢れるそれをそのままに、私はダニーさんを見る。そしてその後ろのエージェントさんたちも見る。

 

「だから、できる限りの事はします。」

 

……なんて言ったけれど。泣きながら言ったせいで、あまりに頼りない。

皆私を見るけれど、ダニーさん含め、誰も何も言ってはくれない。私は彼の腕を振り払い、再び廊下を進み始める。

立ち止まる皆は、私の姿を目で追うのが伝わってきて。勢い任せて、思ったままに出てきてしまった言葉に後悔した。全て本音だ。自分すら今気がついた、私の本音。それを誰がどう思うか、今は考える余裕が無い。

仕事に集中しようと思った。考え始めたら止まらなくなってしまいそうだから。しかし、グッ、と。また腕を掴まれる。またか、と。ダニーさんに苛立ちを感じた。けれど。

 

「私も行く。」

「えっ……リ、リナリアさん?」

 

私の手を掴んだのは、リナリアさんだった。

いつからいたのか。さっき歩いていた時は気が付かなかったから、途中からいたのだろう。

リナリアさんは掴んだ私の腕を一度離して。今度は手を握った。その行動に私は驚いて。

 

「俺も行きます。」

「ダ、ダニーさん?」

 

そしたらなんと、ダニーさんまで私の手を握ってきた。

両の手を2人と繋ぐという、訳の分からない状態に私は瞬きをする。掴まれた手を左右交互に見て戸惑っていると、リナリアさんが笑った。

 

「一緒に行こう?ユリさん。」

「リナリアさん、」

「ただ避難は常に視野にいれてください。俺達に頼ることを忘れないように。」

「ダニーさん、」

 

二人の言葉に、私はうなづいた。そうして、私は手を引かれる。

早足の二人に、私も慌ててついていく。二人の背中が私の前にある。まっすぐと伸びた背中。力強い背中。

 

「貴女は死にません。護ります。絶対に。」

「大丈夫。私も護るよ。絶対死なせたりしない。」

 

ポツリ。と、聞こえたそのつぶやきは。

私に向けられたものでは無かったのだと思う。だってそれにしては小さい声で。

私の手を握る二人の手は、そこまで強くなかった。振りほどこうと思えばいつでも出来る。簡単に逃げられるような力だった。

 

 

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