東方闇月城   作:スマート

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No.013「花好きな女性」

満点の日差しが差し込み、明かりがないのにもかかわらず部屋を隅々まで照らし出す。

 

その次の日も直人は朝方から阿求の家にて正座し、阿求の入れた冬の冷え切った体に染み入る暖かいお茶を飲みながら、自分の巡って来た過去を語ろうとしていた。

 

部屋の隅に置かれた金属製で背の高いろうそく立てには、普通のものの2倍の長さはある大きな白色の蝋燭がまだ火をつけない状態で備え付けられている。

 

これは阿求が、直人が話をやめるタイミングをろうそくの減り具合で測っているのではないかという推測を漏らしてしまった所為で、急ぎで慧音が古道具屋の店主の元から購入してきたものだった。

 

確かにこれならば火が灯る時間は2倍へ短縮されるだろう。

 

だがそれで、話を語る時間が長くなるのかといえば、それはまた違う話だろうが。

 

淡い座布団の上にちょこんと座った薄紫色の髪のおかっぱの少女、白い花を髪に飾っている阿求は細い筆を畳の上に敷かれた『二章』と銘打たれた白紙の巻物に向けて直人が口を開くのを今か今かと待ち構えていた。

 

昨日あれほどの暴挙に出た慧音も、静かに両手を握り締め、目を爛々と輝かせ早くしろと無言の催促をしているだけで大人しいものだ。

 

直人としても自分の話を、失敗談だとしてもさも有名な伝記を読み解くように面白そうに聞く彼女らの気持ちは理解できていたので、ほうと諦めのため息をつくと、その重い口を開いたのだった。 

 

地獄に仏と言うか、悪運が強いと言うか、いつもうまいタイミングで絶体絶命の窮地を脱する、漫画の主人公にも匹敵しかねない嬉しくない幸運に関しては、僕は山のように持っているらしい。

 

死ぬと思わせておいて死なないのは、実際死ぬ寸前の独白をしてしまった身としては至極恥ずかしいものだったからだ。  

 

何が言いたいかというと、詰まるところ、僕は死んではいなかった。    

 

初め、意識が戻ったとき、自分の家ではない天井の色が見えたので、違和感を感じ眼を細めてじっと天井を見つめてみたのだ。

 

だが、生憎寝ぼけて色を見間違えたと言うことはなく、目の先に広がっていたのは無数のベニヤ板をつなぎ合わせて作られた、黒いしみが目立つ紅茶色の天井だった。

 

今まで棲んでいた家の天井は、白いタイルが釘で打ち付けられていた簡素だが、見た目は綺麗な物だったので、眠気が覚め始めた頭で考え、昨日祖母の家に引っ越して来たことをおぼろげながら思い出した。

 

だが、そこまで注意深くは見てはいなかったが、祖母の平安風の大豪邸とも言える天井は壁や床と同じ年代を感じさせる黄色みを帯びたヒノキで作られていたはずなのだ。

 

少なくとも、部屋が薄暗いから等という理由だけで、祖母の家とこの部屋と言っても良いか分からない天井が同じモノだと決めつけるのは、如何なものだろうか 祖母の家でないとするなら、一体此処は何処なのだ?

 

「・・・・・・そう、だ。僕は死んだんだ」

 

昨日の記憶が思い出されていく内に、はっと脳裏に昨日、川の辺りでいつもの痛みが襲ってきたことを思い出したのだ。

 

「あの時の痛みの所為で、僕は意識を失って・・・多分、水を飲んで死んだ」

 

口の中から空気が漏れ出ていく、何とも言えない感覚。鼻へ押し寄せる流水は肺へと一気に流れ込み、新鮮な空気を強引に押し出していく。

 

耳や眼を塞ぎ込み、視界が薄暗い青一色に染まり、水が流れる鈍い音のみが聞こえる状況で、口へと大量に流れ込んでくる冷たい川の水の感覚を思い出し身震いする。

 

あの時、僕は死を覚悟した。いや、死ぬ事がわかったという表現が適切だろう。

 

死んでしまうかも知れないという状況で覚悟を決めるのではなく、ただ成り行き上で進行する死というモノが自分に降りかかることが理解できたのだ。

 

「なら、此処は・・・死後の世界?」

 

母親に呼んでもらった童話に登場する、天国と地獄。 善行を積んだ人間が行ける天国に対し、悪行を積んだ人間が落とされる地獄。

 

そして、そのどちらの世界へ行くにしても必ず通過しなければならないのが、閻魔大王様の裁判所。

 

此処で人間は裁かれ、白か黒かと厳密で正確な無情の選別をされる。

 

童話の通りに話が進めば、僕はこれから鬼に連れられ地獄の裁判所に行き、その裁判を受けなければならないはずだが、辺りを見まわしても凶暴で恐ろしい牙の突き出た口を持つの鬼の姿はなく、それどころか死んだと思しき僕以外の人の姿さえ見つからない。

 

「むう・・・」

 

良くわからないというのが本音だ。確かに僕という「篠山直人」は、本当に不本意で滑稽でしかないが水に溺れて死んだのだ、死んだはずだ。死んでいなければおかしい。

 

あれは、先に述べた幸運や奇跡でどうにかなるものではなかった。

 

水に顔を突っ込んで、息が出来なくなってから、意識が無くなるまでそこに人の姿は影さえもなかったはずだ。

 

助けられたにしても何か違和感を感じる。

 

だが、冷静になった頭で一度身体の調子を確かめてみると手や足は、何かが巻かれているのか嫌に重かったが、動かないというほどではない。

 

驚いたことに、呼吸が出来、心臓も確かに動いている。 

 

自分の拳を握りしめてみても、漫画や夢の中のように感覚がなかったり、透けてしまうと言うことはなく、しっかりとした肉感的な感触を感じることが出来たのだ。  

 

此処は、死んだ後の世界ではないのか。

 

僕の足下に置かれていたか軟らかそうな羽毛布団や、枕元におかれた水と白いタオルの入った桶から、恐らく僕は誰かに助けられたのだと推測したのだ。

 

覚醒しつつある意識の中で、そういう最も正解に近いであろう結論をはじき出せた時、この薄暗い世界に光が差し込んだのだ。

 

否、世界だと思っていたモノは実は小さな小屋で、その一つしかない立て付けの悪そうな扉が重苦しい音を立てて開いたのだ。

 

何事だと思い、とっさに上半身を起こし立ち上がると、光のはいる道筋の先へ視線を向ける。

 

「あら、気が付いたのね、子供にしては中々タフなのかしら」

 

小屋の扉を苛立たしげに開いて入ってきた人物は、風の吹く豊かな草原を連想させるメッシュの入った、黄緑色の髪を優雅に揺らし、僕の姿を視界に入れると柔らかそうな笑顔になった。

 

赤く宝石のように輝く瞳に、透き通るような白い肌は今まで見たこともない美貌だった。

 

吊り目がちの瞳を上げて、唇に薄い笑みを浮かべた顔は、どこか好戦的で活発な印象を振りまいている。  

 

逆に服は、赤と白が基調のチェック模様の服に、赤く広がった形の膝まで届く、長いスカートを履き、そして首元にオレンジ色のリボンを結んだという少し古風なお嬢様のような格好をしていたのだ。   

 

正反対の印象が一つに合わさって、これがまた丁度良く、より一層気高く近寄りがたい美貌を彼女を見る者に与えていた。

 

だが布団に寝ている私に、上から目線で助けてやったオーラ全開の笑みを浮かべる彼女の雰囲気からは、お嬢様という雰囲気は一ミリも感じられなかった。

 

どちらかというと荒れ地で叫んでいそうな、世紀末仕様の服が似合いそうな気がする。

 

「うん、坊や何か変なこと考えてない?」

 

「い、いえ、何でもないです」

 

勘も鋭いようだった、迂闊にものも考えられない・・・

 

それも、疑い深そうに私に向けられた視線は、一見笑っているように見えるが、向けられた当人からすればとても平静を保てない程の威圧感を感じるのだ。

 

暗に舐めたら殺すと言われているようで、私は唾を飲み込んだ。

 

彼女の笑みから逃げるように顔を逸らすと、改めて自分のいる所が住んでいる家ではないことが理解出来た。

 

「もう少し寝ていると思っていたけれど、貴方かなり力があるみたいね」

 

楽しそうにクスクスと笑って彼女は、流れるような動作で靴を脱ぎ、小屋の奥におかれていた簡素な椅子に腰かけた。

 

木で全て作られた所は共通しているのだが、とても昔に作られたのか木の独特な匂いはせず、何より電球が天井に付いていなかったのだ。

 

いくら田舎だとはいっても、流石に現代では電気は何処でも必須なものになっている。

 

電球はその代表であり、家と付くものなら絶対にあると言っても過言ではない、生活必需品なのだ。

 

髪が揺らされる度に漂う甘い花の香りは、あまり家族以外の女の人と話す機会がなかった私にとって、あまりに刺激的でまた気絶してしまいそうになる。

 

これでは、朝起きて夜眠るという本当に原始的な生活しかできないではないか。

 

夜に眼がさめた時に明かりがないというのは、いや、ロウソクを置く為の台はあるようだが、それでもまだ明るさという点において心許ないだろう。

 

高圧的で上から目線がいやに似合うこの女の人は、古風な格好の上に電気も無い生活を送っているというのか。

 

一瞬、貧乏なのかと思ったが、彼女の服装はどこにもほつれた所はなく、新品そのものと言った風だ。

 

食べ物に困らず、新しい服を買えるだけの余裕があるのなら、別に一人でこんな所に住まなくてもアルバイトでもして町に住めば良い。

 

よくわからない人だった、だがそれ故に僕は引きつけられたのだ。

 

「え、えっと」

 

辛うじて口から出せた言葉もどもってしまい、彼女の名前すらも聞けないでいる。

 

大きく突き出た胸の下で腕を組み、何か探るような目つきで僕の顔を見た緑色の髪の女性は、微笑を絶やすことなく、片手に持っていた桃色の傘を手慣れた手つきで広げ、手入れを始める。

 

傘はかなり上質な物らしく、何処にも汚れや糸のほつれが見あたらない。

 

傘の淵に付けられた白いフリルの所為で、真正面からそれを見た僕はまるで咲いた花のようだと思ってしまった。

 

「坊や、そこの草原で倒れていたのよ、私が助けなければ死んでいたわね、感謝しなさい」

 

「え、あ、すみません、助けてくださったみたいで」

 

と、あまりの事で忘れてしまっていたお礼を口に出すと、傘を真剣な顔で点検していた緑色の髪の女性は意外そうに顔を上げ、何がそこまで面白いのかまた楽しそうにに笑ったのだ。

 

「良いのよ、私も久しぶりにお喋りできる人間に会えて嬉しかったから、まああんな人気のない所に溺れかけていたのには、流石に驚いたけれどね。

 

私がたまたま通りかからなかったら、あのまま死んでたわよ?」

 

「あはははは、昔から身体が弱くて、急な運動をすると直ぐにああなってしまうんですよね。 あ、溺れちゃうってことじゃないですよ、あれはその不幸が重なったというか…」  

 

彼女が始終笑っていたのはそういう事だったのか、恥ずかしい所を見ず知らずのそれも美人の人に身られてしまった ので、自然と顔が赤くなってしまう。

 

彼女はおもむろに傘を側の壁に立てかけ、立ち上がると台所から何か小さなビンを取り出して、中のどろどろとした粘性の非常に強い液体を湯飲みに注ぎこむ 。

 

置かれた湯飲みを横目で見ると濃い緑色のお茶ではない何かが入っているのがわかった。

 

彼女の話しを聞きつつ、僕は湯飲みのよくわからない液体が、この後一体全体、誰の口にはいることになるのかを想像して戦々恐々としていた。

 

「それにしても」と黄緑色の髪が似合う彼女は、僕にまた布団の上に座るように促し、僕の側に正座して、灰色の湯飲みを床に置いた。

 

「坊やは、どうしてあんな草原に倒れていたのかしら。

 

最近はあそこには人間はいないはずなのだけど、まさかとはおもうけれど薬草でも採りに来たの?」

 

「あ、いえ、僕最近この辺に引っ越してきたんです、ほら川沿いの家で」

 

「へえ、あの家にねぇ、とんだ物好きもいたものね。本当に何もないわよこの辺は」

 

自虐的に笑う彼女の言葉、何もないという言葉につい私は反応してしまった。

 

「何もないなんて事はないです、此処は本当に良いところですよ、川は綺麗だし蝶は見られるし、土だってミミズがいるんですよ」

 

勢いに乗って布団から上半身を起こすと、急に起きた所為で頭痛に襲われて、また布団に突っ伏してしまう。

 

「ふふふっ、田舎が好きなんて面白いわね坊や、そう坊やは都会から来たの、だからこの辺が珍しいのね。

 

でも、もともとこの美しさを知っている人間は、都会へと出て行ってしまう。

 

自然の美しさよりも、都会の便利さの方に心が動かされてしまうのよ」

 

そっと僕に布団をかけ直してくれる彼女は、何処か寂しそうだった。

 

出会ったばかりの私には、彼女の抱える寂しさを支えてあげることは出来ないが、何かしてあげたいと思ったのは確かだ。

 

「あ、あの」

 

「ん、何かしら、そうねこの薬を飲んで暫くしたら、私が家まで送っていってあげる。

 

親も心配してるだろうしね、家族は大切にしなさいよ身近にいる人間ほど、失うと悲しいのだからね」

 

だが、彼女はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、湯飲みを持ち上げて私に手渡した。

 

恐れていた事態が現実になって、受け取った湯飲みを毒物でも見るように見てしまったが、薬と言っていたので、この色も仕方がないのかと何故か納得してしまう自分が怖かった。

 

「あれ、美味しい」

 

意を決して飲んでみると意外にも美味しく、想像していた青汁のような味は一欠片もしなかった。

 

「当然よ、私が育てた花たちから作ったのだから、不味いわけがないわ」

 

自信たっぷりに言う彼女の顔もいい加減見慣れてきた、見知らぬ人に緊張していた心が落ち着いてくると、ふと彼女が言っていた言葉が気になったのだ。

 

「あの、えっと」

 

「風見幽香よ、幽香でいいわ」

 

「その幽香さんは、何か身近な居なくなってしまった人が、居たんですか」

 

思えば、余計なお世話だったろう。

 

人の古傷に触れることなどマナーの欠片もない行いだ。

 

だが、当時の私にとってこれは、聞かずに入られなかったのだ。

 

花のように美しく、そして消えてしまいそうな儚さを持った幽香さんの事を、もっと知りたいと思ったのだ。

 

普通の人とは違う、そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 

他の人間なら避けてしまった雰囲気だが、私には、田舎というファンタジーを知ってしまった私は、こういう人間がいても田舎だからと変な理屈で納得してしまっていたのだ。

 

「そうね、一人、いたわ。

粗暴で口の利き方がなっていない女が、でもあの時は良かったわね、そうね幸せだったと思うわ、私の全てを全力で受け止めて貰えた人間に会えたのは、後にも先にもあの子だけだもの」

 

眼を細めてどこか遠くを見つめた幽香、そこに私は立ち入れないものを感じた。

 

深い愛情・・・いや、違う。その女性は幽香の最大の理解者だったのだろう、そしてその女性はもういない。

 

何らかの事情によってか知らないが、幽香の表情からその女性がこの世にいないのであろうことが解った。

 

「あの、変な話をさせてしまってすいませんでした・・・」

 

「いいのよ、そうね懐かしい時を思い出させてくれただけでも私は嬉しかったわ」

 

本当に良い笑顔で笑う人だった、見ていると頬が赤く染まり頭がぼうっとしてしまう。

 

照れ隠しに頭をかいていると、彼女は急に真剣な顔になって、広げていた傘を閉じると壁に立てかけてから、顎に手を当て訝しげに僕を赤く輝く眼で見つめてきた。  

 

「そういえば坊や身体が弱いって言っていたわね…ねぇ、昔からってどれくらい前かわかるかしら」  

 

「え、えっと、母さんが言うには生まれてから1、2歳の時からよく病気にかかるようになったって。

 

あと貧血とか、風邪とかをよく引くって言ってましたけど、骨折もしょっちゅう日常的に…」

 

  「へぇ、それは大変だったわね、でも坊や、その身体の弱さは別に虚弱体質ってわけじゃ無いわよ。」

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

僕の身体の弱さが、ただの虚弱だからでは無いとはどういう意味な のだろう。  

 

何かそういう類の恐ろしい病気があって、僕はその病気にかかっているから、身体が弱くなっているというのか。

 

この人は医者だったのだろうか、まじまじと僕の身体を見る幽香さんの赤い瞳は、とても冗談を言っているようには見えず、僕は張りつめた空気に唾を飲み込んだ。

 

まだ、あの優しそうなお姉さん系の笑みを浮かべながら語りかけてきたのなら、僕のことをからかって言っていることだと一笑に伏せることが出来ただろう。

 

都会の名の知れた有名な医者にも診せたが、結局直すどころか何がどうなっていて悪いのかを解明する事さえの出来なかった謎の病気だ、こんな自然が多い田舎のそれも辺鄙なところにある小屋のような住居で生活している人が直せるわけがない。

 

そうは思っていても、川で溺れた命を助けて貰ったという恩もあってか、この人の話を聞いておかなければならないような気がしたのだ。

 

聞くだけならタダだろう、幽香さんが嘘を言うのにしろ、冗談を言うのにしろ、話しを聞いてみてからでも遅くはない。少ない希望に賭けてみるのも良いだろう。

 

とは言うものの、幽香さんが何を言うのかが気になり、口の動きを一瞬たりとも見逃さまいとする僕は、矢張り彼女の言葉に何割かは期待していたのだ・・・

 

「ざっと見た程度じゃ、坊やが内包する霊力は、そこらの人間とは比べ物にならないほど大きなものよ、それこそ人間の子供じゃとても扱いきれない程にね。

 

私は専門じゃないから詳しくは分からないけれど、坊やの身体とその大きな霊力が釣り合ってないのね、だから何かの拍子に直ぐ放出してしまう」

 

「は…、えっと、からかっているんですか?」

 

突然、霊力などとオカルトな事を言われても、僕には何が何やら訳が分からない。

 

随分と真面目な顔でそんな突拍子もない話を語れるものだ、真剣に聞き及んでしまった自分が馬鹿馬鹿しい気分になってくる。

 

祖母に言われた話の手前もあって奇跡は漠然とだが、あるような気はしていたが、此処にきて何の脈略もなく霊がなんたらと言われても、またあくどい霊感商法か、としか思えないだろう。

 

幽香さんも霊やら何やらと都合のいい事を持ち出して、やれ幸運のツボだの元気の出るお札だのを売りつけてくるのかと若干身構えるが、彼女はただ僕の目を見つめているだけだった。

 

勿体ぶった素振りで商品を売りつける気配もない。

 

「からかう?何をかしら、まさかとは思うけれど私の話が分からなかった?」

 

何か馬鹿にされているような気がして、分からないというのも癪だったので代わりに恨みがましい目で彼女を見ると、幽香さんは不思議そうに可愛らしく首をかしげ、そして寂しそうに眉を細めて「そこからなのね」

 

と小さくつぶやいたのだ。

 

「そう、そうよね。

外の子供は霊力なんて知らないわよね、何年か前に有名になったと思ったのだけれど、やっぱり直ぐに忘れられてしまう…のよね」

 

何のことを言っているのだろう、もしかすると霊力というのは世間一般でいうオカルトな意味ではなく、彼女独特のもしくはこの土地独特の言い回しなのかもしれない。

 

だとすると、あの態度は失礼だったかもしれないと考えて、頭を下げると緑色の髪の彼女は良いのよと朗らかに笑って許してくれた。

 

「知らないのなら無理はないわ、坊やが今までソレに負担を掛けさせられてきたことも納得がいく…そうね、まずは坊やの持ってる常識の破壊から始めましょうか」

 

目の前の幽香さんの眼がまるで獲物を狙う肉食動物のように、鋭く細められた。

 

空気が…変わった。

 

それもさっきまでの緊張したものではなく、もっとおどろおどろしい肌に張り付くような重量を伴う危機感を感じるものへと…

 

背筋が凍るとはこういう時の事を言うのだろうか、蛇に睨まれた哀れなカエルの様に彼女の顔から眼がそらせない。

 

何故だかは知らないが、それをした瞬間、少しでも身体を身動きしたが最後、自分の運命が「死」という形で終わってしまうという勘ともいえる確信があった。

 

彼女は特に何をするでもなく、格闘技の構えや剣等の武器を手に取ることなくそこに立っているだけだというのに、僕はまるで喉元に鋭い刃を突き付けられているような気分だった。

 

よく見れば、緑色の髪をした女性を起点として身に見えない流れのようなものが噴出しているようにも感じられた。

 

肌に刺さるようなぴりぴりとした空気の重みは、恐らくそれが関係しているのだろう。

 

彼女は常識を壊すと言っていた、ならばこの今の現状は大よそ僕の常識、知識ではわかりようもない事なのか。

 

祖母のいう奇跡、幽霊、オカルトに属するものなのか。

 

溺れかけて助けられてから数十時間後だろうか、こうしてまた死の危険に直面していようとは、両親も祖母も思ってはいまい、ただ帰りが遅いから何かあったのか…ぐらいにしか感じていないだろう。

 

僕は何か悪いことをしたのだろうか、何故こんなに頻繁に死の危険に直面しなければならないのだろうか。頭の中でそんな人生を呪いつつ、僕は再び意識が遠のいていくのを感じていた。 最近の僕は驚き過ぎなうえに気絶しすぎだ、笑えない。

 

「っとまあ、こんな感じね。

ひさびさに使うと加減が難しくて困るわね、これは霊力とは少し種類が違うけれど似たようなものよ。

 

どうかしら結構来るものがあったんじゃない?…ってあら、嘘でしょまた気絶しちゃった」




昨日はすいませんでした、諸事情により更新することが出来ませんでした。
これからはこういう事がないようにしていきたいので、応援のほどをよろしくお願いします!

ご意見ご感想をお待ちしております、些細なことでもいいので!!
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