アネッサさんに見守られながら、赤い腕章を付ける。それだけで仲間と認められたような気分になる私は単純なのだろうか。
それでも綺麗な布で作られた腕章は嬉しくて。ついニヤニヤしてしまう。
「気に入ってくれたみたいでよかった。もう始業しちゃってるし、皆への自己紹介はまた明日ね。」
移動している間に始業の十時になってしまったようで、コントロールチームに集まっていた人々は移動を始めてしまう。
すれ違うと時に皆笑って手を振ってくれた。「よろしくね、」「また後でな。」そう言ってくれる人達。私はペコペコと会釈を繰り返す。
そこで気がついた。私アネッサさんにも自己紹介していない。
「すみません、申し遅れました。ユリ・クロイです。私まだ会社のことよく分かってなくて……、ご指導よろしくお願いしますっ。」
「あらあら、随分素直で可愛い新人さんね。嬉しいわ。」
アネッサさんの言葉に照れてしまう。可愛いなんて言われたの、子どもの頃以来だ。
優しい人でよかった。体の力が抜ける。こんな人が教育係なら、私も安心して仕事が出来そう。
「まず何から教えましょうか……。会社説明は一通り受けたのよね?」
「はい、ダニーさんに教えてもらいました。でもコントロールチームが何をする所かはわかってなくて……。」
「えぇ?……ダニーさん、ちゃんとユリさんに説明したのよね?」
「見た方が早いでしょう。」
「あのねぇ……。」
はぁ、とアネッサさんがため息をつく。ダニーさんその態度も別に気にしていないようで「じゃあ後は任せましたよ。」と、コントロールチームを出ていこうとした。
「待ってくださる?ダニーさん、貴方担当アブノーマリティ、〝何も無い〟の報告書未提出でしょう。」
「……それは情報チームの仕事で、コントロールチームには関係ない。」
「あるわよ。情報チームは今上が抜けて大変だから、臨時で私がそっちも受け持ってるの。出るのはそれ提出してからにして。」
「はぁ?俺の仕事もあるんだから無理、」
「管理人に交渉して、十分だけならダニーさんの時間貰っていいと許可済みよ。」
「……くっそ、だから俺が会社説明係だったのか。」
アネッサさんとダニーさんが何やらやり取りをしているが、よくわからない。
話を聞く限り、報告書ってのが業務内容にあるのだろうか。ダニーさんがそれを溜めていると。
ダニーさんは嫌そうな顔をしながらも、このままでは戻れないと察したようで。
背中に背負っていたボディバッグからタブレットを取りだし、ポチポチと何かを入力し始めた。
「じゃあユリさんにはこっちで説明するわね。」
「はいっ、」
アネッサさんに連れられて壁のモニター前に移動する。
壁のモニターは施設の監視カメラになっているようだった。
それは施設の色んな道や、よくわからない生物達の部屋を映していて、一定時間で別のカメラに切り替わるようになっている。
そのモニターの前にはSF映画で出てくるような難しそうな機械がズラっと並んでる。数人の人がそれらをいじって仕事しているようだった。
「まずは職員の種類について。エージェントとオフィサーって言うのにここでは別れているの。
ユリさんはエージェント。私はオフィサー。まぁ私はたまにエージェントの仕事もするんだけどね。そこから説明しましょうか。」
アネッサさんは人差し指を出して1の手を作る。
「まず、エージェント。管理人からの指示に従ってアブノーマリティを管理するの。」
それは先程ダニーさんに聞いたことだ。
アネッサさんは次に中指も立てて、2の指を作る。
「次にオフィサー。アブノーマリティの管理以外の仕事をしているわ。彼らは管理人からの指示は受けず、毎日決まった仕事をするの。」
「決まった仕事ってなんですか?事務とか……?」
「それは各チームによるのよ。私達コントロールチームは文字通り、アブノーマリティと職員の管理とコントロール……というか、サポートね。」
「んん……?」
アブノーマリティと職員のコントロール?
でもそれは指示を出す管理人の役割なんじゃ……?
首を傾げると、アネッサさんは私の様子を察して補足をしてくれる。
「ええとね、例えば今日だと……ほら、モニターを見て。あの端の奴。」
「あっ、道が塞がってる……?」
アネッサさんに言われたモニターを見ると、映し出されている廊下は瓦礫で塞がれていた。
「通れないでしょ?そういうのを知らせるのが私達コントロールチームの役目。あとは管理人からの指示があったとして、その指示の場所に一番近く行けるように情報を送ることもしているわ。」
「成程。職員の動き方をコントロールするから、コントロールチームなんですね。」
「そうそう!あとは全体へのお知らせは施設放送を行ったりするわ。今日みたいに通れない所がある日は放送で伝えた方が早いからね。」
アネッサさんがカチッと何かのスイッチを押して、機械に備え付けられているマイクに声を出す。
【おはようございます。本日は通れない道があるのでお知らせいたします。地下三階の西通路一部が瓦礫で通れません。現在撤去中。回り道をする必要がありますので注意してください。】
「こんな感じ。」
「アネッサさん声綺麗……!アナウンサーみたいですっ。」
「ふふ、ありがとう。ユリさんは褒め上手なのね。」
本当に綺麗な話し方だった。聞き取りやすいしわかりやすい。
これが、アネッサさんのお仕事。皆を助ける、コントロールチームのお仕事。
私も早くアネッサさんのように、みんなの役に立てるよう頑張ろうと決意する。
……が。そうだ、私はエージェントだからオフィサーの仕事はしないのだ。
でもそれなら、何故オフィサーのアネッサさんが、エージェントの私の教育係に?
それを聞いたところ、なんとアネッサさんは元エージェントだったそうだ。
そして今はオフィサーの仕事メインだが少しだけアブノーマリティの管理もしている、ハイブリッドな職員さん。すごい。新人の私でもその凄さがわかる。
そんなすごい人が教育係なんて、私はなんて恵まれているのだろう!
「私も早くお役に立てるよう、ロボトミーコーポレーションのエージェントとして頑張りますねっ!」
アネッサさんのようにいつかは。と思っても、最初は教えてもらうばかりだ。メモして、読み返して、やってみての繰り返し。千里の道も一歩から。
せめて新人の内は、元気で他に負ける訳にはいかない。
だから少し大きな声で、アネッサさんにそう伝えたのだ。意気込みは大事と思ったから。
そう、それだけ。それだけだったのだ。他に何の意味もないただの意気込み。なのに。
──────ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!
「ひっ!?」
「っ、何!?何が起こったの!?」
突然、大きな警報が部屋に鳴り響いた。
【警告】【警告】
【アブノーマリティが逃げだしました。】
【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】
「なんでっ……、まだ業務がはじまって数分よ!?とにかく脱走したアブノーマリティの特定を急いで!!」
アネッサさんが慌てながら他のエージェントさんに指示を出す。
その場にいる人達がモニター前の機械をすごい早さで操作し始めた。カタカタ、機械のパネルが動かされる音。
私はそれをただあわあわと見ているしか出来ない。
何が起こっているかも理解出来ず、けれど何か大変なことが起こっていることだけはわかって。
何か出来ることを探すにも、まだ何にも教えられてない。ここで手伝いを申し出ても邪魔になるだけだろうから、大人しくしているしか出来なかった。
「なんで……。」
アネッサさんの声が、部屋に響く。
「なんでよ、こんなの。ほぼ全部のアブノーマリティじゃない。」
そういった横顔は、見たことも無いくらい真っ青だった。
職員皆、モニターに釘付けになる。私も見てみるが、映し出されるいくつもの部屋の殆どが空っぽで。
シーン、と静まる部屋。空気が絶望に染まっていくのを感じる。
その状況に私はよくわかっていないながらも、不安と心配が込み上げてきて。
思わず考えてしまう。なんで初日にこんなこと。
昨日といい、私運悪すぎないだろうか。
初日じゃなければいいという話でもないが、せめて初日でなければ私もまだ動けて、何かしらの役に立てただろうに。
このまま何も出来ず、不安に、ただ事が収まるのを待つしかないのか 。むしろこの状況、収まってくれるのだろうか。わからない。わからなくて、怖くて。身体が震えてしまう。
「……もしかして、」
「っ、ダ、ダニーさん?」
怯えていると、ダニーさんがいつの間にか真横にいた。本当にいつの間に。さっきまで部屋の隅でタブレット触っていたのに。
急な登場に驚いたが、私は彼の次の言葉でもっと驚くことになる。
「……ユリさんに、」
「……?」
私……?
「ユリさんに、会いに来てるんだ。」
「えっ?」
えっ、
「……ぇええええっ!?」
びびび、びっくりした!?
何!?
なんで私のせいにしようとしてるのこの人!?
冗談じゃあない。なんで私のせいなんだ。私何もしていない!!
思わずダニーさんを強く睨むが、彼はこっちを見ずにモニターを見続ける。
そしていくつかの画面を指さしながらアネッサさんに説明を始めた。
「見てください。廊下の画面とアブノーマリティの動き。全て上に向かってきてる。」
「……確かに、そうだわ。」
「しかも他職員達をスルーしてます。いつもなら襲うのに真っ直ぐ上に来てる。つまり目的がある。」
そしてダニーさんはマイクを指さした。
「施設放送、入れてましたよね。今もONになっている。タイミング的に施設放送後すぐに一斉脱走がはじまった。何かの音声が原因でアブノーマリティが反応した可能性があります。……今この状況で、いつもと違うことは?」
ダニーさんが私を見る。続けてアネッサさんも。そして他職員さんも。
え、ちょっと。待って待って。
「ユリさん。貴女の存在だ。」
「そんな名探偵みたいなこと言われても!!」
私なんにもしてない!!本当に覚えが無い!!無実だ!!
何、何そのなんの証拠もない推理!!それっぽく言うのやめてよダニーさん!!私何もしてないのに悪いみたいになってるじゃないですか!!
必死に首を振って否定する。このままよくわからない理由で犯人にされたら溜まったものじゃない。
有り得るわけないだろう。こんな大変な状況、今日来たばかりの新人に起こせるわけがない!!
「ユリさん、施設内放送なら全体に一気に声を届けることができます。」
「それがなんですか!?」
「アブノーマリティに話しかけて、この状況を止めてください。」
「出来ませんよそんなこと!!」
だから新人にそんなこと出来るわけないだろう!!この人本当に何言ってるんだ!!
「ユリさん!!」
「えっ、」
ガシッ、と腕を掴まれた。その方向を見ると。
「お願いっ、やってみて!!」
「アネッサさん……っ!?」
「何も状況がわかってないの!!出来る限りのことはしないとっ……!お願いっ!!」
アネッサさんはぎゅっと目を閉じて、私に懇願してくる。そんなこと言われても。
そしたらそれに続いて他職員さんからも「頼む!」「やってみて!」「お願いだ! 」そんな叫び声をあげられて。
「そ、そんな、私……、えぇ……?」
皆からの視線がとても痛い。目の前のマイクを見る。本当に?本当にやらなければいけないの?
仕方なく私はマイクに口を近づける。ごくんと誰かが息を呑む音。張り詰める緊張感。やめて欲しい。こういうプレッシャー苦手なのに。
マイクの前で、小さく深呼吸。やるしかないと覚悟を決めて、口を開いた。
「アブノーマリティの皆さん、脱走をやめてください。」
静まり返る部屋の中、私の声がはっきりと響く。アネッサさん含め、みんなが私の放送を見守っていて。
その注目にダラダラと汗が吹き出す。注目されるのは慣れていないのだ。
この後なんて言えばいいんだろう。わからない。何も言うこと考えてなかった。どうしよう。
「えっと……えっと、私から、会いに行くから。だから、その。お部屋で待ってて欲しいなー……なんて……。」
自分で言っててもあまりにぎこちない声。先程のアネッサさんとは天と地とも差がある放送。
こんなのが施設中に流れるとか恥ずかしすぎる。しかもアブノーマリティにこんな馬鹿なお願いしてるなんて笑いものだ。
こんなんで収まったら苦労しないだろう。きっと皆んなが思う。私なら思う。今日から働く職場でどうしてこんな恥晒さないといけないのか。
「……ほらぁ!?変わらないじゃないですかっ……!」
そして、案の定。
モニターに目を向けるも、画面の映像は全く変わっていないのだ。
最悪である。状況は変わってない上、私の評価は今ので降下しただろう。恥ずかしくて辛くて、涙が出てきた。ダニーさんにもう一度怒鳴ろうとした時。
「っ、」
なにか、来ている。
勢いよく振り返る。来た扉とは別の扉。恐らくは収容室の廊下に繋がっている扉だ。
音が聞こえる。ギィ、ギィ。なんだ、この音。何かが軋んでいるような。
違う。
「声が、」
声だ。これは、声だ。 何故かそう思った。そう確信した。
いる。あの扉一枚の向こうに。直ぐそこにもういる。
それはきっと、入ってくる。この部屋に入ってくるのだ。
怖い。この先に何がいるのかわからない。それでも確かに込み上げてくるこの感じは、決していいものでは無い。
体が震える。開いてしまう。開いてしまう。扉が。
────けれど、予想に反してその扉は一向に開かなかった。
「ありがとうございます、ユリさん。」
「へ……?」
ダニーさんにぽん、と肩を叩かれる。
「アブノーマリティを止めることに成功しました。」
は?
その言葉に慌ててモニターを見ると、先程まで空っぽだった部屋全てに何らかの姿、影が見えた。
「嘘でしょ……?」
信じられない。本当に?
モニターの映像が信じられなくて、私は食い入るようにそれらを見つめる。
映像はほとんど頭上からのもので、ちゃんとした全体像は見えないが。確かに部屋は埋まっている。
「私が、言ったから?だから戻ってくれたの……!?」
「違います。ユリさんの声を聞いてもアブノーマリティは部屋に戻りませんでした。……でも、ユリさんのおかげでアブノーマリティの脱走を抑えられたんです。」
「それは……どういう事ですか?」
ダニーさんの言っていることの意味がわからない。
確かに放送後すぐにモニターを確認したその時は、まだ部屋は空っぽだったのだ。
私が扉に目を離した隙に、何があったのか?混乱していると、また放送が流れた。
【目標エネルギー量達成。】
「えっ」
【本日の業務は以上になります。皆様お疲れ様でした。】
「業務……終了……?」
「ユリさんの声にアブノーマリティが好反応を示し、大量のエネルギー量の抽出がされたのだと予想されます。」
「いや、そんなわけ、」
「この状況を見れば明らかでしょう。
……まぁなんにせよ、エネルギー量目標抽出達成。業務終了、最短記録11分です。おめでとうございます。」
ダニーさんが腕時計を見せつけてくる。確かに時計は10時11分に針を示していて。
え?終わり?まだ11分なのに、終わり?
それでいいのか、とか。本当に私のおかげなのか、とか。
疑問で頭がいっぱいになって、キャパオーバー。 呆然と立ち尽くしていると、パチパチ、誰が最初か分からない拍手が部屋に起こる。
「おめでとう!」
「凄いな君!」
「こんなに早いの初めてだよ!!」
いや、そんな事言われても。
これ本当に私のおかげ?そんなことある?
「ユリさん、すごいわ。本当にすごい。」
アネッサさんにまで、聞き取りやすい綺麗な声で褒められて。しかも拍手はずっと鳴り止まなくて。
私はそれに全く喜べないまま、ただ苦笑いするしか出来ない。
私はもう一度、モニター画面を見る。 信じられないけれど、やっぱり画面の部屋はちゃんと埋まっていて。
「あれ……、」
その時。一つのモニターが目に止まった。
そのモニターの部屋には、真っ黒な毛玉が静かに佇んでいる。毛玉、といっても相当なサイズなのだろう。画面ほとんどが黒で埋まっていた。
黒でない部分に、なにか赤い火のようなものが見える。黒い箱に入った炎。ランプだろうか。
どうしてだろう?なんだか、気になってしまう。
そのモニターから、どうしてか視線を感じるのだ。ただの真っ黒な毛玉で、目がどこにあるか、そもそもあるかすらわからないのに。
もう少し良く見てみようとしたところで、モニターの映像がプツッと切れる。
あっ、と声が出た。それに続いて他のモニターも次々に消えていく。施設の電源が落ちていっているのか。
最後のモニターが消えた時、アネッサさんがパン、パンと手を叩いてみんなの注目を集める。
「じゃあ皆、今日は帰りましょうか。お疲れ様!」
「お疲れ様です!ユリさん!本当にありがとうな!」
「ありがとうユリさん!」
「お疲れ様ユリさん!!」
ぞろぞろ帰っていく職員さん達。
「お、お疲れ様です……。」
そして私のロボトミーコーポレーション初日は、会社説明プラス十一分の業務で終わった。終えてしまったのだ。本当にこれでいいの……?
「………………。」
この時。ダニーさんの様子が少しおかしいこと。
そして何かを考えているような表情をしていたことに、私は全く気が付かなかったのである。
目がたくさんあった大鳥は、森に怪物がいないか監視することにしました。
大鳥の目は、遠くまで見渡すことも、他の仲間には見えないものを見ることもできたからです。