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「本当にこの幻想の住人達は、どれだけ僕に・・・優しいのだろう」
彼女たちは絶対に僕を責めようとしない、だが心の何処かでは僕に対して良くはない感情を持っているはずだ。
それは当然、彼女たちの大切なモノを奪い、壊してしまうことになったから。
だからこそ、笑顔が怖かった。
励まされても、応援されてもどこか責められているような気分に直人はなってしまうのだ。
「それは違うわ」
ミスティアの屋台から離れ、暖まった身体に冬の寒い空気が刺さるのを感じながら、今夜はどこを寝床にしようと当てもなく人里を歩いていた直人は、つい口に出してしまった独り言を返されて面食らってしまう。
突然話しかけられたからではなく、透き通るような、何もかもを見通した芯のある声を直人は昔から知っていたからである。
忘れるわけもない、この声の持ち主が彼の運命を変えたと言っても過言ではないのだから。
「・・・・それは違う、あの鳥は、そして貴方に関わった私や皆は、なにも無理矢理笑って、恨みを押しつぶして貴方に優しくしているのではないわ。
この優しさは、貴方が今まで彼女たちにしてきた感謝の気持ち。
そして、落ち込んで闇を抱え込んでいる貴方に、少しでも元気になって欲しいという気持ちの表れなのよ。
本当に気づいていないの?」
直人の背後の何もない場所に、すうっと一本の黒い筋が突如出現し、そこから袋を破くように左右へと裂ける。
空間に広がった半円型の真っ黒い穴には、無数の気味の悪い目玉を覗かせていた。
それは大の男でも恐怖で足がすくんでしまうような、理解しがたく不気味な光景だった。
だが直人は、その穴の正体が何なのか分かったのか、後へ視線を送ることもせず、歩みを止める。
気味の悪い目玉はまるで意思があるかのように、一点に直人の方へと集中し、それに呼応するかのごとく穴が少し大きくなった。
「いえ、本当は貴方も気がついているんじゃないかしら、皆の気持ちに。
でも罪の意識が、皆に対する負い目から、向き合うこともせず逃げている、かしら?
そういう弱虫なところ変わらないわね貴方、昔から」
「何が言いたい」
真っ黒い穴はその直人の低く苦しそうになった声に反応し、中から一つの人影を映し出す。
平たく柔らかい細く赤いリボンが巻かれた、裾がフリル状になった白いナイトキャップを頭に乗せた眼を引く金色の髪の女性。
前で左右の三つ編みを作り赤いリボンをそれぞれ巻いている女性は、紫色のそれこそ何を考えているのかわからない底知れない瞳で直人を見つめていた。
服装までは暗闇の穴の中にいるのではっきりとは分からないが、紫色の八卦とすいと対極図の模様がうっすらとあるのが伺えるモノを着ていた。
「そのままの意味よ、貴方はただ罪から逃げているだけ。
償うなんて言っておきながら、していることは自らを犠牲にする自殺志願の自暴自棄じゃない」
口元を手に持った扇子で隠し、直人を責め立てる金髪の女性。
どこか感情的になりがちな口調を強引に冷静にしようとしているのか、扇子を持った手は震え、硬く結んだ唇からは血が滴り落ちていた。
紫色の眼が、月光を写して儚げに滴を地面へと落とす。
「違う、僕は・・・逃げてなんて、いない」
直人自身も気がついて、いや始めから分かっていたのだろう。
ミスティアに合う以前から、阿求に自身の歴史を書いて貰う前から、気づいて。 気づいた上で、それを考えないようにしていた。
「違わないわ、なら・・・どうして貴方は泣いているの」
「泣いてなんか」
頬に手を当てて今気がついたというように、乱暴に裾で涙をぬぐい去る。
この女性が何を言おうが、例え自分の考えが女性の言うとおりだったとしても、それでも直人には譲ることの出来ないモノがある。
確かに自暴自棄だろう、大切な親から親友から貰った命を捨てる結果に繋がるのだろう。
だが、しかし、と直人は否定する。自己満足であろうとやらなければならないことがあると。
それが自分の咎であり、義務なのだと。 「やっぱり、また自分だけで背負い込んでるんじゃない。
良い?貴方はもう数えられない数の仲間がいる、一人じゃないのよ、その仲間に自分の心を打ち明けないでどうするの」
白く細い手が肩にそっと伸びて、直人の身体を抱き締める。
耐えきれない、後から回された女性の腕を振るえる手で触った直人は、それを振り払うでも、叩き落とすこともしない、否、出来ない。
頬からこぼれる温かい滴が、止めどなく溢れ回された女性の手に落ちて消える。 振り向いてはいけない、振り向いたら自分がしてきたことが全て無駄になる。
何のために、心を殺し、無に徹してただ世界の為に尽くしてきたのか。
女性には感謝している、そうだ、皆は自分を許して・・・そもそも恨んでなんていなかったのかも知れない。
信じて、望んで、そして失敗してしまった結果に満足していたのかも知れない。
「許せないんだ」
「え?」
皆が自分を許そうとも、恨んでいなくとも、直人が自分自身を許せないでいる。
これがこの自暴自棄の真相であり、狂信的に突き進む彼の強くもろい意思だったのだ。
「あの時、もう少しだけ気がつくのが早ければ、もう少しだけ冷静になっていればと考えていくと切りがない。
僕は失敗した、だからこそこの埋め合わせをするまで僕は僕自身を許せないんだ。 だから・・・」
「だから、一人で解決しようって言うのが間違いだっていってるのよ。貴方には感謝してるし、後悔もしている。私は貴方に後悔しか与えられなかった。
それに、貴方が抱えている罪は本当なら私が背負うはずだったモノ、貴方が自分を許せないのなら私も自分が許せないわ」
「違う、お前は何も悪くない。悪いのは僕だ、僕で十分なんだ」
深いため息をついた直人は、済まなそうに女性の手を払いのけた。
だが、女性は素早く穴から出ると、直人の正面に回って彼の行く道を塞ぐ。
「どいてくれ、どけ!!」
友人を、親友の思いを全てを振り払うように直人は叫ぶ。
これも皆の為、皆の幸せの為。
自分の心にもう後には引けないと言い聞かせ、彼女の肩に手をかけ強引に通ろうとした。
その手が突如空中に出現した、同じく真っ黒い裂け目の穴から伸びる黒いロープのようなモノに縛られて止められる。
もう片方の手も、両足もいつの間にか現れていた裂け目の穴から伸びるロープに絡め取られていた。
少し引っ張っただけでは契れるような事はない頑丈なロープ、材質は恐らく絹や綿などの自然繊維ではなくもっと人工的なもの、カーボンや人工樹脂のそれに近い堅さ。
小さい繊維の一本一本が綿密に編み込まれた人工樹脂は、鎖のような頑丈さと曲げようが折れようが絶対に契れない柔軟性を誇る。
直人が自力で、彼女を傷つけることなくこの拘束から抜け出すことは不可能だった。
「何の真似だ」
絡め取られた手首を見て、彼女のひょうひょうとした顔を睨み付ける直人。
「行かせない、他の誰にも任せられないのなら、せめて私にも背負わせて。
私の、皆の優しさがまだ貴方に感じられるのなら気づくことが出来るのなら、こんな罪滅ぼしなんていう無謀な真似は止めてちょうだい?」
返事はなかった、直人は動き出さずともそのまま無言を貫いていた。
やむを得ないと、ロープを無理矢理引きちぎろうと力を入れた時、何か温かいモノが身体に当たるのを直人は感じたのだ。
懐かしい家族の支え合う暖かさに似ている、生物の心からにじみ出る有無を言わせない優しい暖かさ。
「メ、いや・・・紫」
「嫌よ、私はまだ貴方を失いたくはない。
まだ私は貴方に何も返しきれていない、借りだけ付くって死ぬというのなら、私も一緒に死んでやるわ!」
夜の闇、しんと静まりかえった里に響く必至に訴えかける女性の声。
切羽詰まったモノがある、それも当然と言えば当然。
寝静まった里の人には、その声は届かないが彼女の目の前にいた着物の男、直人にはしっかりと耳の奥まで、魂の奥底まで響き渡っただろう。
直人は端から見れば自殺とも取れる行動を、自分一人で行おうとしている。
誰にも頼らず、誰にも相談することもなく、ただ一人の命で世界が救われるのなら、と。
だが、いくら直人がそれを望もうとも紫は揺るがない、直人を死なせたくないという気持ちがある限り、幻想を信じ世界を救い、直人が生きている世界を作るため。
八雲紫、消えゆく種族との共存のため新たな世界を自らが作り出し統率した、強力な力を持つ世界の実力者。
産み出した世界を護るためならどんなことにも冷静に残酷に対処してきた彼女だが、直人の命がかかってしまえば、とうの昔に捨てたはずの人の情が蘇ってしまう。
世界か、一人の男の命か。天秤にかけてどちらかを救っても紫の心には必ず後悔が残るだろう。
だからこそ、貪欲に探すのだ。
二つが同時に救われる最も最良な未来を。 睨み付ける紫の眼には、その夢への渇望と情念がめらめらと燃え上がっている。
「まだこの異変が犠牲無しに解決出来ないと決まったわけではないわ、まだ、まだ気づいていない解決のヒントが眠っているかも知れないのよ。
まだ諦めるには早いわ、いえ早すぎる・・・藍も橙も今片っ端から古代の文書を読み込んでいる。
時代に穴を開ける為の手段を作るために」
「まさか、お前・・・」
「ええ、そうよもう一度起こすのよ、奇跡を」
紫は直人にしがみつきながら呟く、自分の言い放った言葉が現実になるように願いを込めて。
最後までご愛読くださりありがとうございます…というとこの小説が最後みたいですね。
いえ、違いますよ。まだまだ終わる気も失踪する気もありません。
さて、今回はふんだんに伏線を散りばめたものとなっております。
物語がどこまで続くのか、はたまたどこで終わるのかは全て、この回に集約されていると言っても過言でしょう…過言でした。
では、ご意見ご感想、些細なことでも良いので首を長くしてお待ちしています。