【一】ウェルチアース美味しいヤッター!
「起こさないで」。と彼女は言った。
それはとても幸せな夢だったから。目が覚めてもいい事はないから。それならばもう、そんな現実からは逃げてしまいたかったから。 彼女の爪はボロボロだった。噛みグセがあるのだ。
最初は親指を噛んで、深爪するくらい噛みきった後に、人差し指を噛んだ。
隣へ隣へと続いていって、もう噛むものがなくてイライラしている。
カウンセラーはそんな彼女をただ見ている。言葉を選ぶ。彼女は言う。「もう、眠りたいんですが。」。カウンセラーは困った。
夢を見る理由は諸説あり、まだ解明されていない。
ある説では、〝記憶の整理〟とされている。
意識がある時に目で、耳で、感覚で学んだ情報等を脳の中で整理して、それらが結びついて一つのストーリーとなっているのだと。
けれどある本では、〝心の状態〟を表すともされている。
ストレスがかかっている人は悪夢を見るという。例えば何かに追いかけられる夢、何かを壊してしまう夢、何かに閉じ込められる夢。様々である。
「なぜそんなにも眠りたいんですか?」
「夢を見たの。とても素敵な夢。早く、早く寝たい。」
「……アブノーマリティのせいですか?」
彼女はちゃんと受け答えができる。けれどそれは、よく聞くとほんの少しずれている回答にも思える。
これは上にも報告しているが、様子見の一言で片づけられてしまう。その返事に気に食わないものはあったが、納得した。
ここで薬を投与したところで、彼女はきっと眠ってしまう。それがいいことかカウンセラーはわからなかったから。
「こんなの無意味。だってあなたは、私に夢を見せてくれない。」
「夢を見せているのはアブノーマリティですか?」
「そう。収容室に、羊がいたの。そして気が付いたら眠っていた。」
「その時見た夢は覚えていますか?」
「……、」
「その夢の内容を、出来る限りでいいので私に教えてくれますか?」
彼女はゆっくりと口を開く。その目は遠くを見ていて、焦点が合っていない。
「すごく……素敵な夢だった。幸せで幸せで……。この会社で働いていて、良かったと思った。」
「……悪夢ではないのですね?」
「もちろん。私ね、結婚していたの。大好きな人と……。その人はね、優しい人。私と同じチームなのよ。チーズたっぷりのブリトーが大好きでね、家で映画を見ながら一緒に食べるの。」
「なるほど……、それで?」
「それだけよ?あぁ、でも、エンドロールでキスをするときもあるの。私が面白かったわねっていうのに、さえぎるのよ。」
「キス……、その方は夢以外でも面識のあるかたですか?」
「えぇ。私ね、彼が大好きなの。だから、」
「死んじゃった時、すごく泣いた。」
「え……、」
その言葉にカウンセラーは目を見開く。彼女は馬鹿にするように大きく口を歪めて笑った。
「夢のほうが幸せなの。ねぇ、早く寝かせて。」
「それは……できません。」
「なんで?」
「貴女の体に……悪影響かもしれないから。」
死んでしまうかもしれないから、とは言えなかった。
彼女の姿は今、わかりやすく不健康だった。ギシギシに傷んだ髪、乾いた唇。血色の悪い肌に、変な音を立てる、へこんだ腹。
寝ているからと、彼女は食事をしない。顔も体も洗わずに、水すらほとんど飲まない。点滴で何とか補っているが、それで健康になるわけがない。
それでも彼女は笑うのだ、「私もう、目覚めなくていいの。」と。
「だってね、理想とね、現実が。ちょっと違いすぎるのよ。だってね、どんなに頑張っても、報われないことだってあるじゃあない。彼はもういないの。知ってるの、でも、夢の中でなら会えるの……。」
カウンセラーは言葉に詰まる、何も言える言葉が見当たらなくて、声が出ないのだ。
彼女は目をつむってしまって。それはいけないと、カウンセラーは彼女の体をゆする。すると苛立った表情で彼女は目を開く。
「いいじゃない。私が満足しているんだから。もうね、嫌なの。」
「しかしそれでは……!」
「目覚めない夢って現実と何が違うの?」
その言葉に、カウンセラーは目を見開く。彼女は大きなため息をついた。
「ねぇ、現実ってそんなに価値があるの?」
その言葉が、あまりにも悲しくて。
カウンセラーは唇を噛む。……だめだ、吞まれるな。
私は、医者なのだから。
「……そう考えるのですね、わかりました。なら一度、現実でできることを考えてみませんか?お相手の方との思い出を振り返るのもいいですね。眠るのはいつだってできます。だから起きているうちにできることを、ほんの少しでいいので一緒に、」
「そんなのいらない!!」
自分の話を否定も肯定もしないカウンセラーに彼女は怒りをあらわにして立ち上がる。そして腕を振り上げた。カウンセラー反射的に目をつむる。……が、衝撃はこない。
恐る恐る目を開くと、待機していた職員に羽交い絞めにされる彼女がいた。大きくのけぞるような体制で抑え込まれる彼女は頭を振り、髪を乱して泣き叫ぶ。
「頭が痛い!!全部痛いんだ!!目も、心臓も、胸も、心も全部痛いんだ!!起こすな!!私をもう起こすな!!ずっとずっと、眠っていたい!!起こさないでよ!!なんで起こしたの!?ねぇ、なんで起こしたんだよ!!ふざけるな!!邪魔をするな!!私を寝かせろ!!あの人を奪ったくせに!!!あぁぁぁぁぁっ!!起こすな!!死ね!!私を起こすやつは全員死ね!!お願いだからもう、私をおこさないでぇぇぇぇっ!!」
叫ぶ彼女に恐怖を感じ、カウンセラーは慌てて緊急ボタンを押す。ブーーーー、ブーーーー、けたたましくなる警報音。
その音を聞いた途端、彼女の体から一気に力が抜ける。ぐったりと職員の腕の中でうなだれる彼女。
幕のように垂れる、ギシギシに傷んだ髪。その隙間に赤が見える。唇から流れる赤。血の色。なぜかとてもくすんで見える。
その髪の毛を、カウンセラーはそっと避けた。彼女の痩せた顔があらわになる。
────眠っている。
安らかに。とても穏やかな顔で、微笑みながら寝息を立てている。
それを見て思った。 これはもう……目覚めないかもしれない。
カウンセラーはぼんやりと、彼女を見る。汚い。どこもかしこもボロボロで。
夢の中では。彼女はきっと健康なのだろう。
艶やかな髪と、ふくよかな唇と、整った爪と、傷のない、血色のいい肌をしているのだろう。
そして……大好きな人と映画を見ているのだ。
「……休暇が、欲しいです。」
遠くからこちらに近づく足音を聞きながら、カウンセラーは職員に言った。
「少し……疲れました。だって、これでもう、何人目ですか……?」
こんなことを言うのは、医者として失格かもしれないけれど。それでも今の自分には。誰かを診ることなんてできない。
現に、眠る彼女を見て。目覚めさせなければいけないとわかっていながらそれでいいのかと考えてしまった。
起きないほうが……幸せなんじゃないかと。
それを考えた時点で、もう終わりだ。自分はもう。
この会社で……何が起こっているんだろう?
【第三章】
復讐と人は言いますが、八つ当たりの間違いではないでしょうか?
暑い夏が終わり、すっかり秋めいてきた。濃い緑の葉っぱはどんどん薄くなり、黄緑に、やがて黄色に、そして地面に落ちていく。
半袖では肌寒く、多くの人は上にジャケットやカーディガンを羽織る。たまに例外でタンクトップを一枚の人とすれ違うが、風邪をひかないのだろうかといつも疑問だ。
私はアイの一件から数日。怪我をしたこともあって私の毎日は実に平和で。新しいアブノーマリティを担当することもなく平和に時間が流れていた。驚くほどに穏やかに緩やかに過ぎていく時間の中。出社しないレナードさんのぽっかり空いたスペースはチームにほの暗い影を落としているように思えた。
けれどそんな中で、リナリアさんは前より私とよく話してくれるようになって。元々中央本部チームは静かな部署だったのが、リナリアさんの『おはよう!』の一言のおかげで明るくなり。私にとって女神のように思えたのだった。
しかしそんな中で生まれた一つの不思議。ダニーさんがくれる〝不思議なブドウ味のソーダ〟。そう。あの病室で飲んだソーダを、ダニーさんはあれから一週間毎日くれた。もういいと断りもしたのだけれど、体調管理も仕事だと押し切られてしまい。結局私は開封済みのソーダを飲み続けることになる。体調管理とソーダの関係とは。ダニーさん曰く『薬です』と。
いい加減未開封のソーダにしてほしいとお願いもしたのだけど、それはできないらしい。何故。蓋を開けないだけなのに何故。開封してあるせいで渡されたら一気飲みしないといけない。げっぷを我慢できた試しがないので勘弁してほしい。
しかし恐ろしいことに、そのソーダを飲むと本当に体調がよくなるのだ。驚くことに三日目には腰の傷
は完全にふさがり、そこから徐々に傷跡は消えて。今ではもうすっかり元通り。
「あの、ダニーさん。あのソーダって何が入ってるんですか?」
今まで〝薬〟の一言でごまかされていたけれど、やはり気になってしまう。チーム本部で待機していたダニーさんに正面切って聞いてみた。
「なんですか、一目散にこっちに来たと思ったら。もう傷良くなりましたよね?足りませんでしたか?」
「もういりませんけど!あれになんの薬が入っていたか教えてほしいんです!」
「知らなくてもいいことがこの世にはあってですねぇ、」
「知らなくてもいいようなものは飲ませないでください!」
ダニーさんはめんどくさいと顔を顰めて、私を避けるように通り過ぎ、備え付けのウォーターサーバーから水を汲む。紙コップを二つとったかと思いきや、汲んだ片方を私に差し出した。あ、どうも……。
「ありがとうございます……。」
「いいえ。ホットコーヒーでも飲めればいいんですけどね。」
「それは最高ですけど、急な作業指示きた時に一気飲みできないですし。」
「そんなこと心配するんですか?さすがに真面目過ぎません?」
「えぇ……。ダニーさんもだいぶ真面目だと思いますけど……。」
私の言葉にダニーさんはわかりやすく嫌な顔をする。いつも思うが、そんな顔ばっかしていると眉間のしわが癖になってしまうのではないだろうか。
「こんな会社で真面目になんてやってられませんよ。」
「またまたぁ。」
「…………。」
「え、な、なんですかその顔。」
「……次の作業、俺と一緒に行きますか?」
「え?」
「そんなこと可能なんですか?」
「初めて対面するアブノーマリティの場合、出来る限り一緒に行動していいと管理人から許可をいただきました。俺は初めてではないけど、ユリさんは初対面のアブノーマリティだから許されるでしょう。」
「いや、私管理人さんから指示もらってないですし、」
「タブレットで確認します。いつもなら無視されますが、この話なら……」
そう言うとダニーさんはタブレットを何やら操作する。手の動きからしてメッセージを打っているのだろうか。
すぐ様に彼のタブレットから通知音が。そして不穏に上がるダニーさんの口角。嫌な予感がした。
「知りたいんですよね?ソーダの正体。なら自分の目で見るのが一番ですから。」
そして私の手はがっちりとダニーさんにつかまれ引っ張られるのであった。逃がさないという意思を感じる。
※※※
エビだ。
と、私は思った。エビだ。
いや、状況が理解できない。エビが二人……いや、二尾?いや生きてるみたいだから二匹?わからないけど、とにかくいる。
ダニーさんに連れられてきたのは見知らぬ収容室。初めてのアブノーマリティで緊張して、落ち着くための深呼吸をと思っていた途中でダニーさんに腕を引っ張られて中に。まだ心の準備が何もできていないのにこうして私は無事アブノーマリティとご対面。
で、オレンジ色のエビがいた。エビのアブノーマリティだった。は???
中にあったのは、灰色の自動販売機。と言ってもいくつものドリンクが並ぶような見られたものではなく。四角い機械の箱。上の方には紫色の四角いラベルが貼ってある。〝 WellCheers!〟と書かれているそれはおそらく販売してるどドリンクの名前。そしてラベルの下には四角い部屋のような空洞があり、その中に見慣れたジュースの缶が置いてある。なんとそれ、空洞の上の方に〝FREE〟とかかれており。ご自由にお飲みくださいと。
これかー-----!!!
あの飲み物正体これかー----!!!
アブノーマリティの飲み物飲んでたのか私!!
衝撃の事実。食品衛生法対象内であってほしいけど無理そう。
しかしここで驚いてる暇はない。
先ほども言ったがエビがいるのである。
その自販機の左右に……オーバーオールを着たエビがいる。何を言っているのか自分でもわからない。
頭がエビで……体は多分人間のエビが、青いオーバーオールと黄色の長靴を履いて立っているのだ。どんな世界観。え、まさか私が飲んでたジュース、このエビのエキスとか言わないよね……!?
「さて、ユリさん作業です。今回は交信なので、対話を試みましょう。」
「えっ!!わ、私少し見学しててもいいですか?」
近寄りたくない。エビ人間怖い!!ダニーさんの背中に隠れて、私はどうにか作業を逃れようとする。
美女と野獣とか、大鳥さんも見た目怖いけど、それとは違う怖さがここにあった。なんて言うのか。シュールすぎて頭おかしくなりそうな怖さ。いや普通の怖さもあるけれど。
B級ホラー映画から出てきたみたいな見た目で。このエビ、口のとがった部分で刺してきそうですっごく怖い。
背中から出てこない私にダニーさんはため息をついて、ずんずんと自販機の前に。
「……?」
ダニーさんはエビ人間に何かを渡しているようだった。そのあとに自販機のジュースに手を伸ばす。
あっ、と思った時にはダニーさんはごくごくとそれを飲み干して。口を抑えたかと思いきやケフ、と意外に上品なげっぷをする。「失礼。」と。いやもっと失礼なこと沢山されてきてるので今更げっぷ位気にならないけれど。
「うん、今日もいいな。さ、次はユリさんですよ。」
「ちょっとまってください!」
唇に残る雫をぺろりと舐めた後、ダニーさんは背中の私を無理やり剥がし、ぐいっと前に出してくる。
いきなり目の間にエビ人間さんが来て、ひええ、と私は必死に抵抗しようとする。が、ダニーさんはしっかりと肩を掴まれ逃がしてくれない。
エビ人間の二匹は私を見るとぴょん、と軽く飛び上がったかと思いきや。二匹してこしょこしょと内緒話をしている……ように見える。何やら音が聞こえはするが、低い音が等間隔に発せられているだけで言語すらわからない。
「あ、あの……、こ、こんにちは?」
交信。って、言葉通じないだろう。でもとりあえず挨拶をしてみる。
するとエビ人間さんはまたピョン、と飛び上がり、今度は片方のエビ人間さんがオーバーオールのポケットを漁り始めた。
「あの……、って、えっ。」
そして差し出されたのは、私の写真と油性ペンだった。
私の写真と油性ペン?????は?????????
「え?は?え?」
「サイン欲しいんですかね?書いてあげたらどうですか?」
「なんで????????」
「推しっていうんですっけ?それなのでは?」
「いや?は?まずなんで私の写真?」
「あ、すみません賄賂に使いました。」
「ダニーさん!?!?!?!?!?」
賄賂って何!?!?!?!?
というか私の写真いつとったの!?!?
「いやー。ユリさんの写真試しに渡したら当たりしか出さないから助かりますよ。」
「当たりって何!?」
「こいつらが機嫌悪い時のジュース飲んじゃいけないって管理人が。」
「そんなもん何も知らない私に飲ませないでくださいよ!?」
「まぁまぁ。ほらサイン、してあげないんですか?」
「しますけど!」
「するんだ。」
にやにやと意地悪く笑うダニーさんを横目に、私はエビ人間さんから写真とペンを受け取る。これで断って機嫌損ねたらどうするんだ。
しかし改めて写真を見ると……カメラに向かって軽く微笑む私。うわこれ確かダニーさんに前社員登録に必要だからって撮られたやつ。ピースしてもいいとか言われて何枚か撮ったあれこんなことに使われてるの。最悪すぎる。そしてそれにサインって。芸能人でもないのに恥ずかしすぎる。
ちらっとエビさんのほうを見ると、二匹がじっと私の手元を見てくる。海老独特の、飛び出ている真っ黒な目に圧を感じて居たたまれない。海老独特の目なんて言葉人生で使う日が来ると思ってなかった。
とりあえず、余白の部分に〝Yuri〟と書いて渡す。残念ながら私日本で育ったので、かっこいい署名サインとか考えてないのだ。
受け取ったエビ人間さんはじっとそれを見つめる。もう一匹のエビ人間さんも横から除いてる。
さすがに適当すぎたのだろうか。心配になって「書き直しますか?」と聞いたら、横から除いていたエビ人間さんがもう一枚の写真を出してきた。……もう一枚!?
「ダニーさん写真何枚渡したんです!?」
「ノーマルそれぞれ二枚ずつと、ホログラムも一枚ずつ。」
「ホログラム!?!?」
「レアも必要でしょう。」
「くじじゃないんだから!!」
「排出率は良心的に10パーセントです。」
「からかってます!?」
「いや真面目です……ぶふっ、真面目、真面目ですよ俺は。」
そこまで言ったところでダニーさんはこらえられなかったようで吹き出して。もう嫌だこの人。
うんざりしながら、とにかく私はもう一枚の写真にもサインをする。
ため息を我慢して写真を渡すと、心なしかエビ人間さんの目が輝いて見えるのは蛍光灯のせいだ絶対。
エビ人間さんは両手で大切そうに写真を持って。しばらく見つめたかと思いきや、オーバーオールから何やらテープを取り出した。そしてそれを私のサイン入り写真につけて。
「まって勘弁してください。」
「ぶはっ!い、いいじゃないですか……ぶふっ、好きに、させたら……くくく……、」
「絶対嫌ですマジでやめてくださいお願いします。」
あろうことか、自販機に張り付けたのである。勘弁して本当に。
剥がそうと手を伸ばすのだが、エビ人間さんが体を揺らして、ダンスのような動きで私の手を邪魔してくる。ダニーさんはお腹を抱えてうずくまり楽しんでいるようだが、私からしたらたまったもんじゃない。このアブノーマリティの作業に来た人全員にサイン入りの写真を見られるとかどんな地獄だ。
どうにか剥がせないかと隙を狙っているところに、今度は手を差し出された。一瞬怒って何かされるのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
手を出したまま動かないエビ人間さん。これは握手……?で、いいのかな。恐る恐るその手に自分のを重ねると、きゅう、と握られる。
「わ、ぷにぷにしてる。」
え、柔らかい。気持ちいい。甲殻類と思えない触り心地。
エビ人間さんの手はちょっと不思議で、人間のものに似ているのだが、エビの頭と同じオレンジ色で。形が、なんか丸っこい。ぬいぐるみみたい。ふかふかのパンにも見える。
その柔らかさに思わずぎゅ、と握っては離して、また握ってを繰り返してしまう。スクイーズみたい。この手、中身なんなんだろう。人の手とはまた違うと思うんだけど。
柔らかさを堪能していると、ぴ、と機械音がした、そのあとにがこん、と落ちる音。かしゅ、ぷしゅー……という音も。これって。
「あ……どうも。」
やっぱり。握手してないエビ人間さんに差し出されたのは、ここ数日飲んでいたソーダ。
開封済みだったのはこのせいかと苦笑い、ダニーさんが開けたんじゃなくて、この子たちが最初から開けていたのか。
手渡されソーダを見つめる。飲めってことだよね。少し悩んだけれど、ダニーさんも飲んでいたし、私も何度も飲んでたし。
意を決して口をつける。濃いブドウ味、しゅわしゅわの炭酸。人口甘味料のわざとらしい、でも癖になる甘さ。
やっぱり不思議なことに、このジュースを飲むと体の調子がよくなる気がする。肩とか腰が軽くなるというか、怪我がよくなったのもそうだけど、体にいいものなんだろう。
飲み切るとやはり我慢できず、げぷっと下品な音を立ててしまう。炭酸じゃなかったら助かるんだけどなんて、無料でもらってるのにわがままも言えない。
口に残る湿り気を軽く指でぬぐう。視線を感じて顔を上げると、エビ人間さんに凝視されていてビクッと震えてしまった。
「あ。えっと。ありがとうございます。ジュース美味しいです。」
ぺこり。と、頭を下げると、エビ人間さんはまたぴょんぴょんと飛び跳ねて。
なんだかその様子が、かわいいなと思って笑ってしまった。褒められて喜ぶ子どもみたいに飛び跳ねる姿は親しみが持てる。
見た目で判断して、申し訳なかったなと肩をすくめる。友好的ないいアブノーマリティだ。
笑う私に、エビ人間さんはまた、ぴ。と自販機のボタンを押した。落ちてくるジュース。また開封されたそれが差し出されて、私は慌てて首を振る。
「ごめんね、私一気にあんまりに飲めないから……それはまた、次の人にあげてもらえる?」
私がそう言うと、エビ人間さんは首をかしげる。やっぱり言葉は伝わらないのだろうか。この見た目で伝わる方が驚きだけれど……。
どうすれば伝わるだろうと悩んでいると、エビ人間さんはまた自販機のボタンを押して。がこん、と落ちてくるジュースに困ったが、どうやら何も伝わってないわけではなかった。
次に差し出されたジュースは、蓋が開いていなかったのである。驚いてエビ人間さんを見た。エビの頭では感情は汲み取れないけれど、首をかしげて私の反応をうかがっているようで。
「……あはは、ありがとう。また休憩の時にいただくね。」
アブノーマリティからの差し入れなんて、なんだかとっても不思議だ。未開封のジュースを両手で受けとる。誰かの好意は、素直にうれしい。
私が受け取ると。また、ぴ、とボタンを押す音。もう一本のジュースが出てくる。ダニーさんの分かな?
ぴ、がこん。ぴ、がこん。
「え、ちょっと、」
ぴ。がこん。ぴ。がこん。ぴ。がこん。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、がこんがこんがこんがこん!
「ま、まって!!そんなにいい!飲めないから!!」
ぴ。がこん。ぴ。がこん。ぴ。がこん。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴぴぴぴぴ、がががががこんがこんがこんがこん!
高速で自販機のボタンを押すエビ人間さん。取り出し口から溢れて床に転がるジュース。
必死にそのジュースを拾いながら、もういいと叫ぶのにエビ人間さんは全然聞いてくれない。もう一匹のエビ人間さんはまた体を動かしてゆらゆらと踊っている。
「っ!?……ユリさん!これ全部蓋空いてません!」
「止めるの手伝ってくださいダニーさん!!」
「これなら保存できるし……この量なら成分解析もできるんじゃないか!?ユリさん持って帰りますよ!!」
「止めてくださいってばぁ!!」
結局私たちはエビ人間さんを止めることはできず。というか、ダニーさんは止めてくれる様子もなく。
両手いっぱいにジュース缶を私たちは持って、これ以上は持てないというところでエビ人間さんの収容室を出たのであった。
ちなみにその時もまだ自販機のボタンは押されていたし、拾い切れていないジュースもまだまだあったのだけど。
ダニーさんが管理人さんにそのことを報告した後、別の職員が作業にむかったらしいのだが。ジュースは忽然と消えていて、残っていたのはいつもの光景と、自販機にはられた私の写真だけだったらしい。
それからたまに〝自販機の人〟と通りすがりに聞こえるのはどうか気のせいであってください神様!!!
ウェルチアースの名前出てないけど入れるところがなくてまぁいいかってなりました。
ダニーなら教えなさそうだし。