この作品はまだ消していない「東方歪天禄」の書き増し作品となっております。
当時の原稿とは似ているようで全く違う部分もありますが、そこは考慮して読んでいただけたら幸いでございます。
№001「序章」
僕は、大変な過ちを犯してしまった。 それは、どう足掻いたとしても、何をやっても消して取り戻すことが出来ない。
二度とやり直しなし出来ない、とても重大な問題。 大切な友人達の全てを歪めてしまった僕にとって、今更出来ることは限られているけれど、それでもやれることが、やらなければならない事があるのなら、僕はそれをしようと思う。
罪滅ぼしなんておこがましい、でもそうすることで少しでも世界が良い方向に向かうのなら、ほんの少しでもあの人達が報われるのなら。
その為だけに僕は口を開こう。 憧れ、恋し、そして消えた愛しきあの人、そして何度も挫けそうになった僕を、過ちを犯すことになった僕を何度となく助けてくれた友人達の為に、僕はこの世に生まれてきたのだから。
経験が言葉に変わり、文字になって伝記、伝説へと移り変わる。
古事記、日本書紀でさえそれが経験や言葉だった時代が確かにあった、それが気が遠くなるような年月を経て人々の口々に伝えられて伝説へと成ったのだろう。
僕の失敗を後世に、黒歴史として明かすことで、まだ見ぬ人々がこれから生まれてくる人々が同じ失敗、轍を踏まないように歯止めをかけ「諺」になってくれることを望んで。
僕の過ちは二度と繰り返してはいけない、確かに歴史には繰り返される間違いがたくさんある。
だが、この僕の間違いだけは後世において絶対に絶対的に起こしてはならないことなのだ。
禁忌、タブーとも言える。
「済まないな、こんな事をお願いしてしまって」
「いえいえ、私としてもそれが仕事ですから」
日が落ち、太陽の光が届かなくなった薄暗い部屋の中、ただ一つあるロウソクの火のつたない明かりが、畳がある和風味溢れる小さな部屋を丸く照らしていた。
木を合わせて作られている家なので、障子と障子の間から、壁と壁の隙間からほんの僅かながら風が入ってくる。
隙間風で火が揺れる度に、壁に映る二人の影が揺らめきまるで踊っているようにも見えた。
畳にしかれたうす紫色のざぶとんの上に座り、腕を組み神妙な顔で話しかけているのは、今年二十代になったというような線の細い若い男。
薄暗い部屋の中でもよく分かる、明るい青色の布地に精巧な刺繍が施された羽織を纏っているが、腰に巻かれた薄茶色の布に、生地の先々にひらひらのフリルの付いた女物のような傘を持っている姿はとても不自然だった。
男は冷たそうな畳をひと撫ですると、座っていてもわかるような長身を時折揺らしながら、眼を閉じて何かを思い出すように口を開いていく。
その向かい側にいる女性は、男よりも数段小さく年端もいかない童女だった。
若草色の長着の上に、袖の部分に花が書かれた黄色の着物、赤いスカートを着込んだ童女は、その体躯に似合わず大人っぽい口調で男の話を受け止め、手に持った筆を動かして机に広げた長い巻物に文字を刻んでいく。
紫色の髪を肩までの伸ばした姿は一見すると異様にも写るが、彼女の神聖な雰囲気を感じた後から見ると逆に、それも彼女らしさと言えるのかもしれない。
髪飾りのように髪に付けられた白色の花は、紫の髪色と相まって実に綺麗だった。 年頃の男と年端もいかない女の組み合わせ、もちろん二人は兄妹でも親戚でもなく、また犯罪的な加害者と被害者の関係でもないことを此処に明言しておく。
「稗田、僕の話が書き終わったら、君はいったいどうする?」
「どうする、と言われても特に私は何も」
素っ気ない対応、だが稗田の童女の手は震えており、何か口には出せない大きな感情を腹の内に溜め込んでいるであろうことがうかがい知れた。
「君は僕や色々な人たちの歴史をその本に記録してきた、だからこそ知っているだろう。
僕が一体どういう経緯でこんな事態を引き起こし、今こうして記録として残すことになっているのか、その理由を」
稗田と呼ばれた童女は、男の言葉を聞き一瞬筆を止めたが、さして問題ないというように、気にしていないという風に再び文字を書き始めた。
「私は初代からこうして歴史の編纂をしている一族ですから、詳しい事はわかりません」
「だが」
「ですが、貴方がしたことが間違いだったのかと言われれば、私は胸を張ってこう言えるでしょう。 貴方は正しかった、と」
「稗田・・・・・・」
また筆を止め、そっと顔を上げた稗田の童女は、唇を赤黒い血が滲むまで噛みしめた男を哀れむように、また慰めるように微笑んだ。
「稗田、だなんて他人行儀な言い方はやめてください。私は稗田阿求ですよ、気軽にあっきゅんと呼んでくださいよ、初代からの中じゃないですか。」
阿求は笑う。男は本当に自分は恵まれているのだと、心に痛い程思い知らされた。
何億年も生きた今となっても、同い年の人がいなくなっても、常に男はそれを感じていた。
「優しい」自分の周りの人々は全てと言って良いほど、誰もが優しかったのだ。 優しいが故に、男は痛かった。
優しさが辛かった。 恩を仇で返してしまったのに、助けられた感謝を相手の不幸によって返してしまったのに。
月へ行った人間、神と神の信仰の奪い合い、闇と称す恐怖との出会い、邪悪な死の気配を放つ木、紅き館に眠る悪魔、白黒つける閻魔、空に、森に、山に、海に、地に、別世界に、ありとあらゆる場所で出会った人が男に優しかった。
彼女達にしてみれば別にそれは優しさでも何でも無かったのかも知れない、ただして当然のことだったはずだ。
けれども男にとって、今まで彼女たちにされてきたことは感謝以外の何物でもなく、何物にも代え難い掛け買いのない気持ちだった。
「直人さん、もう一度言います貴方は正しい事をした、これだけは事実です。
例えそこへ至るための手段が、幾人もの命を奪ってしまう結果に繋がったのだとしても、この事実は変わりません。
悔やむべきは結果であって、その目的に何の罪はありません、仮に私が貴方と同じ立場で、同じ能力を持っていたとすれば、きっと同じ事をしていたと思います。
それは、過去の私たち、歴代の稗田の皆も、同じことを言うでしょう」
「ありがとう阿求、君にそう言って貰えるだけで報われた気分になる。闇の底から救い出されたかのような、楽になったよ。 例えその言葉が慰めから来たものであったとしても、な」
「慰めなんかじゃっ、私は・・・私は」
それ以上何も言えず泣き出してしまう阿求、自身からあふれ出す涙を巻物に落とさないようにそっと位置をずらすのは彼女のプライドからなのか、それともこの直人に対する思いなのか・・・ 彼女たちはそれで良いという、男・・・直人の過ちをただ黙って笑顔で許してくれたのだ。
だが、直人はただ笑顔で「許す」と言われただけで安心できる程、次の日ぐっすり眠れる程、人の気持ちを軽く見てはいない。
だからこそ自己満足であろうと、自分の歴史を詳しく正確に阿求に書いて貰おうとやって来たのだから。
床に置かれた数本の巻物にはもう既に直人のたどってきた道のりが、犯してきた道程が事細かに書かれているのだから。
「僕は語ろう、歪んだ、曲げてしまった僕の物語を」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白かったのなら嬉しい限りです。
どんな事でも良いので、思ったことがあれば教えてください。
では、またすぐお会いしましょう。