未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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やっぱ地雷なんよなぁ


そのきゅう

「今日は元気ないな、どした」

「……いやぁ、なんでも……」

「ないって言いたいなら、せめて誤魔化せる顔色をしてくれ」

 

 昼食寸前、授業終了間際のこの時間。

 てっきりお腹が空いているから妙に気力を感じないのであって、昼食となれば元通りと思いきやそんなこともなかった。チャイムが鳴ろうと、未だスペシャルウィークは少しだけ気力に欠けている。授業内容も身に入っていない。

 こないだの皐月賞が一因ではあるだろう。スペシャルウィークにとって初の大舞台での、大きな敗北。勝負の世界とは須くそうなのだとしても、夢挫けるかと考えれば、落ち込むのは当然だろう。カイトだって似たような経験があれば、海へ身投げしている。

 でも何処か、それだけでは無い気がする。

 

「……カイトさんは、あの、見てましたよね……?」

「なにが?」

「えっと、そのぅ……ぅぅ……勝負服を、着た時――」

「スペちゃん、一緒にご飯いきましょう?」

 

 小さな声を漏らすスペシャルウィークに気づかなかったのか、普段の柔和な雰囲気からは珍しく、会話に割り込んでくるグリスハンターさん。

 その事実に気づけば、申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「あらっ……お話中失礼しました」

「いやいいよ。この話は今度しようスペシャルウィーク」

「あっ、はい!」

 

 スペシャルウィークが日頃昼食を共にする相手だ。まさか自分のような異分子が邪魔するわけにもいかまい。いつものように、学食で作り置いてもらった弁当を手に、スピカの部室へ足を向ける。

 食堂のばっちゃん飯は、冷めても美味い。あの実力を、ゆくゆくは盗んでやろうと模索中。

 

「あの……待ってくだ」

「…………」

 

 プラスランターさんの呼び止める声。きっとエルポンドルバターさんでも呼んでいるのだろう。そこにセイギンムカイさんとヘブンヘイローさんを加えれば、金色の仲良しメンバー。

 そんな彼女を素通りするように、教室の外へ足が出る。

 

「カイトさん! グラスちゃんが呼んでますよ!」

「へ……俺?」

「はい、エイヴィヒカイトさん」

「…………なに?」

 

 なんだろうか、何かやらかしただろうか。もしやフタツナンカーを通して副会長からのお説教だったりするのだろうか。説教常習のカイトとしては、どうしても身構える。あの先輩ちょっとしつこ過ぎである。

 その必要もなかったが。

 

「お昼ご飯、一緒にどうですか?」

「……え、あぁ、う、ん?」

 

 まさかのお誘いに、シャイボーイのような生返事炸裂。

 なんだかんだで食堂内で食べるのは、此処へやってきて一度しかない。

 今日がその二度目になった。

 

 

「こないだなんか夢中になり過ぎて電柱にぶつかって、挙句謝ってました!」

「えっ!? 見てたのっ!??」

 

 なんと親近感。カイトにもそういった時期はあったから、気恥ずかしさはいたく分かる。

 

「誰も見てなくても勝手に気恥ずかしくなるよな、分かるよ」

「もう知られちゃいましたよ〜っ!! エルちゃん恥ずかしいよ〜……」

 

 手で顔を覆うスペシャルウィーク。するとガラ空きになったボディ、ではなくお盆の上が露わになる。

 エイヴィヒカイトの中では、スペシャルウィークとはよく食べよく育つ元気いっぱいを体現した娘だ。いつもの食事量も、それはもう多い。ご飯食べてお腹が妊婦のようになるなど、此処は少年漫画なのかと勘違いしかけるくらい。それくらいに彼女は食べる。

 

「……少ない……?」

「やっぱ少ないよね」

「ええ、なにかあったのでしょうか……」

 

 箸の進み具合から、食欲が無いなどの不調では無い。そして食事量を減らす理由など、カイトに直近で思い浮かぶのは――――

 

「ははぁなるほど? ……こればっかりはね、時間掛けないと難しいでしょ」

「? なにか知っているんですか?」

「俺が言ったらセクハラ裁判になるから、口つぐみます。その内解決するとだけ」

 

 ダブルパンチとくれば、落ち込むのも無理はない。スペシャルウィークなら奮起も近いだろうが、手助けするのも悪い話では無い。放課後にトレーナーへ相談してみよう。

 説明を求める視線を涼やかに流せば、中庭からの扉が大きな音を立てて開かれる。RPGでも炸裂したのかと勘違いするくらいには、そこそこな爆音だった。ちょっとビックリなんてしてない。

 

「たっだいまー!!」

「相変わらずうららかな元気が千%な娘だなぁ」

「あ! カイトくんだぁー!! こないだはクレープありがとうねー!!」

「こっちもウララには元気をもらってるから。気にしないでくれ」

 

 足に絆創膏を貼り付けまくるのは、どこかニッチに感じる。しかし何故だろう、彼女にはその手の下卑た感情の一切が浮かばない。スペシャルウィーク達やアルダンにも浮かばないが、それはそれ。

 ウララの前では自然と、足長おじさんポジションであろうとしてしまう。他の奴等はたまに虐げたりもしたくなるが。それが実に不思議だ。

 

「今日はどうしたんだそんな大荷物で」

「あっ! これねー? わたし高知でデビューしてきたんだぁー!!」

「おっ、そうかそうかそう言えば……それで、楽しかったか?」

「うん! 高知はまっこと良いとこじゃけん!! みんなすっごく応援してくれてねー? なんと五着になれたんだよー!!!」

 

 祝え! 幾度の闘走を越えて全敗。ただ一度の勝利もなく、ただし一度の涙も流さず。走り手は春と共に、木漏れ日の先で笑顔を届ける。

 その名もハルウララ。高知にてデビューを果たし、また一つ大きくなった瞬間である。

 変なスイッチが入った自覚はある。でも止まらないし止める気もない。

 

「す、すごいじゃないか!? やったなウララ!! 祝だ! 近いうちにご飯食べ行こう!! 友達も何人だって連れて来い!! 俺の奢りでなんでも食べさせてやるぞ!!!!」

「ホントにー!? やったぁー!!」

 

 節約生活を削ぎ落としてでも、これは祝わなければなるまい。

 飛び跳ねて喜ぶウララだが、リュックの中がガチャチャと音を鳴らしている。なんか割れそうな音とかも聞こえてきて、ちょっと心配になってくる。

 

「ほらウララ、とりあえず座ってな。椅子持ってくるついでにウララは何食べる?」

「えっとねー……! カツ丼!!」

 

 イエスマイオーダー。

 

「任せろ――ばっちゃん究極と至高の狭間のカツ丼一丁!!!!」

 ――――んなモンないよ

「はぁ!? 天の道を行き総てを司るカツ丼は!?」

 ――――んなモンねぇって!!

 

 そんなばっちゃんの戯言は右から左へ流れていく。今のカイトは効率を求めることに忙しいのだ。邪魔するなばっちゃん。

 ばっちゃんの元へ伝えに向かうより先に、大声を出して注文を伝える。向かうだけの時間は圧倒的なロスだ。

 声を出してノータイムで伝え、作成中にカイトはお茶と水を汲む。箸の用意に、念の為レンゲも用意しておこう。丼物は、レンゲだと非常に食べやすいのだ。

 

「エイヴィヒカイトさん……?」

「あらら……壊れちゃったね〜」

「知り合いだったデスか?」

「うん! カイトくんやさしいんだー!!」

 

 おっとウララがマイネームを呼んだ気がする。噂されているなんてやれやれ。モテるってのはこうも気苦しいモノらしい。

 そうこうしている間に、ばっちゃんからの視線が飛んでくる。なんだかんだで爆速調理の鬼。毎日頼りにさせてもらってます。

 ウキウキのウィンクでばっちゃんに礼を告げれば、ウララの元へ持って行く。

 

「待たせたな。これがばっちゃん特製――」

「特製……ですか?」

「ゴクリ……デス」

「――森羅万象古今無双東西南北熾天使カツ丼原罪の味だ」

 

 ばっちゃんからのツッコミは飛んでこない。この勝負は、カイトの勝ちだった。

 

「ありがとうー! えっと……カツ丼だね!!」

「そうだぞカツ丼だぞ。漢字使えばいいと思ってんなよヘルモンゴルカター」

「ケ!? アタシデース!? 名前も違います!!」

 

 今はベルコンヨルバサァなんてどうでもいいのだ。大切なのはウララがどう受け止めるか。ウララがカツ丼と言ったのなら、それが例えラーメンでもカツ丼なのだ。

 

「ウララそれ食べた後にバウムクーヘン食べるか?」

「バウムクーヘン!? 食べたい食べたーい!!」

「よしよし。ドイツから届いた本場の味だからなー。楽しみにしててくれ」

 

 一口サイズが一個。自分のデザート枠は消えたが、なんてことはない。ウララが美味しそうに食べてくれるのなら、それ以上の満足感を得られるのだから。

 

「それでねー? お客さんがね? ウララは一生懸命でいいねって! がんばれーって言ってくれたの!!」

「ほう、そいつら分かってるな」

「また走りた〜い!!」

「……ウララちゃん……」

 

 中々見込みのあるヤツもいた物だ。話が合いそうだ。連絡先とか聞けないだろうか。今度そう言った連中を集めて、飲み会開くのも楽しそうだ。

 真面目な話、そんなひたむきな姿には、感じ入る者も多いのだろう。勝ち負けに拘らず一生懸命に楽しむその姿勢は、大なり小なり他者へと影響を与える。強すぎるその善性なら尚更だ。

 それはスペシャルウィークも、栗毛のクラスメイトも例外では無いようで。

 

「……私も、リハビリ頑張らなくっちゃっ」

「え〜? 私はもう寝てたいよ〜……」

「そんなこと言って、セイウンスカイさん皐月賞すごかった!」

「そんなこと〜……あるかなぁ?」

 

 嬉色を隠しきれないのか、なんとも可愛らしい一面を見た気がする。

 レースでいくら火花を散らしたとて、やはり一角の女の子。年相応の姿は確かにある。食事の誘いに乗って良かったと思う。断っていたのなら、こんな一面は知れなかっただろう。

 

「次は負けないよ!」

「ん〜? それはどうかなぁ〜?」

 

 良いライバル関係だ。こういった蹴落とし合うのでなく、互いに高め合うこの関係性には、粘着質な気配がない。見ていてサッパリする。

 ウララの影響か、スペシャルウィークの顔付きにも変化が現れている。それを見越しての策を弄するであろうセイウンスカイ。

 次のダービーは、中々に面白そうだ。

 

「エルちゃん、次はどのレース?」

『このウマ娘は負けを知――――』

「……最強、ねぇ」

 

 ふと、テレビの物言いが気になった。

 一切彼女を貶す気はない。しかしデビューしてから四勝程度で最強とは、つまりその称号は、その程度の認識でしかない。

 カイトの目覚ます最強とは、求められる意味が違う。予想外の角度から、改めて自らの目指す座への遠さを再確認する。

 

「もちろん勝ちマース!!」

 

 それはともかく。

 自信に満ちた良い顔だ。それに対するように、スペシャルウィークも顔を顰めさせる。

 

「私もっ、勝ちまーす!!」

 

 可愛い。

 多分威嚇なりなんなりの気迫を込めたつもりだろうが、ぎこちないその顔はむしろ可愛らしい。謎の握り拳と不思議なピースが、愛らしさに拍車を掛ける。サイレンススズカに写真でも持っていこうか。多分ジュース奢ってくれる。

 

「二人はダービー。アマコンドルラダーはNHKマイル。プラムタンターは怪我治ったら何から出る?」

「そうですね……まだ特には決めていません。エイヴィヒカイトさんは? ……それと、グラスワンダーです」

「ああごめんごめん。俺は……次はオークス出て、そんで――宝塚とか?」

 

 冗談半分で、言ってみる。

 

「……クラシック期でそれは流石に早くない?」

 

 セイウンルナイの言も当然。というかそれが常識だ。宝塚記念にはクラシック三冠レースとは違い、同期以外も出走する。すなわち、シニア級の先輩方ともぶつかる可能性が大いにある。そもそもが出走資格が他とは違い、ファン投票で行われる。

 無論だが、一年以上の経験と自力の差が存在する相手方から、勝利をもぎ取るなど相当に困難な事とされている。周知の事実であり、当たり前の事柄。

 だとすればこそ、カイトにとっては獲る価値がある。

 

「別に大丈夫でしょ」

「……すごい自信ですね。根拠をお聞かせ願っても?」

「俺が勝つから」

 

 栗毛の彼女は勘違いをしている。

 エイヴィヒカイトに自信なんて、そもそもが存在しないのだ。勝つことが義務、ですら無い。それ以上の経過。確定されたスケジュール。負けの予定が入っていないというのなら、勝つ予定しか埋まってないのなら、一体何を誇れと言うのだろう。ただの作業に自信もクソもない。

 

「絶対に俺が勝つからね」

「レースに絶対は……」

「あるよ。絶対は存在する」

 

 語気は無自覚に強く、遮るように答える。

 知らないのも無理はない。そんな道理が出てきたのも、ここ十数年の間なのだから。西暦の中に記されることの無かった絶対が、ここ最近出てきたのだから。

 無知なのも仕方の無い事。

 

「俺だ。『俺』が『絶対』だ」

「あらあら――言いますね」

「ああ、俺と言う例外こそが、長らくあった常識を捻じ曲げる『絶対』だ」

「ふふっ……大きな熱を、お持ちなのですね」

 

 詩人な言い回しだ。良いところの日本屋敷に住んでそうな、そんな雰囲気は間違いではないかもしれない。

 嫋やかな所作が目立つそのくせ、蒼く揺れる対抗心を微塵も隠そうとしない。闘争心の高さは鎌倉武士の如く。

 ――――嗚呼、何故だろう。

 彼女と話していると、どうにも心根が刺激される。らしくもない情熱が、らしくもない激しさを伴って音を立てる。パチパチと、薪の燃える音が内で残響を灯す。

 

「そうだなぁ……木っ端は即燃やし尽くす、くらいの熱量はあるかもな」

「そうですか。その程度の微熱であるなら、私は問題ありませんね」

「そうか?」

「そうです」

 

 少し、目の前の娘と、()()()()()()()とターフで競う光景を幻視する。

 まずカイトが最後尾に付ける。グラスワンダーは……先頭集団か、中盤か、はたまたカイトの目の前を走るのか。なんにせよ好位置を確保するのだ。そうして残り千五百になれば、一気にカイトがスパートをかけて、それに呼応するようにグラスワンダーも――――そんな幻がどこまでも、エイヴィヒカイトを昂らせる。

 まるで、そう、初恋とはこんなものなのか。それとも全く別の感情だろうか。

 敵愾心とも似て、しかし根本が全くもって違うコレを、カイトは知らない。

 

「……()()()()()()()

「グラスと、そう呼んでください。私もカイトくんと呼ばしていただきますね」

「ああ、改めてよろしく()()()

「ええ、よしなに」

 

 決めた。正直に言うとどっちでも良かったが、今日決めた。今年の宝塚を獲ると決めた。

 直接対決なわけではないが、あそこまで言って獲らないのも示しが悪い。それに何より、獲れないと思われるのは物凄く腹が立つ。

 そんなこんなで連絡先が今日で三人分増えた。ベスポントムサワーにエイムンルマイ、そしてグラス。

 不思議な友達が追加された。そんな一日だった。

 

「……グラスちゃんって実は怖い娘?」

「……その通りデス……怒らせると…………ガタガタガタガタ」

「……エルちゃん!? ……私も気をつけよう」

 

 

「トレーナーたい焼きゴチです……あ、そうだ」

「ん?」

「俺、宝塚出る」

「……はぁ!?」

 

 突飛な反応ありがとうございます。ポロリと落ちかけたたい焼きを、地面寸でのところでキャッチする。ほらたい焼きを救ってやったのだ、出走登録はよ。

 

「ちょっ、ちょちょっちょっと待て!!」

「どもりすぎでは?」

 

 なーにそう焦ることではない。たづなさんから一枚紙を貰って、カイトの名前とトレーナーの名前を書くだけ。それだけで粗方整う。

 そうすればあとは、カイトが実績を、オークス優勝してダブルティアラくらい獲れば、宝塚出走の為の票数くらいなら取れる気がする。

 

「どっからそんな自信が出てくるんだ……!」

「でも実際それくらいすごいことでしょ?」

「それはっ……そうだが……」

 

 それにだ。実績以上に大きくインパクトのある、何かが欲しいと思っていたのだ。

 

「それが、宝塚……?」

「はい。今日ちょっと色々ありまして……」

 

 皆が思う最強ではダメだ。そりゃ一時はその称号を欲しいままにするかもしれないが、じきに歴史の中に埋もれる程度でしかない。それじゃダメだ。その程度では、エイヴィヒカイトの求める領域ではない。そんなのではカイトの夢が叶わない。

 だから『最強』という言葉を、エイヴィヒカイトというただ一つの存在を示す言葉にする。それまでの最強と称された者達を忘却させ、未来にそう呼ばれる者達へおいそれと称させない。

 その為には、常識の中で困難と言われる道を敢えて通り、それでいて涼しい顔で歩かねばならない。

 

「…………」

「……まあ、グラスとの売り言葉に買い言葉ってのもありますけど……」

「喧嘩で宝塚って………………なあ、グラスってリギルのグラスワンダーのことか?」

「そうだけど……なに?」

「……カイトくん、愛称で呼んでるの?」

「えぇ……? あだ名くらい俺だって使いますよ」

 

 もしやあだ名を呼べない、面白げのない男だと思われているのだろうか。だとすればかなりショックで、そもそもそんな話をしている意味がないのだが。

 

「カイトくん」

「はい」

「私の名前呼んでみて」

 

 カイトは記憶喪失なのだろうか。ドラマとかでこんなやりとり見たことがある。

 

「サイレンススズカ先輩、でしょ?」

「じゃあス、スズカって、呼んでみて……くだ、さい……」

「え、……いや、サイレンススズカ先輩で良くないですか?」

「うそでしょ?」

 

 絶望を見たって顔をしている。レースでエイヴィヒカイトに追い抜かれた際の、先頭にいたウマ娘みたいな顔をしている。

 後輩にそんなに名前で呼ばれたいなら、スペシャルウィーク達に頼めば良いだろうに。何故エイヴィヒカイトなのだ。

 

「呼んでやれよ」

「いやいや」

「呼んでくれないの……?」

「いやいやいやいや、先輩寂しんぼかよ。スペシャルウィークで我慢してください」

「寂し…………っ!?」

 

 そう言ってやれば、頬をほんのり染めた先輩は走り出す。先に走っていた他のみんなを追い越さんとする勢いだ。

 あの天然先輩、最近は情緒おかしくはなかろうか。そんなことを思いながら走り出したその背中を見守る。色々と話すには、結果的に好都合だった。

 

「てな訳で、オークスの次は宝塚出走なんでよろしく」

「……はぁ……休む暇は無いからな」

「知ってる知ってる。……ってなると次のレースは……」

 

 記してきたメモ帳を、トレーナーに突きつけながら復唱する。

 我ながら鬼ローテとは思う。

 

「今月のケツに青葉賞。五月前半で京都新聞杯。後半に葵ステークスからのオークス」

「そうだ、熾烈なローテになる。そこまでやっても宝塚グランプリに出られるとは決まったわけじゃ無い。それでもお前は宝塚を目指すのか?」

 

 愚問だ。その程度が出来なくては、歴史に名を刻む夢が閉じる。

 この夢はまだ終わってない。スタートラインですら無い。なら、やり切るだけだ。

 

「あったりまえだ……出られないなら、俺はそれまで。もうその先を走る必要、も…………」

「どうした?」

「――……ん-ん、なんでもない」

 

 今チラついたのは白紫の大きな背中と、蒼く揺らめく焔。一体どんな幻影だ。

 そんな奥底の願望に蓋をして、聞きたく無いであろう宣告を、改めて宣言する。

 

「だから今回も他と同じ。出られないなら、俺はもう走らない」

「……だったら勝て! 俺はお前の走る姿をもっと見たい! お前の圧倒的姿が何処まで大きくなるのか、見ていたいんだ!! だから――……勝ってくれ!!」

「…………ああ――分かった」

 

 目を見てしっかりと頷く。

 ファンが居るとはこんな感覚なんだと、エイヴィヒカイトのファン二人目の激励に、そんな感想を今更ながら抱く。

 なるほどこんな期待をされては、確かにやってやろうという気になってくる。力になる応援とはこういうモノなのだ。今まで聞き流していた声の中にも、同種の声が紛れていた可能性もあるかもしれない。もしそうだったのなら、少し悪いことをしたなとは思う。思って、それだけ。

 

「決まりだ! スペシャルウィークはダービー! お前は、エイヴィヒカイトはオークス!! そして宝塚は……お前と、スズカだ……!!」

「おー。……おー? ……おぉー!?」

 

 マジかと思った。宝塚に出れば本気のサイレンススズカと走れるのだ。

 それは今までの、気の抜けた並走練習なんかとは、明らかに違う。異次元の速度を見せるサイレンススズカと、本気の勝負が出来るのだ。

 それは果たして、エイヴィヒカイトをどれほど先の段階へ進ませるのか。

 目を輝かせるには、良き材料だ。

 

「やる気出てきたってこーゆー感じか」

「俺としては複雑なんだけどな……」

「いやまあ、遅かれ早かれこんな構図は生まれてたと思うよ」

 

 どうせサイレンススズカと当たらなければ、ゆくゆくはスペシャルウィークとかち合う。その杞憂は今来るか半年後に来るかの違いでしか無い。

 

「……よっし、俺も再開するか」

「ああ、頑張れよ」

 

 今頃のスピカは学園へ到着した頃だろうか。だとすればそれを追い抜く勢いで走ってやろう。良きトレーニングになるんじゃなかろうか。

 そうして念入りにストレッチをしながら、思い出した案件をトレーナーに伝えた。

 

「俺、今度短期入院するからよろしく」

「おうっ!! ………………?」

 

 そうして走り出してたっぷり五分。

 車道と並走してかなり離れたハズの公園から、衝撃と絶望を混ぜ込んだ悲鳴が届く。車の音にも紛れないとは、中々な声量をお持ちのようだ。

 引き攣る腿の違和感を無視して、意気揚々とアスファルトを走る。

 学園へ戻れば、きっとスペシャルウィークのダイエット会議が行われているのだろう。それに参加するのも、ちょっと面白そうだ。

 

「食生活ガッチガチに縛って泣かしてぇ」

 

 食卓のメインを煮干しなんかに変えてしまえば、どんな反応するのだろうか。

 そうして涙目のスペシャルウィークを想像すれば、少しの面白さはそれなりの楽しみに変わった。

 

 

「スズカさん! 私、やってみます!!」

 

 とりあえずサイレンススズカ先輩は、スペシャルウィークが大好きなんだって分からされました。

 可愛い後輩が心配なのは分かるが、過保護すぎるのも可能性を潰す。ルームメイトでもある彼女の不安は、スペシャルウィークの苦悩を間近で見ていたその感情は、誰にも分かるものではない。

 しかし彼女の面構えを見れば、そんな不安は期待へ変わる。

 

「……分かったわ」

 

 送り出すことを選んだ先輩は、心の底からスペシャルウィークを思っているのだ。なんだか見ていてホワホワする。なんだろう、この気持ち。時折学園内で溶けている薄ピンクの娘を目撃するが、そんな感じになりそう。あれは確か、なんと言っていたか。

 そう、彼女はこう言っていたハズだ。

 

「……てぇてぇ、ってやつか?」

「ああ、てぇてぇだな」

 

 ゴールドシップの同意も受けて、この表現こそが正しいのだと実感する。なんだかんだで博識な彼女がそう言うのなら、そうなのだろう。首を傾げるのは、この言語はどこの国の言葉なのかだ。明らかに日本語ではないだろう。

 

「そして喜べカイト!」

「あん?」

「お前にも模擬レースの誘いが来ているぞ!!」

「……俺は別にいらないでしょ」

 

 スペシャルウィークのような課題点も無いのだ。マイル〜長距離路線を狙うエイヴィヒカイトが、短距離路線のタンキシャトルと走ったところで、得られるものは少ない気がする。

 指折りの実力者と走る機会ではあるが、それはそれ。実力を盗む相手は強ければ良いのでなく、強さの質に拘りたい。

 

「それがなんと! お前に関しては相手を自由に選べる特別待遇だ!!」

「……おぉっとぉ?」

「スゲー! 先輩選ぶ側なんすね!!」

 

 謎の好待遇に、尻込みをする。ちょっとカイトにとっては美味しすぎる話だ。

 リギルの中から自由に選べるとなると、喧嘩番長みたいな先輩や副会長、それこそ生徒会長とだって走れる訳で。そんなのは願ってもないチャンスだ。本来なら一も二も無く飛びつく話。

 

「……なんで俺?」

「実を言えばそれが取引条件でもある」

「スペ先輩と走らせる代わりに、カイト先輩と走らせろってことなの?」

「正確には走りを見せろ、だな」

 

 リギルのトレーナーは、エイヴィヒカイトを研究したいらしい。それなら別に構いはしない。

 どうせ観察の視線には慣れている。自由に見てもらって、カイトの有益とさせてもらおう。

 

「オッケーだ。走るよ」

「そうか! いやー良かった良かった……」

 

 これもしのノーと言ったらどんな顔するのだろうか。多分そうしたらスペシャルウィークの話も無くなるので、言う気はないが。

 

「カイトは誰と走るの? 勿論強いって言えばカイチョーだよ!?」

「エアグルーヴも速いわ」

「ナリタブライアンも三冠だろ?」

 

 そうだ、誰を選ぼうと魅力的過ぎて決めきれない。やはりエイヴィヒカイトはモテ男だった。

 

「……模擬レースはいつだっけ?」

「来週だ。それまでに誰と走りたいかを教えてくれ」

「うーっす」

 

 とりあえずリギルメンバーの走りを見てみよう。明日は資料室へ向かうと決まった。

 そして、次の週――――

 

「よろしくカイトクン、今日は楽しく走りましょうね?」

「うっす、胸貸してもらいますアルデンユキー先輩」




登場人物の名前をはやく主人公に覚えさせたい
コイツ人の名前覚えるの苦手すぎるだろ
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