東方闇月城   作:スマート

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はい、2話目の投稿となりました、続けて読んでくださった方々ありがとうございます。



第壱章 「The start children」easy
No.002「幸せな家族」


№002「幸せな家族」

 

「何時の頃から話せば良いかな」

 

「そうですね、周囲からの醜聞は全て書き上げてしまったので、後は直人さんの昔話でも聞かせて貰えれば本としては完成すると思います。

 

生まれたばかりの直人さんはどんな人だったんですか?」

 

「生まれたばかりか、そうだな僕がまだ人間だった頃の話か、懐かしいなあの頃は先の大戦が終わったばかりで何処の家も貧しくてね」

 

そっと側に置かれた湯飲みを持ち上げ、湯気を楽しげに見つめた直人は、「さて」と呟いて語り始めた。

 

2月28日、季節は冬から春にかけて、まだ雪が降ることもあり肌寒い日、分厚い石を何枚も切り合わせたような、アスファルトとは違う古くなったタイル製の道路の最奥。

 

人の出入りも限られた、プラスチックと木材をいい加減につなぎ合わせたかのような、風が吹けば飛んで行っていってしまいそうな家が、そこには一軒建っていた。

 

僕はその小さくて、貧しく古い家で10歳の誕生日を迎えていた。

 

生まれたばかり、という言葉から随分と年月が経ったような話のような気がするかも知れないが、僕や僕の友人達にとって誕生から10年という月日は、人間で言う数日でしかないと言っておく。

 

とにかく今日は、特別な日だからと昨日から料理の準備してくれていた母は、僕にとって優しく時に厳しい人だった。 寡黙で家の大黒柱として働いている父は、今日ばかりは頬を緩め、笑顔で僕が一つ年をとった事をまるで自分のことのように嬉しがってくれた。

 

天井にぶら下がる裸電球は、窓ガラスから入る風で左右に揺れ、薄暗くなってきた世界より幻想的な空間を作っていた。

 

布団を持ち上げてベッドから起き上がると、自分でも細く心許ない身体を持ち上げて転んでしまわなないように注意して立ち上がる。

 

壁に立てかけられているプラスチック製の、ガムテープが何重にも巻きつけて補強してある杖を手にとって、第三の足として床を踏みしめた。

 

生まれた時から身体が弱く、何時も寝込みがちだった僕は、ロクに学校へ通うことも出来ず、逆に病院へ通う日数の方が多いくらいだった。

 

誕生日のこの日も、ちゃんとした準備が終わるまで身体を冷やすといけないという理由から、僕は布団の中で待ち遠しい料理への興奮を抑えながら我慢していた。

 

入院や手術を何度も繰り返し、辛うじて奇跡の上に僕の身体は命の灯火を灯すことが出来ている。

 

だが、そんな僕の治療費や入院費は馬鹿にならず、とても月々の保険で事足りる学ではなかった。

 

それに先ほど述べたように、大きな対戦がやっと終わり、負けずとも有耶無耶というとても気持ちの悪い形で終わった後であるため、途端に不景気になり銀行などの金融機関もお金をそうそう簡単には貸してはくれない。

 

父は自分の仕事を受け持つ仕事以外に数件のアルバイトを兼用して、僕の為にお金を稼いでくれている。

 

母もそんなあまり自分の苦労を知られたがらない父の負担を減らす為に、毎日の家事や僕の世話に加えて、最近は近くにオープンしたデパートへ通いパートをするようになった。

 

風が吹けば軋む小屋のような小さな家、裸電球は幾度も明滅し、ろくにまともなご飯が食べられない状態になっているのは、全て僕の所為だった。

 

一度言ってみたことがあった。

 

僕がいなくなれば、そもそも僕が生まれてこなければ、こんな苦痛に耐えるだけの生活をしなくて済んだのだろうと。

 

僕はその時、人生で初めて母に叩かれた。 無口で話しを聞いているのかも分からない父が、この時ばかりは顔を真っ赤にして怒鳴ったのだ。

 

 

「お前は、私たちの宝物だよ。だからいくら世話がかかっても苦痛じゃない、むしろ育て甲斐のある息子だ。

 

だから、そんな寂しいことは言わないでくれ」

 

気がつくと、頬を伝って涙が一筋流れ落ちていた。

 

母に叩かれたからでもなく、父に怒鳴られたかれでもない、父と母に大切に宝物のように思われていたことが嬉しかったからだ。

 

邪魔者のように思われていると、居なくなればいいと思われていると感じていた。 僕は一番身近な人が、自分を嫌っては居ないかと、とても怖かったのだ。

 

だからこそ、その言葉をかけられた時、胸が温かいもので一杯になった、母は何も言わず僕を抱き締めてくれた。

 

父はそっと僕の嗚咽をなだめるように背中をさすってくれたのだった。

 

「僕は幸せだ」

 

そんな嬉しかった日の事を思い出すと、自然と笑顔になる。

 

香ばしい匂いの漏れ出すリビングの戸を開けると、母が僕の方を見て驚いたように口を開けた。

 

「あら、どうしたのまた急に、幸せだなんて」

 

照れ臭そうに顔を逸らす母は、また大きな鍋に視線を戻し、少ない家計費を苦心して絞り出して買ってくれたご馳走の調理に戻る。

 

「そうだな、確かに父さんは幸せだよ。お前が居て母さんが居る、こんなに幸せな家族は他には居ないんじゃないか?」

 

リビングに置かれた丸テーブルの側に、一足先に座り込んだ父は、もうお酒を飲んで出来上がっているのか上機嫌で弁舌する。

 

「・・・・・・うん、僕も父さんと母さんのこと大好き」

 

丸テーブルの側まで行きゆっくり座り込むと、父は僕の頭を撫でてくれた。

 

雑にわしゃわしゃと撫でる手が、この時の僕にはとても気持ちよく感じられた。

 

「幸せ」、それを実感出来ている人間がこの世に何人いるのだろう。

 

人の幸せは千差万別と言うが、誰もが一つは持っている幸せに気づくことが出来るかはまた違う話になるのだろう。

 

僕は父の言うように自分たち以上の幸せは無い思ったのだった。

 

「まあ、出だしはこんなものか、あまりこの頃のことを語った事はないから何か照れ臭いな。とにかく両親二人に囲まれて育った僕は幸せだったさ」

 

直人はお茶が無くなり、小さな茶葉がとごった湯飲みを床に下ろして、腕を伸ばして背伸びをした。

 

ロウソクの長さは直人が話し始めた時から半分以上も短くなっていて、彼らが何時間も話していたことが分かる。

 

「まさか直人さんが身体が弱かったなんて、とても今の姿からでは考えられませんね」

 

阿求が直人の細いが決して弱そう等とは言えない、付くところにはしっかりとついた、逞しい筋肉を見て意外そうに眼を大きく見開いて言う。

 

着物から時たま見える直人の肌は、贅肉が一切付いておらず、逆に病弱と言える程極端にやせ細っているわけでもない。

 

プロレスラーのような目に見えて付いたゴツゴツした筋肉ではなく、インナーマッスル、見えない体の内側に凝縮した筋肉繊維が彼の体を覆っている。

 

そして、筋肉だけでは説明がつかない、隙の無さ。そう思わせる程の何か言葉には言い表せないものを内に持っている強さがあふれ出していた。

 

「そうだな、あの時の僕は僕から見ても貧弱で馬鹿でお人好しだったよ。

 

そんな貧弱な僕がどういう時を経て今の僕になったのかは、これから少し時が経つのを待たなければいけない」

 

「ええ、とても気になります」

 

書き終えてまだ墨汁が滲む巻物を手早くたたみ、次の用紙を広げた阿求はさっそくすずりに筆をつけようとして、直人に止められた。

 

 

「だが今日はもうそろそろやめておこう、あまり夜更かしすると君の身体に悪い」

 

「で、でも直人さんにはもうあまり時間が」

 

「残されていない」

 

阿求はそう言おうとして押し黙った。

 

そんなこと当人である直人が知らないはずがない、知っていても尚、直人は阿求の体調を気遣って身体を休めるように言っているのだ。

 

まだ10代という幼い歳と「稗田」の家独特の体調の事情もあり阿求は、直人の過去の独白ではないにしろ身体が弱かったのだ。

 

直人自身もそんな阿求に当時の自分を重ねたのかも知れない。

 

気遣うように阿求の肩に手を置いた直人は、長年使って所何処に傷がある筆を机に置く。

 

「大丈夫だ、まだ僕の言葉を本にするくらいの時は残っている。

 

だから安心して休むと良い」

 

直人は湯飲みを近くの盆の上に置き、すっと立ち上がると、直人の言葉に不満げに立ち上がった阿求を抱き上げて隣の部屋に移動した。

 

「ちょ、ちょっと直人さん、自分で動けますから、あの恥ずかしい・・・」

 

「気にするな、僕がしたくてやっていることだ」

 

頬を桃のように赤く染めて抵抗する阿求だが、直人を嫌っているという風でもなく、決して譲る気のない態度からやがて諦めたように身体を預けた。

 

幼い幼いと明記しているのはあくまでも外見だけ、阿求もその精神年齢は普通の人間を軽く5倍は上まわっている。

 

だからこそ、20代に近い、言ってしまえば好色の男に抱き上げられるという状況は、羞恥心もそうだが、女としてこの男にどう思われているか等と考えてしまい余計に緊張してしまっていた。

 

直人にとって、人間の寿命よりも少し長いというだけの阿求は、まだ生まれたばかりの赤子同然なのかも知れないのだが。

 

器用に阿求を抱き上げたまま布団を敷いた直人は、そっとそこに阿求を寝かせ、寝巻きを側に置き何度か言葉を交わした後もう一度、元の部屋に戻り、筆や巻物の後始末を終える。

 

直人が今いる場所は稗田邸と呼ばれる、稗田家が代々その家主を務める屋敷だ。

 

廊下も普通の家と比べて長く、そして薄暗い。 何処までも続いていそうな寒い廊下を素足で移動し、突き当たりを右に曲がると、またこれも規模の大きい玄関が現れる。

 

木で作られた簡素な家々が連なる江戸時代の町並みに近い建物が多い村の一角にあるこの家は、直人が度々立ち寄る停留所のようなものになっていた。

 

もっとも今回立ち寄った理由は違うのだが。

 

しかし、考えて見て欲しい、この家に棲んでいる阿求はお手伝いさんや心通わせた友人達が偶に泊りに来ると言っても独り暮らしなのだ。

 

このあたり一帯にある家より幾分か程、大きいこの家は、身体の弱く生きている身内のいない独り暮らしの阿求にとって、孤島にでも取り残されたような寂しさを感じるのではないか。

 

女の家に用もないのに長居するのはマナー違反だと、家を出てきたりせずに、一晩泊まっていった方が彼女も気が楽だったのかも知れないと、夕闇に紛れ一層寂しさを増した風にも見える稗田邸を仰ぎ見て、首を横に振ってまた前へと歩き出した。

 

「僕はみんなに関わるべきじゃない。目的を達さない限り、僕は幸せになってはいけないんだ」

 

自分が起こしてしまった過ち、阿求が言うようにそれは、正しかった。間違いではなかったのだろう。

 

だから今回の事は何万分の1で起きてしまった悲劇なのかも知れない。

 

事故、そうこれは、この直人が抱える大きな罪は事故なのだ。

 

そう言い切ってしまえればどんなに楽だろうか。 責任感が直人を押しつぶし、身動きを取れなくさせる。

 

友人達との関係にも亀裂を生じさせ、思うように話が進まない。

 

打開策が見つからない状況で、他人のアドバイスほど重要で貴重なものは無いというのに。

 

直人は自らそれを切り捨てたのだ。

 

自分の尻は自分で拭うと、ありとあらゆる罪を一心に背負って寒い土の道を歩いてゆく。

 

外はちらほらと雪が降り始め、直人はその空気の寒さに息を吐いた。

 

「冬か」 偶然か、自分が先ほど話していた季節とも重なる。

 

あの時とは違い自分は、外を自由に動き回ることも逆立ちをする事だって出来るが、失われてしまった年月というものは、それぞれ取り戻せない何かを孕んでいるものだ。

 

照りつける月の光に眼を細め、阿求邸を後にした直人は、村の入り口の方にぽつんとあった、まだ明るい光が漏れる屋台の方へと向かっていった。




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