ともあれ生存ルート、いきます。そんな地雷がハジマルヨッ
『折れてますね』
『ですよねー』
『メス入れなきゃですね』
『ですよねー……痛くしないでねっ?』
顔馴染みが沢山いる病院にて。そんな流れで手術台の上へ直行便していた、一昨日の出来事であった。
知ってたのであります。予定調和なのであります。そう言ったらどんな顔をしていたのだろうか。そんな事を思い出しつつ、ゴミ捨てのスケジュールを確認する。
今日は燃えるゴミの日。折れてないほうの足で松葉杖を無理矢理折り割って、捨てやすいように纏める。木製で助かった。金属製ならまた骨が折れてた。
派手にぶち折れたように見えたのは、ドス黒な色合いだけ。骨と骨の繋ぎ目は割と綺麗だったらしく、全治一ヶ月と骨が繋がるまで、そうかからないらしい。手術跡も、ウマ娘基準の治癒力ならすぐに治ってしまう。
個人的にはもう少し重傷でも、それこそ命を削るくらい重くても良かったのだが。
「ふぅ……ま、得たものはあったな」
境界を超えた瞬間感じた、足元がズレる感覚。アレを覚えてさえいれば、今後何度でも同じことができる。任意で重傷を負えるのは素晴らしい収穫だった。自傷行為で程よい重傷とは、案外難しいものなのだ。死ぬだけなら話は早いのだが、今は別にいい。
宝塚記念から周りは知らせず数日休んだが、今日は学園へ行かねば流石に不信感を与えてしまう。
今日から復帰するに当たって、目下の問題は怒涛のイベント尽くしをどう乗り切るかだ。
切開跡が塞がるのは確かに早い。しかしスケジューリング的に海にだって行く。それまでに塞がり切るかは不明なのだ。普段の学園生活であれば制服が隠すので無問題だが、素足を見られれば一発アウト。
トレーナーにでも見られれば傷の深さの如何も判断できるだろう。そこから伝わって、たづなさんやらアルダンやらとかにも知れる。それはつまり、カイトの挑戦が終わっちまうってことです。
「トレーニングは……オーバーワークを理由にしよう」
病院へ行った旨は昨日伝えてある。休むには手頃な言い訳だろう。
まとめたゴミ袋を捨ててしまおうと、足を庇うことなく玄関に向かう。
意気揚々と、扉を開ければ朝の日差しに迎えられた。今日も良い朝だ。
「! あらっ、おはようございますカイト」
「……おはよう」
ついでにアルダンにも迎えられた朝だった。
晩飯時だけでなく、ついに朝すらも踏み込んでくる
「駅までなんか用事でもあった?」
「? ありませんよ」
「……迎えに来ただけか」
「ええ、よく分かりましたね」
通学鞄ともう一つの手提げ袋を持って、すんなり飄々と答えた。
寮からここまで徒歩三十分なのだが、貴重な朝の時間に何をしてるのだろうかこやつ。暇なのか、もしくはやっぱり暇なのか。
「……朝飯食ってないんだろ」
「いいんですか?」
「どうせそのつもりだったんだろ。上がってろ」
『お言葉に甘えて』とかなんとか、とても今更な言葉を背に外へ出る。溜息の一つくらいは許されるだろうか。
アパート共有のゴミ捨て場へと、ゴミ袋一つを突っ込めばそれで終了。足の痛みを無視しながら、
自室へ戻ろうとすれば――――なんか、制服姿の芦毛を見つけた。
「……メジっ…………マックイーンか?」
「ぐ、ぐぐぐ、偶然ですわわね?」
「ふむ、偶然。」
どもりにどもっているが、偶然なようです。本当にぃ? なんて疑うなら兄貴分失格だ。だから多分本当なのです。きっとメイビィー。
「なにしてんの?」
「へ。ぃあ、その、! そうですわ! に日課の散歩を少々!!」
「ほう、少々。」
少々なんて勢いではないが、そう言うならそうなのだろう。本当にぃ? なんて以下略。
ともあれ日課ならば邪魔するのもなんだろう。爽やかな朝に邪魔なカイトは、颯爽と部屋へ戻るのです。後ろ手を振って踵を返した。
「それじゃ、気をつけろよ」
「あ、あのっ!」
「? どうした」
「朝ごはんは、その……もう、済ませました、でしょうか……?」
なるほど大体わかった、お前もか。
察して余りある事情に、困ったように頭を掻く。十年来の疎遠だったのが、どうなればこうなってしまう。
やはり一度来てしまえば、その次も来やすくなるのだろう。つまりアルダンが悪い。
「ほら入れよ」
「……いいのでしょうか?」
本当は良くない。
マックイーンはメジロの最高傑作だ。その表現には思う所もあるがそれはそれ。そんな彼女をエイヴィヒカイトなんて毒に近づけるのは、実は相当によろしくない。そのうちに連絡の一つや二つやくるだろう。本当は酷く憂鬱だ。
「良いんだよ。一度も二度も変わんねーから」
しかしながら、一度繋がりを持ってしまったのだ。十年以上の年月がそうさせたのか、マックイーンはカイトを美化し過ぎている節がある。背丈はともかく、カイトを見る瞳は昔と変わりない。
何故カイトが本家を避けているのか、知らない由縁もあるだろう。だからこんなにも無邪気な視線を向けてくるのだ。
そんな目でまだ見てくれてるなら、まだ兄だと慕ってくれるのなら、少しの間くらいはそう在りたいと思う。
若干の投げやり感がないかと言われれば、否定はしないとだけ。
「ロクなの用意できないからな、お嬢様の舌に合うかどうか」
「良いのです! ……お兄様と一緒なら……なんだって」
朝っぱらから酔ったように呟くマックイーン。未成年飲酒はマズイですよ。
前を見て歩かない彼女を先導する様に、マックイーンをカイトの住宅は招いた。玄関に置いてある靴には気づいていないようなので、ちょろっとの補足。
「あー、あとアルダンいるから」
「えぇ……アルダンさんと一緒でも…………へ?」
「親戚追加したぞお嬢」
「……マックイーン?」
あ、なんか嫌な予感。
キッチンでは、予想通りアルダンがフライパンを振るっている。小気味良い音を響かせて、機嫌良さげに菜箸を回す。
そんな姿もマックイーンを目撃すれば、途端に動きを止めた。
「……」
「……」
「……着替えてきまーす」
空気がピリついてきたが、予想されたそれを敢えてカイトは読まない。この場は二人に任せて、カイトはとりあえずで着替えに行く。さっきから二人が無言なのは知らんぷりの方針で。
コレを人は、逃げたとも言う。
「おー……いちち…………ふぅ……」
着替えるのも一苦労だが、意外と痛みには鈍かったエイヴィヒカイト。声を荒げる事なく制服へと着替えていく。
ギプスを着けている分、ズボンはいつもと違う着心地だ。目敏い者なら気づけそうなものだが、周りからは膨れて見えないよう祈るばかりである。
今日から暫くはこの感覚が続く。早いところ慣れなければ。
火花散る食卓へ戻れば、朝餉の支度はいつの間にやら済んでいた。はて、ほっけなんて冷蔵庫にあったかしら。
早すぎる用意と、存在しなかったハズの食材へ疑問を覚えれば、キッチンに散見されるタッパーが疑問を解消する。冷蔵庫の中身を、本人以上に把握されていたからこそできる芸当だ。どこか釈然としないのは気のせい。
「助かるよ、ありがとうアルダン」
「いえ、これぐらいは……それで、マックイーンは何故此処へ?」
「それは私が聞きたいくらいですわ。アルダンさんこそ一体どうして?」
何かが妙だ。怪我したのは右足だった気がするが、一番キリキリと痛むのはお腹ときている。これが命の神秘ってやつですかそうですか。
「私はいつも通りご飯を作りに。カイトは放っておけば、出来合いの物しか食べませんから」
「んなことねーけどなぁー……」
「いつも通りって……毎日!?」
「……ええ、毎日」
嘘つき見つけた。朝からは今日が初めてのやつが、一体全体何言ってんだ。どこ方面に対しての見栄なのか、カイトには理解しかねる。
でも口は挟みません。喋ろうとしたらお嬢が睨み効かせてきたので、大人しくカイトは黙っています。あ、玉子焼き美味しい。
「ぐぬぬ……でしたら私も今日からっ!」
「突然押し掛けておいて、それはいけません。カイトに迷惑が掛かるでしょう?」
「……」
突然押し掛けた第一人者が、棚上げ上手すぎる。そよ風の只中のような顔つきで、ここまで華麗な手腕を見せつける者をカイトは他に知らない。でも何も言うまい。静かにカイトはほうれん草を咀嚼する。
慎ましく朝餉に舌鼓を打っていれば、マックイーンがこちらを向く。やめてこっちは場外です。リングの上まで巻き込まないで。場外乱闘に発展するでしょうが。
「あの、お兄様……」
「……なに?」
机の下で不安そうに服掴むのやめなさいね。他の男だったら勘違いするわよ。
「私が来たのはその、……迷惑、だったでしょうか……?」
「そりゃもう迷惑して――」
恐る恐ると上目遣いで聞いてくるマックイーン。うるんだ瞳がちょっとばかりキュートでも、流石に頷けない。耳をバラバラに動かしてもダメです聞きません。
無論迷惑である。互いにとってもよろしくない邂逅で、だからこそ極力避けようとしているのだ。たづなさんに人知れず相談して、スピカ以外のチームを見繕っているのもそのため。
王道を歩み、威風堂々たる姿を魅せるに足る彼女には、異端分子との関わりなど不要極まる。幼少期に引き取られたメジロ家を、早くに独りで離れたのもそのため。
だから返答なんて決まっている。ノーだ。突っぱねるのだ。妹分には悪いが、今後こういった行動は謹んで――――あ、待って可愛い。
「――無いけど。毎日来ても良いけど…………っは!?」
「お兄様……! ありがとうございますっ!」
「カイト……? そん、な……」
パァーッとオノマトペが付きそうな良い顔で、全身で喜びをこれでもかと現すマックイーン。可愛い。メジロのマックイーン、なんて恐ろしい娘なのでしょう。
お嬢様然とした態度を見たことがある訳ではないが、そんなギャップが無くともちょっと可愛すぎる。ギャップを含んでいれば、尚も破壊力は無限大な気がした。普段の態度をもっと知っておけば良かった。
我に帰った時には既に時遅し。言質は取られた。この手の場合の言質とは、鬼の首を獲ったかのような戦果と同等なのだ。今後マックイーンが入り浸るのが、ほぼ確定した瞬間である。
「ま、いっか」
「早速今日のお夕飯から参ります! 何かリクエストはありますでしょうか!」
「なんでもいいけど……マックイーン料理できるの?」
「この日の為に努力を重ねて参りましたっ! メジロの名にかけてお任せをっ!!」
「大袈裟すぎる……」
どんだけカイトを餌付けしたいのだ。犬か何かと勘違いされている節、あり得ない話では無い。たまには自炊が恋しくなりますよ。自分で作って食べるのも、そこそこ楽しいんですよ。
「お兄様はビーフシチューがお好きでしたね」
「だね」
「パンかライスならライスでしたわよね?」
「よく覚えてるな」
あれこれと楽しそうに聞いてくるマックイーンだが、そんな彼女は気づけない。
朝に相応しくない濁りを纏った、メジロアルダン女史に気づかない。
「……」
「アルダンさーん?」
「…………私は……もう、
「アルダンさーん???」
俯きながらのその表情は読めないが、耳が忙しなく周りへ向き尽くす。ピコピコと、さっきのマックイーン以上に落ち着きがない。
シュルリと、毛並み細やかな尻尾がカイトの腕へ絡みつく。マックイーンの毛色とは違う。カイトはそもそも巻き付くほど長くない。であればこれはアルダンしかいない。
「どうしたアルダン?」
尻尾の意を含めて問えば返答は無く、尻尾は更に強く巻きついていく。
離さないと、離れないと語っているような。
「……いいえ、なんでもありません」
「……そっか」
結局掘り下げて聞くことはできず、朝食の時間もお開きになる。
学園まで歩く最中。ウキウキなマックイーンと、終始沈んだアルダンが対照的だった。
午後、チームスピカの部室にて。
朝のアルダン気落ち事件は、昼食の時間に解決の芽を見せる。
『少し話せませんか?』
授業中にも関わらず、そんなメッセージが送られてきた。差出人はアルダン。
断る理由は多々あれど、受ける理由の方が大きい。脳裏を掠める事情を無視して、了承と伝えた。
「あら? スペちゃん、カイトくんは何処へ?」
「チャイムと同時に走ってっちゃった……」
注意されないギリギリの速度で食堂へ急ぐ。
食堂のおばちゃんから昼食を受け取って、二人別々に部室へ合流した。
「んで、どしたの」
「……」
「朝の事だろうけどさ、ぶっちゃけ俺には事情が汲み取れない」
集まったはいいが、アルダンは語ってはくれない。言い淀んで、唇をキツく結んでいる。
他者への興味が薄すぎる弊害か、カイトはここぞと言う時の共感性に欠けている。一般的な常識等は待ち合わせど、対人関係の根本にあるのは無関心だ。だから口で言ってくれないと、カイトには何も伝わらないのだ。
これが何処ぞとも知らぬ輩なら、何があったかすら聞きもしない。無視しておしまい。でもそうじゃないのは、アルダンがカイトの定義する枠組みに入っているから。
だから彼女が落ち込んでいる姿は、どうにも焦燥を掻き立てる。
「教えてくれアルダン」
「私……は……」
固唾を呑んで見守る。話してくれるまで、ずっと待つ。それくらいの信頼性があれば嬉しい。
「邪魔、でしょうか?」
「誰が?」
「……私が」
「当たり前じゃん」
考えることなく即答する。
「わた、……私、が……カイトのそばに居るのは、邪魔……」
「……アルダン?」
「私……カイトがずっと心配で……それが、邪魔だったとしたら……っ!」
飯を作りに来たり、あまつさえ泊まりに来たり、カイトの憩いを侵略されていくのだ。間違いなく邪魔だ。外でのストレスを癒せる場を奪われて、疎ましく思わずには居られない。メジロ本家で起こそうとした、自らとの決別も止められたり、彼女はカイトを阻んでばかりだ
エイヴィヒカイトの目指す夢を思えば、どうしても邪魔でしかない。
「今更何言ってんだお前」
「――――なら、私は……もう……――――っぁ……!」
決壊の嗚咽が、ガラスのように透いた喉から生まれた。
「だからさ、今更だろ」
「…………ごめん、なさい……ごめんなさいごめんなさい……!!」
「いやだから! そんなん
今更だ。邪魔なんて感情は、感じることに飽き飽きするくらい今更な感情。
忌む自分を切り落すのを止められて以来、ずっと付き纏われて邪魔されて来た。歩く横にずっと居て、手を引かれて。
メジロの家から出た後も、多い頻度で訪ねて来て。
不安の表情を張り付けて様子を見に来るのは、まるで本当に姉ができたようで。
そのお節介に、いつの間にか心地良さを覚えて。
だから今更鬱陶しがろうがなんだろうが、どうでも良いのだ。
「つーか昔からさ、どんだけ邪険にしてもめげずに訪ねて来てたじゃん」
「それは……でも……」
「いつからそんなメンタル弱体化したんだ」
身体は弱くとも、心が強い。それがメジロアルダンなのだと思っていた。ガラスの脚と揶揄されながらも、それでも自らの目指すところへ突き進む心の強さこそ、メジロアルダンの魅力なのだ。
ダービー二着に天皇賞三着。一着でなくともその成果は誰にだって出せる、生優しい結果では無い。脆い身体以上に猛る想いが振るった、大一番での大成果だ。
そんな強さを持った彼女を、カイトは心から尊敬していたのに。
「……だって…………イーンを…………から……」
「ワンモア」
「…………だって、カイトが……マックイーンを選んだから……!!」
弱体化の理由は、カイトがマックイーンを選んだかららしい。
なんの話か、いつの話か、あの話か、どんな話だ。もうカイト君にはワケワカメでした。
「……は?」
「マックイーンに、毎日来ていいって……!」
「言ったけど……?」
会話の脈絡を寄越せ。連結帯は何処へ消えた。
もしかしてカイトが鈍感過ぎるとか、そんなありきたりなオチではあるまいないやきっと違う。
そんなクソしょうもないオチなんてあってたまるか。それではまるで、エイヴィヒカイトはラブコメを繰り広げているようでは無いか。冗談では無い。エイヴィヒカイトはシリアスorシリアス派だ。
「……まさかマックイーンが来るから、自分はもう来ちゃダメとか……?」
「ふぇ? ……違うの、ですか?」
「一回もそんなこと言ってねぇ……」
「だ、だって、それは……」
――いい加減にしとけよお嬢。どんだけ焦ったと思ってんだ。こちとら授業だって上の空だってのに。そんなくだらない勘違いで焦らせるな。
喉元どころか唇裏まで迫ったそれらを、ギュッとキツく抑え込む。危ない危ない。平時ならともかく、今のアルダンにぶつけてしまうのはまずい。ギャン泣きしかねない。
そんな姿が見てみたくもあるが、今は置いておく。
「…………焦った」
「ぇ……行っても……いいの?」
「え、来ないの?」
来るなって言っても執拗に来た身で何言ってるのだ。そんな反応をされれば、カイトの方が逆にビックリする。
「だって……邪魔じゃないの……?」
「邪魔なら……もう来ないのか?」
「……行っても、いいの?」
念押しが凄い。こやつ言わせようとしているのではあるまいな。
別に構わないのだが。言うだけならタダなのだが。容赦無く言ってやるのだが。
「……来てくれるなら、嬉っ…………飯が美味くなる」
無理でした。
「……はい。ありがとうございますカイト」
「なんだって感謝を……」
ええい微笑ましそうにするな。
妙に決意を込めた返事をありがとう。お家事情的にはよろしくなさ過ぎるし、個人的事情的にもよろしくない。けど個人的感情では、それなりに、まあまあ。
「この話はもういいか?」
「そうですね。お腹も減りましたし、お昼にしましょう」
泣きそうだったのは何処へやら、今じゃ嬉しい楽しいと全身で表す。尻尾、まーた巻きついてますよ。せめて右足はやめてね。
弁当をつつきながら、少しばかり早い夕飯の話で盛り上がる。
「今日のお夕飯は何にしますか?」
「マックイーンと相談してくださいねぇ……せめて肉」
自分が求めた。
なんやかんやでアルダンとの関係を断ち切る機会だった。でもそれを選ばなかったのは自分。アルダンとの繋がりを保ったのは、成り行きでもなく、他ならぬ自分自身。今後にやってくるであろう面倒には、彼方から勝手に来ただけだなんて言い訳が使い物にならなくなる。
でも、それでもいいと思った。
夢が叶うまでは、別に構わない。
「……しっかし……学園入って三ヶ月で二人のメジロ家となぁ……」
「三ヶ月で二人なら、一ヶ月半でもう一人くらいは増えそうですね」
「やめてね。マックイーンは……チームが同じだし避けられなかったろうけど、他はもういいから」
「他に会っていないのはどなた?」
「パーマー。ライアンは筋トレ中たまにすれ違う。ベルちゃんは宝塚で……うん。ブライトは喋ってないけど……うん」
何のために避けていると思っているのだ。視線も合わないようにさり気無く逸らして、すれ違う時もなるべく距離を離してたりするのだ。
そんな努力を無に帰すのが、アルダンお嬢経由の紹介。マックイーンにはその手で近づかれた経緯がある。この前科者には、最大限の警戒を怠ってはならない。
「その内あの家じゃ足りないかもですね……ふふっ」
「『ふふっ♪』じゃねーから。マジでやめれ……ふぅ……」
「? 疲れているのですか」
「いや、ちょっと息苦しいだけ」
なんだかんだで今日がマックイーンの入部日だったらしい。とっくに入っているものと思い込んでいたが、そんなことはなかった。これがゴルシマジカルそんな部室。
サイレンススズカの顔を見ての第一声は、とりあえずの謝礼しかないと決めていた。
「一緒に走ってくれて、ありがとうございました」
「そんな、顔を上げてカイトくん」
言われた通りに上げれば、人参色をした困惑顔。この困った顔を見たい半分もあったから、ほとんど満足した。
前からの約束だった苺大福を、すかさず目の前に差し出す。
宝塚記念に出られた礼。走りを間近で感じられた礼。それと。
「先輩のおかげで、俺は壁を越えられました」
「……やっぱりそうだったのね」
「はい。先輩が速すぎたおかげで壁を超えざるを得なかったんです。なのでメチャクチャ感謝してます」
「どう……いたしまして?」
無才の頭打ちの限界。それがサイレンススズカと辛うじての同等だったが、その先へ踏み込めるのであれば、こんなにも素晴らしいことはない。
エイヴィヒカイトの走りが通じるのは、どこまで背伸びをしても、せいぜいがクラシックレベル。だがシニアクラスへ上がれば、そうはいかない。
木端程度なら撫で切りもいいところだろう。しかし頂点クラス、サイレンススズカなどの怪物に対抗するには、どうしても心許ない。三流の才を尖らせたところで、極流の才覚には届かない。
先のサイレンススズカが未だ成長途中だったことも考えれば、やはりエイヴィヒカイトの才覚では絶対値が足りない。
だからこそ、天賦の才者達と戦える武器が必要だった。
身を削って拾う、瞬間刹那を厭わない才覚。その領域。
真っ当な生き物であれば入り込もうとしない、そんな絶対領域をエイヴィヒカイトは手に入れた。
「みんなも、迷惑かけました」
「いえそんな……でもすごかったですお二人のレース!!」
「そーそー! スッゲーレースだったぜ!? 観客も口カッ開いてなぁ〜……」
「先輩達の独壇場だったわね!!」
「そうだ、そうやって俺ら二人をもっと称賛したまえ」
この唯一無二があれば、残量の持つ限り進んで行ける。
立ち止まる事なく、真っ直ぐと。
塞がる障害は全て踏み砕いて、理想の実現を可能とさせる。
それはまるで、震天動地の魔王が如く。
「私も壁が見えたわ……この壁を乗り越えて、それで……次は、負けない」
「いやいや、俺は次も負けないっすよ」
言外に再戦を予感させるやりとりに、周りは感嘆の息を上げる。ライバルのようにでも映っているのだろうか。実際にはそんな事ないのだが。
「トレーナーもごめんね、ストレスかけちゃって」
「いやホントにな? とんでもなく心臓に悪かったぞ……」
「トレーナーってば声も出さないでさ、すっごく百面相してたんだから!」
「お、おいっ!」
トウカイテイオーからのタレコミに、トレーナーは顔を赤らめる。誰にも需要の無い表情はやめておけ。その手の一面は、リギルトレーナーにでも見せておけばいい。
「……とにかくだっ! 宝塚記念はワンツーフィニッシュで頂いた! マックイーンも加入した! この勢いで夏のトレーニング、気合い入れていくぞ!!」
そんな決意と共に、チームの絆がまた引き締まった。
カイトはトレーニングをしばらく休むが、それはそれ。結束とは素晴らしいことなのである。
「ふぅ、はぁ……あ~っ疲れた~」
見学に徹した海トレーニング。暇疲れというか、見疲れてというか、そんなある種の拷問もどきから帰ってきたエイヴィヒカイト。
ポストの中には、数日間の投函物。その中から見慣れた色をした封筒を、一番最初に目を通す。
エイヴィヒカイトの送る細胞等は、何処かしらの機関へ運ばれていると聞く。その結果は送った翌月末に、専門用語どっさりで返ってくる。
読めもしないし、大して興味も出ないから、ざっとだけ目を通して大抵は捨てる。捨てる際はゴミ箱の奥底でないと、アルダンに見つかって怒られるので気をつけよう。
でも今日はふと気になるワードを見つけた。
印刷された文字に重なるよう、直接書き殴ったようなその見解。書かれた単語の意味はチンプンカンプンだが、そのニュアンスはなんとなく分かった。
汲み取らせようとした意思を感じ取れた。
「『興味あるかい?』ってとこか……」
Aは自らの才を使って、Bは才ある者を通して。そしてエイヴィヒカイトへは、生物としての限界を題材として。
最後に記されたその四文字――――プランCとやら。
「場所は理科室で、アグネス……タキオン、ねぇ?」
明日は祭りだから無理だが、終わった後にでも暇があれば行ってみようか。
絶望死亡ルート:夢かなう寸前の最高の舞台、そこに行くまでの間に母親の容態が悪い方向へ進んで、てかそのまま没して、死に目に会えなくて、追い詰められて、レース中に事故って――みたいな感じにしたかった