マグロはどう食べるのが一番なのか。その問い掛けに、世界は答えを持たない。
ぐちゃぐちゃとした理論など面倒が過ぎる。大切なのは、美味しいものを自分にとって、いかに最大限味わえるか。結局はこれに尽きる。この結論を出す為に無駄な議論を挟もうなどと、バカらしくは無いだろうか。
刺身だろうが焼こうがマグロ。各々の好きに食べるのが、一番美味しい食べ方なのだ。
そんなこんなで今、トウカイテイオーの奢りで寿司屋に来ています。
後輩に奢らせるのか、なんて声は聞こえません。カイトの耳は幼い頃にボロボロになっちまったので、悪い情報だけが聞こえません。
「もう勘弁してよ〜!!」
「分かった分かった……大将、中落ちと銀鱈照り焼きを三皿追加でお願い」
「アタシは赤身を同じ数で頼まぁ!」
「全然分かってない!?」
ゴールドシップの紹介でやってきた老舗寿司屋。主人は顰めっ面の、これでもかと職人オーラを放っている。しかも話を聞けば、この店は一見お断りとか、そんな感じの格式高し店。ゴールドシップはどんな経緯でこの店を見つけたのだろうか。
運ばれてきた蟹汁に茶碗蒸しと、サイドに当たる品々も絶品である。特にカイトは、銀鱈の照り焼きが気に入った。
「お寿司屋さんで焼き魚そんなに食べる人、初めて見たよ……」
「いやこれ美味いって。マジで美味いぞ。タレが今までにない味わいしてる」
「じっちゃん! えんがわ炙りでよろしく!」
「あ、俺もそれ三皿オナシャース」
「うぅ〜ボクのお小遣いが……」
己が業によって引き起こされた事態だ。降りかかる災難全てを甘受して欲しい。
とはいえゴールドシップもエイヴィヒカイトも、常識外な量を食べる訳ではない。ふざけきった時や、イベント事の際に、テンションに任せて食べてしまうタイプだ。なのでスペシャルウィークや、モグリラップ先輩ほどは食べないので安心して欲しい。
「けっぷ……ちょっと休憩するか」
「良かった……休憩……?」
「ま、腹が落ち着くまで休むか〜」
美味しい寿司屋は茶も美味い。熱々の緑茶が、五臓六腑に染みていく。寿司屋で毎度起こるこの不思議現象は、一体何なのでしょう。
今日のトレーニングはお休みだが、チームメイト思いのスピカの面々は、四葉のクローバーを探していた。誰のためなどと無粋は言うまい。
今日の寿司はその帰り。
「明日オークスなのに大丈夫なの?」
「任せろ。あと十キロ体重が増えたって負けはありない」
青葉賞、葵ステークス、と走って分かったが、同期には敵がいない。
注目すべき相手もいなければ、警戒に値する敵もいない。とっとと終わらせて、四葉探しに戻りたいものだ。
「結局、メジロマックイーンはスピカに入るのか?」
今日の集いにも参加していたが、神社での一件以降の下りをカイトは知らない。今日だってろくに話していない。話しかけてこようとしていたのは何となく分かるが、その辺は徹底しているエイヴィヒカイトだ。対話をすれば傷付くのはカイトではない。毒は一人でに、とにかくマックイーンを避けていた。
そういえば神社ではゴールドシップが泣き落とそうとしていたが、あれは成功していたのだろうか。
「おうっ!!」
「やけに嬉しそうだな」
「え〜? カイトも嬉しいんじゃないの〜??」
「大将、ウニとカニミソよろしく」
トウカイテイオーの揶揄いを聞けば、何故だが腹が減ってくる。これは食べろって示しだろう。本能に抗うことなく、無言で食事を再開する。
しかし、マックイーンはスピカ加入が確定したらしい。
であればどうしようか。カイト自らのレーススタイルは確立できた。その恩を忘れた訳ではないが、スピカの枠組みに拘る必要が無いのも事実。他の木っ端なチームでも、十二分にやっていけるだろう。その辺を早いところ考えておくべきだ。
手遅れになる前に。
「ま、良いんじゃないのか。トウカイテイオーだって、日々のトレーニングに張り合いが出るだろ」
「なんか他人事じゃない? カイトだってチームメイトなのにさ」
「気の所為だな」
「マックイーンが嫌いって訳じゃないんでしょ?」
「あん? オメーマックイーン嫌いなのか?」
「んなわけっ――別に、好きでも嫌いでもないけど」
マックイーンとカイトには、然程の関係性が存在しない。友達でなければ、忌み嫌う怨敵でもない。ましてや恋人や親友などでも、決して無い。
唯の親戚。年齢が下だっただけで、たまたま遠く血が繋がっていたらしいだけの親戚。というかその血縁ですら今となってはあやふやらしく、それくらい希薄な仲とカイトは定義している。
だから好きも無い。嫌いは――――もっと無い。
でもカイトとマックイーンとは、他人な距離が一番正しい。
「たまたま親戚だったってだけだ。子供の頃ちょっと話したり遊んだり……それだけで、後は知らない」
「んだよお前メジロ家かよ」
「遠縁もいいところだけどな」
それこそメジロ本家としては、エイヴィヒカイトなんて存在は無かったことにしたいんじゃなかろうか。ひょんなことから面倒な存在を背負わせて、ちょっとの申し訳なさを思ってる。
だからアルダンがカイトに世話を焼くのは、きっとあまり良く無いこと。マックイーンがカイトに興味を示すのは、とても良く無いこと。
限りなく遠ざけたいのが本心、なのだが。
「……はぁ」
「なにその溜息」
「財布の中身以外気にすんな」
落ち込みながらメニューに指差して、女将さんに味噌汁のお代わりを頼む。寿司屋の味噌汁類は、来るのが早いから気軽に頼みやすい。
アサリ味噌汁の香りを堪能しながら、ままならぬ現実を思い出す。
アルダンの手引きか、はたまたマックイーンが頼んだのか。
明日のオークス、ではなくその後。家に帰ってから待ち受けているであろうヒトが、どうにもカイトを憂鬱とさせる。
「……オークス走った後実家帰ろうかな」
「そんなに嫁さんが怖いのか?」
「嫁さんって……」
「尻に敷かれてるもんなー」
勘違いだ。アルダンは嫁などでなくて姉的存在。親戚繋がりのよしみで面倒を見てくれてるだけなのだから。
「アルダンとはそんなんじゃ……――――おい、なんで知ってる」
「おお! マジでいたんだな同棲相手!!」
「…………は?」
は?
「しかも相手はメジロアルダン!? こりゃテキトー言ってみるもんだな!!」
「しかもカイトが呼び捨てにしてる!? ただならぬ関係だー!!」
「何が、起こっている……?」
いつもの適当発言が、本人の意図すらなく弱ったメンタルを引っ掛けた。カマ掛けのつもりですら無かったのが、余計に腹立たしい。なんてくだらない発端でバレてしまったのだ。
なんか頭が痛くなってきた。よりにもよって、トレーナーやスペシャルウィークなどではなく。よりにもよって、ゴールドシップなんて暴走列車に発覚されてしまえば――――!?
「誤解だ黙ってろ口縫い付けるぞ」
「分かってるってぇ! 分かった分かった!」
「ウマッターを開くなぁっ!!!」
爆速で操作し始めた携帯を奪い取る。
二秒くらいの猶予で、送信ボタンを押す段階まで打ち終わっている。手が速すぎだ。カイトが携帯を奪わなければ、アルダンとの誤解された関係は最低でもスピカ中に、最悪学園の外まで知れ渡っていただろう。
この女は謎に人脈が広い。メジロ家へ伝わっても不思議ではない。ほんと厄介な天敵だ。
「本気でやめてくれ。俺じゃなくてアル、……メジロアルダン先輩に迷惑かかる」
――あ、呼び直した。
トウカイテイオーとゴールドシップは、心が重なったことを確信した。
「じゃあどんな関係なのか教えろよー」
「マグロ以外も食べてるんだからさー」
追求の声をハミングさせる、クソガキとナゾ娘。
とはいえアルダンとの関係性も、マックイーンなどと変わらない。
「……親戚」
飽きた表情をやめろください。どう語彙をこらしても、結局ここに帰結する。だから君達の求める回答は得られないです。
虚偽真実、どちらの分類の言葉を選んでも、親戚の二文字以外に適した言葉が見当たらない。
「強いて言えば姉。これで満足か? つーか満足しろ」
「姉、ねぇ……本当に?」
「じっちゃんアジとカツオ〜」
ありもしない腹を探る邪推は、どうにもムカついてくる。悪いことなど一つもしていないハズなのだが、どうしてカイトが詰められている。
それもこれもきっとアルダンの所為に違いない。彼奴がカイト宅へ通っていなければ、口を滑らすこともなかった。今度来た時どうしてくれようか。
「親戚つってもほとんど他人くらいなんでしょ? そんな男女二人が一緒に暮らしてれば、ねぇ〜?」
「違う違う。暮らしてない。泊まりくるのは週二だ」
「それ以外は遊びまくってんじゃねーの?」
「違う違う。遊んでない。夕飯作りに来るだけ」
無表情を幾ら取り繕っても、内心ばかりは誤魔化しきれない。口で取り繕おうとすればするほど、ポロポロと落ちていく情報に、女子二名とお爺ちゃんお婆ちゃんはホクホク顔だ。しかも焦燥に紛れて、カイトはその事実に気づけていない。もう致命的すぎた。
「……坊主」
寡黙に差し出される刺身盛り。なんか、明らかにさっき食べてたのとは鮮度というか、輝きが違う。活き造りとか盛られてるし。一日数点限定とかそんなレベルの一品ではなかろうか。
「大将コレ頼んでないよ?」
「いいのよ食べてちょうだい……道は遠いかもしれないけど頑張ってねっ!」
「…………あっ、はい、……いやいやそうじゃなくってさ」
大将からは無言のサムズアップ。俺はまだ満足をいく結果出せてないし、納得もできてないので、その仕草にはちょい早いよお爺ちゃん。
一瞬オークスを応援してくれたのかなー、なんて勘違いは、女将さんのウキウキ雰囲気で全部察した。だって女性って何歳になっても恋バナ好きだもの。
応援って、梯子外されるとこんなに何とも言えない心持ちになるらしい。
「駆け落ちするなら前もって準備してからじゃないと後悔するわよ」
「だから違ぇって女将さん!!」
勘違いを全力で応援されると、なんともやるせない。普段ならこうなった原因である左右二名と、血で血を洗う大戦争が巻き起こるわけだが、そんな元気も無くなってしまった。
「……満足か?」
「思ったよりつまらない話だったな」
「ね。もっと突っ込んだ話聞けると思ったけど、まさかのヘタレだったねー」
「宣言しとくわ、テメェらそのうち地獄に落としてやるよ……!」
直近とは言っていない。忘れた頃に制裁してやろう。不意打ちこそが、最も効果的な衝撃を叩き出せる。どうか一年後まで覚えるな。エイヴィヒカイトは執念深いのだ。壮大な復讐計画を、少しずつ組み上げる日々が確定した。
そうして大将からの的外れな励ましの込められた刺身盛りを、ありがたくいただく。もう訂正などはしない。揶揄っているような雰囲気も無いし、優しい応援を頑と否定するのは、なんか違う。
「美味ぇ……」
「あ、ボクも食べる!」
「アタシにもくれよ!」
そんなこともあった晩御飯。
空の暗がりが深まりすぎないうちに、三人は店を後にする。
軽くなった財布に戦慄する後輩の背中を眺めつつ、寮へと送り届けた。
「トウカイテイオー今日はご馳走」
「いやー食った食った」
「食べ過ぎだよ……」
「元辿れば自業自得だからな、苦情は受け付けないので」
寮の門へ着いた。ここが釘を刺せる最後のタイミング。
これまで見せてこなかった、真剣な眼差しで、二人に懇願する。
「メジロアルダンとのあれこれを、お前らがどう勘違いしてようが、正直どうでも良い」
「え? いいの?」
「でも、それを周りに言いふらすのだけはやめてくれ」
「……」
「頼む」
こんな本気の態度を、今まで見せた事があっただろうか。深々と、頭を地へ向けて降ろし、これ以上無い誠意を見せる。
ここで優先すべきは、アルダンへの影響だけ。それ以外は、カイトが勘違いされてれば良い。それ以外の方へ、影響が無ければそれで良い。いくら面白おかしく思ってもらっても、構わない。
「……ったくしゃーねーな。テイオーもそれでいいよな?」
「うん。ボクはカイトを揶揄いたかっただけだし」
「そういう訳だ、今の話は黙っといてやるからよ」
根が善良な二人は、カイトの予想通りに約束してくれた。
「助かる。ありがとう二人とも」
やはりカイトは、周囲の方々に恵まれている。掛け替えの無い幸運と出会えて、今存在している環境が、どれほど奇跡的な位置にあるのかを再確認する。
帰り際にも、背後から明日は頑張れと、言ってくれる声がある。
チームスピカという居場所は、自分にとって予想以上に居心地が良い。
「……期待には、応えるさ」
それしかできない唯一だ、淡々とこなしてやるとも。
二つ目の冠は、十数時間後に。
マスコミを相手取るなら、トレーナーよりもカイトの方が経験豊富だ。だからこの場ではカイトに一任させてもらった。そんなオークス当日記者会見。
でもちょっと首を傾げる。
「前回での桜花賞の際の件について、お話伺いたいのですが」
「今日はオークスなんで嫌です。次の方ー」
なーんか違う。記者会見の雰囲気ってこんな感じだったか。もっとうるさくて、責め立てるような雰囲気では無かったか。想像以上に狂ったような勢いが薄い。
記者のメンツの中には、幼少期にも見かけた顔が散見されるがはて。コイツらこんなに殊勝だったかしら。今の嫌です発言にも食らいつくのが、コイツらの習性だった気がするのだが。
「エイヴィヒカイト選手から見て、気になる選手などはいますでしょうか?」
「他は知りません。いつだって俺は、他を気にせず走るだけなんで。次の方ー」
身構えていたら透かされて、拍子抜けした気分だ。
別にもっとバチバチに喧嘩したかった訳では無いが、てっきりそうなると思い込んでいた。
「男の貴方がティアラを目指すというのに、違和感は抱かないのですか?」
「全くもって抱きませんね。次の方ー」
だがやっぱりこの手の輩は少数いる訳で。
昔よりコンプライアンスが厳しくなったのかは知らないが、しかしまあ、いわゆる悪徳に分類される記者とは、やはり絶滅していないらしい。
とはいえこの程度なら、むしろ軽いくらいだ。
「ではっ! 自らの事に全くの疑問を抱いていないのですか!?」
「次の方ー」
「男のウマ娘なんて、異端の貴方が!?」
「あ、じゃあそちらの方からお願いしまーす」
対処法とて今も昔も変わらない。無視だ。てか旧石器時代から進化してなさすぎではないか。失言狙うなら、もっとさり気なくやったほうがいいと思う。
「青葉賞に葵ステークス、そして今回のオークスと、急な連戦が続きますが、調子の方は問題無いのでしょうか」
「ええ、てんで絶好調です。いつも通りの走りが出来るかと」
時間潰しにはちょうど良い、暇潰しの退屈な時間だった。
レースが楽しみかと言われれば、それはまた別の話だが。
控え室にて弁当をカッ喰らっていれば、バタバタとこちらへ走ってくる足音。よほどの急ぎらしい。他の選手が遅れてきたのか、なんて思ってた。
「カイトいるか!??!」
ウチのトレーナーだった。やたらと高級そうな紙袋をクシャクシャにして、控え室の扉を叩き開ける。
汗だくのオッサンが詰め寄ってくるのは、ちょっと勘弁してほしい。水を投げ渡して、無理矢理でも落ち着かせる。大体なんなのだその荷物は。
「出来たぞ!!」
「……何が?」
「お前の勝負服だ!!」
「おお、なるほどそれで走ってきたのな」
なんでも土壇場で出来上がり、急遽この会場へ届けられたらしい。それもデザイナー自らの届けたらしい。なんでもいいが、その例のデザイナーは急遽な展開が好きなのだろうか。スケジュール守れないなら、社会人失格だろう。
そんなカイトに気づく風情もなく、トレーナーは囃し立てる。
「ほら早く着替えろって! パドックまで時間ないぞ!!」
「分かった分かった……コレ、着るの?」
「それが勝負服だからな」
たなびくとか、色とか、確かに要望は叶えられているが、ちょっと気取りすぎではなかろうか。カイトにだって羞恥はあるのよ。
しかしまあ、体操服よりかは浮かないのも事実。そもそも最初に間に合うよう作ってもらえてれば、体操服に彩り付けようとして、たづなさんに怒られる必要も無かったのだが。
「もうちょいかかるって聞いてたけど……」
「俺は先にパドック行ってるぞ」
「うぃー」
急いで着替え始める。
デザインは、まあ気に入った。少しばかり走りにくそうだが、それも含めて作られているのだろう。多分、使ってれば気にならなくなるやつ。
そうして白衣をゆらめかせ、パドックへ向かう。
太陽はギラついて、夏の始まりを予感させる。気温は春というには高くて、この長袖はちょっと暑い。
衆人環視へ向かって進むごとに、息を呑む声が上がる。固唾を飲んだ静寂が、徐々に広がっていく。元々は今日も体操服で出ると伝えていたから、それも当然か。
嫌味を言ってやろうとしていた顔が、唖然としていくのは、中々どうして面白い。
赤のラインが入った刺繍。
黒に塗りつぶした、軍服にもとれる装束。
肩には白金に輝く飾緒が、濃い黒を更に際立たせる。
左胸の、心臓の位置には、黒百合のワッペン。
そして――――それらを覆い尽くす、白衣のマント。
光を吸い込む黒髪も、相まった黒服諸共隠そうとする、穢れなき純白。足元ギリギリまで有るそれは、やはり気取り過ぎている。舞踏会に招待された訳でも無いのだ。てか、やっぱり邪魔だ。
煩わしさを払い除ける半分。スペシャルウィークを真似た半分。右手を隠していた白衣ごと、大きく腕を薙いだ。
「……――――、」
王者の如き、あまりに堂々としたその姿に、誰一人にもぐうの音とて出させない。
そんな圧倒された者たちは気付かない。着ている本人だって気づいていなかった。
白衣が揺らされて、腰に吊られたチェーンが露わになる。塗られた色は、緑と白のストライプ。
どこかで見覚えのあるような配色。
レースを知るものなら、何度か目にしたはずの配色。
それが誰による希望なのか、誰による要望なのか、エイヴィヒカイトは気付く事なく、パドックを後にした。
通路を通り過ぎて、今日初めての芝を踏む。その感触に違和感は無く、己の調子を再確認する。
「――ト!!」
「……あん?」
振り向けばチームスピカの姿。カイト以外全員揃って、ゴール前なんて特等席を確保している。
もちろんその中にはマックイーンもいる訳だが、気にする様子を見せずに近寄る。
「どうしたの」
「どうしたもこうしたもっ! 応援ですよカイトさん!!」
「カッケェー!! 先輩その服イカシまくりじゃないっすか!!」
「すごい……キラキラしてますカイト先輩」
「分かる。でもちょっとマントが邪魔でさ」
「あら? フードもついてるのね」
「え、マジですか、気づかなかった」
向かい風吹きすさぶレースでは実用性皆無だが、小雨とかを避けるのには使えるかもしれない。
白フードを試しに被ったが、違和感が凄まじい。やはり被るならいつもの白帽子でないとダメだ。
「寿司も食って充足してるし、勝つさ」
「これで負けたらボクのお小遣い返してもらうからね!!」
「アタシにも返してもらうからねっ!!」
「お前に奢られた覚えねーぞ」
「細けーこたあいいんだよ!」
細かくねーよ。
どうせ負けないから、気にしないけど。
「……」
「あれ? 何も言わないの」
「……お前なら勝つ、だから楽しんで走ってこい」
「はははー……うん、努力する」
ここ最近の悩みなのだが、トライするなら無料だ。楽しめるに越したことはない。
そして。
「……ぉ、……に」
「先輩として頑張ってくるよ、後輩」
「……はい」
それだけ伝えて背を向ける。
「……――――もう、呼んではくれないのですね」
そんな声が、聞こえない。
燦然たる歩み。威風堂々とした姿勢。
彼がゲートへ近づく度に、他の走者は圧倒され、その圧力は加速度的に増す。遠く離れた私へも伝わる迫力だ、近ければそれもひとしおだろう。
衣装が違えば雰囲気も違って見えるのだろうか。でも、多分それだけでは無くて、彼自身も少しばかり浮き足立っているように見える。
「……はしゃいでいますね」
「そうデスか?」
「ええ、私にはそう見えます」
彼のレースは全部見ていたが、今日の気配はそのどれもとは違った。
華麗な衣装を見に纏って喜ぶとは、彼の中に年相応のあどけなさ見つけて、ちょとだけ微笑ましく思う。
「今日も、負けないでしょうね」
「……グラス」
「……」
その走りを、走る前の段階さえも、私の目に焼き付ける。今はまだ走れないからその時が来た時のため、彼の全てを刻みつける。
いつか共に走る時、彼の前を走るため。
達成感も無く、満足感も無い。話題となっていた彼の最初の鮮烈なデビューを見た時、そんな不思議を覚えている。
単に上昇志向が高いのかと、そう思えば納得はできる。目指す地点は、『最強』という称号だ。生半可な道のりでは、容易い勝利では満足行かないのも道理。
その後のレースもそう。無敗のままに戦果を積み上げても、変わらず退屈だけが張り付いている。
だから桜花賞という冠を手にして、なおもその退屈そうな顔が続いた時、その顔をひっくり返したいと、ふと思った。
「……始まりますね」
「で、デスね」
怪我のせいでレースに出られない。そんな鬱屈とした感情の、八つ当たりのようなものもあった。発端としては、それが一番の比重を置いていたかもしれない。
――私は見ていることしか出来ないのに、走れる貴方が何故そんなにもつまらなそうなの?
ずっと問いかけたくて、それがいつしか『負かしたくて』に変わったのは、本当にいつかは分からない。
誰も見ず、誰も聞かず、ただ自分の世界を走っている孤独な彼が気に食わない。だから負かせれば、その世界をこじ開けることが出来るのではないか。他人の名前をろくに覚えようとしない彼に、自らの存在を示せるのではないか。
小さな不思議が、些細な苛立ちへ変わる。
些細な苛立ちが、少し大きな羨望へ変わる。
少し大きな羨望が、巨大な対抗心へと変わり果てた。
――ああ、だから今日も勝つのでしょう。
着飾るモノが変わったとて、貴方の強さに揺らぎは見えない。
そうして敗者を這いつくばらせて、やはり退屈そうな顔でターフを後にするのでしょう。
余韻に興味を示さない。ターフに未練を残さない。追いかけてくる者へ認識を寄越さない。
なら。
「……勝ち続けてくださいね」
貴方の世界を壊すのは、私です。
単純作業は、数をこなすごとに効率化していく。
後ろに立って人数を確認。そして全員ブチ抜く。
つまらない。達成感が無い。充足度が欠けている。
黒白の世界を抜ければ、帰り道へ歩き出す。電光掲示板なんて今更見もしない。分かりきった結果を目撃したところで、感動なんて生まれない。
夢に近づいた。そんな実感はあれど、いかんせん夢が遠すぎて喜ぶには足りない。
「……この後また会見だっけ」
面倒だが行かねばなるまい。一応宣戦布告くらいしとけば、投票率も多少は上がるかもしれない。
ともすれば苦痛とも思える時間を経て、控え室へと進んでいく。
ふと、視線を感じた。
スピカでは無い。彼女らはカイトを讃えてくれている。だからこんな突き刺さる視線は寄越さない。
悪意を持った民衆でも無い。奴等にはこんな力強く他者を睨む勇気が無い。
マスコミでも無い。奴等は愉悦の視線がデフォルトだ。全然違う。
なら、誰が――――?
「……お前か?」
『――――』
「グラス」
見上げれば蒼き情焔を瞳に宿して、一直線にカイトへ
あれで大和撫子とは片腹痛い。あんな眼光を放つ者が、御淑やかであると言われて良いものか。前にも思いついたが、彼女には鎌倉武士こそが相応しい。
血気盛んで野蛮な在り方こそが、きっと彼女には似合っている。
「――楽しみだ」
『――――』
――私もです
多分、そう言っていた。
ぶつかるなら、きっと半年以内。
大和撫子の反語存在である鎌倉武士
その二つが同居するグラスワンダーは奇跡の存在だと思う