うーむ、こりゃ地雷の予感
そのいち
欠けている者は悍ましさの対象となり、多すぎた者は超越した者とされる。
多眼や多腕の神様はたくさん存在し、多首や単眼の怪物だって色々在る。とある形から外れた存在は、型を越えた存在として定義されていた。これらは昔からずっとそう。
指の数は五本で、足と腕は二本ずつ。目は二つで、鼻と口は一つずつ。耳は顔の横。それが人間という霊長の形。
指の数は五本で、足と腕は二本ずつ。目は二つで、鼻と口は一つずつ。少しの差異で、尾が一つに長耳が二つ。最後の前提に性別は全て女性。それが人間と共に霊長として在った、ウマ娘の形。
設計が違えば、分類を別たれる。どっちつかずであれば、異端としてもてなされる。
指の数は五本で、足と腕は二本ずつ。目は二つで、鼻と口は一つずつ。ウマ娘達と同じで、尾が一つに長耳が二つ。最後の前提に性別は男性。それが霊長の前に突如として現れた、何某の形。
違う者を排斥するのは、均衡を保とうとする本能。知らないモノを恐れるのは、感情の存在証明。
有史以来例を見ない異分子だ、誰もが扱いを困っていた。どう接すればいいのか悩んでいた、のかもしれない。納得のいく理由があれば、理解できる前例が存在すれば、『個性的』の一言で済んでいたかもしれない。
理論立てて説明できる知恵者は身近におらず、受け入れる度量は産み落とした者達しか持ちあわせていない。周囲は距離を保って、奇特な視線を突き刺して、それだけ。
ならば石を投げられる程度の経過は、引き起って然るべきなのだ。血を流させられても、仕方のないことなのだ。
この世界で生きていく以上は、そんな彼ら彼女らの在り方を受け入れて、この身が耐えればそれでいいだけ。
感情とはそんなモノ。どれだけモラルで見繕っても、ちょっとの出来事でメッキは剥がれる。各々が敷いた規制線を、各々が自分勝手に追加したルールで破っていく。好きなようにやらせろと、我儘を思惑の裏で突き通そうとする。
だからそれを見て、学びを得た。
自分も好き勝手やってみようと思った。
門出の春。出会いの春。季語として扱うなら、春とは中々に縁起が良さそうな趣がある。
でも目の前に広がる景色を見れば、思い浮かぶのは『始まりの春』、だ。
最近では中々どうしてお目にかからなかった、満開三昧な桜花の舞。校内へ踏み出しても無いのに、淡い桃色吹雪は自分の全身をあちこち叩く。
ふと、鼻頭へ一枚の花弁が羽を休めて、指ではじけば風に流されて、どこかへ飛んでいく。
そんな様子を観察する視線が、ひとつふたつみっつ、それ以上にどんどん膨れ上がる。門前で男が立ち往生していればそれも当然か。ましてやここは、実質的な女子高であったことを思い出す。
けれど根が図太い少年は、そんな飽き飽きとした視線をものともしない。一人静かに感慨へ耽る。
「……」
顔見知りと目が合い、軽く会釈を一つ。どうでもいいが、朝にあの蛍光色は眼孔が痛い。もっと優しい色をチョイスする気は、おそらくは無いのだろう。少年は望む。パジャマとかも目に痛い色をしていてほしいと。なんだったら彼女が食すもの全般に、蛍光色がぶちまけられていてほしい。そんな妖怪でいてほしい。
ともあれここが、トレセン学園――正式名所は忘れたが、その程度の些事はどうでもいい。大事なのは自分がここへ何しに来たかと言うこと。
遊びに来たわけではない。なにが楽しくて、こんな場所へ自主的に来なければならないのか。トレーナーでもない同年代の男子など、ともすれば不審者と捉えられてもおかしくはない。
好奇心半分、不信半分な衆人観衆の中心地。足早に立ち去る前に、ちょいといっかいだけ。
「へ――へ、……へっっぶしょーーーいっっ!!?」
意図せずの威嚇に成功する。やってやったぜ。
春の陽気は鼻をくすぐり、こんなにも注目されれば噂だってされる。つまりくしゃみをぶっ放そうだなんて、もはや道理なのです。五割は春が悪い。あとの五割は噂してたヤツラ。
自らの無責を疑うことなく、少年は敷地内へと歩みを進める。
堂々とした歩みの中で、春に煽られて被ったままのピクチャーハットが揺れる。
メンズのものではないのは明らかな、真っ白でつばの大きな帽子。御伽噺の魔女なんかが被ってそうな、品のある帽子。でも首から下は、ラフなメンズの私服一色。
奇異の視線が多かったのは、このデコボココーデも一因なのかもしれない。そんな呑気なことを考えながら、少年は校内へと足を進めていった。
腕を組んで平静を装う。少年のこんな強がりを見ているのは、お空の上の住人達だけ。こんなみっともない姿、現世の者には見せてなるものか。
なににおいても、とりあえず声を掛ける。行動しなけりゃ始まらない。
明るい栗毛の背中が見えて、機を逃すことなく呼び止める。
緑のイヤーカフも相まって、人参娘かと思いかけたその姿。
「ちょいとそこのウマ娘さん」
「はい? ……なんでしょうか」
おっとこれはまずい。
聴くものに雲のような浮遊感を与える清らかな声は、瞬間で張りつめて切り替わる。警戒態勢への移行が速すぎる。ただ声を掛けただけなのだが、いやむしろ校内という限定されたエリアだからこそ、こんなにも警戒しているのかもしれん。
よくよく考えてみよう。女子高で突然見知らぬ男子に、それも女物の帽子を被った男子に声を掛けられるなんて、それはなんて背筋の凍る怪談。そりゃ要らぬ警戒心も抱く。
でも安心してほしい。胡乱な目付きで観察するほど上等な存在ではないのだ。
警戒に値しないくらい、阿保なだけなのだ。
「道を教えてくれ」
「……はい?」
意気揚々と校内へ侵入、もとい入り込んだものの、レイアウトなど把握している訳も無し。どこかしらに見取り図でもあるのだろうが、張ってある場所も知っているハズも無い。
もったいぶらずに宣言しましょう。迷子です。
『どうせ一番上の階層にあるだろ。あの子それなりに偉い子だし』
なんて高を括って三時間。校内を徘徊しつくした少年は、とうとう他者に頼ることを思いつく。
カッコつけずに校門に居た、目に痛い服色のお姉さんに話しかけていれば、今頃は手続きを済ませて寝ていたハズのだが。
迷子までのザックリとした経緯を離すほどに、警戒心は薄れていく。でもその分可哀そうなものを見る目が深まる。警戒心と憐憫はトレードオフ。少年は一つ賢くなれた。
「やっぱ人生ってそうそう上手くいかないなーって」
「はぁ……理事長室なら、あそこの階段を登ってすぐですけど……」
「え、うわあっぶねぇ……逆行くとこだった」
脱帽、ここに極まる。本当に誰かに聞いてよかったと、心底の安堵が表に出る。
二分前の自分を褒め称えよう。この少女を呼び止めなければ、きっと自分はあと二時間の校内見学を強いられていたに違いない。それを阻止してくれた少女にも、心底からの感謝を。
目を細めて、満面の笑みで感謝を伝える。
「ありがとう。マジで助かったよ」
「いえ、そんな……えっと……トレーナー研修、ですか?」
「……あー、いや……ちと事情は言えないけど、そのうち分かるよ」
そう言えば、丁度タイミングよく鐘が鳴る。
真っ当な教育機関として側面を持つこの施設では、学力だって疎かには出来ないハズだ。授業を常習でサボるようなアウトローは、そもそも入学自体できるかどうか怪しい。つまりこれ以上の追及はされようが無い。
そんな少年の予想通り、もったいぶった少年の言い方に焦れつつも、重いチャイムに気を取られている。
これでいい。事情を懇切丁寧に説明するのは怠いし、彼女の時間をこれ以上使わせるのも忍びない。なによりも面倒だし、それに怠い。
「じゃっ、俺はこれで」
「あっ」
すたこらと早歩きで、教えてくれた階段へ歩き出す。
なにか言いたげな気配はガン無視。どうせ一ヶ月後には知るのだ。それも全国的に大きく。
だとすればこの場で説明するのは二度手間なワケで、そんな手間と気を回せるほどに仲が良い相手でもない。若干のぞんざいさも、さもありなん。
追ってくる気配は、当然ながら無い。別方向へ去っていったのだろう。遠ざかり、階段を下りていく音を感じる。
階段を登れば、木製の手摺一つで関心を誘う。少年が知っている代物とは、木の手触りがまるで違う。管理も欠かしていないのか、螺子の緩みも感じられない。隠しきれない劣化部位も、事故へ繋がらないような補修が取りなされている。
良い環境で、質の高い上昇を。その心意気の一端を感じた。
こんな些細な部分にも力を注げる。それこそがURAであり、ひいてはウマ娘という存在。
「……ここか」
重たげな見た目に反して、案外扉は軽く動く。
勢いよく開ける――――その前に、覚悟を再確認する。
避けていた世界。目を背けていた世界。逃げ出したかった世界。
そんな世界へ、自分は今から本当の意味で足を踏み入れる。
そんな世界へ、自分はこれから宣戦布告する。
唇が渇いて、知らずの内に視線は俯く。これが本当に正しいのかと、そんな微細な、されど深き緊張を無理やりにでも呑み下す。
覚悟は十年前に決まっている。ならこれは間際の逡巡。『僕は絶賛悩んでいます』という自作自演。自らへのポーズ。最後に深層意識から差し出された、戻り道への分岐点。
戻り道? いまさら戻れと? あの日に戻れるのか?
時は戻らない。壊れた事象は、元通りにならない。進む以外の選択肢は、どこかへ捨ててきた。
――ああ、なんて無価値な――
そんな
ノックを忘れたことをすぐさま思い出すが、理事長は――やよいちゃんは友人だ。きっと許してくれる。
替わりの蛍光色からのお説教が面倒だが、ウンウン頷けばすぐに終わると知っている。
そうして少年は、一枚の紙に自らの名前を書き込んだ。
すんなりとした手続きに、拍子抜けする。でもこれからだ。気を引き締め続けるのは、これから数年間ずっと続く。その間際ぐらいは、気を抜いてもいいのかもしれない。
空を眺めながら、マイペースで校門を出る。
一度振り返り、校舎を一瞥した。
また来る日は、そう遠くない。
その時が本当の、始まりの春。
「……」
目指すべき極致は定まっている。
到達点へは程遠き道でも、それでもきっと大丈夫。
熱く滾る、俺だけの夢がある限り。
「もう、止まらないから」
灰になるまで、残量が空になるまで。
「だから見ててよ、――――」
夢に出てきた内容書き写してくぜ
夢の内容誇張して書いてくぜ