スペシャルウィークはナイスランであった。
短距離という相手のステージ。初のダート。
それでもその道のエキスパートの喉元へと迫った実力は、誰もが認める確かな物だ。
「あの時副会長の出した下バ評、覆った頃ですかね」
揶揄うような表情で聞けば、溜息と共にカウンターを返してくる。
呆れたように反則カードを切ってくるな。
「ああ、見違えたな……それはお前もだが」
「……、今はもう昔の話でしょ」
流血事件は掘り返されると羞恥がマズイ。あんな黒歴史が、そもそもいまだに噂になっているのがおかしいのだ。生徒会取り締まれよ。風紀、乱れてますよ。
「……それで? エイヴィヒカイトは誰を指名するの?」
「おい、もしかしてまだ……」
「ああ、面白そうだから言ってない」
「ざっけんなコラ??」
だからこんな身構えられているのか。
チームリギルの視線が全身へ突き刺さり、若干の萎縮をしているエイヴィヒカイト。どうしよう、こんなのでも一応は恩人なのだが。こんな緊張感を作り出した主犯を蹴り潰したくなってきた。自然と足は地面を掻いている。
そんなカイトの様子になにを思ったか、まくしたてるようにカイトを急かす。
「ま、まあまあ、ほら時間ももったいないぞ? 早く選べって」
「……とりあえず、タンクシャトル先輩とグラスは省くとして」
「タイキシャトルデース!!」
「……誠に残念ですが、お心遣い感謝しますね」
負傷持ちを走らせるのは酷だろう。スペシャルウィークと既に一度走っている先輩も除外。本調子でない相手と走るなどないだろう。
それに、走りたい距離は決まっているのだ。
「長距離走りたいんですけど、大丈夫ですかね――サルベンウヂー先輩」
『…………』
「……あー、マルゼンスキー、頼めるか?」
「へ? 私?」
また間違えていたカイトを、トレーナーが通訳をしてくれる。
キョトンとした顔で、首をかしげれば大きなリボンが揺れる。
「マルゼンスキー、出られる?」
「ええ、喜んで」
「ふつつか者ですがー、よろしくお願いしまーす」
レース場を移動する。
ダートではなく、芝でこそカイトの求める模擬レースだ。
先達の力、これでもかと堪能させてもらおう。確かな血肉とさせてもらおう。
これは模擬であり、公式に知られるレースではない。ここでの勝ち負けに意味はない。先日の病院でのことを考えれば、本番以外で身体へ負担をかけるのは巧くない。正直負けるつもりですらいる。
「よろしくエイヴィヒカイトくん、今日は楽しく走りましょうね?」
「うっす、胸貸してもらいますアルデンユキー先輩」
ただまぁ、もし勝っちゃったのなら、余裕綽々のこの顔がどう変わるのか。気になるところではある。
怪物の一匹程度、最強であるのなら鎧袖一触しなければ嘘だろう。
「ただいまより、マルゼンスキーとエイヴィヒカイトの模擬レースを始める」
スタートラインと化した副会長が、赤旗を掲げて用意を促す。
練習に使われた後だからか、芝は荒れている。
その程度の些事で調子を落とすような、そんな柔な先輩ではないと思うが。念の為に聞いてみる。
「バ場荒れてますが、問題は?」
「心配してくれてるの? ふふっ……優しいのね」
「……そっすか」
どことないやりづらさを感じる。この感じを、カイトはどこかで覚えがある。
年上の余裕というか、おおらかさというか。この手の雰囲気には、どうにも既視感が否めない。
――ああ、思い出した
「…………母さんに似てるわ」
「かっ、母さん?」
「やっべ」
キコエテーラ。
ここで勘違いしてほしくないのは、決して年増だとか言いたいのでなく、醸している雰囲気に類似点があると言いたかっただけ。呟きが聞こえてしまったのは予想外すぎます。
だがここで焦って言い繕えば、更なる失言を生み出す可能性がある。それはちょっと不味い。口なんてのは、滑らしつくしたらO B A S A Nなんて語句も飛び出しかねないくらい不安定な人体部位なのだ。
「いや俺母さん尊敬してましてねなので決して侮蔑の意味合いでなくむしろいい意味でと言いますか何と言いますかごめんなさい」
結局これが一番だ。謝ること、それ大事。
「いいのよ……ふふっ、必死になって……可愛い」
「いやあマジで気を悪くしたのならマジですんません」
「もうっ、だからいいのよ?」
「なにをしているのだお前は……」
口うるさい副会長はガンスルー。スタートの役に徹してくれ。
「それで?」
「……なにがですか」
「どうして私を選んだのかしら」
やっぱり怒られるのだろうかと怯えていれば、話題はいつの間にかシフトしていた。ちょっとビビりすぎかもしれない。
「まあ、直線のよーいドンならマル……マル……先輩が一番強そうだったので」
「そう? 嬉しいわね」
「――ってのが些細な理由ですね」
怪物、スーパーカー。勇ましき名を持つこの先輩がどんな走りをしているのか、それが一割にも満たない理由。
「あら……それなら些細でない方の理由が気になるわね」
「……言わないとダメですか?」
「教えてくれないとますます気になっちゃうわね~。ああ、今日はちゃんと走れるかしら」
それは困る。物凄く困る。
カイトが一番見たいのは走法でなくて、彼女のモチベに左右される。隠しておきたかったが、白状するしか道はないらしい。
「…………あれですよ」
「んー? なあに?」
――――用意――――
「他のメンバーよりも一番に、誰よりも楽しそうに走るんだなって」
「――……それだけ?」
「ええ――――」
――――始めッ!
「それだけです」
そうしてエイヴィヒカイトは、怪物の背中を負い始めた。
離されることなく、追い抜くことなく、ラスト百メートルの距離までピッタリとくっつく。
スーパーカーとは伊達ではなく、さすがの速さだと思った。映像を見る限りは先行に寄った走り方。しかも速度が高いだけでなく走法のフォーム、息継ぎのタイミング。どこを切り取っても一流だ。
風を切り裂くその姿は、何処までも軽やか。自由気ままに走るその顔は、青天井に楽し気に。それはカイトが映像で見た、カイトの羨んだ走り方。
――――ホンっと、いたいけに楽しそうな顔で、恐ろしい速度を……!
観察する余裕がそこまで無い。さっきスペシャルウィークが相手していたのが、短距離最強という触れ込みらしい。
大いに意義を申し立てたい。多分、目の前を走る先輩の方が、短距離でも早い。
スタミナは問題ない。入学してからは、執拗なまでに体力を作ってきた。三千程度の距離であれば、余裕を持って走り抜ける。雑魚相手なら撫で斬りに、そこそこな相手でも大して苦労しない。
なら目の前は? 無論だが話は別だ。
「やっぱりっ、付いて来れるのねっ!!」
「いや興に乗られると困るんすけど!?」
引き離さんと速度を上げる彼女に、急いで速度を合わせる。
嬉しい。楽しい。明るくてカラフルな感情が、すぐ後ろのカイトに感じられる。距離を過ぎるごとに昂っていく感情に釣られて、前方の速度は加速度的に上昇していく。
スタミナの問題ではない。これは速度の問題。
見て調べながらでは速度が載りづらい。気を抜いては一気に追いていかれる。追いすがるには、それなり以上で臨まねば。
必然的に、ギアが切り替わる。
ガチリと緩めていた筋肉が引き締まる。
「すんません先輩」
多分伝わりはしない。空気の壁に遮られて、この謝罪は届かない。
伝わるのは、絶対的な勝利への決意だけ。
「――――勝ちます」
「勝負ね――――」
どうせ本気なら、勝ってしまえ。
決意の一踏みが、整備もほどほどなターフに突き刺さる。
エイヴィヒカイトが意図したことのない、周りへ伝えるその合図。爆撃のような轟音が、大気の壁を震わせる。
「それがキミの、本気!!」
「――――」
見えるのはいつもの景色。カールしたロングヘアーは目の前から消え、おそらく隣にいる。推測される位置からして、並んでいる。そんな粗末は黒白の世界が塗りつぶす。
難しいことはもう考えない。もう、何も聞こえない。もう、何も見えない。
模擬だろうと本番だろうと関係がない。そう定義されたこの身体は、身勝手にも勝利という結果だけを目指して、無機質かつ豪快に走り抜く。
エイヴィヒカイトを――オレを――本気にさせたのは、アンタだ。
なら敗北という結果の一つくらい、受け取ってもらう。
「はしゃぎすぎた代償だ、後悔すんなよ――――センパイッッ!!!!」
――――衆人観衆の中で、無様に膝を付けさせてやる。
振るわれた気迫は、いつだって望んだ結末を手にする。
この程度の勝利は夢へ繋がらない。欲した要素を得られた実感もない。言ってしまえば無駄な一戦だったと言い切れる。
高望みをしすぎたのだろう。不要な勝利だった。ただ身体への負担を費やしただけに終わったのだ。
苦言ならいくらでも思いつく。でも。
――また一緒に走りましょうねっ!
そんな、満足げな表情を出されれば、文句の一つも出せなかったが。
報酬としては、そう悪くはなさそうだった。
この世に生を受けて早十数年。まだまだ若造ではあるが、断言できることを一つくらい持っている。
病院って、死ぬほど娯楽がない。知ってますかお医者様、退屈って知生体を殺すのですよ。
持ち込んだ本は読みつくし、ゲーム機器の類は持ち合わせていない。誰かとの関わりも薄くなり、話し相手は必然的に看護婦さんになるわけだ。
そうなればこれまた必然的に、身の世話をしてくれる看護婦さんとはよくしゃべる中になるのだが。
「ちょっとの間ですけどお世話になりました」
「いいんですよ〜そんなの。カイト君もいい子だったし――」
「……」
「今月末のオークスにも出るのよね? 応援してるから、頑張ってくださいね」
「おっ、嬉しいなぁ。期待に応えられるよう――」
「…………」
「あら……? ……ハッ! なるほど……それじゃわたしはこれで……二人でごゆっくり〜」
「? うぃーっす。三日間ありがとうございました」
「………………」
数日間限定のお手伝いさんは、そう言って出てしまう。
会釈だけするアルダンは、看護婦さんが入ってきてから一言も喋らない。
ニコニコとしてるのに、返事の一つもしなかった。
「……大変仲がよろしいご様子で」
「そうか? 愛想いいのは仕事だろ」
皮ごとリンゴを齧りながら、どうでも良さげに返答を返す。摩訶不思議御立腹なお嬢は、土産を持ってきてはくれたが剥いてはくれない。正確には剥こうとしてはくれたが、点滴を取り外しに来た看護婦との会話を聞いてから、その手を止めてしまった。ワザワザ持ってきた果物ナイフは、一体なんのために用意したのでしょう。
不機嫌に従って振り回すためではなかろうな。もしそうならこの二人きりの状況は、非常に不味いのだが。
「……美味っ……これどこ産?」
「…………」
「おーい? 無視ですかーい」
「……知りませんっ」
プイッと顔を背けられるが、こんなのは一度や二度でもない。こないだのマックイーンの件くらいキレてるなら話は別だが、今日くらいなら可愛いものだ。
模擬レースの後、反省会も程々に、そのままの足で病院へ向かった。
要件はなんてことない、ただの検査入院。
「…………は」
「んー?」
「……足の具合は、どうでした?」
「筋肉痛とかその他諸々。でも問題無しだと」
たった三日程度の入院だ。そんな大事にすることも無いだろうと当日に連絡すれば、バビュンと飛んできたアルダンお嬢。
伝えたメッセージが『入院する』だけなのが不味かったのだろうか。顔色を真っ青にして、脂汗全開で扉を開けられた瞬間は、あまりの形相にビビり散らかした。
その後に散々っぱら説教されたが。
「なにはともあれこんな無機質部屋からはおさらばだ」
「これからどうするのですか?」
「三時には出るかな」
「それまで数時間……なにしましょうか」
ちょっと待った。まさか退院の手続きが終わるまでの間、此処にずっといるつもりだろうか。こんな暇な場所にいられるなんて、もしかして暇なのか。暇仲間を見つけて、ちょっと感動。
「……なにするかな」
「今日のお夕飯は何にしますか?」
そう言われて考える。何しろ味気ない食事ばかりな日々からの解放だ、好物くらいは食べたい。
ラーメンなんかも良いが、多分許可されない。アルダンの言から推測するに、彼女も食卓に着こうとしているのだろう。
無難なラインで満足しよう。
「アルダンが作るならなんでも……オムライスとか?」
「はい、ええ、楽しみにしてくださいね」
言われずとも。とうに胃袋は捕まってしまっている。もうカイトが自炊するだけでは、味の満足は得られないのだ。
小腹をリンゴで満たしつつ、それでもまだ足りないカイトは、もう一つに手を伸ばす。
すると手は空振り、五秒前まであったハズの赤い果実は消えている。その行方は、アルダンの手の中に。
「お昼は食べてないんですか?」
「……最後の検査とかでバタバタしてな」
「どうりで」
どんな心境の変化か、今度はしっかりと皮を剥いてくれるらしい。それは嬉しいのだが、リンゴに限らずバナナまで剥くのはどうかと思う。バナナくらいは自分で剥けますよ?
「〜〜♪」
無意識に鼻唄が出るくらい、妙過ぎるくらいにご機嫌な様子でリンゴを解体していく。ウキウキなウサギさんの造形が、細部まで作り込まれていく。表情まで描かれてはすこし食べづらいのですが、その辺はお嬢にとって大した問題では無いらしい。
体を左右に振りながら、椅子を静かに揺らしている。ただ果物を切っているだけなのに、何がそんなに楽しいのやら。
「楽しいか?」
「ええ、とっても」
「さいですか」
なら別に構わない。
切り終わったリンゴを横からつまみながら、病室のテレビをつける。
モニターにでる内容はレース、直近で行われるダービーの話題。
「そういえば、こないだのレース見させていただきました」
「こないだって、模擬レース?」
「とても格好良かったですよ」
ノータイムで臆面もなく言ってくるものだから、目線を合わせずらい。そんな姿を微笑ましく笑うものだから、それを気に入らなくなるのも当然だ。
「……褒めるならG1とかを褒めてくれ」
「んむぅっ?」
ウサギを口へ詰め込み、物理的に喋れなくしてやった。
リンゴを口に咥えたまま、『なんですか?』と言わんばかりに首をこちらへ傾げる。なんだか食べ物咥えたリスみたいだ。可愛い、と口には出さないが。
小動物的視線から逃れ、モニターに安息を求める。
ダービーの内容は流れ、今はオークスの話題へ移り変わっていた。
無敗のままティアラ路線を突き進むカイト。その圧倒的な姿は、過去に存在したとあるウマ娘と似ているらしい。
「……母さんは、元気してた?」
「……いつも通りでした」
「そっか。……やっぱ会ってたんだな」
「そういうカイトは、学園へ来てから一度も会ってないようですね」
母さんは嫌いじゃない。むしろ好きだ。家族を愛するのに、さしたる理由なんて必要ない。
でも、今はちょっと会い辛い。
無責任に会うには、カイトは、エイヴィヒカイトは母親を裏切り過ぎた。
きっと許してくれるだろう。ふわふわとした笑顔で、『重荷にさせてごめんね』と、そう言って優しく頭を撫でて許してくれる。
そも彼女にとっては許すも何もと言ったところだろう。彼女からすればカイトに非は無く、彼女にこそ責任があると思い込んでいるのだ。
「会えないよ」
「……」
「会いたいけどね? でも、全部終わってからじゃないと」
夢を叶えてはじめて、そうしてエイヴィヒカイトは、最愛の母と再会を許される。少なくともカイトは、そうでないと母に会えない。
言うなればカイトの抱く夢は、贖罪のための夢なのだ。
「夢を叶えるまで最速で、あと一年強」
夢を叶えて、贖罪を済ませて、その後は何も考えていない。
「頑張るよ」
その後の先は、今のエイヴィヒカイトには存在しない。
白紙へ向かう未来地図だけが、カイトにとっての道標。
「戸締りちゃんとしとけよ」
「ええ、カイトも無理しないように」
退院したその足で、買い物を済ませて一度帰宅してきたのも束の間。
荷物を置けば早々にジャージは着替えて、カイトは出かける準備をする。
「そんな遅くはならないと思う」
「はい。いってらっしゃい」
そうして向かった神社。今日も今日とて坂上がりのトレーニングだそう。あの長ったるい階段は、確かにトレーニングとして最適だろう。体力も付くしで効率的なトレーニングに思える。
億劫になりながら、一段一段と階段を上がっていく。すると上へ近づくごとに、話し声が聞こえて来る。トウカイテイオーの声は、聞き取りやすくて助かる。
「? なーんか聞き覚えが……あるような……?」
気品の高さを感じる声だ。アルダンにも通じる雰囲気。どこか昔に聞いたような、そんな懐かしい声が成長すれば、こんな声なのだろうな、と。納得できるような音の震え。
まあ良い。見れば分かるのだ。まさか
「あ、れ?」
訂正しよう、どうでも良くなかった。
成長したその姿を見るのは、本当に久しぶりだった。綺麗になったな、なんて父親目線のような感想が身勝手にも浮かぶ。
するとなんか見覚えのあるトレーナーが、なんか見覚えのある芦毛に忍び寄って、その華奢にも見える細い足へ、その魔手を――――
「――――ッッ!!!」
「グワーーーーッッッ!!!??」
気づけば結構本気で、腰を入れた一撃で、思っクソ蹴り飛ばしていた。
先走る反射の中で、辛うじての理性が待ったをかけたのが幸い。理性が働かなければ、危うく首を蹴り折るところであった。
木に受け止められて、幹に罅を入れるトレーナー。これは大変だ。立ち上がるのも大変だろう。手を貸してやらねば。
「大丈夫かトレーナー」
「お、ぉぶぅ……いや、やったのおま」
手を差し出すなんてまどろっこしい。なのでトレーナーの襟元を握り締めて、無理矢理起こしてやる。
「大丈夫かトレーナー」
「い、いやだからおまえ」
おやおやおかしいな? カイトは大丈夫かと聞いたのだが? 一向に返事が返ってこないんだが? コミニケーションを放棄した霊長類なのかな? だとしたらもう資本主義社会に存在しなくていいよな?
今度はニッコリと笑って、襟元に込める力を更に強くする。
「大丈夫かトレーナー」
「ハイ。ダイジョウブデス」
ああ良かった。殺しなんて初体験を知らずに済んで、本当に良かった。まさか恩人をこの手にかけるだなんてそんな、まさかそんな。
ちょっと独り言が言いたくなった。
「……………………アイツはダメだ」
「ハイ。」
他はまあ良い。折檻を受けてそれでおしまいだ。でも彼女はダメだ。
一方的な認識とはいえ、妹分でもある彼女に気安く触れようものならそれはもう猛る。生命線の危機まで追い込んでしまう。なのでダメです。
確かな忠告を植え付けて、その彼女の方へ向く。
昔はもっと柔らかくて、可愛い系だった。十年近く振りに見たその顔は昔と違って、凛とした綺麗さが込められている。
「ぁ――――……ぁっ……おに――」
「テイオーでかした!!」
台紙を持ってにじり寄るゴールドシップ。
段々と状況が見えてきた。ゴールドシップがトウカイテイオーに頼んで、マックイーンを連れてきたって所だろうか。
「メジロマックイーン! それじゃさっそくここにサインを!!」
「っ、見学してからです……」
しかもあの紙、入部届ではなかろうか。ゴールドシップがマックイーンを気に入って、入って欲しくてここへ呼んだのだ。
だから不幸にも、エイヴィヒカイトと遭ってしまった。
「……でも、私はお前と、走り、たくて……ぅっ、……ぅぅっ」
「マジ泣き?」
あのゴールドシップが泣いてることに驚く。どれだけマックイーン好きなのだ。しかもアレ、マジのマジで泣いているっぽい。演技とかでは無く、本気で涙を流している。
「な、泣かなくても、いいじゃありませんかっ! 別に、入りたくない訳では――」
マックイーンの視線が、此方へ一瞬だけ向けられる。
「――訳では、ないのですから……っ」
そうだろうなと納得する。
エイヴィヒカイトという存在は、マックイーンにとって良い影響を及ぼさないだろう。トラウマな象徴のようなものだ、近づけば近づくほどに、マックイーンを痛めつけるのがエイヴィヒカイトだ。
であればこの場にいるのはよろしくない。マックイーンにとって毒にしかなれないカイトは、早々に立ち去るべきだ。
「悪いトレーナー、今日は先帰るわ」
「お、おう? ……待った病院の結果だけ教えてくれ」
「健康体。強いて言えば筋肉の消耗しすぎ。過度なトレーニング控えろってさ」
そう伝えて、足早に階段へ向かう。
なるべくマックイーンの方を向かないように努めて、出来るだけ早くマックイーンの視界から消えるよう努力する。
「……ぃ、、ゃ……まっ、て」
掠れた声はカイトに届かない。掠れずとも、きっとカイトは受け取らない。
聞かないようにして、カイトは自宅へ向けて逃げ帰った。
ただまぁ、結局は逃げきることができなかったのだが、それはまた今度。
『こないだカイトからの伝言受けてから、最近妙に嬉しそうだよねぇ〜』
『……そうでしょうか』
『そうだよ! だってほら、カイトの話題を出しただけで尻尾揺れてるし』
『ッ!? こ、これは、関係ありませんわ!! ……それで、どうかしましたかテイオー』
『カイトからの伝言についてなんだけどさ』
『……ええ、なんでしょう』
『アレ嘘なんだ。ごめんね』
『……………………は?』
『あ、でもでもマックイーンへの伝言自体は嘘じゃないよ? 『俺はそれなりに元気でやってる。マックイーンも健康で』、こっちが本当の伝言ね』
『そう……です、か』
『ガッカリした?』
『――どうでも良いでしょうそんなことは』
『でさー、そんなに気になるなら会ってみない?』
『……それができるなら今頃は……っは!? べ、別に気になってませんわ!!』
『ゴールドシップもマックイーン連れてこないとパイルドライバーって言ってるし、ちょうど良いかなって』
『……貴方のチームに、入れと?』
『見学だけでも〜。ね? お願い!! カイトに会う口実にもなるからさ〜!!』
『…………そこまで言うなら、見学……くらい、は…………』
邪険にされてたと思い込んでて
邪険にされてないと知って
意気揚々と会いに行って
何話そうかなとかワクワクしてれば
ソイツはなんか一人で勝手に納得して何も話さず帰って
みたいな