東方闇月城   作:スマート

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No.020「忘れゆく神社」

風に乗って地面の赤や黄色のカラフルな色をした落ち葉が舞い上がり、顔の前で一回転しながら遠くへと飛んでいく。    

 

雲一つ無い空は、太陽の光をよく通し、薄ら寒い空気を暖めてくれ る。    

 

それでもまだセーターを着込む程には気温は変わってはいないの で、鳥も虫も姿を見かけることはない。    

 

動く生き物と言えば、落ち葉の下から時折顔を出すダンゴムシくらいのものだ。    

 

僕と両親、そして幽香さんは町にある神社へと向かっていた。    

 

町に佇む神社は、小高い丘の上に建てられているので、参るためには苔の生えた湿っぽい石段を一々大股で登らなければならない。    

 

祖母は足が弱く、外出は出来ても神社へ続く道のりは無理そうだったので、今は近くの茶店で涼んでいる頃だ。    

 

古く年代を感じさせる、もう緑の部分の方が多い苔むした石段を一歩一歩踏みしめて上へと登っていると、自分の体が本当に強くなっていることを実感する。    

 

両親もそれは同じだったらしく、言葉には出さないが僕が階段を一歩踏みしめる度、父や母はうれしそうに笑っていた。    

 

だが、僕としてはほのぼのした空気を感じることは出来なかった。    

 

何故ならこの神社への道のりも幽香さんの地獄のトレーニングに組み込まれてしまっていたからだ。    

 

普段なら何の苦しさもなく駆け上がれるような階段の距離でも、僕の服の内側に巻かれた植物の重りがそうさせてくれない。    

 

足を一歩前に出すだけで身体が火照り筋肉が軋み悲鳴をあげ、階段を上る毎に大量の汗が額から流れ落ちる。  

 

今日の分のトレーニングは神社へ行くことで潰れるのではと、少しだが期待していた僕は余計に辛くなった現状に悲しくなっていた。    

 

僕の後ろにいる両親の後ろからゆっくりと優雅に登ってくる幽香さんは、何時もの白い長袖シャツに赤いチェックのベスト、同じく赤いチェックの模様のフリルのついたスカートを着ている。    

 

いつも変わらない服装に一度だけ、服を変えないのかと訪ねたことがあったが、殺気のこもった笑みで返され、その後何も聞けなかった。

 

このデザインの服に何か自分の存在意義でもあるのだろうか。

 

そういえば服はこのデザインのものしか持っていないのいではないかというほど、幽香さんは同じ服を愛用していた。

 

たまに三角形の帽子が付いた寝間着姿や、上の服装はそのままでスカートではなく、「もんぺ」と言うぶかぶかのズボンの様なものを着ていることもあったが、基本同じ姿だった。

 

映画や漫画で見る妖怪も大抵同じ服装をしていたのを思い出し、妖怪という種族はあまり服装を変えるのを嫌うのではないかと考えたのだった。

 

まあ、その謎は深まるだけで解決には至っていない。  

 

日光が何時もよりきついので日除けなのか薄いピンク色にフリルのついた傘を広げている姿が、どこか古風なお嬢様といった雰囲気を感じさせ妙に様になっている。   

 

今回のノルマはいたって簡単で、幽香さんに追い越させられない事と、一回も止まってはいけないという事だった。    

 

つまり僕は重りを持った状態で休憩なしで神社への石段を登らなければならないのだ。  

 

それにドSの幽香さんの事だ、僕の動きを見計らって隙をついて、油断したところを一気に追い越し、僕を絶望のどん底に突き落とすという事も考えられる。  

 

ノルマ失敗のペナルティーは、何度も記述して申し訳ない限りだが、明日からのトレーニングがより厳しくなること一択なので、何としてでも避けなければならないのだ。  

 

「…つ、ついたあぁ」    

 

握った手に汗がたまり、秋だと言うのに顔を赤く染めてやっとの事で 僕は頂上になんとかたどり着いた。   

 

赤く大きな鳥居を潜り抜け、石の板で舗装された通路にしゃがみ込むと、火照った身体に石の冷たさがじんわりと染み込み気持ちよかった。  

 

「おいおい、そんなに疲れたのか」    地面に横たわり荒い呼吸を繰り返す僕を見て、父は心配になったのだろう。    

 

僕の頭に手を当てて熱がないことを確認すると、そっと背に手を回 して上半身を引き起こしてくれた。  

 

「あ、うん…大丈夫」    

 

深く深呼吸を繰り返してから母の後に続いて鳥居をくぐった幽香さんを見ると、楽しそうに笑っていた。  

 

全く何処までドSなら気が済むのだろう。    

 

幽香さんの過激具合は今で相当抑えられていると本人が、本当に良い笑顔で言っていたので、苦笑いしか浮かんでこなかった。  

 

「直人…ほらあれ」    

 

首に赤いマフラーを巻いて白いロングコートに身を包んだ母が、喋る度に白い息を吐いて神社の方を指さした。    

 

つられて指さした方に振り向いてみると、小振りな神社の右端に、 壊れかけた賽銭箱が転がっているのが見えた。  

 

「前にすごい風が来たとき飛ばされたのか」    

 

父が賽銭箱を持ち上げ、以外に軽いことに驚きつつ、神社の真ん中へともどす。

 

お賽銭が入っていない神社と言うのも珍しい。

 

ここへ来たひとも少なくなったとはいえ何人かはいるはずだが、全員が全員お賽銭を入れていないのだろうか。

 

本当に、信仰されているのか、ただ見世物と化しているのか微妙な神社だった。  

 

幽香さんはといえば、感慨深そうにひび割れて壊れそうな神社の柱を触っていた。  

 

「幽香さん、此処が博麗神社で良いの ? 」  

 

「ええ、そうよ、何世代も巫女が管理をして、この地を守護していた神社 …    

 

今はもう見る影はないけれど、私にとっても思い入れはある場所よ」

「へえ、この神社、博麗って言うのですか、町の人に聞いても知らなかったので……良かったら詳しく教えてくれませんか ? 」  

 

賽銭箱のあちこちに挟まった落ち葉を退けていた父がひょいと顔を上げて、幽香さんの方をみた。  

 

「別にかまわないわ、といっても私が語れることは限られているけれどね。    

 

言ってしまえば信仰が集まらず廃れてしまった場所、といったところかしら。    

 

誰も名前を知らないのは、この博麗神社が皆から忘れられてしまったからと言うだけよ」  

 

そっと柱を幽香さんがなぞると、本当に微々たる変化だが、柱のひびが小さくなった。

 

能力と言うものを知らない人間に能力の事を気付かれるのは面倒なことになるらしく、幽香さんは例え親であろうと、僕の力の事も隠しておくように言われていた。    

 

今使った力も父には何も見えないよう、幽香さんは体の向きを変えている。

 

「名前…ですか」    

 

見た目では幽香さんよりも父の方が年上に見えるのだが、まとう雰囲気がそうさせるのだろう。  

 

父の敬語を聞くのは、仕事に着いていったとき以来だ。

 

「そうね、名前はこの世界に存在する全てのものにある、それが忘れられてしまうと、それは消えてしまったも同じなのよ」  

 

幽香さんは、神社の中央に吊られた太い注連縄、雨風を受けて端の方から切れかかっているものを見て手を伸ばした。  

 

切れかけた注連縄に手が当たると、幽香の指に挟まっていた種から蔓が伸び、とぎれた部分を補修していく。  

 

そして一際深いため息を着いた後、僕だけをそばに呼んで、神社の裏へと歩いていった。

 

博麗神社の裏手は草花や木々が無秩序に生い茂り、秘密の話をするには打って付けの場所だった。    

 

両親も両親でそれぞれ神社を見ているし、多少の時間なら彼らの前から離れても大丈夫だろう。    

 

幽香さんは木々の間をしばらく進んで立ち止まると、赤いチェックのベストのポケットから紫色のセンスを取り出して広げた。  

 

最近彼女はこのセンスを使うことが多くなった。    

 

けして扇ぐわけではないらしく、センスは開いたり閉じたりと、手で弄ぶだけのものになっている。  

 

そうだ、丁度彼女が落ち込んでいた時からあのセンスは、彼女の手の中にあった。  

 

「ああ、これ ? これは私の古い友人からの贈り物よ」    

 

それ以上は聞くことが出来なかった。    紫色のセンスを手で撫でた彼女の瞳に光に反射する水滴が見えたからだ……           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗の神社に両親と幽香さんと共にやってきた僕は、幽香さんに神社がどうしてこうなったのかを教えて貰う。    

 

博麗神社は昔も今とさほど変わりなく、信仰は集まってはおらず、 少し小ぎれいなだけだったらしい。    

 

だが、その役割はとても重要なもので妖怪を退治する巫女が代々住むことになっていたという。  

 

最近彼女という妖怪を知ったばかりの僕にとって、妖怪と言われても今一ピンとは来ない。  

 

しかし、幽香さんが言うには博麗神社がまだ意味をなしていた時代には妖怪変化、魑魅魍魎が世界中に跋扈していたらしいのだ。    

 

妖怪は人を襲い、人はそれに対抗できずただ死に絶えるのみ、この悪循環を変えたのが博麗の巫女と言うことだった。  

 

「妖怪の力はどこから出て来るのか、それを今教えてあげる」    

 

今日の朝起きてからずっと考えていたのだが、どれだけ頭を捻って も何の感想も沸いてこない。    

 

観念して、明日のトレーニングの厳しさを覚悟しながら、幽香さんの話に耳を傾ける。

 

「妖怪は人間がいるから存在できているのよ」  

 

「えっ ! 」    

 

つい大声を出してしまい、慌てて口を押さえるが、幸い両親には聞 こえていなかったようだ。    

 

僕にとって彼女の言葉は、思わず唾を飛ばしてしまうほどには驚き だった。  

 

「正確には少し違うけど、人間と共存しなければ妖怪は生きていけない。    

 

共存と言ってもその形態は、仲むつまじいものじゃないわ、妖怪は 人間の心に寄生するように存在しているのよ。    

 

人間の心が重なり合って、それが何年もの年月を経て形になったものが妖怪…    

 

妖怪が変わった力や特徴を持っているのも当然よね、だって人の心が作り出したものなんだから」  

 

いつの間にか木の上に止まっていたカラスが低く鳴くと、偶然なのか大きな風が吹いて木々が騒めき僕の肌を優しく撫でていった。  

 

幽香さんはそこで言葉を切り、片手に持った紫色の扇子を指さした。

 

「人に信じられなくなった妖怪は人間の心を受けなくなってしまうの。

 

すると力の源が無くなった妖怪は、ありとあらゆる人の記憶から消えて、存在さえも消えてしまう。    

 

人の記憶、心に強く刺激を与える事柄は幸福と、恐怖…でも恐怖の方が強く心に残るのよ、傷としてね。    

 

だからこそ、妖怪は人に恐怖を与えて忘れられないようにする、そして博麗の巫女に退治されるという循環よ」    

 

晴天の空から降り注ぐ陽光の黄色い光を黄緑色の髪に反射させた 幽香さんは、眩しそうに手を額にかざして片手に持っていた日笠を開き天へと向ける。    

 

日光は温かいが空気は冷たい、秋の奇妙な昼はどうにも許容しがたいものがある。    

 

寒いのか温かいのかどっちつかずと言うのは、気持ちが悪い。    

 

どうにも好きにはなれない雰囲気に髪をかきむしって、空へと視線を移すと今まで青一色だったのに、何か黒い点が浮かんでいた。  

 

「どうしたの ? 」  

 

「えっと、気のせいかもしれないんですけど、あそこに何か…」    

 

ゴマのように見えるか見えないかの微妙な距離で浮かぶ点は徐々 に大きくなっていく。 

 

 

幽香さんは太陽の照りつける光に眼を細めて、僕の指さした方向を仰ぎ見るが左右に視線をさまよわせるだけで、何も見つけることなく僕に向き直った。

 

僕よりも数段レベルの違う幽香さんが、僕でもわかる程の黒い点を見逃してしまうはずがない。

 

彼女は疲れているのではと心配してくれたが、この幽香さんの反応を見た時点で、僕は自分に起こり始めていた変化に薄々だが気がつき始めていた。

 

この黒い点は、眼ぼ外の世界ではなく、僕の眼の中で起こっている事なのだと。

 

病弱で家にいる時間と同じだけ、病院にいる期間が長かった、入院生活の絶えなかった僕はその入院の膨大に余った時間の中で、暇潰しに医者や看護婦に質問をしたことがあったのだ。

 

お風呂に一人で入っていると、霧の中に微かに見える黒い人影、その正体を確かめようと僕は親に心配をかけないように、医者達に妙な疑問を持たれないようニュアンスをぼかして訪ねたのだ。

 

そして、その時返ってきた答えが眼の角膜という器官に傷が付いたり、視神経が傷ついたりすると見えるという黒い点の話だった。

 

ニュアンスをぼかした所為で、医者には黒い人影ではなく、黒い何かが見えると言う風に若干の誤解を産んでしまったようで、その時は疑問は疑問のまま終わってしまったのだが、何の因果かその知識が生かされる時が来たようだった。

 

多分だが、そんな点が見え始めたのは今日、この瞬間からだろう。

 

だとすると僕の眼が、今この瞬間にも何か変化を起こそうとしているのかもしれない。

 

「幽香さん・・・僕の眼、今どんな感じになってますか?」

 

そして、その変化を自分の眼で起ころうとしている変化を、自分の眼では見ることが出来ない。

 

眼に痛みは感じないが、だからといって静観していては後でどんな目に合うか分からなかったので、僕は自分の目を見開いて幽香さんに見せたのだった。

 

「……あの時の後遺症かしら、右目からかなり霊力が失われていっている。 医学的に言うなら、その眼失明するわ」

 

予感はしていた、あの時僕の身体を無理に酷使し続けた所為で、記憶が飛ぶほどの負荷を全身にかけてしまっていたのだ。

 

なら、今になってじわじわとその負荷の反動が表れ始めても不思議はない。

 

この黒く小さな点は大きく広がり、やがて何も見ることが出来なくなってしまうのだろう。

 

普段からいつ死んでもいい環境に置かれていた所為で、死への覚悟はしていたが、体の一部、それを失う覚悟はしていなかったので少しだけ恐怖を感じた。

 

まあ、二つある内の一つが使えなくなったというだけで、もう光を見ることが出来ないというわけではないので、諦めはつくといえばつくが……

 

 

それにだ、霊力がどうのと言う事は無知な僕は良くわからないが、幽香さんが言うオカルト関連で起こった事象では普通の医者には直すことも、その失明の原因さえ特定することが出来ないだろう。実質もう眼が治るという可能性は無いとみていい。

 

「そう、ですか」

 

見えなくなると言われてしまった右目を抑え、何とも言えない気持ちにさいなまれていると幽香さんの手が頭に乗せられ、気が付かず震えていた僕の身体を包み込むように撫でてくれたのだ。

 

彼女に撫でられていると、恐怖も目を失う事もどうでもいいと思えるほど、安らかな気持ちになってくるから不思議だ。

 

「そうよ、もう貴方の眼はそのまま霊力が行き届かなくなって、視神経が死滅する……

 

でも直人はまだその年で眼を失ってしまうのは辛いでしょう?」

 

幽香さんは、何を言いたいのだろう。まるで目を戻す手段があるような言い方にも聞こえるが、どこか彼女の顔は寂しそうでもあった。

 

「何を言いたいんですか」

 

奇しくも、僕と幽香さんが初めて出会った時の問答に似ていた。

 

懐かしい、あの頃の僕はまだ幽香さんの事を医者かインチキ霊媒師か何かだと疑ってしまっていた。

 

だが、今は違う。幽香さんがこういう風に意味深な口調を作るとき、それは何か重大なことを言うときだと分かっていた。

 

一体、何を言うのだろうと緊張して唾を飲み込むと、幽香さんは呆れたように笑い、そして、言ったのだった。

 

人間では有りえないほどの、いわば狂気とも取れる言葉を……

 

「なら、私の眼を使いなさい。大丈夫よ心配しなくても時期に馴染むわ」

 

慈愛に満ちた今までで一番の笑顔で僕を抱きしめた幽香さんは、今にも脆く崩れてしまいそうな悲しさを、その笑顔から垣間見せ……

 

僕に有無を言わせる暇もなく、ゾブリと白く細い指を失明しつつある僕の右目に押し込んだのだ…

 

視界が真紅に塗りつぶされ、聞いてはいけないような血管や神経を糸を引きちぎるように来とられる嫌な音が聞こえた。

 

脳が引っ張られるような、頭を掴まれ揺らされているような気分だった。

 

多分、痛みは感じていたのだ、だが脳が僕の心がそれを拒否していた。

 

今までで生きてきた中で、恐らく二度と味わいたくないと思えるような痛みを、僕の脳は予め否定することで精神の安定を守ったのだ。

 

「え……」

 

そして僕はその時のショックでまた気絶してしまい、倒れてしまったのだった。 気絶しまくりのとんでも無い人生だったが、あえて語るとこれ程驚いたのも人生初と言える程だったからと弁明させてほしい。

 

ぼうっと何だろうなアレ、という気持ちで見ていた僕ははっとして 幽香さんの方へ向き直った。  

 

「何も見えないわよ、少し多めに特訓したからちょっとだけ、疲れたのかしら?」

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