UAがお陰様で300となりました。
順調にじわじわと延びてきております!
この調子で頑張っていきたいので、応援のほどをよろしくお願いします。
「なあ、直人。引っ越さないか」
その日の夜、仕事から珍しく早く帰ってきた父は、寒さでかじかんだ手をさすりながらそう言ったのだった。
引っ越し、それは前々から両親と僕を交えて話し合っていたことだった。
終戦後の痛々しい町並みや雰囲気に囲まれた街よりも、まだ緑の自然が残る田舎の方が僕の身体に良い影響が出るのではないか、という配慮だった。
切っ掛けはほんの些細な事だった、僕がたまたま「遠くに行きたい」等と言ってしまったこと。
意味としては、昼の苦痛から楽になりたいと言ったような、まあ正直「死にたい」という事だったのだ。
周りに誰もいないと思って呟いてしまった言葉なのだが、たまたま僕に薬を渡しに来た母がそれを聞いてしまったようなのだ。
心配性でとても優しい母に余計なストレスを与えたくない一心で必至に誤魔化した結果、僕はどこか自然豊かな場所へ行ってみたいという夢がある、という事に収まったのだった。
丁度、父の母、つまり僕の祖母に当たる人が田舎に大きな家を持っており、いつか僕や両親達と暮らしたいと話していたこともあって、引っ越しは以外にも着々と準備が進んでいったのだ。
「そうね、もう3月になるし引っ越しの手続きもあるから、そろそろ直人も考えてちょうだい。
此処に残るのか、田舎へ行くのか」 居間に置かれた丸い机に父と僕のぶんの湯飲みを置いた母が、とうとうこの日が着たのかと複雑な表情をしながら僕の隣に座った。
確かに田舎には興味はある、まだ戦争が起こる前、生活がそれほど苦しくはなかった頃、たまたま眼に入った新聞に載っていた大自然の光景を、僕は何時間も見続けていた。
それに、外に出ることが出来ない僕に、当然学校の友達はおらず、思い出と呼べる程の遊び場も近所には存在しない。
強いて言うのならば、自分の家の庭先が僕にとっての公園のようなモノだった。
だが、生まれてから10年の月日を過ごしたこの家を離れられるかというと、答えはそう簡単に出すことは出来なかった。
鳩や鮭のような動物が自分の生まれた故郷に戻ってくるように、人間もまた自らの故郷というものに特別な思い入れを持つ生き物である。
どんなに環境が良い場所に行ったとしても、生まれた場所に帰りたいと言う帰巣本能が己の中にあることを否定することが出来ないのと同様に、未知の場所へ行くという若干の恐怖もつきまとう。
僕はその2つの理由から、両親に無理を言って引っ越しの決断を先延ばしにしていたのだった。
矢張りというか、両親もその辺はわかっていたようで、僕に十分な考える時間を与えてくれた。本当に感謝しても仕切れない人たちだった。
「別に、残りたいのならそれで良いんだ。この引っ越しはお前の為にするのだから、当人のお前が嫌なら止めても良いんだぞ。
気負う事はない、私達の事は良いから自分が好きな方を選ぶといい。
ただし、私や母さんに遠慮して引っ越しをするというのなら、それはお門違いも甚だしい。
何度も言うようでくどいが、これはお前のための引っ越しなんだ」
湯気が立ち上る、湯に近い薄い緑色のお茶を味わうようにゆっくりと口に入れた父は、額にいつも以上に皺を寄せて僕を睨んだ。
戦争から生きて帰ってきた父は、国のために闘い命を落としていく戦場で、壮絶な経験をしたらしく帰ってきた当初は、周りの物音に嫌に神経質になり怯えているようだった。 風で家が軋む度に手元に置いていた包丁を振り回し、錯乱したかのようにそれを降り続けるのだ。
その時、尊敬していた父がおかしくなってしまった事にショックを隠せなかった僕に対して、母は言った父はまだ、闘っているのだと。 戦場での悲惨な、心に深い傷を負うような過去と必至に闘っているのだと。
そして、その後1週間あまりが経った日の翌日、眼に涙を溜めた父は何時も通りの厳格そうな硬い顔を作り、僕と母さんに言ったのだ。
「私は戦争で沢山の者を知り、また沢山の死を知った。私は、散っていった友のために生きなければならない」
それから父は変わった強くなった、いや昔から強く怖い人だとは思っていたが、肉体的な強さではない、心を学んだのだろう。
その頃の父はこれ程の頼もしさはなかった。 前とは比べるまでもない深く、そして全てを見抜くように鋭い眼力を持っている。
そんな父に見つめられれば、僕もその言葉に返さなければならない。
自分の好きなように、でも両親の負担にならない範囲の好き勝手で。
そう、思えてくる。 もう迷うことはなかった、自分の育った家への未練もまだ見ぬ田舎の大自然への希望に比べれば、いつかその広い大地を走り回るのだという未来には・・・・・・勝らない。
「行くよ、僕。そこで絶対にこの身体を治してみるよ」
結果として僕のこの体質とも呼ぶべき身体の弱さは治ることには治ったのだが、それと引き換えに全身がもがれるような苦痛よりも酷い思いをこの身に受けることになるとは、この時の僕は夢にも思わなかったのだ。
その夜、僕は足が半分以上はみ出してしまう狭い浴槽の中で自分の身体をまじまじと見つめていた。
別に変な興奮を覚えているわけでも、自身に欲情しているわけでもない。
「また、増えてる」 自分の身体に無数に出来た痣を、一つ一つ確認していただけだ。 あの痛み、時々襲ってくる電撃のような痛みが走る時、その衝撃は痛みだけに収まらない。
肌、身体へもその痛みは伝染するようで、今までに起こった激痛は全て痣となって身体の至る所に残っていた。痣と言っても、よくあるただ薄黒い模様のようなものではない。
雷に打たれたような、焼けただれたような生々しいモノだ。近くで確認しなければ、これが痣ではなく傷跡だと思っても仕方がない程痛々しい。
さながら歴戦の戦士のようだと思うが、家から一歩も出ない戦士が何処にいる。とんだ笑いものだった。
それにこの痣は治る、普通の打撲と同じように何日かすると綺麗に無くなってしまうのだ。
だが、今日のような痛みに襲われた日は、新しく出来た痣に呼応するように、前に出来ていた痣まで、前と同じ場所に、前と同じ形で浮かび上がってくる。
この浮かびあがった痣たちは痛みはないので、寝ることや歩くことはそこまでは困らない。
問題は、これが両親にもばれてしまうことだ。 これ以上、両親に僕のことでストレスをかけてほしくなかった。
僕よりも精神的に疲労している母のことだ、そんな訳の分からない痣のことを聞かされた日には、医者へ右往左往して心臓発作を起こしかねない。
だからこの現象のことは、医者にも両親にも話していなかった。
話したところで未知の病気だ、医者が知っているとも思えなかったし、もうこれ以上治療費に裂けるお金は、僕の家には無かった。
ぬるくなった湯に顔を付けて、何の気なしに空気の泡を作ってみる。
僕の息の入った泡は勢いよく湯の中から飛び出し、大きな音と共に破裂し浴室の空気と混ざり合う。
風呂に入っていると、何時も落ち着くことが出来た。
温かい湯に浸かって気分が高揚するからなのか、痛みや苦痛に苛まれて散々な気分になっている時も風呂は僕を落ち着かせてくれた。
「ああ、また君か、何時もありがとう」
湯気で霞んだ視界から、少しだけ眼を懲らしてみるとそこに、桶やシャンプー以外に何かが居るような気がする。
はっきりとは言えないが、それは人のような姿でいつも僕のことを見ているようだった。
初めて人のような姿が見えた時は、朝急いで湯気のない浴槽を確認しても、そんな人のように見える風呂道具は置いていなかったし、どうしてか彼・・・彼女が側にいるとより気分が楽になった。
多分、僕の心が創り出した妄想なので同じように、心配をかけるので両親には言えないが、これは激痛よりは楽しい現象だった。
激痛が起こる度に人の影がより濃く鮮明になっているのは、僕の心が病み始めているからなのだろうか。
あまりの痛み、自分に襲い掛かる不運に頭が現実逃避を起こし、幻想と現実の区別か付かなくなってきているのか。
その割には、僕は発狂などといった事はしなかったし、意識は鮮明だと自分の自覚では、そう感じていた。
客観的に見た意見ではないと、僕がそう思っているだけで実際は、再起不能なくらいの妄想混同を起こしているのか、判別はつかないが、それは言い出してもどうしようもない話だ。
この人影は、ただこうして僕が風呂の浴槽につかっていると、いつの間にかあらわれ、特に何かするという訳でもなく、体を温め終わり風呂から出ていく頃になると、出てきたときと同じように物音ひとつ立てずに消えてしまう。
そして、濡れた髪を脱衣所でふていると、ふいに自分の体が軽くなっていることに気が付くのだった。
体重が減ったという訳ではなく、気怠かった体の重りが外れたような爽快感がそこにあった。
だから、僕はそれが例え何であれ、感謝することを忘れなかった。
母が常日頃から、「良くされたら常に感謝の言葉を返しなさい、ありがとうの気持ちから人間関係は大きくなっていくものよ」と言われていた事もあり、自然に感謝が口をついて出ていた。
「ふふ…」
「ん、空耳かな?」
ありがとうと口にすると、わずかだが人影が横にブレ動き、楽しそうな笑い声を出したように見えたのだ。
風呂は音がよく響く密室だ、大方水滴の音か何かを聞き間違えたのだろうと判断し、僕は風呂場から出て行った。
僕がこの不思議な経験を記憶の中から呼び覚まし、その真実を知るのは、この14年後。
主人公以外のオリキャラは一切出さない予定なので、今回の話も誰とは言いませんが原作の方という理解でお願いします。
最近、優曇華院にハマってしまってあの、何がとは言いませんが優曇華は良いですよね。
特に…何がとは言いませんが、白い小さな薬的なものが…
さて、この作品で優曇華院が登場するのは何時になるのか、今日か明日か?
え?来年だって? そ、そんなわけないだろ!