東方闇月城   作:スマート

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No.022「決別と誓い」

「幽香さん?何処にいるんですか?」

 

次の日、幽香の家にたどり着いた私は、扉を叩いても中からの反応がないので、悪いと思いつつも扉を開けて部屋の中に入った。

 

矢張りというか、漠然としていた予感の通り、部屋には誰もいなかった、ただ僕のために入れてくれたのだろう湯飲みに入った薬と、一本のひまわりが入った装飾のないシンプルな花瓶が卓袱台に置かれていた。

 

「幽香・・・・・・さん」

 

卓袱台に置かれたひまわりを手に取ると、あの人から感じていた太陽のような暖かさと花に似た美しさが頭の中に一斉に流れ込んでくるようだった。

 

 

このひまわりは、あの時、夏に幽香さんが育てていたものだ。

 

それがこの秋にまで残っているはずがない。 押し花やドライフラワーにでもしない限り、色を落とすことなく長期間花を保存しておくことなんて不可能だ。

 

ましてこのひまわりは、まるでさっき切り取られたかのような瑞々しさを保っている。

 

僕は用意された薬を一気に飲み押して、何か幽香さんの手がかりになるようなものを探した。

 

死を覚悟していた幽香さんが、昨日の事があった彼女が、まだ消滅していてほしくないという恐らく叶わないであろう期待を込めて、僕は小屋のような家の各所を捜索した。

 

遺言でもいい、幽香の居所の手がかりになるのなら。

 

私は幽香さんの寿命を延ばしてあげることは出来ないが、せめて最期くらい看取らせて欲しい。

 

黙って居なくなってしまうのはとても、悲しい。

 

だが、幽香の家には必要最低限の薬草と、野菜などのもう萎びてしまった干物のような食べ物しか置いておらず、手紙や文章の類は一切置いていなかった。

 

唯一置いてあった古く所々汚れて読めなくなっている仰々しく分厚い本には著「稗田阿球」と書かれているが、幽香さんの書いた紙が挟まっていると言うことはなかった。

 

幽香さんの家を飛び出して広大な先が見えない草原を見まわしても、あの人の姿は無い。 それどころか、あの人が育てていた草花の姿までも、最初から無かったかのように消えてしまっていたのだった。

 

自宅に帰った僕が直面した出来事は、以前から言われていて分かっていたことだったが、理解していたつもりだったが、胸が締め付けられる思いだった。 両親が、祖母が幽香さんを覚えていないというのだ。

 

私の命の恩人で、私をおぶって家に来たことも、それからも何度も会っているというのに誰一人として幽香さんの姿を覚えていなかった。

 

「これが、消えるってことか」 血縁者云々の問題ではない、僕以外の全員があの人との思い出を忘れてしまっている。

 

それだけではない、父や母と行った博麗神社の事でさえ、そこに幽香という人物が始めからいなかったの様に、記憶が修正されていた。

 

焼き芋を食べた時の記憶だってそうだ、一緒に花火を見に行った時の事も、僕が毎日幽香さんの家へと通っていたことに至るまで、幽香さんの存在をくり抜いた上ですべて都合の良いように補正がかかっていたのだ。

 

アルバム写真もそうだった、たった一度だけ幽香さんと撮った写真も…そこには僕が一人笑うだけで、もう一人が居そうなスペースが空いているだけだった。

 

これで、完全に理解できた。

 

真実から眼をそむけのうのうと暮らして生きたかったが、分かりたくなかったが知ってしまった。

 

もう僕の憧れは、僕の太陽は沈んでしまったのだと。

 

幽香さんが生前、大切にしていた畑があった場所に立って、僕は叫んだ。

 

「う…ああっ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

叫んだ、何度も。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も!!

 

そうでもしなければ、幽香さんを失ってしまったという、心の空白で頭がおかしくなりそうだったからだ。

 

「幽香…ざん、ゆうがざん!!」

 

幽香という存在が居なくなったことで、力が弱まったのか僕の片目は赤色が失われ、左目と同じように黒い眼に変わってしまっていた。

 

だから、僕は両親にこの眼を指差して幽香を説明することが出来なかったし、もうこれ以上親に迷惑はかけないと思っていた手前、証拠もない事を話すのはためらわれた。

 

両方の黒い目から涙が止め処なく流れ落ちて、赤茶けた地面に落ち黒い染みを作った。 今の僕の姿を、幽香さんが見たらどう思うだろう。

 

軟弱だとあざ笑いきつい特訓をさせられ、涙が枯れてしまうほど絞られるかも知れない、また優しくその暖かい身体で抱きしめて悲しみを打ち消してくれるかもしれない。

 

だが、もうそんな人は、妖怪はいない。 僕の…心を埋めてくれたヒトは、もう……いない。

 

「忘れない、絶対に忘れない」

 

枯れた声で幽香さんとの約束を半数すれば、ほのかに右目に力が戻る気がする。

 

人間の感情が作り出したものが妖怪ならば、消えてしまった妖怪も存在さえ覚えていれば、その分断された眼にも力が戻るのかもしれない。

 

それに、あの人との出会いを、過ごした日々を、別れを、僕は呼吸の一辺に至るまで忘れたくはなった。

 

思いでは美化される、その言葉だけで花々しいこの日々を、微笑ましい子供の記憶と決め付けられたくはなかった。

 

だが、このまま何もしないのでは、幽香さんの記憶を思い出し、感傷に浸るだけの日々を送るのでは、本当に不本意だがいずれ忘れてしまう、色あせてしまう。

 

なら、どうすれば彼女の事を忘れずに済むのか。

 

答えは意外なほどあっさりと出た。

 

それは、彼女をより深く知ること。

 

忘れる前に次々と彼女についての知識を頭に入れ、彼女の像を補足していけば、姿は忘れても、彼女が生きていたという奇跡自体の忘却は防げると考えたからだ。

 

「……」

 

涙の滲んだ歪んだ視界で前を向けば、彼女の育てた畑が目の前に広がっている気がして、そんな事はないと思ってはいても手を伸ばしてしまう。

 

ふと、宙に伸ばした手が何か硬いものに触れた。

 

反射的に掴んでしまうとそれは棒のように細く長いものだということが分かったが、その質感は金属というよりむしろ布に近いもので……そう、まるで傘のような。

 

「傘!?」

 

左手で目元に溢れる涙を勢い良く拭い去ると、右手にはしっかりと桃色をした、白いフリルがついた女物の傘が握られていたのだった。

 

あれは、最後の彼女からの贈り物だったのかもしれない。 何もない場所に突然現れた傘、奇跡だとか偶然だとかという言葉では到底片付けられない現象。

 

人間はそれらを科学的に分析し、錯覚だと脳が見せた幻覚だと言ってのけるのだろう。

 

僕の身に起こった、現れることが出来た贈り物でさえも、あっさりと碌に調べることもせず「嘘」と断じてしまうのだろう。

 

目先の不思議から目をそらし、事実の存在を否定して、闇へと葬り忘れ去る。 その繰り返しが今の彼女の結末だというのなら、僕は人間を許さない。

 

 

第一章 「終」




はい、スマートです。
やっと第一章の終わりまでこぎ着けることが出来ました。
今まで応援してくださった方々、本当に有り難う御座いました。

さて第二章ですが、ストーリーの大幅な下書きは出来ているのですが、まだストックが溜まっていません。
なので、しばらくの間投稿が滞ることになると思いますが、ご了承ください。
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