目がたくさんあった大鳥は、森に怪物がいないか監視することにしました。
大鳥の目は、遠くまで見渡すことも、他の仲間には見えないものを見ることもできたからです。
すると、誰かが言いました。
『でも、みんなが寝ている暗い夜に怪物が出たらどうしよう?』
大鳥は不安になってしまいました。
置かれた札束に瞬きも出来ない。そんな私を置いてきぼりにXさんとアンジェラさんは話を続ける。
「さて、説明いたしましょう。ユリさんは当社を知っておりますか?」
「え、あ、はい。世界的に有名なエネルギー会社、ロボトミーコーポレーション……。というか、私こんなお金いりません、説明もいいから帰りた」
「それは表向きで当社には裏の事業があります。」
「話聞いてください!?」
帰りたいんだってば!!
立ち上がろうとするも、まぁまぁ、と後ろに回ったXさんに肩を押されて座らされる。
私は本当に、これ以上巻き込まれたくないのだ。こういうことは知らないのが一番。今から聞く情報が自分のメリットにはならないだろう。
しかしアンジェラさんの説明は止まらない。ノンストップで口を動かし続ける。
「我がロボトミーコーポレーションでは現在新たなエネルギーの生成と供給の研究を行っています。
それはアブノーマリティと呼ばれる未知の生物からエネルギーを得るというものです。
ユリさんが先程目にした人形と鳥は、その〝アブノーマリティ〟というものです。」
わかりましたか?と言われて。わかるわけがない。
「も、もういいから、帰りたいんですってば……っ。」
「あまり驚かれないんですね?まさか、アブノーマリティをご存知でした?」
「そんなわけないです!!」
十分驚いている。現状を一応は受け入れられているが、それは
鳥は正直怖かった。あんな可愛い見た目で人を襲うなんてショックが大きかったし。
人形の方は……確かに、鳥ほどは動揺しなかった。脳に声をかけられた時、何故か安心感があったからだ。
あの時は気が付かなかったが、人形が私になにか力を使っていたのかもしれない。
〝魅入られる〟と、頭が正常な判断をしなくなるのだ。これも陰陽師の力を持つ兄から教えてもらったこと。
「……今だって、怖いと思ってますよ。」
「そうですか……。」
これは、少し嘘。
驚いたし、戸惑ったけど。
『──あなたは特別ですから。』
あの人形に言われたことは、ちょっとだけ嬉しかった。
「けれど貴女がしたことは、そう易々と出来ることではありません。」
「何もしてません。」
「しましたよ。アブノーマリティ、罰鳥と静かなオーケストラを収容室に戻した。」
「……?」
鳥と、人形のことか。
確かに戻るように誘導したけれど。特別何かをしたつもりは無い。
「アブノーマリティは特殊な能力を持っており、時としてエージェントに危害を加えることがあります。
先程収容していただいた鳥型のアブノーマリティ、〝罰鳥〟も。
人形の形をしていたアブノーマリティ〝静かなオーケストラ〟も。
人を殺したことがあります。」
「えっ……。」
「今まで多くの犠牲が出ました。けれど今日は違う。あそこまでアブノーマリティが大人しく収容されたのは初めてです。すごいことなのですよ。」
「……。」
なんだか褒められているが、喜んでいいのかわからない。
巻き込まれた、とは思う。けれど自分が何か特別なことをしたという実感はない。
どう反応していいかわからず、思わず口角が下がる。眉間にシワのよる感覚もした。
何も言えずにいても、アンジェラさんは話を続ける。形のいい唇が、やけにハッキリと動く。
「ユリさん。どうか我がロボトミーコーポレーションのエージェントになって頂けませんか。」
「は……。」
「貴女の力が私たちには必要、」
「お断りします。」
考えるより先に言葉が出た。
冗談じゃない。今日みたいなことがあって、この会社で働きたいなんて言う方がおかしいだろう。
「お願いします。全力でサポートいたしますし、見合った給与も出しますから。」
「結構です。」
何を言われても、ここで働く気にはならない。
なんの為に日本を離れたと思うのだ。生まれ育った故郷を泣く泣く離れたのは何の為。死なない為だ。
それなのに、あんな危険な生物がいるここで働くなんて。わざわざ自分から危険を選ぶなど、馬鹿のすることである。
「私の目を、見てください。ユリさん。私は嘘をつきません。」
「なんと言われても私は……。」
はぁ、とため息が出る。もう一度はっきりと断ろうとした時だった。
「……ぇ、」
出かけた私の声は喉で立ち止まる。
目が、目が。アンジェラさんの目が。開いている。目が。黄金の目が。揺れることも無く、目が。開いている。目が、目が。
目が、離せない。美しく、かつ強いその目は。
私を捉えて、目を逸らすなと。瞬き一つすら許されないそれは、目が。開いて、目が。目が。
「
「ぇ……、」
「我社の社訓です。ユリさん、素晴らしい未来の前には様々な恐怖が立ち塞がっています。」
繰り返して。さぁ。
「誰かが困難に、恐怖に立ち向かわなければ未来は作られない。」
「……恐怖に、立ち向かう……、」
────
「私達のいる今は、誰かの犠牲があってこそのもの。」
「未来は……つくられる……。」
────
「その誰かが貴女である。それって、素晴らしい事だと思いませんか?」
「それは……。」
頭は霧がかかり、真っ白になる。
けれどその中でぐるぐるとアンジェラさんの言葉はハッキリとしていた。それだけは、確かにあった。
その言葉の意味を考えると、なんだか震えが止まらなくて。
どくん、どくん。鼓動が激しくなっていく。私が生きている証。動く心臓。
この心臓を、未来のために使えとアンジェラさんは言っているのだ。
危ないこと。人が恐れる未知の世界。
私の死をリスクに未来を作る。
私が危険を犯すことで、世界が変わるかもしれない。
そう、これは対価。私の心臓を対価に、新たな時代が作られるかもしれない。私の人生全てを、未来のために。
そんなの。
そんなの……。
「とても、素晴らしいですね……!」
そんなのこの上ない、光栄なことだ!!
「私が、未来を作る。」
「そうです。ユリさん、協力して頂けませんか?未来を作る協力を!」
「私が、未来を……!」
あぁ、まるでいつかの革命家のように。
歴史のリーダーのように。
漫画のヒーローのように、小説の主人公のように!
想像してうっとりする。誰もが称賛するその素晴らしい存在になれるチャンスが、今目の前にある。
アンジェラさんが笑う。私も笑う。手が差し出される。その手を私は握る。
「私、働きます。ここで!」
「ありがとうございます。貴女がそう言ってくれて私はとても嬉しいです。」
アンジェラさんはそう言うと、一枚の紙を私の前に差し出した。
「これは雇用契約書面です。ここにサインをいただければ、ユリさんは晴れて我社の一員。未来を作るエージェントですよ。」
その言葉を聞いて私はすぐさま紙を受け取る。
確認事項を読むが、こんなの全部読んでられない。何が書いてあったって、働く私の意思は変わらないのだ。
ならこんなの時間の無駄。さっさとサインしてしまおうとペンをとった時。
「待て!!」
「えっ?」
「……X、」
「待て、ダメだ、それは……っ!」
「え、Xさん?」
Xさんが、私の手を掴みサインを阻止する。
それがあまりに強い力だったから、私は驚いた。Xさんの顔を見ると、彼は酷く苦しそうな顔をしていて。
「ダメだ……っ!!今ならまだ、間に合う……っ、」
「ど、どうしたんですか……?」
どうしてそんなに止めるのだろう。ついさっきまでXさんも笑顔で頷いていたのに。
まるで別人のような態度と表情に困惑していると、アンジェラさんが彼を呼んだ。「X。」。
「
「っ……!」
「この言葉、貴方にもお伝えしましたよね。あれは確か……、最初の業務の時。」
アンジェラさんは穏やかな口調でXさんに語りかける。
「貴方もそうだった、最初は戸惑っていた。」。美しい黄金の瞳がXさんを映して。「でもわかってくれましたね?」。まるで女神の様な、優しい声が部屋に響く。
それはまるで魔法の呪文。聞いていると自然に勇気が湧いてきて、前向きな気持ちにさせてくれる不思議な言葉。
立ち向かえ。他の誰でもない自分が。
そして作れ、未来を。その心臓を土台に。
「……あぁ、そうだったな。悪い、取り乱したよ。」
「いいんですよ。きっとお疲れなんでしょう。誰にだって不調はあります。」
「ユリさん、ごめんね。」
ぱっと離された手。
あまりに唐突にXさんの様子が変わるので、私は彼が心配になる。
きっとそう、疲れているんだ。でも仕方がないこと。未来を作るというのは、きっととても大変な仕事だから。
でもやはり、元気を出して欲しくて。少しでも力になれるようにと満面の笑みを用意する。
そして書類に自分の名前を書いて。勢いよく、二人に見せつけたのであった。
「これからロボトミーコーポレーションの一員として、よろしくお願いします!」
二人とも笑顔で迎え入れてくれて。
私は思う。きっと今日この日から、素晴らしい毎日がはじまるのだと信じてやまなかった。
※※※
詳しい話は明日、と言われて今日のところは帰ることになった。
用意された五万ドルはお断りしたのだが、代わりにとその分お給与に加算してくれることになった。
しかも最初の話の通り、帰りは車を用意してくれたらしいし。本当に職員思いの素敵な会社だ。働くのがより楽しみになる。
軽い足取りで会社の玄関を出た時。金髪の女性に話しかけられた。
「あ、ユリさんだよね?こっちこっち。」
「あなたは……さっきの、」
その人は、先程施設の廊下で会った女性。私達を人形のところに案内してくれた。
けれど先程と違う、生き生きとした表情と輝く瞳。それがあまりに綺麗で。そんな顔でにっこりと笑われたからつい照れてしまう。
「さっきはごめんなさい。正気じゃなかったの。それから助けてくれてありがとう!改めて、ここで働いてるリナリアです。よろしくねっ!」
「いえ、全然。大したことしてませんし……ご無事だったなら良かったです。」
「おかげで怪我ひとつないよっ、ユリさんのこと送るように指示貰ってるから、車に案内するね。スーツケースもちゃんと持ってきたよ!」
「ありがとうございます!」
はい!と渡されたスーツケース。やっと返ってきた私の大切な、愛しのスーツケース!
今度こそ離さないとしっかり取っ手を握りしめる。それがあまりに大袈裟な反応だったのだろう。リナリアさんは申し訳なさそうに肩を竦めた。
「ごめんね、どうせダニーが無理矢理連れてきたんでしょ。あいつそういうとこあるから……。」
「あはは……。」
「後でちゃんと殴っておくからね!」
そう言ってリナリアさんは空中にパンチ。殴るふりをする。それに合わせて揺れるブロンド。キラキラ。
その子どもっぽい行動が可愛くて、つい笑ってしまう。
「じゃあ行こっか。もし良かったら少し遠回りしようか?時間はそんなに取れないけど、ここら辺紹介しながら車出すよ。」
「いえ!大丈夫ですよ!リナリアさんも忙しいだろうし……。」
「でもせっかく日本から来たんでしょ?どれくらいいるかは知らないけど……、貴重な一日だったんじゃない?」
「へ?」
あ、そっか。私の見た目完全に日本人だし、旅行か留学と間違われているんだ。
確かに、普通はそう思うだろう。いないわけではないだろうが海外移住なんてよく聞くことではない。リナリアさんは勘違いして、気を使ってくれているんだ。
だからお礼と一緒に、今日からアメリカに住むこと、明日から一緒に働くことを伝えた。
すると彼女はとても驚いて。しかし太陽のような笑顔で迎えてくれたのだった。美人の笑顔、眩しいです。
「仲間が増えるの嬉しいなぁ、なんでも聞いてね。まぁ……、人数が多い会社だし、あんまり会えないかもだけど……。」
「ありがとうございますっ、知り合いがいなかったので嬉しいです。」
「本当?なら今度、ご飯とか行こっか!日本の話も聞きたいし。あ、スーツケース貰うよ。トランクに詰めちゃうね。」
「はい!あ、中に新しい住所書いた紙があって……。それだけ出しますね。」
「オッケー。」
待たせてはいけないと、急いでスーツケースを開ける。
住所の紙は取り出しやすいように上に入れておいたから、直ぐ出てくるだろう。
しかしチャックが噛んで少し時間がかかってしまった。つけておいた名札が内側に入って引っかかってしまっているのだ。
半ば強引に開けたら、ガキン、嫌な音がしたけれどあまり気にしないことにする。
一方その頃、ロボトミーコーポレーションでひとつの会話が繰り広げられていた。
それはアンジェラと、もう一人の女性の会話。彼女の名前はマルクト、という。
しかしアンジェラは名前なんてものはあまりに気にしておらず、 彼女がなんて呼ばれようが構わなかった。
「マルクト、例の仕事はちゃんと終えましたか?」
「はいっ!アンジェラ様、勿論です!!」
しかしマルクトは、自分の名前を呼ばれると喜ぶのだ。それだけでない。彼女は自分が認められることがとても嬉しいらしい。
その為マルクトは完璧に仕事をしようとする。
言われたことを忘れないようにメモを取り、その都度確認しながら業務を進める。
アンジェラにとって、何とも不出来な部下であった。完璧にすることなんて当たり前で褒められるようなことでもない。
しかもメモを取らないと忘れてしまうなんて、なんて要領の悪い。
誰かに認めて欲しいなど、自己肯定感の低さをさらけ出しているようだとも思っていた。ダメダメな私の部下。
「ありがとう。貴女がいて助かるわ。」
「えへへっ!お力になれて光栄ですっ!」
でも、そういう愚かで不出来な所は場合によっては使える。
「ではコピーした書類をスキャンしてください。」
「はいっ!」
マルクトは数枚の書類をスキャンブースにセットする。丁寧に並べられたそれら。数枚あるうちの二つの順番が逆になっていて、アンジェラは「こういう所が甘いのだ」と内心思った。
あべこべの順番でプログラムに入ってくる情報を、アンジェラは自動で修正する。
ユリ・クロイのパスポートコピー
ユリ・クロイの海外移住公的書類控え一式
ユリ・クロイのアメリカでの住所
「……?」
なに、これは?
「マルクト、最後のはなんです?」
「写真ですっ!何枚かあったので全てコピーしておきましたっ!」
「……そうですか。」
はぁ、とアンジェラはため息をつく。こちらとしては余計なことにメモリを使いたくないのだ。
パスポートがあるのなら、簡単にその家族のことなど調べはつくだろう。それこそ今はソーシャネットワークの時代。いくらでも個人情報は拾える。
ありがとう、とお礼を言いながらアンジェラは写真の情報を消去していく。
その写真の一枚は、家の前で撮られた写真。家族写真だろうか。
年配の夫婦が、三人の子どもを囲んでいる。男一人と、女二人の子どもを大切そうに囲んでいる、美しく微笑ましい写真。
しかしアンジェラは興味なく、その一枚も容赦なく削除したのであった。
「不便なものですね。」
アンジェラは言う。
「早く生身の体が欲しいものです。」
そんな彼女の目に映る、空のケーキ皿。先程までユリが座って食べていた物。
AIの彼女にはその甘さがわからない。それでもこういったものを喜んで食べる人がいることを知っている。
それはアンジェラにとって、ただの砂糖の塊でしかなかった。体を太らせ、健康に支障をきたすだけの食べ物。そんなのを美味しいと思えるなんて。
アンジェラは少しだけ、人が羨ましくなった。