海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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【二】どうか健やかに幸せに生きていて欲しい_1

 

 

 

 

 

 

 〝水槽の中の脳〟という話がある。〝あなたが体験しているこの世界は、実は水槽に浮かんだ脳が見ている夢なのではないか〟。という仮説である。

 それはただの仮説であり、確信ではない。〝そうであってもおかしくない〟という一つの考えでしかない。

 けれど否定は出来ない。だって誰も、それを証明出来ないから。

 その話を別の視点で見ると、〝所詮現実などそんなもの〟ということである。

 そう所詮、目の前に広がる現実は、何かしらを使って脳が状況を処理をしているだけのものなのである。

 

 ならば幸せな方を選ぶのは、正しいことなのではないか。

 

 数々の人を見てきた医者は、自室の窓辺でそんなことを考える。医者の家は物が散乱し、パンやらジュースのゴミがそのままになっており、いつ着たのかわからないくちゃくちゃのシャツが、無造作に放られている。

 その光景を改めてみて、医者は笑ってしまった。とっくに限界だったのだろう。部屋の散らかりは心のSOSにもなりうる。それは何度となく、人に言ってきたことなのに。

 どうして。人はこんなにも弱いのだろうか。

 自身が窮地に立たされた時、それを自覚できないほどひとは弱い。大抵の生物はその異変に気が付くのに。

 心という概念を生み出したのも人間だ。精神、魂、心。それも纏めてしまえば、脳が何らかの伝達信号を動かし感じている身体の異変だというのに。

 どうして。

 

 医者は窓辺で泣いている。アパートの三階、その角部屋で何とか飛び降りないよう踏みとどまっている。

 しばらく休みをもらったが、あの会社に戻れるのだろうか。

 

「……。」

 

 戻りたくない。

 一生、逃げていたい。

 もう何もしたくない。

 あんな職場に、あんな患者たちに、会いたくない。

 こちらがおかしくなる。

 様々な患者を目にはしてきた。楽な仕事では無いし心にくることは多かった。

 

 それなのにどうして、あの患者たちだけは特別に恐ろしいのだろう?

 

 医者はコーヒーを飲む。何となく考えていたことだけれど、「確かに、」と呟いてしまった。

 確かにそうだ。そうだった。

 自分は、あの患者を何故かとても恐ろしいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エージェント達のタブレットには、〝エンサイクロペディア〟という機能が備わっている。

 簡単に言えば、アブノーマリティの情報をまとめている説明書のようなもので。それはメッセージアプリの中に備わっている機能の一つだ。

 エージェントのタブレットにはホーム画面などはなく、管理人からの作業指示が飛んでくるトーク画面がまず出てくる。普通のトークアプリ同様にこちらからメッセージを飛ばすこともできるが基本無視だ。しかし既読の通知は来るため、恐らく届いてはいる。この人数のメッセージをどう処理しているのかは不明だが、まぁアンジェラ(高性能AI)が何とかしているのだろう。

 そしてそのトーク画面の横、〝アブノーマリティの情報はこちら〟と書いているほうに指をスライドすると〝エンサイクロペディア〟が出てくる。

 自身が作業指示を受けたアブノーマリティの情報のみ見ることが可能となっており、初めてのアブノーマリティでもそれを見れば今わかっている情報を、文章でのみだが確認ができる。

 

 しかしアブノーマリティのその情報は、隠されているものも多い。

 

 ……それがわかってしまうくらいには、エージェント達は〝ここにあること以外の情報〟を知っている。

 管理人は隠していること自体を秘密にしているのだろうが無駄なことで。

 アブノーマリティを作業したエージェントが、勝手に話してしまうのだ。それがまた他に伝わり、時にはすれ違いざまに聞いたり。そういった様々な形で伝わってくる。

 それなのにその情報がエンサイクロペディアに載っていないのなら、それは〝まだ確かなものではないか〟または〝意図的に隠されているか〟の二択になる。そして勤務が長くなればなるほどに、大抵は前者であると多くのものが気が付くのだ。

 

「そもそも……見た目の画像が載ってない時点でね。」

 

 今日、ダニーのもとに新しいアブノーマリティの作業通知が来たのだが。そのアブノーマリティのエンサイクロペディアを見て、ダニーは深くため息をついた。

 

{名前……T-02-99}

{宙に浮かびながら眠る羊のような姿をしたアブノーマリティです。

 その体毛は白くふわふわで、緑色と紫色の瞳を持つ2つの眼球が埋まっています。

 頭部は薄い紫色で、2つの白い螺旋状の角と、常に閉じている目、ピンク色の小さな鼻を持ちます。

 体からは白く細長い尾が生えており、下部には小さな脚があります。}

{このアブノーマリティは現時点で、人を眠りに誘う力があると考えられています。}

 

 そして今度は自身にきた作業内容を確認する。

 

{対象:T-02-99 作業内容:娯楽}

{対象は作業者を眠りに誘う能力があると考えらている。}

{眠りにつかないように注意するように。それに役立つであろう道具はオフィサーに用意させているため、受け取りを忘れないように………………、}

 

 その指示に従いオフィサーから受け取ったものは、〝小さなナイフ〟と〝激辛のタバスコ〟。

 はぁぁ、と。思わずため息をついた。憎しみの女王の時と同様に、特別な指示。

 これはつまり、〝過去のエージェントが眠った時に大変なことになっている〟ということである。

 そして〝大変なことにはなったが、その現象をまだ解決できていない〟ということでもある。

 そもそも、ダニーが初めてのアブノーマリティに駆り出される時点で手こずっている証拠なのだ。別に会社に可愛い社員などと思われている自信はないが、ダニーの存在は欠けたらけっこう困るものではあると理解している。

 それはダニー自身が優秀などということではなく。ダニーには担当のアブノーマリティがいるからで。

 

 ユリが静かなオーケストラを担当しているから彼女がいなくなることが困るのと同じ。ダニーにもそういう存在が不本意ながらいる。

 そしてそれは……静かなオーケストラ同様にとんでもない数の人を殺したことのある恐ろしい存在。

 

 そんなダニーがこうして初見のアブノーマリティの作業を任されるのは、〝もしかしたらそのアブノーマリティも同じくらい恐ろしい存在なのかもしれない〟ということで。

 ……こうやって順番に、自分たちは消費されていくのだ。

 ダニーは考える。自分の次は誰だろうと。自分でもアブノーマリティの反応が良くなければ、また別のエージェントが試されるはずだ。

 できればそれが俺の知らない奴だったらいいなと。そんな身勝手なことを考える。人が死ぬのは悲しい。怖い。自分と知り合い以外の代わりになってくれる人がいるなら、その方がいいと毎回思ってしまう。

 そんな不毛で、考えても仕方ないことをいつも考えて。

 ダニーは自嘲する。自分が、自分の理想から遠のくこの感覚ももう慣れてしまった。

 ……正しいか、正しくないかだけで生きられたらどれだけ楽なのだろう。

 

 

 ※※※

 

 

 目的の収容室に入り、ダニーは少し驚いた。

 箱のような部屋。その収容室の中。中心に浮かぶそれはエンサイクロペディアに書かれていたとうりに〝宙に浮かぶ羊〟だ。

 ダニーが入ってきても、置物のようになんの反応もない。伸びきった毛から出ている薄紫の頭部は目をつむっていて、眠っているのだろうか。

 

「……。」

 

 恐る恐る、そして嫌々ダニーはその羊に近づく。もしも説明通りならば胴体に目が付いているはずだ。

 そしてやはり、それは確認できた。しかしダニーが想像していたようなものではなかった。

 頭部らしい部分は偽物で胴体の部分に顔があるのだと。目がある部分こそが正面なのだと考えていた。そういう、どこが顔なのかわからないアブノーマリティはたくさんいたし、そもそも顔がないものだってたくさんいる。

 だから胴体についている二つの目というのは、こちらと目の合うようなものなのだと思っていたのに。

 

「っ……。」

 

 思わず息を呑んだ。だってそれは本当に説明通りの〝眼球〟であったから。

 犬が散歩中に葉っぱでもつけたような。そんな感じに眼球が羊の胴体についている。たまたま毛に絡んでしまっただけですよ、そんな感じに。

 ダニーは考えてしまった。……まさか、人間の…ものか……?そしてすぐに打ち消す。余計なことを考えて恐怖を煽るなど、自傷行為だからだ。そもそもここに自分が呼ばれている時点で、こいつはエージェントを数人は害したのだろう。

 さっさと済ませようと、ダニーは再び頭部の前に戻る。そしてウエストバックから一冊の絵本を取り出し、それをアブノーマリティに見えるようにめくっていく。

 

 作業〝娯楽〟。簡単に言うと遊び。

 

 こんなことに意味があるのかわからないけれど。アブノーマリティ相手にボール遊びをするわけにもいかない。ただ無言でダニーはページを、めくっていく。

 絵本をめくるのも慣れたもの。使い古した絵本はページの端が擦れ白くなっていて。心なしかめくりやすくなっている気がした。

 

「…………?」

 

 何の反応もない。ページのめくる音だけが部屋に響く。

 それはダニーからしたらありがたいことだ。変に何か起こるよりもよっぽどいい。そのままお人形のようにじっとしてもらいたいところ。

 そしてその希望は呆気なく叶えられ、宙に浮かぶ羊はただ宙に浮かんだまま。絵本の最後のページがめくり終わったのである。

 

「…………めでたし、めでたしってね。」

 

 絵本に載っているかもわからない常套句を述べて、ダニーはパタンと絵本を閉じた。

 背表紙を羊に向けたまま、ダニーは様子を伺う。しかし数秒待ってもなんの反応もなく、ポリポリとダニーは頭を掻いた。

 生物の形をしていてここまで反応がないアブノーマリティは珍しい。こちらとしてはありがたい限りなのだが、それならばなぜわざわざダニーが派遣されたかが不思議だ。

 

 ま……いいか。

 

 管理人が何を考えているかは気になったけれど作業を終えたのにここにいる意味もない。

 最後まで警戒を緩めないよう、羊の姿を見ながら後ずさりして。ダニーは収容室を去ったのだった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 収容室をでたあと、ダニーは早足で施設の廊下を歩いていた。通り過ぎる人達を器用に避けて、挨拶もせずに、とにかく真っ直ぐと歩いていく。

 エージェントの時間はいつだってシビアだ。少しでも遅れたことによってアブノーマリティへの作業が遅れ、大惨事を招くこととなる。だから少しでも早く歩かなければいけない。

 しかし悲しいことに、〝遅れた方が良かった〟こともあるのだから難しい話である。ダニーは仕事中、なるべく過去のことを考えるつもりはなかったが、やはり彼も人間でついつい、過ぎってしまうこともあるのだ。

 例えば……例えば。先日亡くなったレナードは、あと数分遅れて到着していれば、ユリと出会うことはなかったのではないか。

 感情的になりやすいとはいえ、元々は聡明な男だ。そうしたら彼はちゃんと状況を理解し逃げただろう。そもそも遠くに見えたアブノーマリティに、理解せずとも本能で逃げたかもしれない。

 そういう話だ。ダニーたちの仕事は。

 取り返しのつかない仕事。

 

「ダニー、」

 

 ダニーは足を止める。後ろから聞いたことのある声が彼を引き止めた。

 

「スグル、奇遇だな。」

「いやほんと、ここで会うとか奇跡すぎる。」

「広いもんなここ。会えて嬉しいよ。」

「でもせっかく会うならリナリアちゃんが良かったわ。」

「はぁ?素直に喜べよ。」

「素直になった結果だが?」

 

 割と付き合いの長い同僚の、スグルだ。ダニーは彼を見て少しだけ肩の力を抜き、早足をやめて彼の歩幅に合わせ歩き始める。少しゆったりとした足取りで、二人は並んで廊下を歩く。

 スグルはダニーよりも背が少し低い、この施設では珍しい日本人であった。しかしダニーの想像していた、謙虚で慎ましい日本人の想像を壊すような、スグルは大雑把でデリカシーの足りない性格をしている。

 しかしダニーにとって、スグルの隣は居心地が良かった。過度に気を使うのも使われるのも好きではない。少し雑な位の物言いが、ダニーにとっては気持ちが良かったのである。

 

「そういえば新人さんどうだ?俺とおんなじ日本人なんだろ?」

「ユリさんのことか?……スグルも噂位は聞くだろ?」

「聞くけどさぁ。〝百聞は一見に如かず(Seeing is believing)〟。だろ?」

「あの人の場合は〝事実は小説よりも奇なり(Truth is stranger than fiction )〟。」

「お、シャーロックホームズ?」

「いやバイロンだから。」

 

 ダニーの訂正をスグルは気にする様子なく流し、「そんでどうなの、」とユリのことを聞いてくる。

 

「そんな気になる?お前と同じ日本人だから?」

「……、」

 

 急にスグルが黙るので、ダニーは不思議に思った。隣で歩いていたはずなのに、勝手に一人立ち止まったようで。振り返ると数歩遅れたところにスグルはいる。

 スグルは一瞬、何か考えるように眉間に皺を寄せて。しかしそれは本当に一瞬で、直ぐに焦った顔になる。

 

「どうした?」

「おい!ダニー!」

「ダニーさん!!」

 

 はっ、と。急に聞きなれた女性の声に。気がつくと、何故か視線が低く天井が見える。それを背景に覗き込む彼女は……たった今話をしていたユリで。

 

「ユリ……さん?」

「ダニーさん!!大丈夫ですか!?倒れてたんですよ!」

「た、倒れ……!?」

 

 ユリの言葉にサッと血の気が引いた。

 慌てて飛び起きて、辺りを見渡す。

 そこは、〝T-02-99〟の収容室前。

 おかしい。とっくに離れたはずだ。早足でさっきまで歩いていた。戻ってきた?なんで。

 腕時計を確認すると、ダニーが思っているよりも時間が過ぎている。おかしい。おかしいことだらけだ。数分だと思っていたのに、数十分経っている。

 意識がなかった?

 

「い、いつ…から。」

 

 ダニーはさっと血の気が引いた。全く寝た覚えも違和感もなかった。たった今まで、ダニーは普通に勤務中のつもりだったのである。

 歩いていたことは覚えている。となるとその途中で何かに襲われたのか?それか意識を操られて何かに呼び出されていた可能性もある。そういうエージェントを何度かダニーも見たことがあった。確かに身体に痛みはなくとも少しだるいような……。

 

「っ、」

「ダニーさん……?」

 

 その時、コツン、と。音がした。何かが落ちる音にも、靴の音にも聞こえた。

 そちらを見ると、〝T-02-99〟の収容室の扉が何故か開いている。いや、それはさっきから開いていたように思える。

 だって先程から、そこに羊が浮いているのがダニーにも見えた。だからそこがT-02-99の収容室だと気がついたのだ。

 しかし今そこに、羊の姿は見えない。人の背中で隠れてしまっている。その背中は。

 

「スグル!!」

 

 ヒュッ、とダニーの喉がなる。スグルが、羊と対面している。

 

「ダニーさん待って!!」

 

 ダニーは慌ててスグルに手を伸ばす。何があるのかわからないのだ。早くここから離れないといけない。

 ユリの焦る声が聞こえる。ダニーも同じくらい焦っている。

 T-02-99の収容室に足を踏み入れる。……とぷんっ。と、重いものが、水面に落ちる音がした。妙に心地よく穏やかな音で。

 収容室の中央。羊の姿が見当たらない。スグルが振り返ると共に、その場で倒れてしまう。上手く受身を取らない四肢はゴツン、と嫌な音がした。

 

「おい!!しっかりしろ!!ユリさん!手伝ってください!」

 

 駆け寄りスグルの身体を揺さぶるも、その目は閉じたままで。

 とにかくここを離れようと、ダニーはユリに助けを求めた。

 その声に従って、ユリも収容室に駆け込む。ダニーがスグルの腕を自分の肩に回して、持ち上げる。ユリもスグルに肩を貸して。2人がかりでだと、簡単にスグルの体は持ち上がった。

 

「このまま救護室に運びます。ユリさん、作業指示とか大丈夫ですか?」

 

 ダニーの言葉にユリは首を縦に振る。そうして三人は、救護室に向かうことになった。

 しかししばらくの間、スグルの目は覚めないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ダニーさんに、何、してるんですか?」

 

 ユリは収容室の中で、口を開く。

 

「さっきから……首が熱いのは、貴方が何かしてるからですよね?」

 

 じくじく、じくじく。熱いストーブの前に、立っているような感覚。

 緩やかに、しかし確実に強くなっていくなにかの力。 それに耐えられているのは……オーケストラさんの、〝おまじない〟のおかげだと思う。

 

 だって、そうじゃないと。

 ダニーさんが倒れて、私が無事な理由がわからない。

 

 ユリの目の前には、中に浮かぶ一匹の〝羊〟。

 そして彼女が腕に抱えているのは、ダニー。

 ユリは羊を睨むけれど、その身体は震えていて。そのせいでダニーの身体も小刻みに震えてしまう。

 ダニーの身体を引きずって、ユリは必死に収容室の外に出ようとするのだけれど。

 出口に近づく度に熱くなる首に、「ぅ、」と目眩すらして。熱くて。痛くて。外に出ることを、許して貰えないような。

 ……ダニーさえ、置いていけば。

 一人なら。熱さに力の入らないこの体でも、外に出られるだろうけれど。

 今ここで、そうしてしまえば。二度とダニーが目覚めないような気がして。

 はっ、はっ。と。荒い息で熱を逃がしながら、1センチでも1ミリでも出口に近づいて。

 

「ユリちゃん。」

「っ……!?」

 

 朦朧とする意識の中で聞こえた、その声に。

 ユリは勢いよく顔を上げた。

 

「ユリちゃん。行かないで。」

「おかあ……さん……、?」

 

 どうして。

 あなたが、いるのだろう。

 

「迎えに来たの。」

 

 ユリは首を振る。そんなわけが無いと。

 それなのに声が出ない。

 気がつくとそこは収容室では無い。木々に囲まれた日本家屋。日本の中でも大きく広いその家はそう、山の中にあって。

 夏はセミがうるさくて。そう考えるとやかましい蝉の声が聞こえ始める。

 秋は落ち葉集めが大変で。そう考えたら地面が赤と黄の葉だらけになる。

 冬は時折、朝水たまりが凍っていて。そう考えたら、薄らと白い冷えた朝の空が見えて。

 春は。そう、春は。

 

「ユリ、お花見だよ。」

「お兄ちゃん……。」

「ユリの作ったお弁当たべたいわ。」

「お姉ちゃん、」

「ユリ。」

「…………!」

 

 春は、そう。

 仕事でずっとあちこち行っている父が、帰ってくる。

 

「現実じゃない。」

 

 ユリは泣いてしまった。

 

「…………こんな夢、何度も見てる。」

 

 そう。これは夢だと。ユリはわかってしまった。

 いつもよりも意識がはっきりしてるから、それは余計に悲しい。胸に溢れる喜びも、家族と会いたかったこの気持ちは全て本物で。

 夢にまで見てしまうそれは。もう叶わないからこその。

 虚しい。

 悲しい。

 それなのに、わかっているのに、喜んでもいる自分は愚かだ。

 その場でうずくまってしまうユリを、家族はただ立ってみている。表情は変えずに、一枚の写真のようにただ並ぶ家族だけがそこに立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 




難産で遅くなりすみません 
前作では書ききれなかったアブノマちゃんなので、ちゃんと書けたらいいなぁ。
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