本当なら桜花賞直後くらいに投下したかったけど投稿忘れてたやつ
「……んん? …………ぁっ」
気づけたのは桜花賞を制してから、少し経った頃。
アルダンを寮へ送り届けて、帰り道がてら長距離ランニングから帰宅した後のこと。
シャワーから上がったカイトは、カレンダーのとある日にデッカイ二重丸が書かれているのを確認した。日付は明日、というかもはや日付を回って今日。その時にはさほど気に止めなかったが、寝る間際まで妙に気になった。
何故もっと早くに思い出せなかったのかが悔やまれる。
「……やらかした…………やらかした――――ッッ!!」
寝る前に何だったかと思い返せば、近所迷惑を超越した嘆きが木霊するのも無理あるまい。
急いで例のヒトへとメッセージを送る。零時を超えたその時間帯を鑑みれば、多分返信は明日だ。あのヒト寝る時間きっかりしてるし。
多分怒っている。もしくは先輩だけ済ませている。どちらにせよ当日に同伴を頼むことになる。
「頼む……運良く予定空いて運良く機嫌良くて運良く付き合ってくれ……っ!!」
あの行き過ぎた几帳面相手。おおよそ叶わぬ願いだと知りながらも、願わずにはいられない。孤独に選びに行くなんて、心細いにも程がある。精神安定剤センパイプリーズ。
懇願だらけのメッセージを送れば、やはり返信は無い。明日直接拝み倒す他無いらしい。
すなわち、決戦は休み時間の屋上にて。
「ゼッテェ頷かせるっ!!」
おそらくは前もって言えと怒るだろうが、無理を通せば道理なんて何処へやら。大丈夫。先輩は優しいヒトだから、きっと許してくれる。従姉弟のよしみってことで。多分。きっと。メイビー。
エイヴィヒカイトには女性モノの誕プレなんてさっぱりなのだから、付き合ってくれないとマズイ。見当違いがすぎるモノを渡されたら、ヒトは愛想笑いしかできないのだ。
そして朝、を超えて昼。
カイトの運命を掛けた説得が、今始まる。
「日時にして十五日と十二時間と四十六分と三十秒。何か御用ですか、約束を忘れたエイヴィヒカイトさん?」
「スンマセンッしたーーー!!!」
開口一番の土下座。勢い余ったそれは、滑り出し順調の速度で脛に擦り傷を作る。制服の中で摩擦熱が凄まじいことになっても、決して顔には出さない。この頭でっかちの細かいこと好きな先輩を説得するには、理論武装で挑むには強すぎる。というかカイトの弁論は弱すぎる。
攻めるべきはメンタル。この先輩、案外メンタルはよわよわで、想定外が起こると総崩れする。メガネクイッ、ってしてそうなデータキャラっぽい。
「……へ?」
ポカンと口を開けて、素っ頓狂な表情を見せる先輩。いつもならウダウダと言い訳してたのが幸いした。こんなにも素直に謝られるなんて、夢にも思っていなかったらしい。
長年の付き合いが囁く。攻めるなら、ここだ。
「本当にすいませんマジごめんなさい忘れてたというか実際忘れてたんですけどここんところ色々バタついててんやわんやで」
「あ、あの……もういいですから、声っ、大きいです」
「学園来るギリギリまで覚えてたんですけどでもまあ環境の変化ってのはやはり大きくてそれでも先輩に迷惑かけられないなってホンットーにギリのギリまで覚えてはいたんですけど――」
「分かりました! 許します! 許しますから顔をあげてくださいカイトくんっ……!!」
ラストの追い込みタイミングを見つけた。黒白の世界に入りかけるくらい、集中してその瞬間を探していた。
「――なのでッ!!!!」
「ひゃいっ!?」
あらかわいい悲鳴。
いきなり立ち上がれば、十センチ程先に先輩の顔が見える。驚愕に顔を赤く染める彼女は、しかしなんでか仰け反ったりはしない。このまま行けばくっついてしまう可能性もあったが、カイト自ら止まらなければどうしていたのだ。ちょっと無防備が過ぎて、従姉弟として心配になる。
「付き合ってください!!!!!」
「………………ああ、買い物ですよね」
勝手に冷静になった。
何を当然の話をしているのだこの先輩は。前もってその件で呼び出したはずだが。
「? 当たり前じゃないですか」
「帰ります」
「待って待ってごめんなさいって」
迷うことなく歩き出す先輩。その腕を掴んで、ちょっと強引に引き留める。いつもなら諦めるが、今日ばかりは話が違う。このままじゃ何年もの継続が途切れてしまう。
それに、毎年二人で選んでいるのだ。その機会が失われるのが、カイトは嫌だ。
なのでどうか助けてはくれないだろうか。というか助けてくれるまでこの手は離さない。放課後までこのまま付きまとうのも吝かではないので、存分に覚悟しててほしい。
「連絡無視しちゃったのは本当にごめんなさい。でも先輩とじゃないと嫌なんです」
「……」
手を額へ触れさせながら、緩く左右に降っている。これは許してくれる前兆であると知っている。
「偶然ですが……」
「?」
「……本当にたまたまですが、私もまだ用意できていません」
「! ってことは」
「これからは報告連絡相談、きっちりこなせるのであれば、今回は許します」
人差し指を立てて、子供へ言い聞かせるようにそう言った先輩。
答えはもちろんイエスだ。
「ありがとう先輩」
「放課後の予定は開けているのでしょう? なら十五時四十五分に学園前で待ち合わせを」
「いやいやいや現地集合にしましょう」
マズイ提案を遮れば、怪訝な表情一つ。
なんだってそんな疑問符を付けて不思議がるのだろう。学園以外の所で待ち合わせが当たり前だ。それ以外ありえん。
他の生徒に目撃されれば、どういう風に映るか分かっているのか。
「? しかし学園内で待ち合わせるのが、一番時間効率が良く……」
「……あー、そっちの方がなんとなく良いなーって」
誤魔化し方が下手過ぎか。素直に変な噂が立つと伝えれば良いのだが、変な所で負けん気の強い彼女なら、逆に強行もしそうな気もする。かといって上手く口の回らない自分が恨めしい。
ゴリ押しだ。ゴリ押すことしかカイトにはできない。なんて無力なのだ。
「現地で! お願い! します!」
「分かりました。では……十六時十五分に駅前でよろしいでしょうか?」
「うっす、りょーかいです」
そんなこんなで急遽決まった放課後ショッピング。
毎年恒例の買い物。
まだこの街には不慣れだ、案内も兼ねて色々回ってみよう。
「先輩……なんで着替えたんですか?」
「いえ、その……制服では、落ち着かないかと思いまして」
ダウトを大いに宣言したい。
駅前にて少し早めに待っていれば、時間きっちりにいらっしゃる先輩。
トレセン学園の生徒だと示す服はどこへ消えたのか、身に纏っているのはベージュ色の優しい色をしたジャケット。スカートも制服の紺色から、黒色に着替えている。
カイトの読みでは、他に理由があると見たが。
「本当にぃ?」
着替えるなら言って欲しかった。これじゃカイトの浮きっぷりが半端ではない。しかも先輩の雰囲気が、妙に大人び過ぎていて、学生姿のカイトとはこれまたアンバランスだ。
若奥様とその息子みたいに見えそう。
「何を疑っているか分かりかねます。それよりもっ」
顔を背けたと思えば、こちらは勢いよく振り返る。首を右往左往させて、なんだか忙しいヒトだ。
「なんですか先輩?」
「その呼び方に喋り方です。学園内では百歩譲ったとして、ここはもう敷地の外なのですから、いつも通りでも良いのではないですか?」
「……まぁ、そうか」
他人の目を気にすればこその、カイトなりの気遣だったがやり過ぎだったらしい。無理な敬語を使うのも疲れていた所だ。お言葉に甘えよう。
「それじゃフラッシュさん、これからどうする?」
「そうですね……去年は別々で渡しましたから、今年は一緒にしませんか?」
それは大助かり。昼はフラッシュも用意できていないと言っていたが、案外カイトのために用意せずのままだったのではないだろうか。もちろん邪推でしかないので、聞いたりはしない。
どうせ当たっているだろうし。
「だな。フラッシュさんはいい案ある? 毎度のことながら俺センスないからさ、大体任せるわ」
「はい。大体ではなく、完璧に任せてください」
「相変わらず細けーなぁー……」
そうしてとりあえず歩く。行先はフラッシュが目を付けていた百貨店。
ふと、横から視線を感じた。出どころはフラッシュ。視線の終着点は白帽子。
「被りたい?」
「いえ、そうではなく……大事にされているんですね」
「おっ、分かってくれるのか」
「はい。どこにも汚れが見当たりません。細かな傷も、目立たないような修復がなされて、気づける人も少ないでしょう」
チラリと見られただけだと思ったら、予想以上にしっかりと見られていた。日々の努力を認めてくれたようで、とても嬉しい。
「そりゃもう大変だよ。毎日使うなら砂とかも絶対付くしさ、急な雨とか本当に殺意湧く」
「カイトくん? 言葉使い、荒過ぎですよ」
「ハイハイ」
「ハイは?」
「一回までだっけ?」
約一年ぶりの会話だが、心地いい対話のキャッチボールだ。ツーカーというか、勝手知ったる仲とは気負わずいられて楽だ。
実の所、学園での生活は肩肘を張る。日がな視線に晒されて、くしゃみひとつで大注目を浴びる環境。そんな渦中でどうやってリラックスしろと。
それに、誰と話す時も常に気を張っているのだ。休まる機会なんて、それこそ現在宅くらいか。
そんな最後のサンクチュアリも、最近ではガラス色のお嬢が襲来して崩壊したが。なんか明日も泊まるとか抜かしてるし、誰か彼女を止められないだろうか。
「予算はどれほどにしましょうか」
「青天井。俺が血液やら何やらを提供し続けたのは、この日の為なんだからな」
「忘れていたのに、ですか?」
「なんか意地悪いなおい」
カイトの血液、ひいては細胞その他は金になる。幼い頃に覚えてしまった処世術の一つだ。今では上手いこと利用させてもらっている。
しかしそれなりに貰えるのは、独りで生きていくのを強要された身として大いに助かる。
一ヶ月で十五万。腕に針をブッ刺す作業二、三回だけで、それだけ貰えれば大助かりの極みである。加えて自分自身でアルバイトでもすれば、生活にはそれなりに余裕が出来る。今はレースなどで忙しくて、バイトは辞めたが。
それなのに節約生活が嵩んでいたのは、単純に貯めていたから。
それが今日この日、大放出されるのだ。
「前回は寝具でしたから、今回はアクセサリー類はどうでしょう」
「いいね。それならフィーリングで選びやすい」
「最終決定は私がしますから安心してくださいね」
「そりゃもう全面的に」
自動扉を潜れば、空調が利いた快適なビルへと足を踏み入れる。
フロア案内を見れば、アクセサリーはこの階にあるようだ。登る手間が省けて助かる。
「アクセサリー、さらに細分化させるなら?」
「……選択肢から外すなら、指輪以外、でしょうか。最高の一つを既に持っていますからね」
「同感。今日時間は?」
「外泊届けを出してきましたので、何時まででも問題ありません」
「そうかなら夜まで………………?」
おっと目眩が。レースの後でもないのにおかしいな、酸欠かな? 貧血かな? 最近はその手の申請が通りやすい時期だったらするのかしら。それって寮の意味あるのかしら。
だがまだだ。まだ判断しきるには早すぎる。遅過ぎれば天狗にビンタされるが、早過ぎても多分ビンタされる。両手で一気に二連ビンタだ。
おおっと戯言が脳内で暴れていた。そもそもそうと決めつけるのは、相当に自意識過剰だ。実家に帰るだとか、そんな感じかもしれないじゃないか。彼女の実家はドイツな事実は、ちょっと思考パターンから弾き飛ばしといた。
「…………そっか、とりあえずこれとかどう」
「これは……悪くありません。髪色と合っていますね」
今日の予定を考えれば、日を跨ぐくらいまで外にいたいと思うのも当然だろう。
とりあえず後回し。それが最善。これから徹底的に触れずにいて、そのまま忘れ去れれば最高。
「これはどうでしょうか」
「…………ぁ、へ?」
「……カイトくん?」
現実逃避の為に明らかに別枠な、同じく現実味の無い値札を見て、自らの現実を取り戻していく。資本主義に浸かった霊長は、ゼロが多く並ぶと冷静になる。覚えておこう。
「これはどうでしょうか?」
そういって渡されたネックレス。シルバーの細いフォックステイルチェーンは装飾が細やかで、薄く透けた紺色に煌めく石の周りを、天球儀のように二重三重の輪が回っている。
フラッシュの瞳の色と同じそれは、カイトの目には綺麗に見えた。
「ああ、すごい綺麗だよ、買おっか?」
「……私じゃありませんよ?」
「え、……そうだった」
「もう、しっかりしてください。私よりもカイトくんの意見が一番大切なんですから」
だが結局の決定権はフラッシュが握っているあたり、ちゃっかりしている。カイトの性格を理解しきっている証拠だ。そういったところが頼もしくもあるので、どんどん甘えていこう。
「これなんかどうだ」
「……本気ですか?」
「ごめん、聞かなかったことにして」
かなり真面目に選んだつもりだが、真顔の半目が心にくる。見なかったことにしよう、でも見られなかったことには多分できないぞ。カイトは手に取ったものを、そっと元の位置に戻した。
アクセサリーとはネックレスだけでは無い。放課後の限られた時間を使って、二人は納得のいくまで選び尽くした。
気づいた時には日を跨ぐ二時間前とかで、多少焦ったが。
選び尽くした感触はあった。後は届けるだけだ。私としたことが。予想していた時間を大幅に過ぎていたが、それでも今日中に渡すには断然間に合う。
だというのに、どうしてかカイトくんは付いてこないと言い出している。
「俺はここまででいいってば」
「……どうしてですか?」
「今はまだ、会えないから」
「だから、どうして?」
「……裏切ったから」
彼が、彼女を心から愛しているカイトくんが会いたがらないのも、それはもう、今世紀最大級に驚いた。が。
それ以上に、カイトくんが彼女を裏切ったということが、どうにも衝撃的だった。
信じられない、ではなくて、ありえない。カイトくんの深い愛情を間近で見て来た身だ、そんな情景がどうしても浮かびようが無い。
「詳しくは後で説明するから……ほら時間ないって!」
「……約束ですよ」
「あいよ。俺、先に外出てるから」
カイトくんはそう言って階段まで向かう。そんな背中へ声を掛けたくとも、それに意味が無いと知っている。ああなればテコでも動きはしないと、散々見てきたのだから。
そうして私は、白くて清潔感のある、
「……――――こんばんわ」
部屋にはこれまで置いてきた、私たちからの
服。本。CD。BD。ポーチ。カバン。ヘアアイロン。果てにマッサージ器具など、統一性無く所狭しと並んでいる。絵本や折り紙など、子供の頃に置いてきたものだって、色褪せながら残っている。
けれどその全てが未開封で、動かされた痕跡もない。
そして――――彼女が起き上がる気配もまた、無い。
今日は、エイヴィヒカイトの母親が生まれた日。カイトの、最愛の母の誕生日。
未だ微睡みにいる彼女を祝うのが、過去の私が示した、カイトくんへの慰め。
「ごめんなさい、今年は少し遅くなってしまいました。カイトくんってば当日まで忘れてしまっていたんですよ?」
この話をすれば飛び起きるのかなとも、薄くて淡くて拙い期待をしていた。『えぇっ? お母さんショックだわ〜』、なんて。記憶のような調子で落ち込んでくれるのなら、私は、カイトくんは、果たしてどこまで救われるのだろう。
指も瞼も、動くハズが無いのが現実。
「でも、思い出すって分かってたんです。他の誰でも無い、貴女の事だから思い出すって、知ってたんです」
今日はあまり話せないだろう。いつもよりも時間が無い。気持ち的にはずっと居たいが、それをすれば彼女は怒る。自分にそんな時間を使うなどもったいないと、怒ってくれるのだろう。でも困らせるのは嫌だから、この日が終わるまで喋り明かすのが、私たちの作ったルール。
いつもの日常を終わらせてから、ここへやってくる。
「……カイトくんが、貴女を裏切ったって、言ってたんです」
動かない。
「きっと何かの勘違いでしょう。カイトくんが貴女を裏切るなんて、嘘でもあり得ませんから」
動かない。声は届かない。
「でも頑固なカイトくんは、誰の言葉も聞いてはくれませんね。ああ、どうしましょうか……」
動かない。声は届かない。願いは叶わない。
「……だから待ってます。カイトくんに、本当の意味で言って聞かせられるのは、貴女だけなんですから…… Tante」
カイトくんと同じく白すぎる肌の色。カイトくんと同じく整った顔の造り。薄茶色の髪だけがちょっと違う。
あと一つの共通点、カイトくんと同じルビーの爛漫な瞳。それだけがどこにも見当たらない。いくら待っても開かれない。
月明かりが差し込んでも、私が帰る際の物音も、強固な微睡みを崩すに至らない。
「それでは、また来年、でしょうか」
きっかり零時に、みじんも伝わらない言葉を置いて、部屋を後にする。
「……目が覚めるなら、今年中にまた会えるのに」
十回目に差し掛かる、慰めの誕生日。
本当にあげたいものは今年も、二人ともに渡せなかった。
オカンは呼吸器とか繋ぐ必要ないけど実質脳死判定受けてるっていう
ドナーカード書いてたから医者にその辺も進められるレベルっていう
それを聞いた時の幼い少年や如何に