2月29日、まだまだ強い風が吹き荒れ、セロテープでつなぎ合わせたガラス窓の隙間からは、背筋の凍るような風が入ってくる。
敗戦国だった僕の故郷は、誰が見ても分かる程、不景気だった。
でも、だからなのか当時の僕らのような人たち程、お金の価値に振り回されたりしないからなのかは分からないが、よく集団で集まっては楽しそうに他愛のもない話題で盛り上がっていた。
窓から外を見ると、厚手のセーターをつけた子供達が降りつもった雪の中を、足跡を残しながら駆けていく姿が眼に入ったりもした。
その日は僕の誕生日の次の日。僕にとって一つまた歳をとり、そのスタートを切った日だった。
昨日説明したように、病弱だった僕は窓の外の子供のように遊び回ることは出来ず、前の日の誕生日の余韻に浸りながら布団の中にくるまっていた。
嬉しい、楽しい雰囲気に飲まれている人々の横行を窓から見ると、毎日部屋の中でしか過ごすことが出来ない僕にはテレビの中の光景のように感じられた。
窓の外は別世界、電波が届ける映像なのだと思えば幾分か気分が楽になった。
子供達が通った後に残る足跡をじっと見つめては、身体が捻れそうになる程の羨ましい気持ちに耐えていた。
誕生日に貰ったプレゼントは、手袋。
いつかこの雪道を走れ回れるようにという希望を込めてのモノだったのだろうが、今の僕にはただ希望を大きくした後に待っている絶望の方が怖かった。
期待すれば期待するほど、叶わなかった時の落胆は大きくなる。
それならばいっそ始めから希望なんか持たなかったら良いと考えても、窓から見える景色は僕の意思に反して雪道を走り回りたいという欲求を強く刺激する。
毛糸ではなく、ゴム繊維が編み込まれた高そうな黒い手袋は多分スキー用だ。
そっと手袋を家にいるにも関わらず手にはめてみると、頭の中にうっすらと雪の中、走り続ける自分の姿を想像することが出来た。
しんしんと降り続ける雪を身に受け、手や顔を赤く染めて一面の銀世界を走る姿。
何年先でも、何十年先でも良い、いつか父さん、母さんと一緒にスキーでも何でもして、外を歩けたらいいな・・・
窓に背を向けて布団を強く握りしめると、瞼から熱いものが流れ出てくる。 悔しい、両親の足枷になり続ける自分自身が。
憎い、思うように動くことが出来ない軟弱で脆弱なこの身体が。
父さんに以前言われた言葉を思い返し、そういう考え方をしてはいけないとは思っていても、現実問題として僕は両親に多大な負担を強いていることには変わりはない。
生まれてこなかったら良いとまでは言わないが、せめてもう少し身体の強い子として生まれてきたのなら、二人にこんな苦労を味合わせずにすんだのに。
「・・・・・・う、ぐっ、うぁああっ」
流れ落ちる悲しみの滴を布団に押しつけた時、不意に頭に激痛が走った。
まるで電流を脳内に直接流されたかのような、何度も何度も執拗に揺さぶられる鋭い痛み。
目の前の景色が歪み、水面を見ているように多様に形を変化させる・・・いや、おかしくなっているのは僕の方だ。
昔から、深く感情的になる度に僕を襲う痛み。たまたま今日が頭だったと言うだけで、腕にも足にも腹にもこの痛みはやって来る。
そして、良くも悪くも関係なく心で考えた感情が重ければ重い程、この痛みも強く、長い時間僕をさいなんでくる。
これも発作の一種なんだろうか、一度だけ医者へ行ってみた時に聞いたことがあるが、ゴーストペインや心的傷害などの検査をされただけで、詳しい原因は分からなかった。
神様は、もし神様なんてものが現実にいるのなら、いったいどうして僕をこんな風に作ったのだろう。
神様は僕に何を求めているのだろう。
ここで普段から、神や仏を拝んだり敬ったりする信心深い人ならば、これは自分に神が与えてくれた試練なのだと立ち向かえもしただろう。
辛く苦しいことを乗り越えた先に、とても穏やかで平和な日々が待っているのだという未来への希望を胸に、今の「試練」を簡単に突破して見せたはずだ。
だが、僕は知っている。
神は居ないのだと、神や一種のオカルトに属すモノは所詮人間が創り出したまやかしに過ぎないのだと言うことを。
鎌倉時代に起こったとされる「元寇」、当時の日本に攻め入った帝国の船での大進撃を打ち破り、窮地を救ったとされる「神風」も、歴史を辿り年号を調べればその時期に丁度台風が来ていたと分かってしまうのだ。
そして、この僕の故郷が敗戦した当時も、国民の戦闘意欲を煽るため「神風」という歴史を利用し、人間の命を湯水のごとく消費した。
神は人間に利用される否、人間が利用するために作り出された物かも知れない。 こういう言い方をすると、それ見たことかと、神はそんな人間の傲慢で自分勝手な思考をお嫌いになり天へ届く塔を破壊したのだと騒ぐ人が居ると思う。
だが、と言いたい。
鶏が先か卵が先かという話になるが、ならば何故太古の昔、神話とされていた時代にいた神々、仏は今この現在で見えないのだ、と。
人々の傲慢さが嫌いなのならば、戦争等という行いそのものを彼らが止めてしまえば、僕や両親がこんな暮らしをしなくて済んだのではないか、と。 何が神だ、何が奇跡だ。
僕や皆がこんなに困っている世の中を助けようとしない時点で、彼らは居ないのだと、そう僕は結論づけてしまったのだった。
自らに響く尋常ではない程の痛みによる恨みを、居もしないと断言した筈の神に当たっている時点で、僕の精神は正常ではなかったのだろう。
しかし、行き場のない鬱屈とした感情をどこかにぶつけなければ、壊れてしまいそうだったのも確かだった。
散々こき下ろしてきた、神に当たって僕は心を保つことが出来たのだ、何とも皮肉な話ではある。
身体を一歩も動かせずただ痛みを堪えて布団にうずくまっているうちに、次第に痛みは治まっていき、視界も少しずつだが回復していった。
体力の無かった僕は、そのまま布団に顔をつけて沈むように眠ってしまったのだった。 その時、何処からか声を聞いた気がする。擦れた女のような声を・・・・・・
はい、UAがお陰様で200となりました。
これも一重に、今までこの小説を読んでくださった皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。
さて、今回は…というかこの小説の特性的に過去編こそが本編という形なので、やっと本編に入ったと思ってもらう方が良いですね。
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