東方闇月城   作:スマート

24 / 25
お待たせしました。
毎日投稿とタグを打っておきながら、この長期停滞は申し訳ありませんでした。
少し小説のストックが切れてしまい、これからは書きだめに追われることとなります。
楽しみにしてくださっていた、皆さんには本当に申し訳ありませんでした。


No.021「消滅と片目」

赤い眼、ルビーの様に光り輝き、怪しげな雰囲気を作り出す、闇に生えそうな瞳。

 

妖怪であり、四季のフラワーマスターであり、優しいお姉さんであり、恐ろしい鬼コーチである『風見幽香』の持っていた美しい瞳。

 

それが僕の右の眼へとはまっていた。

 

瞬きをしても、目を擦っても、幽香さんにしたり顔で渡された緑色の手鏡を、服の裾で磨いて見ても、それは…その事実は変わらなかった。

 

あれから、古き良き神社博麗神社から両親に何を如何説明したのか、僕を自分の家に運び込んだ幽香さんは抜き取った僕の眼球と、自分のその美しくも怪しく光る瞳を入れ替えたのだという。

 

医学をそこまで知っていない素人である僕でさえ分かる事だが、普通人間は失明するといって他人の眼を移植されて、眼が見えるようにはならない。

 

神経を上手くつなぐ必要や、その移植する目が新鮮なのかどうかという問題ではない。

 

そもそも他人の目玉を貰う行為をした場合、違う血液同士を混ぜてしまうように、勘らずといっていいほど拒絶反応がおこるからだ。

 

だが、そこはオカルトの領域にどっぷりとつかっている幽香さんの事だ、きっとそういう能力だかなんだかを使って、強引で常人には理解できない移植を行ったのだろう。

 

この移された眼は、痛みを感じることもなければ、黒い点はもう浮かび上がったりもせず、目がごろごろするなどと言った些細な違和感でさえも、まったく感じることはなかった。

 

僕の意思通りに左右上下と自由に動き見る事が出来るこの眼は、完全に僕の身体と一体化していると言っても良い。

 

僕は溜息をついて、側で椅子に座って笑っていた、片眼をつむったままの幽香さんの顔を、二つ揃った眼ではっきりと捉えた上で話しかける。

 

「幽香さん・・・・・・」

 

「なにかしら直人、これで貴方の眼はこれから先もずっと先を見ることが出来るわ」

 

正直、この人の事が分からなかった。

以前から、何故ただで見ず知らずの僕を鍛えてくれるのかと疑問に思っていたが、自分と戦える好敵手を作る為なのだと強引に納得してきていたが、それももう誤魔化しきれないところまで来ていた。

 

いくら善意から、または戦いを求める本能から僕を鍛えようとし、少なからず好意を抱いていたとしても、だからといってそれまでの関係だ。

 

あくまで僕と幽香さんはたった1年前に、劇的ではあったがそれほど感慨もなく知り合った浅い関係だ。

 

そんな僕ごときに何百も生き、何百もの多種多様な体験をしであろう幽香さんの感情が動くのだろうかと、僅かばかりの時間し か過ごしていない人間相手に、大切な眼をくれる程のことが出来るのだろうかと、本音を言えば気持ち悪かった。

 

例え片方だけだろうと、自らの肉体の一部を切り離すという行為には、一瞬でも躊躇というものが生じるはずである。

 

幽香さんの目元を見れば自ずと分かるが、彼女の眼は、僕へと移植されたあとに残された閉じられた瞼の下には、ただ窪みがあるだけで、そこに眼など無く何もはまってはいない。

 

流石に、人外、オカルトといっても無くした眼が生えてくると言った、とんでも無いことは起こせないのか、または彼女には起こすことが出来ないのか。

 

言わば、唯一無二の眼球を僕に切り離して与えたのだ。

 

優しすぎる、この包み込まれるかのような善意は、明らかに過剰過ぎた。

 

普通、もし自分の友人が失明したからと言って、その友人に簡単に自分の眼を使えと渡せる気になるだろうか。

 

 

いくらその友人が昔からの付き合いであったとしても、その友人に移植された眼がそのまま使えるとしても、大抵の人間は嫌だと答えるだろう。

 

それは何故か、結論は単純明快、答えは血が繋がっていないからだ。

 

血縁関係のない人間に、自分の身体の一部を分け与えるという行為は言わば、自らの命を危険にさらして他者を救うというものだ。

 

だが、血縁関係のあるものに自分の身体の一部を分け与えるという行為に対して、その意味はがらりと変わる。

 

自らの命を危険にさらして他者を救うという行為は、自分の命で子孫を繋ぐという意味に変わるのだ。

 

よって人は他者に対して、自らを犠牲にしてしまうような過剰な慈善は施さないはずなのだ。

 

種の保存本能、それが人間というもので、我が身可愛い人間の汚い欲望のはずだ。

 

その異質な行為が行われた理由をこの目の前に、僕の赤い眼の中に写る幽香さんが妖怪だからと言ってしまえば、断定してしまえば答えは簡単に出るのだろう。

 

人間では無いのだから、人と違う行為をしても当然だ、と。

 

だが、僕は彼女が1年間僕を鍛えて貰った幽香さんが、妖怪と言えるような人にあらざる者という思考を持っているようには思えなかった。

 

雄々しく、怪力を奮う姿はまさに怪物だが、その彼女の性格の中身は良く笑い、よく人をからかい、毒舌を吐いては意地悪く微笑む・・・・・・その姿をどう表現しよう。

 

その光景をなんと言おう、これを人間らしいといわず何というのか。

 

それにだ、人間らしいからこそ、僕は幽香さんのそんな行為を気持ち悪いと思ったのであって、始めから慈善を目的に生きている存在だったのなら、そういうものだからだと何も感じなかっただろう。

 

僕の予想が正しければ、妖怪といえども、いや幽香さんに限ってだけ言えば性格や内面的には人間とそれほど変わらないのだ。

 

なら・・・なぜ、彼女は僕に、眼まで、くれたのか。

 

「う・・・くっ・・・ふふふふっ」 薄暗くなった古い小屋の中でじっと猜疑心の入り交じった眼で幽香さんを見続けていたのが、彼女のツボにはまったのだろう。

 

幽香さんは腹を抱えて笑い、場を取り繕うように咳払いをしてから口を開いた。

 

「私は、貴方に会ったことがある・・・・・・、そんな気がするの。

 

忘れられない思い出だった、絶対に忘れてはいけない記憶を私は覚えてはいない。

でも、これだけは分かる。

私の友人が気づかせてくれた思いだけは、もう忘れてしまったりはしない」

 

「・・・・・・」

 

「私はもう長くはない」

 

その言葉は思ったよりは心に響かなかった。

 

予想していたといった方が良いのだろうか、普段の幽香さんの雰囲気からやがてこんな日が来るであろう事は気がついていた。

 

あの、普段浮かべている笑顔からふとした時に垣間見せる寂しそうな表情は、まるで僕が入院中に見た死期をさとった人々の姿と重なって見えたのだ。

 

余命を告げられ、もうあと少ししか生きられないと知ったときに見せる、現世への未練や家族への心残り、そして生きたいと、自らの人生を恨む感情がごちゃ混ぜになった、とても見ていられないような安らかな顔。

 

残していくものや気持ちが多すぎて、それでも仕方なく諦めなければいけないときに見せる悔しそうな笑みに、似ていたのだ。

 

「明日にでも、もしかすると今日にでも私は、この世界から消滅するわ。

 

血も、肉も、骨も、遺骸も、遺物も残せず、跡形もなくこの世界から消えてしまう」

 

妖怪とは、オカルト……人間の感情から生まれ出でた存在の末路はそんなものだと幽香さんは、自嘲気味にまるで軽い談笑のように語った。

 

だが、彼女の顔は話せば話すほど自分の心を自分から削っていくように、小さく少しずつ傷ついていっているようだった。

 

俯いた顔からは、一筋の水滴が流れ落ち、薄く汚れてしまった床に落ちる。

 

「死という体を残して意思が消滅するものとは違い、その人物がこの世に存在したという事実そのものが失われてしまう、それが消滅……

 

でも、私が消えても、もうその眼は直人のもの。だから私と一緒にその眼が消えてしまうことはないわ良かったわね、眼が見えて、ふふふふ」

 

支離滅裂な口調、それは何か自分の中にある感情をひたすら押し隠そうとしているようにも見えたのだ。

 

そして僕にも今になって、随分と遅くなってしまったが彼女の気持ちが理解できた気がした、気持ち悪いと思ってしまったことを後悔するような気持ちが。

 

消滅を死と捉える幽香さんは、人間とは違って誰にもその存在が消えてしまったことを弔ってくれる人はいない。

 

彼女は、僕に…自分のことを覚えていてほしかった…眼を与えるという形で自分の一部を切り離したのも、その思いが強かったから。

 

だから、僕は答える。

 

彼女の意思に、願いに応えるために。

 

「幽香さん……僕は、覚えています」

唇を噛んで、腕を交差させ自分の体を抱きしめていた幽香さんの肩が震えた。

 

静かに顔を上げた、涙の伝った後がある彼女を見て、僕は言葉をつなげる。

 

「貴方と出会って僕はどんなに変わったのか、貴方は僕の命の恩人で、僕の人生の恩人だ。そんな人のことを…忘れるわけがない!!

 

絶対に忘れない、この世界の誰が貴女の事を忘れてしまっても、僕だけは貴女に教えられ、鍛えられた僕だけは、必ず覚えているから…だから、だから」

 

安心してほしい、貴女を消滅という運命から救ってあげる事は出来ないけれど、その代わり笑顔で、何の未練もなく旅立ってほしかった。

 

僕がいつも見て、憧れていた彼女はそういう人だったから。

 

大きくのどが痛くなるほど叫んだ僕は、気がつくと幽香さんに抱きしめられていた。

 

花の蜜のような甘い香りが広がり、柔らかい肉感が僕の思考を一瞬良からぬことへと向かいそうになったが、身長差で肩に乗った幽香さんの顔から、僕の肌へと暖かい液体がふれるとそれも一気に冷め切ってしまう。

 

今にも消え逝ってしまいそうな儚い身体を咄嗟に抱きしめ返すと、幽香さんもそれに応えてかよりきつく抱きしめてくれた。

 

補足すると、力加減はしてくれているといっても心が不安定の状態で抱きしめられているので、彼女の妖怪としてのスペックからか、僕の背骨や肋骨が今にも砕けてしまいそうに軋みはじめていたが……

 

「ありが…とう」 女の人の、そんな切なく儚げな顔を見てしまっては何も言えないではないか。

 

女の人に弱いという自覚は無かったけれど、というか今まで親や看護師、医者以外の女性と触れ合ったことも無かったので知らなかったが、この状況でこの立場で情けなく立ちすくんでしまう僕は、十分に弱いと言えた。

 

だが、その弱さは恥ずかしいと同時に心地よかったのも確かだ。

 

こうして、幽香さんに抱きしめられ、抱きしめている本来なら異常な出来事に、慌てる間でもなく役得だと思ってしまっていた。

 

消えるという、この世界から消滅してしまう彼女に対してこんなことを思うのは、不謹慎極まりなかったが、それでも一つだけ言うとするなら。

 

泣き顔もまた、彼女は格好よく、どこまでも美しかったというくらいか。

 

「本当は貴方と、直人と戦ってから逝きたかったけれど、人生……上手くいかないものね、運命は時に残酷な決断をするわ。ふふふ、どこかの吸血鬼じゃぁないけれどね。

 

だから面白いのだけれど、この時ばかりは……もう時間が残されていないという事が、歯痒くて…憎いわぁ」

 

抱きしめてくれた幽香さん、その暖かさは、きめ細やかな肌の感触は、涙の冷たさは何年たった今でも変わらず覚えている。

 

悔しそうな顔も、さながら夏に咲く大輪のひまわりの様に眩しく輝いていた笑顔も……全部。

 

花妖怪、四季のフラワーマスター、「風見幽香」は僕がいままでの人生で出会ってきた数多くの女性の中で、一番気高く、美しい気概を持つ、僕にとっての太陽のような妖怪で……

 

 

 

 

 

 

 

「僕の、初恋の人だった」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。