※少しグロ描写あり
―――なにが、起こった?
レナードが飛び出して。かと思ったら銃声が、響いて?
リナリアが悲鳴をあげて、ユリさんのほうに駆け寄って。そこで遅れて頭が回転したダニーが、慌ててレナードのほうに向かう。
「おい!何してんだよ!」
「鎮圧だ!」
ダニーがレナードを抑えるより前に、二発目の発砲音。ダンッ、と大きな音をたてて、大蛇が床に倒れる。
何度もユリを呼ぶリナリアと、抱きかかえられるユリ。床に投げ出された蛇の巨体と、もう一発の発砲音。あまりの情報量にダニーは困惑して。
一瞬のはずのその出来事が、ゆっくりとスローモーションに見えた。ダニーの額に汗がにじむ。いったい何が、起こっているのか。
「っ、ユリさん!」
しかしユリの状況はその中でも理解できたのか、二人のもとに駆け寄る。
リナリアの腕の中でぐったりとするユリは、どうやらもう意識がないようでその目は閉じていて。動かない身体に反して、だらだらと血は溢れ続けている。
「ユリさん!ユリさん!!」
ダニーが名前を呼ぶが反応はない。しかし上下する胸に生きていることは確認できる。
「リナリア、弾は!?」
「貫通!床に落ちてる!でも止血しないと!」
傷から溢れる血がユリの制服を汚す。赤いシミはどんどん大きくなっていって、慌ててダニーは傷の場所を確認する。
傷の位置は、腰。しかもだいぶ中心から離れている。急所は外れている。
弾の貫通が確認できているのなら、とにかくこの血を止めないといけない。内臓が傷ついているなどの心配もあるが、多量出血で死ぬほうが可能性が高い。
床にユリの体を寝かし、大きめのハンカチ傷にあてがって上から圧をかける。その間にリナリアはタブレットを取り出し、救急に連絡をする。
どんどん赤く染まるハンカチ。リナリアは緊急の連絡をメッセージで送りながら片手で鞄を漁り、持っていたタオルをダニーに渡す。汗を拭いたもののようで、リナリアのファンデーションが付いているがハンカチよりも頼りになるだろう。
幸いなことに、腰の外側を撃たれたからか血の勢いは少し収まって。このままタオルをあてたまま包帯を巻けば、応急処置はできるだろう。リナリアの連絡が終わったらすぐに包帯を出してもらおうとしたのだが。
「ほら、包帯。」
「レナード、」
その前に、差し出された包帯。タオルを固定するための救急テープも用意していて。
何もなかったように処置の手伝いをしようとするレナードに、ダニーは困惑してしまう。しかしリナリアはあからさまに怒りをあらわにレナードをにらんだ。
リナリアは腹の底から怒りが込み上げるのを感じ、それを抑えるつもりもなく声の主を睨む。その視線の先には、銃を下ろしたレナードが立っていた。
「なんで撃ったの。」
「なんでって、鎮圧するのには対象を撃たないといけないだろう?」
「ユリさんのことだよ!!ユリさんに、避けるように声をかけることだってできたでしょ!」
リナリアの言葉にレナードは鼻で笑う。そうして二人の背中に指をさした。
そこには倒れる大蛇の姿。レナードは二発の銃弾を大蛇の頭に撃ち込んだ。それは急所だったのか、たった二発でも大きなダメージを憎しみの女王に与えた。
そしてそれは光を放ち、辺りを包むと蛇はかわいい少女の姿に戻る。ダニーとリナリアは驚いて目を見開くが、レナードだけは得意げに笑って。
「ほら、鎮圧成功だ。」
レナードの言うとおりだった。……鎮圧は、完了したのだろう。
「だからって、ユリさんを撃つなんて信じらんない……!」
「必要だったから撃ったんだ。」
「必要だった?ユリさんを撃つことが!?」
「あぁ。大蛇はエージェントユリに顔を近づけていた。絶好のチャンスだったろう?じっとして、頭を下げて。……けど、的の前に立っていたその女が邪魔だった。だから仕方なく。」
「ほかに方法はあったはずでしょ!!余裕はいくらでもある状況だった!!ユリさんが止めてくれてたんだし、」
「あのな……そんなやつのこと信じてるのか?それでせっかくのチャンスを逃すことになったらどうするんだ?」
「……あんたそれ、本当に言ってんの?」
リナリアはこれ以上ないほどに目を見開き、今にもレナードに殴りかかりそうなほどの形相で。
それをみても、レナードはめんどくさそうにため息をつくだけだった。やれやれ、と両手の平を天井に向けてわざとらしくジェスチャーをして。
「なんでそんな感情的になってるんだよ。被害を抑える為にしょうがなかったんだから仕方ないだろ。」
「全然わかんない。理解したくない。……最悪、ユリさん死んでもおかしくないんだよ!?」
「大げさな……。俺だって殺す気はないよ。急所は外したし、手当だって間に合った。……ダニーはわかるよな?」
「レナード、」
「その女は結局死んでないだろ?俺は正しいよな?」
「……。」
生意気な、一切反省のないレナードの態度。リナリアが怒るのは当然だ。こんな状況、誰だって怒るだろう。
でもダニーは違った。その時ダニーの中にあるのは怒りなんてものではなくて。
「俺も、わかんねぇよ。レナード。」
「は!?」
「だってお前が、……お前がこんなことするなんて。」
ただ……悲しくて。
レナードの姿が、あまりに痛々しく思えたから。
レナードはダニーの表情に顔を歪ませる。ダニーのあからさまな、悲しみの表情が気に入らなかったのだ。
怒るかと思った。怒ってくれたならよかった。罵り、殴られるのはわかる。
でも、なぜそんな顔をするのかは、わからない。
「……そんなにその女が大切か?」
「あんたね……!」
「リナリア、俺が話す。」
「私そいつのこと許せないんだけど!!」
「頼む。リナリアはこのまま、包帯を巻いてくれ。もうタオルは固定してるからあとは巻くだけだ。」
ダニーは二人から離れ、レナードに向き合う。そしてまっすぐと彼を見つめた。
いつもと違うダニーの態度にレナードは困惑する。いつだってダニーは自分をあしらい、さっさとどこかに行ってしまう人であった。こんな風に、真正面から歩み寄る人ではなかったのだ。
レナードが数歩後ずさり、それに合わせてダニーも前に進む。レナードが離れようとしても、ダニーはその分近づいて。
「レナード、俺はお前が苦手だ。」
「っ、そんなこと、」
「そんで、俺自身のことは、大っ嫌いだ。」
「え……、」
はっきりと、レナードに言った。嫌味らしさも、怒りも何も含まれないただの感想のような言い方だった。
レナードは思わず目をそらすが、ダニーはまっすぐに彼を見たまま言葉をつづける。
「なんで、お前が俺をそんなに良く思ってんのか俺はわかんねぇよ。」
「……。」
「そんで、俺はお前が苦手だけど、嫌いじゃない。」
「え……!」
「だから、もう俺なんか追いかけないでほしかった。」
それは、ダニーの素直な気持ちで。
ずっとずっと思っていたことだった。レナードにも何度か伝えたことはある。
けれど、嫌味も呆れも含めすここまで素直に言うのは初めてであった。思い返せば、ここに来てからダニーはレナードに嫌な態度ばかりとっていたのだ。それはきっと……無意識に、遠ざけたい気持ちがあったのだろう。
「なぁ、なんで俺についてきたわけ?……俺はそのうち、死ぬよ?」
「は……?」
「だからもう俺についてくんなって。死ぬって決まってるやつの背中なんて追いかけても何にもなんねぇだろ。」
「死ぬって……、常に危険と隣り合わせなんだから、ここにいる奴は誰だってそうだ。それにそれなら、あの女も同じだ。なんでこの女はよくて、俺はダメなんだよ!」
「……はは、そうだよな。ここはそういうところだ。」
そう。ここはロボトミーコーポレーション。
常に死と隣り合わせの、危険を伴う場所。
「俺がいなかったら、ユリさんはこんなところにいなくて済んだのに。……それが贔屓に見えんの?」
ダニーは思った。なんだか話が、遠回りで長いなと。
こうしてこんな時でさえ、ごまかそうとする自分に呆れてしまう。結局、自分のことばかりなのだ。余裕があってもなくても、自分のことばかり優先して。……本当に、大嫌いだ。
「贔屓じゃあない。……彼女を利用してるんだ。お前が思ってるより、俺は嫌な奴なんだよ。」
もっと早く、レナードに言うべきだった。自分の弱さも、どんなことをしているのかも。ただ突き放すのではなく、説明して彼が理解できるように。
それをしなかったのは薄っぺらなプライド。自分の非を認めたくなかっただけの、くだらない話。
そのせいでレナードは、いつまでもこんなところにいて。こうして、人を、撃って。
「……人を、撃たせてごめん。」
「こ、これは、俺の判断でやったことで、ダニーは関係ないだろ!」
「俺がいなかったらお前も今ここにいないのに?」
ダニーがそういうと、レナードは黙ってしまう。言い負かしたのではなく、驚いて声が出ないのだとダニーはわかっていた。
いつだって憎たらしく強がるダニーが、こんなことを言うなんてレナードは信じられないのだろう。
でも、これが真実だった。メッキをはがせば、こんなものなのだ。情けなくてかっこ悪くて。
「……こんな仕事やめろよ、レナード。お前は馬鹿みたいに真面目で、それで損することもあったかもしれないけど。こんなことできる奴じゃなかった。お前はもっと、いい会社で働け。根性あって、真面目で、負けず嫌いなお前を認めてくれる人なんていくらでもいる。」
「…………。」
「俺も一応、元上司だからな。……お前はいい部下だったよ。」
ダニーにとって最後のは冗談を混ぜた皮肉だ。前職だって上司らしいことなんてなんもしてやってないのにと、ダニーは笑ってしまう。
本当に、こんな自分の何がよくてレナードはついてきたのか。運のない男だなと同情してしまう。真面目に不正なくまっすぐ生きてきたのに、それを認められにくい運のない男。俺なんか追いかけても、幸せにはなれないのに。
「……それでも、俺、ここにいたい……。」
「は……。」
ここまで言っても変わらないのか。信じられない言葉にダニーは驚いた。いや、それだけではない。
レナードが、泣いている。それはダニーが初めて見たレナードの涙で。
「ダニーと働きたい。」泣いて、そんなことを言っている。
「あそこで助けてくれたのは、ダニーだけだったから。」
「そんなこと……、」
その言葉に、ダニーは頭が痛くなる。
あぁ、そんなことかと。そんなことで、お前は俺に縛られているのか。
大したことのない話だ。前職の仕事で、レナードは陰湿な嫌がらせのようなことをされていた。それをダニーが止めた。
言葉にすればそれだけのことで。ダニーはそれがレナードをどれだけ救ったかはわからないが、ダニーにとっては大したことではなかった。そういう輩は元々嫌いで。その時俺には余裕があって。だから別に、俺が見ててうざいと思ったから止めただけで。
だから、別にお前への善意でやったわけでもなくて。
それなのに。それっぽっちのことで。お前はこれからもここにいるというのか。なんで、なんでそんな。
……言葉を、考える。
レナードを、突き放す言葉を。できるだけひどい言葉を、自分のことを嫌いになるような言葉を。
けれど思いつくどれもが、もう言ったことのあるような。……何を言われても、レナードはずっとダニーについてきて。
「……俺は……、」
ただお前に、死んでほしくないし。
俺にあるのはもう、こんな汚い復讐心だけで。
もう、見捨ててほしいのに。
「———アルカナ、スレイブッ!!」
———ダァン!!!
え、と。思った。
その瞬間には、レナードの体が宙に吹き飛ぶのが見えた。
ダニーの前を、ピンク色の光線が通ったのだ。
その光線はレナードに直撃し、彼の体を易々吹き飛ばす。突然のことにダニーの頭は理解が追いつかない。
ただ自然に、理解もできないままギギギ、と首を動かし光線の元を辿る。するとそこにO-01-04が立っていた。蛇ではなく、かわいい少女の姿で。
そう。光線を放ったのは彼女であった。ダニーも知る、魔法少女の姿のまま。彼女はレナードを攻撃した。
コツコツとヒールの音を響かせ、彼女は歩き出す。
そのまま興味もないのか、ダニーの目の前を通り過ぎて。
「……。」
レナードは、その時点では生きていた。しかし憎しみの女王の光線を受けて彼は瀕死の状態で放っておけば死ぬようなか細い息だった。
そんな床に倒れるレナードの身体を彼女は見下ろす。そしてかわいい杖の、ハートの飾り。とんがった先っぽをレナードに向ける。高々に振り上げ、回復魔法でも唱えてくれそうな。
しかしそんなことはなく。……ただそのまま、思い切りその腹を刺した。
「づぁっ。」
ぶちゅっ。何かがつぶれる音。レナードの喉から変な声が出る。
何度も、何度も刺した。抜いては下ろして抜いては下ろして。部分を変えて、体の隅々余すことなくぐちゃぐちゃと音を立てながら何度も。
抜く時、ハートの丸みの部分が皮膚や臓器に引っかかるのか、よく分からない肉片が絡みついている。
もうレナードは死んでいた。彼の身体は穴だらけで生きているはずがなかった。
けれど彼女はただ刺し続ける。その表情は無表情で。しかし光のない瞳にはほの暗い感情を感じた。恨み、憎しみ、怒り……。
「ユリ……。」
何度刺したのだろう。顔から胸まで全て潰れて、そこにあるのはよくわからない、細切れの肉片とちぎれた衣類の布だけ。
満足したのか彼女は手を止めて、今度はダニーのほうを見る。
目が、合った。ダニーの体から血の気が引いた。
ダニーはそれまで衝撃的な光景に身体が固まっていたが、彼女の標的が自分になったところでようやく我に返る。そして強い後悔の波が押し寄せてきた。
こんなの、勝てるわけない!!
こんな化け物と一対一で対峙するなど不可能である。ダニーは逃げるべきだった。
どうする。腰に下げた拳銃を握る。手は汗でべとべとになっている。
まずい。死ぬ。助けてくれ……!はぁっ、はぁっ。呼吸が荒くなる。
死にたくない。そう、思っていた。そう思うほどに、ダニーは恐怖していた。返り血で、真っ赤で。普通のかわいい見た目をしながら杖に肉塊をつけ冷静にいるこの化け物が怖くて仕方なかった。
情けなくも足が動かない。圧倒的な恐怖に、逃げることすらできない。
「ユリは、無事なのね。」
「……?」
しかし……彼女は笑った。
ダニーを見て、笑ったのだ。いや、よく見たらその視線は、ダニーの背中のユリたちに向けられている。
ふんわりと、花の咲くような笑み。慈愛に満ち溢れる、聖母のような美しさであった。敵意など微塵も感じない、虫すら殺さないような優しい笑みだったのだ。
「貴方達がユリをたすけてくれたの?ありがとう。」
そうしてダニーにお礼を言って、通り過ぎてしまう。彼女は迷いなく、まっすぐににユリのもとへ向かう。
彼女の手がユリに伸びる。ユリを抱えるリナリアは反射的にそれを避けようとして後ろに下がったが、簡単に追いつかれてしまい結局ユリにその手は触れて。
「ユリ、護れなくてごめんなさい。もう絶対に貴方を傷付けたりさせないから。」
彼女はユリの顔をのぞき込む。ピンクの爪で彩られた手を使って、彼女はユリの頬を包んだ。
「なにがあっても、貴女を護る。誓うわ。」
そして、その唇をユリの唇に重ねたのだ。
優しさを、決意を、愛情を、そして少しの魔法をこめて。誓いのキスを。
その口付けは、一瞬のもので。けれど決して軽さを感じない、愛情の籠ったもので。
王子様がお姫様にした目覚めのキスか。どんな魔法をも解いてしまう真実の愛か。生まれた赤子に妖精が贈った祝福か。そんな、美しいおとぎ話の口づけであった。
ダニーとリナリアは驚いて目を見開く。そんな彼らに彼女穏やかに笑って。
「貴方たち、いい人ね。」
それだけ言うと、彼女は杖を振り、それを合図に光を放つ。強い光にダニーとリナリアは目をつむった。……そして、目を開いたときには彼女はいなくなっていて。
残されたダニーとリナリアは、呆然とその場に座り込んでしまうのだった。
遠くから、こちらに向かう足音が聞こえる。
連投したため追いついてないのですが、今回はお返事できるので順番にコメント返信していきます!少々お待ちください!久々の投稿なのにうれしかったぁ……。
【謝罪】
前回〝友達の証〟の髪飾り出しましたが。もらっている描写を書いておらず修正いたしました。
すぐに直しはしたんですが、修正前に読んで意味が分からなかったいたら申し訳ございません。
【すこしあとがき】
レナードにとってダニーってどんな存在だったのかなとかは、想像に任せます。
書いてないことはたくさんあって、だからこの文章だけじゃわかんないよーってなると思うんですけど
レナードは死んじゃったから、もう何も言えないんです。
わからないことは、想像するしかない。
もっと回想を挟んでレナードのこと書くことはできるんですが、それをするつもりはなく。
結局色々言ってくれたけど、本当のところはなにもわからなかった。わかる前に、終わってしまった。
そんな感覚を持ってほしい気持ち。
ダニーが、今そうであるように。