未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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どうしてみなさんはアンケート三番目を選ばないの……あれが一番選んで欲しかったまである
ともあれ生存ルート、いきます。そんな地雷がハジマルヨッ


そのじゅうさん

『折れてますね』

『ですよねー』

『メス入れなきゃですね』

『ですよねー……痛くしないでねっ?』

 

 顔馴染みが沢山いる病院にて。そんな流れで手術台の上へ直行便していた、一昨日の出来事であった。

 知ってたのであります。予定調和なのであります。そう言ったらどんな顔をしていたのだろうか。そんな事を思い出しつつ、ゴミ捨てのスケジュールを確認する。

 今日は燃えるゴミの日。折れてないほうの足で松葉杖を無理矢理折り割って、捨てやすいように纏める。木製で助かった。金属製ならまた骨が折れてた。

 派手にぶち折れたように見えたのは、ドス黒な色合いだけ。骨と骨の繋ぎ目は割と綺麗だったらしく、全治一ヶ月と骨が繋がるまで、そうかからないらしい。手術跡も、ウマ娘基準の治癒力ならすぐに治ってしまう。

 個人的にはもう少し重傷でも、それこそ命を削るくらい重くても良かったのだが。

 

「ふぅ……ま、得たものはあったな」

 

 境界を超えた瞬間感じた、足元がズレる感覚。アレを覚えてさえいれば、今後何度でも同じことができる。任意で重傷を負えるのは素晴らしい収穫だった。自傷行為で程よい重傷とは、案外難しいものなのだ。死ぬだけなら話は早いのだが、今は別にいい。

 宝塚記念から周りは知らせず数日休んだが、今日は学園へ行かねば流石に不信感を与えてしまう。

 今日から復帰するに当たって、目下の問題は怒涛のイベント尽くしをどう乗り切るかだ。

 切開跡が塞がるのは確かに早い。しかしスケジューリング的に海にだって行く。それまでに塞がり切るかは不明なのだ。普段の学園生活であれば制服が隠すので無問題だが、素足を見られれば一発アウト。

 トレーナーにでも見られれば傷の深さの如何も判断できるだろう。そこから伝わって、たづなさんやらアルダンやらとかにも知れる。それはつまり、カイトの挑戦が終わっちまうってことです。

 

「トレーニングは……オーバーワークを理由にしよう」

 

 病院へ行った旨は昨日伝えてある。休むには手頃な言い訳だろう。

 まとめたゴミ袋を捨ててしまおうと、足を庇うことなく玄関に向かう。

 意気揚々と、扉を開ければ朝の日差しに迎えられた。今日も良い朝だ。

 

「! あらっ、おはようございますカイト」

「……おはよう」

 

 ついでにアルダンにも迎えられた朝だった。

 晩飯時だけでなく、ついに朝すらも踏み込んでくる侵略者(インベーダー)お嬢様。

 

「駅までなんか用事でもあった?」

「? ありませんよ」

「……迎えに来ただけか」

「ええ、よく分かりましたね」

 

 通学鞄ともう一つの手提げ袋を持って、すんなり飄々と答えた。

 寮からここまで徒歩三十分なのだが、貴重な朝の時間に何をしてるのだろうかこやつ。暇なのか、もしくはやっぱり暇なのか。

 

「……朝飯食ってないんだろ」

「いいんですか?」

「どうせそのつもりだったんだろ。上がってろ」

 

『お言葉に甘えて』とかなんとか、とても今更な言葉を背に外へ出る。溜息の一つくらいは許されるだろうか。

 アパート共有のゴミ捨て場へと、ゴミ袋一つを突っ込めばそれで終了。足の痛みを無視しながら、

 自室へ戻ろうとすれば――――なんか、制服姿の芦毛を見つけた。

 

「……メジっ…………マックイーンか?」

「ぐ、ぐぐぐ、偶然ですわわね?」

「ふむ、偶然。」

 

 どもりにどもっているが、偶然なようです。本当にぃ? なんて疑うなら兄貴分失格だ。だから多分本当なのです。きっとメイビィー。

 

「なにしてんの?」

「へ。ぃあ、その、! そうですわ! に日課の散歩を少々!!」

「ほう、少々。」

 

 少々なんて勢いではないが、そう言うならそうなのだろう。本当にぃ? なんて以下略。

 ともあれ日課ならば邪魔するのもなんだろう。爽やかな朝に邪魔なカイトは、颯爽と部屋へ戻るのです。後ろ手を振って踵を返した。

 

「それじゃ、気をつけろよ」

「あ、あのっ!」

「? どうした」

「朝ごはんは、その……もう、済ませました、でしょうか……?」

 

 なるほど大体わかった、お前もか。

 察して余りある事情に、困ったように頭を掻く。十年来の疎遠だったのが、どうなればこうなってしまう。

 やはり一度来てしまえば、その次も来やすくなるのだろう。つまりアルダンが悪い。

 

「ほら入れよ」

「……いいのでしょうか?」

 

 本当は良くない。

 マックイーンはメジロの最高傑作だ。その表現には思う所もあるがそれはそれ。そんな彼女をエイヴィヒカイトなんて毒に近づけるのは、実は相当によろしくない。そのうちに連絡の一つや二つやくるだろう。本当は酷く憂鬱だ。

 

「良いんだよ。一度も二度も変わんねーから」

 

 しかしながら、一度繋がりを持ってしまったのだ。十年以上の年月がそうさせたのか、マックイーンはカイトを美化し過ぎている節がある。背丈はともかく、カイトを見る瞳は昔と変わりない。

 何故カイトが本家を避けているのか、知らない由縁もあるだろう。だからこんなにも無邪気な視線を向けてくるのだ。

 そんな目でまだ見てくれてるなら、まだ兄だと慕ってくれるのなら、少しの間くらいはそう在りたいと思う。

 若干の投げやり感がないかと言われれば、否定はしないとだけ。

 

「ロクなの用意できないからな、お嬢様の舌に合うかどうか」

「良いのです! ……お兄様と一緒なら……なんだって」

 

 朝っぱらから酔ったように呟くマックイーン。未成年飲酒はマズイですよ。

 前を見て歩かない彼女を先導する様に、マックイーンをカイトの住宅は招いた。玄関に置いてある靴には気づいていないようなので、ちょろっとの補足。

 

「あー、あとアルダンいるから」

「えぇ……アルダンさんと一緒でも…………へ?」

「親戚追加したぞお嬢」

「……マックイーン?」

 

 あ、なんか嫌な予感。

 キッチンでは、予想通りアルダンがフライパンを振るっている。小気味良い音を響かせて、機嫌良さげに菜箸を回す。

 そんな姿もマックイーンを目撃すれば、途端に動きを止めた。

 

「……」

「……」

「……着替えてきまーす」

 

 空気がピリついてきたが、予想されたそれを敢えてカイトは読まない。この場は二人に任せて、カイトはとりあえずで着替えに行く。さっきから二人が無言なのは知らんぷりの方針で。

 コレを人は、逃げたとも言う。

 

「おー……いちち…………ふぅ……」

 

 着替えるのも一苦労だが、意外と痛みには鈍かったエイヴィヒカイト。声を荒げる事なく制服へと着替えていく。

 ギプスを着けている分、ズボンはいつもと違う着心地だ。目敏い者なら気づけそうなものだが、周りからは膨れて見えないよう祈るばかりである。

 今日から暫くはこの感覚が続く。早いところ慣れなければ。

 火花散る食卓へ戻れば、朝餉の支度はいつの間にやら済んでいた。はて、ほっけなんて冷蔵庫にあったかしら。

 早すぎる用意と、存在しなかったハズの食材へ疑問を覚えれば、キッチンに散見されるタッパーが疑問を解消する。冷蔵庫の中身を、本人以上に把握されていたからこそできる芸当だ。どこか釈然としないのは気のせい。

 

「助かるよ、ありがとうアルダン」

「いえ、これぐらいは……それで、マックイーンは何故此処へ?」

「それは私が聞きたいくらいですわ。アルダンさんこそ一体どうして?」

 

 何かが妙だ。怪我したのは右足だった気がするが、一番キリキリと痛むのはお腹ときている。これが命の神秘ってやつですかそうですか。

 

「私はいつも通りご飯を作りに。カイトは放っておけば、出来合いの物しか食べませんから」

「んなことねーけどなぁー……」

「いつも通りって……毎日!?」

「……ええ、毎日」

 

 嘘つき見つけた。朝からは今日が初めてのやつが、一体全体何言ってんだ。どこ方面に対しての見栄なのか、カイトには理解しかねる。

 でも口は挟みません。喋ろうとしたらお嬢が睨み効かせてきたので、大人しくカイトは黙っています。あ、玉子焼き美味しい。

 

「ぐぬぬ……でしたら私も今日からっ!」

「突然押し掛けておいて、それはいけません。カイトに迷惑が掛かるでしょう?」

「……」

 

 突然押し掛けた第一人者が、棚上げ上手すぎる。そよ風の只中のような顔つきで、ここまで華麗な手腕を見せつける者をカイトは他に知らない。でも何も言うまい。静かにカイトはほうれん草を咀嚼する。

 慎ましく朝餉に舌鼓を打っていれば、マックイーンがこちらを向く。やめてこっちは場外です。リングの上まで巻き込まないで。場外乱闘に発展するでしょうが。

 

「あの、お兄様……」

「……なに?」

 

 机の下で不安そうに服掴むのやめなさいね。他の男だったら勘違いするわよ。

 

「私が来たのはその、……迷惑、だったでしょうか……?」

「そりゃもう迷惑して――」

 

 恐る恐ると上目遣いで聞いてくるマックイーン。うるんだ瞳がちょっとばかりキュートでも、流石に頷けない。耳をバラバラに動かしてもダメです聞きません。

 無論迷惑である。互いにとってもよろしくない邂逅で、だからこそ極力避けようとしているのだ。たづなさんに人知れず相談して、スピカ以外のチームを見繕っているのもそのため。

 王道を歩み、威風堂々たる姿を魅せるに足る彼女には、異端分子との関わりなど不要極まる。幼少期に引き取られたメジロ家を、早くに独りで離れたのもそのため。

 だから返答なんて決まっている。ノーだ。突っぱねるのだ。妹分には悪いが、今後こういった行動は謹んで――――あ、待って可愛い。

 

「――無いけど。毎日来ても良いけど…………っは!?」

「お兄様……! ありがとうございますっ!」

「カイト……? そん、な……」

 

 パァーッとオノマトペが付きそうな良い顔で、全身で喜びをこれでもかと現すマックイーン。可愛い。メジロのマックイーン、なんて恐ろしい娘なのでしょう。

 お嬢様然とした態度を見たことがある訳ではないが、そんなギャップが無くともちょっと可愛すぎる。ギャップを含んでいれば、尚も破壊力は無限大な気がした。普段の態度をもっと知っておけば良かった。

 我に帰った時には既に時遅し。言質は取られた。この手の場合の言質とは、鬼の首を獲ったかのような戦果と同等なのだ。今後マックイーンが入り浸るのが、ほぼ確定した瞬間である。

 

「ま、いっか」

「早速今日のお夕飯から参ります! 何かリクエストはありますでしょうか!」

「なんでもいいけど……マックイーン料理できるの?」

「この日の為に努力を重ねて参りましたっ! メジロの名にかけてお任せをっ!!」

「大袈裟すぎる……」

 

 どんだけカイトを餌付けしたいのだ。犬か何かと勘違いされている節、あり得ない話では無い。たまには自炊が恋しくなりますよ。自分で作って食べるのも、そこそこ楽しいんですよ。

 

「お兄様はビーフシチューがお好きでしたね」

「だね」

「パンかライスならライスでしたわよね?」

「よく覚えてるな」

 

 あれこれと楽しそうに聞いてくるマックイーンだが、そんな彼女は気づけない。

 朝に相応しくない濁りを纏った、メジロアルダン女史に気づかない。

 

「……」

「アルダンさーん?」

「…………私は……もう、不要(いらない)ですか……?」

「アルダンさーん???」

 

 俯きながらのその表情は読めないが、耳が忙しなく周りへ向き尽くす。ピコピコと、さっきのマックイーン以上に落ち着きがない。

 シュルリと、毛並み細やかな尻尾がカイトの腕へ絡みつく。マックイーンの毛色とは違う。カイトはそもそも巻き付くほど長くない。であればこれはアルダンしかいない。

 

「どうしたアルダン?」

 

 尻尾の意を含めて問えば返答は無く、尻尾は更に強く巻きついていく。

 離さないと、離れないと語っているような。

 

「……いいえ、なんでもありません」

「……そっか」

 

 結局掘り下げて聞くことはできず、朝食の時間もお開きになる。

 学園まで歩く最中。ウキウキなマックイーンと、終始沈んだアルダンが対照的だった。

 

 

 午後、チームスピカの部室にて。

 朝のアルダン気落ち事件は、昼食の時間に解決の芽を見せる。

 

『少し話せませんか?』

 

 授業中にも関わらず、そんなメッセージが送られてきた。差出人はアルダン。

 断る理由は多々あれど、受ける理由の方が大きい。脳裏を掠める事情を無視して、了承と伝えた。

 

「あら? スペちゃん、カイトくんは何処へ?」

「チャイムと同時に走ってっちゃった……」

 

 注意されないギリギリの速度で食堂へ急ぐ。

 食堂のおばちゃんから昼食を受け取って、二人別々に部室へ合流した。

 

「んで、どしたの」

「……」

「朝の事だろうけどさ、ぶっちゃけ俺には事情が汲み取れない」

 

 集まったはいいが、アルダンは語ってはくれない。言い淀んで、唇をキツく結んでいる。

 他者への興味が薄すぎる弊害か、カイトはここぞと言う時の共感性に欠けている。一般的な常識等は待ち合わせど、対人関係の根本にあるのは無関心だ。だから口で言ってくれないと、カイトには何も伝わらないのだ。

 これが何処ぞとも知らぬ輩なら、何があったかすら聞きもしない。無視しておしまい。でもそうじゃないのは、アルダンがカイトの定義する枠組みに入っているから。

 だから彼女が落ち込んでいる姿は、どうにも焦燥を掻き立てる。

 

「教えてくれアルダン」

「私……は……」

 

 固唾を呑んで見守る。話してくれるまで、ずっと待つ。それくらいの信頼性があれば嬉しい。

 

「邪魔、でしょうか?」

「誰が?」

「……私が」

「当たり前じゃん」

 

 考えることなく即答する。

 

「わた、……私、が……カイトのそばに居るのは、邪魔……」

「……アルダン?」

「私……カイトがずっと心配で……それが、邪魔だったとしたら……っ!」

 

 飯を作りに来たり、あまつさえ泊まりに来たり、カイトの憩いを侵略されていくのだ。間違いなく邪魔だ。外でのストレスを癒せる場を奪われて、疎ましく思わずには居られない。メジロ本家で起こそうとした、自らとの決別も止められたり、彼女はカイトを阻んでばかりだ

 エイヴィヒカイトの目指す夢を思えば、どうしても邪魔でしかない。

 

「今更何言ってんだお前」

「――――なら、私は……もう……――――っぁ……!」

 

 決壊の嗚咽が、ガラスのように透いた喉から生まれた。

 

「だからさ、今更だろ」

「…………ごめん、なさい……ごめんなさいごめんなさい……!!」

「いやだから! そんなん()()だってば!!」

 

 今更だ。邪魔なんて感情は、感じることに飽き飽きするくらい今更な感情。

 忌む自分を切り落すのを止められて以来、ずっと付き纏われて邪魔されて来た。歩く横にずっと居て、手を引かれて。

 メジロの家から出た後も、多い頻度で訪ねて来て。

 不安の表情を張り付けて様子を見に来るのは、まるで本当に姉ができたようで。

 そのお節介に、いつの間にか心地良さを覚えて。

 だから今更鬱陶しがろうがなんだろうが、どうでも良いのだ。

 

「つーか昔からさ、どんだけ邪険にしてもめげずに訪ねて来てたじゃん」

「それは……でも……」

「いつからそんなメンタル弱体化したんだ」

 

 身体は弱くとも、心が強い。それがメジロアルダンなのだと思っていた。ガラスの脚と揶揄されながらも、それでも自らの目指すところへ突き進む心の強さこそ、メジロアルダンの魅力なのだ。

 ダービー二着に天皇賞三着。一着でなくともその成果は誰にだって出せる、生優しい結果では無い。脆い身体以上に猛る想いが振るった、大一番での大成果だ。

 そんな強さを持った彼女を、カイトは心から尊敬していたのに。

 

「……だって…………イーンを…………から……」

「ワンモア」

「…………だって、カイトが……マックイーンを選んだから……!!」

 

 弱体化の理由は、カイトがマックイーンを選んだかららしい。

 なんの話か、いつの話か、あの話か、どんな話だ。もうカイト君にはワケワカメでした。

 

「……は?」

「マックイーンに、毎日来ていいって……!」

「言ったけど……?」

 

 会話の脈絡を寄越せ。連結帯は何処へ消えた。

 もしかしてカイトが鈍感過ぎるとか、そんなありきたりなオチではあるまいないやきっと違う。

 そんなクソしょうもないオチなんてあってたまるか。それではまるで、エイヴィヒカイトはラブコメを繰り広げているようでは無いか。冗談では無い。エイヴィヒカイトはシリアスorシリアス派だ。

 

「……まさかマックイーンが来るから、自分はもう来ちゃダメとか……?」

「ふぇ? ……違うの、ですか?」

「一回もそんなこと言ってねぇ……」

「だ、だって、それは……」

 

 ――いい加減にしとけよお嬢。どんだけ焦ったと思ってんだ。こちとら授業だって上の空だってのに。そんなくだらない勘違いで焦らせるな。

 喉元どころか唇裏まで迫ったそれらを、ギュッとキツく抑え込む。危ない危ない。平時ならともかく、今のアルダンにぶつけてしまうのはまずい。ギャン泣きしかねない。

 そんな姿が見てみたくもあるが、今は置いておく。

 

「…………焦った」

「ぇ……行っても……いいの?」

「え、来ないの?」

 

 来るなって言っても執拗に来た身で何言ってるのだ。そんな反応をされれば、カイトの方が逆にビックリする。

 

「だって……邪魔じゃないの……?」

「邪魔なら……もう来ないのか?」

「……行っても、いいの?」

 

 念押しが凄い。こやつ言わせようとしているのではあるまいな。

 別に構わないのだが。言うだけならタダなのだが。容赦無く言ってやるのだが。

 

「……来てくれるなら、嬉っ…………飯が美味くなる」

 

 無理でした。

 

「……はい。ありがとうございますカイト」

「なんだって感謝を……」

 

 ええい微笑ましそうにするな。

 妙に決意を込めた返事をありがとう。お家事情的にはよろしくなさ過ぎるし、個人的事情的にもよろしくない。けど個人的感情では、それなりに、まあまあ。

 

「この話はもういいか?」

「そうですね。お腹も減りましたし、お昼にしましょう」

 

 泣きそうだったのは何処へやら、今じゃ嬉しい楽しいと全身で表す。尻尾、まーた巻きついてますよ。せめて右足はやめてね。

 弁当をつつきながら、少しばかり早い夕飯の話で盛り上がる。

 

「今日のお夕飯は何にしますか?」

「マックイーンと相談してくださいねぇ……せめて肉」

 

 自分が求めた。

 なんやかんやでアルダンとの関係を断ち切る機会だった。でもそれを選ばなかったのは自分。アルダンとの繋がりを保ったのは、成り行きでもなく、他ならぬ自分自身。今後にやってくるであろう面倒には、彼方から勝手に来ただけだなんて言い訳が使い物にならなくなる。

 でも、それでもいいと思った。

 夢が叶うまでは、別に構わない。

 

「……しっかし……学園入って三ヶ月で二人のメジロ家となぁ……」

「三ヶ月で二人なら、一ヶ月半でもう一人くらいは増えそうですね」

「やめてね。マックイーンは……チームが同じだし避けられなかったろうけど、他はもういいから」

「他に会っていないのはどなた?」

「パーマー。ライアンは筋トレ中たまにすれ違う。ベルちゃんは宝塚で……うん。ブライトは喋ってないけど……うん」

 

 何のために避けていると思っているのだ。視線も合わないようにさり気無く逸らして、すれ違う時もなるべく距離を離してたりするのだ。

 そんな努力を無に帰すのが、アルダンお嬢経由の紹介。マックイーンにはその手で近づかれた経緯がある。この前科者には、最大限の警戒を怠ってはならない。

 

「その内あの家じゃ足りないかもですね……ふふっ」

「『ふふっ♪』じゃねーから。マジでやめれ……ふぅ……」

「? 疲れているのですか」

「いや、ちょっと息苦しいだけ」

 

 

 なんだかんだで今日がマックイーンの入部日だったらしい。とっくに入っているものと思い込んでいたが、そんなことはなかった。これがゴルシマジカルそんな部室。

 サイレンススズカの顔を見ての第一声は、とりあえずの謝礼しかないと決めていた。

 

「一緒に走ってくれて、ありがとうございました」

「そんな、顔を上げてカイトくん」

 

 言われた通りに上げれば、人参色をした困惑顔。この困った顔を見たい半分もあったから、ほとんど満足した。

 前からの約束だった苺大福を、すかさず目の前に差し出す。

 宝塚記念に出られた礼。走りを間近で感じられた礼。それと。

 

「先輩のおかげで、俺は壁を越えられました」

「……やっぱりそうだったのね」

「はい。先輩が速すぎたおかげで壁を超えざるを得なかったんです。なのでメチャクチャ感謝してます」

「どう……いたしまして?」

 

 無才の頭打ちの限界。それがサイレンススズカと辛うじての同等だったが、その先へ踏み込めるのであれば、こんなにも素晴らしいことはない。

 エイヴィヒカイトの走りが通じるのは、どこまで背伸びをしても、せいぜいがクラシックレベル。だがシニアクラスへ上がれば、そうはいかない。

 木端程度なら撫で切りもいいところだろう。しかし頂点クラス、サイレンススズカなどの怪物に対抗するには、どうしても心許ない。三流の才を尖らせたところで、極流の才覚には届かない。

 先のサイレンススズカが未だ成長途中だったことも考えれば、やはりエイヴィヒカイトの才覚では絶対値が足りない。

 だからこそ、天賦の才者達と戦える武器が必要だった。

 身を削って拾う、瞬間刹那を厭わない才覚。その領域。

 真っ当な生き物であれば入り込もうとしない、そんな絶対領域をエイヴィヒカイトは手に入れた。

 

「みんなも、迷惑かけました」

「いえそんな……でもすごかったですお二人のレース!!」

「そーそー! スッゲーレースだったぜ!? 観客も口カッ開いてなぁ〜……」

「先輩達の独壇場だったわね!!」

「そうだ、そうやって俺ら二人をもっと称賛したまえ」

 

 この唯一無二があれば、残量の持つ限り進んで行ける。

 立ち止まる事なく、真っ直ぐと。

 塞がる障害は全て踏み砕いて、理想の実現を可能とさせる。

 それはまるで、震天動地の魔王が如く。

 

「私も壁が見えたわ……この壁を乗り越えて、それで……次は、負けない」

「いやいや、俺は次も負けないっすよ」

 

 言外に再戦を予感させるやりとりに、周りは感嘆の息を上げる。ライバルのようにでも映っているのだろうか。実際にはそんな事ないのだが。

 

「トレーナーもごめんね、ストレスかけちゃって」

「いやホントにな? とんでもなく心臓に悪かったぞ……」

「トレーナーってば声も出さないでさ、すっごく百面相してたんだから!」

「お、おいっ!」

 

 トウカイテイオーからのタレコミに、トレーナーは顔を赤らめる。誰にも需要の無い表情はやめておけ。その手の一面は、リギルトレーナーにでも見せておけばいい。

 

「……とにかくだっ! 宝塚記念はワンツーフィニッシュで頂いた! マックイーンも加入した! この勢いで夏のトレーニング、気合い入れていくぞ!!」

 

 そんな決意と共に、チームの絆がまた引き締まった。

 カイトはトレーニングをしばらく休むが、それはそれ。結束とは素晴らしいことなのである。

 

 

「ふぅ、はぁ……あ~っ疲れた~」

 

 見学に徹した海トレーニング。暇疲れというか、見疲れてというか、そんなある種の拷問もどきから帰ってきたエイヴィヒカイト。

 ポストの中には、数日間の投函物。その中から見慣れた色をした封筒を、一番最初に目を通す。

 エイヴィヒカイトの送る細胞等は、何処かしらの機関へ運ばれていると聞く。その結果は送った翌月末に、専門用語どっさりで返ってくる。

 読めもしないし、大して興味も出ないから、ざっとだけ目を通して大抵は捨てる。捨てる際はゴミ箱の奥底でないと、アルダンに見つかって怒られるので気をつけよう。

 でも今日はふと気になるワードを見つけた。

 印刷された文字に重なるよう、直接書き殴ったようなその見解。書かれた単語の意味はチンプンカンプンだが、そのニュアンスはなんとなく分かった。

 汲み取らせようとした意思を感じ取れた。

 

「『興味あるかい?』ってとこか……」

 

 Aは自らの才を使って、Bは才ある者を通して。そしてエイヴィヒカイトへは、生物としての限界を題材として。

 最後に記されたその四文字――――プランCとやら。

 

「場所は理科室で、アグネス……タキオン、ねぇ?」

 

 明日は祭りだから無理だが、終わった後にでも暇があれば行ってみようか。




絶望死亡ルート:夢かなう寸前の最高の舞台、そこに行くまでの間に母親の容態が悪い方向へ進んで、てかそのまま没して、死に目に会えなくて、追い詰められて、レース中に事故って――みたいな感じにしたかった
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