管理には大いに注意してください。
注意してください。
《誰かのカウンセリング時の記録》
管理人、お願いです。
どうか二度と同じ過ちをおかさないで。あの人形は危険すぎる。
皆に伝えてください。あの音を聞いてはいけない。僕は幸い、持っていたペンで鼓膜を破ったから無事だったけれど。
みんなみんなおかしくなってしまった。
あの音を聞いた時、心が酷くざわついたんだ。形のない恐怖に襲われて正気が保てなくて。すぐに聞いてはいけないと察した。
え?
なんで他の人にも同じことをするよう伝えなかったか?
……………………………………。
ふざけるな。
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!
管理人が、お前らが!!間違えたせいで、皆が狂ったのを見ただろう!?
僕の仲間は皆正気を失って、暴走した!!銃をぶっぱなして、人を刺して、叫んで、笑って、僕の声なんて届かなかったんだ!!
返せよ!!友人を、仲間を、同僚を返せ!!管理人!!僕はお前を絶対に許さな、((ぶちんっ))
《音声はここで途切れて、ノイズが流れる。》
……以上がカウンセリング時の記録です。
鼓膜はだいぶ治っておりましたが、まだ完全ではないようで、声量が普段より大きくなることがありました。
しばらく対面でのカウンセリングは避けることにします。
煩いので。
管理人、静かなオーケストラの管理には細心の注意をはらってください。
対象は脱走する恐れあり、職員が即死する恐れもあります。
さらに被害が施設全体へ拡大する恐れあり。
今回の被害人数は76人でした。
全員じゃあなくて良かったですね。引き続き業務をお願いいたします。
注意してください。注意してください。注意してください。注意して…………………………………、
──やっとお会い出来ました。
頭に響く声。目の前に立つ姿に、私はなんて声をかければいいのか。
その姿は、白いマネキン…、いや、人形であった。
大きさが少し大きなマネキン程度というだけで、それはとても繊細な見た目をしている。だから観賞用を目的とした、人形なのだろう。
綺麗、と思った。とても綺麗な人形。
真っ白な胴体をしている。それは白黒のタキシードを羽織り、そこから伸びる一本の棒が体を支えている。単純な造りのはずなのに、どうしてこうもバランスよく美しいのか。
それに白い顔。不思議な模様が黒で描かれており、刺青のようだ。弧を描く線と、丸で構成されるそれは、楽譜で見るヘ音記号によく似ている。
全てが、完璧で。美しく。
それだけでない。どこか人を魅了するような。
「貴方が……私を呼んだの?」
そんなわけあるはずがない。
人形は人形だ。人の形をした無機物。意志などあるはずがない。人を呼ぶなど、そんなこと有り得ない。
それでも私は人形に声をかける。何故か確信していた。きっとこの人形が、私を呼んでいたのだと。
人形の瞳が、光沢のない真っ黒な瞳が。私を見たような気がした。動いていないのに。当たり前だ、だって人形なんだから。
──そうです。貴方を待っていた。
あぁ。生きている。
この人形は、生きている。
そんなことを思うなど、傍から見たらなんて馬鹿なのだろう。
それでも私は思ってしまった。
そう、生きている。その無機質な体に臓器が詰まっているなど思えないけれど。脳みそなんてきっとないと思うけれど。
でも確かに、この人形は生きているのだ。生きて、意志を持って。私をここまで呼び寄せた。
「……どうして、私を呼んだの。」
私は人形に問いかける。それが一番わからなかった。
私を呼んだ理由。『待っている』と、確かに人形は言っていた。
それが、どうしてもわからなかった。
何故私なんかを呼んだのだろう。当たり前だが、私はこの人形のことを知らない。そもそもここに来たのだって偶然だし、無理矢理で。
考えられるとしたら、私の家族が何か関係しているのだろうか。私はよく知らないけれど、家の物置にはいわく付きのものが多くある。そこにこの人形に関するものが、何かあった?
「私、貴方に何も出来ません。私に何を望んでるのかわからないけど……、本当に何も、出来ないから……。」
だとしても、私に出来ることなんてないのに。
家族に連絡をとるくらいなら出来るだろうか。でもそれで、この人形が納得してくれるだろうか。
もし怒ってしまったらどうしよう。勝手に期待されて失望されることは、日本でも何回かあった。
その時は家族が助けてくれたけれど、今回はそうもいかない。家族はもうそばに居ないから。
……というより、ここには私の知り合いは、一人もいないのだ。
──貴方は私に会いに来てくれました。
「……へ?」
──ただ会いたかったんです。部屋の中で貴方の存在を感じた時に。どうしても会いたくなった。
「え、いや。な、なんで?」
予想もしなかった言葉に混乱する。『ただ会いたかった』?
何それ?私に?お兄ちゃん達じゃなくて?
「私本当に、なんの力もないんです。特別じゃないの。そもそも力があったらアメリカになんて来なかったし……。なんで会いたいなんて、」
家族に会いたいという人は多かった。その為に私に話しかけてくる人もいた。
でもその中で、私に会いたかったと言ってくれる人はいなかったのに。
どうして、人でもない貴方が私に会いたがるの?
──あなたは特別ですから。
「いや、だから私は。」
──とても特別な人です。私にとって。
──貴女に会えて、本当に嬉しいです。
「…………わけ、わかんないよ……。」
どうして。
どうして貴方が、そんなことを言ってくれるの。
──辛い思いをされてきたのですね。
「別に、そんなんじゃ、」
──これからは私が貴女を守りましょう。
──その心が壊れないように。
「えっ……!?」
人形の周りにキラキラと輝きが立ち込めたかと思えば、白い手が空中に現れた。
それはタクトを持っていて、一振すると淡い色の音符が幾つも宙を舞う。
その内の一つが私の首筋に吸い込まれていった。反射的にその辺りを手で抑えるけれど、特に痛みもなく変わったこともない。
「な、何したの……!?」
──お守りですよ。それは貴方の心を護ってくれる。
「……??」
お守りって、どういうことだろう。
けれど首含め違和感は何もない。むしろ先程よりも頭がスッキリして何だか楽な気分だ。
なんだったのかと首を傾げていると、タクトを持つ手がまた動き出す。
──さぁ、コンサートをはじめましょうか。
「コンサート?」
──言ったでしょう?
──ステージは用意したと。
確かに言っていた。ステージはある、奏者も揃っていると。
──私は指揮者。
──そして物事に生命を吹き込む魔術師であり、魂を呼び寄せる祈祷師でもある。
タクトが振られる。音符が宙を舞う。
その音符は集まって形になり、やがてもう一体の人形となった。
ただ出来上がった人形は、身体こそ人の形をしているが、頭は音符そのもので。ぐにゃぐにゃと震える姿は気味が悪く思えた。
「な、何……っ!?」
──世界で一番美しい音楽を、貴方に捧げましょう。
しかしその人形からはとても美しい音が聞こえた。
楽器など持っていないのに動きに合わせて音が出ている。まるで人形そのものが楽器のようだ。
タクトが振られる度、音符が増えまた別の人形が出来上がる。
また一体、また一体……人形は出来上がり、音は重なり合い旋律を紡ぐ。
「すごい……綺麗……。」
こんな美しい音楽を、私は初めて聞いた。
私の呟きに指揮を執る人形は喜んだのか、より大きく腕を振る。すると音が大きくなり、部屋に響いていたそれはきっと廊下も抜けてこの施設全体に届いているだろう。
華やかで、美しい音楽。これ全て、私の為にこの人形が用意してくれたのか。
「……ありがとう……。」
──このコンサートが終わったら、拍手の代わりに貴女の名前を頂けませんか。
「私の名前?」
──はい。貴女の名前を呼ぶ権利を、どうかいただきたいのです。
「……あはっ、そんなの、」
そんなの今だって教えるのに、と言おうとしたところだった。
「貴女は!!この音を聞いてもなんともないのか!?」
後ろから、大きな声が。
振り返るとダニーさん。それはそうだ、ここまで一緒に来たのだから彼もここにいる。
しかし様子がおかしい。彼は苦しそうに蹲り、必死に耳を抑えている。
「えっ……えっ……!?」
しかも、彼だけじゃない。人形を取り囲んでいた、この部屋にいた人全員の様子がなんだか変だ。
苦しそうに蹲る人もいれば、逆にうっとりと人形達を見つめている人もいる。
更にはニコニコと笑いながら警棒を振り回している人も。そして殴られている人は、抵抗もなく嬉しそうに音楽を聴いていて。
何。この地獄絵図は。
「なんで……っ!?」
「音楽をやめさせろ……っ!」
「えっ、あっ、お、音楽をやめてください!」
ダニーさんに言われて、慌てて人形を止める。
どうしてこんなことになっているかわからないけれど、この音楽が原因なのか。
とにかく早くやめさせないと。怪我人が出てしまうし、とんでもないことになる気がする……!
──どうしてですか?
しかし私の言葉に人形は悲しそうな様子で。
そんなあからさまに落ち込まないでほしい。なんて言えばいいのか。一応善意で演奏してくれていたわけだし。
「あっ……えっと、ま、また今度!今度ゆっくり、聞かせて欲しいな。」
せっかく私のためにと言ってくれたのに申し訳ない気持ちはあった。それに気分を害して廊下で聞かされたあの高音はもうごめんだ。
「せっかくなのに、ごめんなさい。とっても素敵だった。ありがとう!……あと、私の名前はユリです。好きなように呼んでいいから。」
そう言うと、ピタリ。音楽が止んだ。
すると苦しんでいた人も、笑っていた人も、警棒を振り回していた人も落ち着いたようで、その場に皆ヘナヘナと座り込む。
それを見て一安心。どうやら人形はわかってくれたようだ。
ほっと息をつくと、また頭に声が。
──ユリ、さん。
「っ、」
そ、そんな。そんな風に呼ばないで欲しい。
そんな、大切に、丁寧に。まるで宝物を呼ぶかのような、言い方。
そんな風に呼ばれたの、初めてだ。言葉だけで伝わってくる、人形の好意に恥ずかしくなってしまう。
──次は、貴女だけの為の最高の音楽をご用意します。
そう言うと、タクトを大きく振った。
作り出された人形達が少しづつ崩れていく。それはまた元の音符に戻り、散らばって、空中を舞い。まるで花びらのような。そして空気の中へと溶けて消えていく。
人形のタクトを持つ手も同様に。ゆっくりと崩れていき、形を光のつぶに変えて。キラキラ、キラキラ。やがて、消える。
──それではこれにて
最後に、人形も煙のように消えてしまった。
残されたのは、私達人間だけ。
フロアはしんと静まり返って私含めただ呆然と人形がいた場所を見つめるだけだった。
「……ユリさん、っておっしゃるんですね。」
「え?」
トントン、肩を叩かれて振り返るとまだ具合の悪そうなダニーさん。
彼は私をじっと見つめる。まだ苦しみの余韻があるからだろうがその目は歪んで、睨まれているような気分になる。
「ユリさん。少しお話をさせて貰えませんか。」
「……えっと、帰りたいんですけど……。」
「帰りは送ります。ご迷惑もおかけしましたので、その分の慰謝料もお支払いします。だからどうかお時間をください。」
「えぇ……。」
多分これ、話さないとスーツケース返して貰えないやつだ。
いや、わかる。こんな状況だから、私に話を聞きたい気持ちはわかる。
でも帰りたい。帰りたくて仕方がない。疲れたしもう休みたい。
しかしダニーさんは私の肩を掴んだまま離さないし。
周りにいる他の職員さん達も、私のことをじっと見つめて。
「……わかり、ました……。」
日本人は押しに弱いって、偏見だと思うけど。
少なくとも私は今のこの圧に耐えられず、大人しく返事をしてしまうのだった。
お昼も食べれなかったお腹が、きゅぅぅん、と情けない音をたてる。
おにぎり食べたいよぉ……、ぐすん……。
前の作品好きだよって言ってくださる方が多くて、ハーメルンってなんでこんな優しいの?ってなってる。
ヲタク脳のせいで読者さんを囲いたくなる()
すみません大丈夫です。作者我慢します。(当たり前だわ)