未踏領域で果てる   作:真の柿の種(偽)

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ようやく半分。あ~地雷地雷


そのじゅうよん

 雰囲気としては学園祭そのものといったところ。夜に行われる縁日も味わい深いが、空が明るいうちから始まる祭りも、これはこれで悪くない。ぼっちじゃなければ。

 祭りで単独行動なんて、それなりに寂しいことだ。だがまさか学園内でアルダンと並んで歩くなんて出来ない。マックイーンとサシで歩くのもノー。従姉も似た理由にて却下。

 スピカのメンツがバラけたなら、固まる理由も無い。スペシャルウィークとサイレンススズカも、二人きりの方が楽しめるだろう。

 

「俺も一人で回るんで、あとは若いもんでごゆっくりー」

「あっ! カイトさんまで!?」

 

 そう項垂れんでも、その内合流するだろうに。

 そんなカイトはまず腹を満たすために、芦毛コンビの姿を探しに旅に出た。

 さて、祭りの代名詞たる焼きそばは何処へ。

 

 

「あ、リギルの先輩達」

 

 かき氷を掻き込みながら、その姿を視認した。

 学園案内のようなものか、小さな子供達を引き連れる姿は、まるで保母さんだ。

 アマゾンネオは寮長だとどこかで聞いたし、なるほどこの人選は適任だったのだろう。背中に腕に足など引っ付かれて大人気だ。隣で似たような輪を作るタミヤフライパンの姿も、妙にしっくりくる。あの風貌で子供好きならギャップ萌えが発生するが如何に。

 

「あん? エイヴィヒカイトか……って、何やってんだい?」

「見ての通り」

 

 リンゴ飴、たこ焼き、水飴、わたがし、チョコバナナ。その他食い物の数々を抱えているのだ。やってる事なんて一つしかなかろう。

 

「楽しんでます」

「そ、そうかい。それなら何よりだ」

 

 ソースせんべいを貪りながら、質問に答えた。普段なら行儀も悪く、ましてや子供達の前で絶対こんな真似はしないが、祭りとはそれが許される無礼講でもある。むしろ立ち食いこそがマナーだ。意地汚く飲み食いしてこそ風情があるのだ。そんなことを考えながら、カイトはイカ焼きを齧った。

 

「しっかしオマエ大食いなんだな」

ほひゃ(そりゃ)ほはふひへふほん(おまつりですもん)

「いや聞こえないよ」

 

 フランクフルトを飲み込んで、改めて答える。

 

「むぐむぐ……んっ。この手の騒ぎの時に食べる飯は、五割り増しで美味いですからね」

「納得だな」

「先輩達は……移動託児所?」

「似たようなものだ」

 

 掲げられたプラカードには、『ちびっこ探検隊』の文字。学園案内を兼ねた催しの一つらしい。今日の学園各所では、リギルによる色んなイベントが催されている。後で寄るが、グラスとネムトンドルナカーの大食いやら、生徒会長などの執事喫茶などなど。

 そのうちの一つが、この青空移動キッズスペースなのだとか。

 

「微笑ましい集まりですね」

「ああ、嫌いじゃない」

「優しいヤンキーみたいな感じですね」

「……エアグルーヴから聞いた通り、失礼なヤツだな」

 

 副会長からなんと聞かされたのか、深くは掘るまい。それにカイトが失礼なのは違いない。正す気もないから好きに言ってもらおう。

 すると二人の周りでわちゃわちゃしていた探検隊員達は、ゾロゾロとカイトの方へ群がり始める。その目線が向かう先は、カイトの腕に吊られたビニール袋。

 中身を探りやすいようしゃがみこんで、子供達へ腕ごと差し出した。

 

「どれ食う?」

「……いいの?」

「ああ、分け合った方が美味いからな」

 

 その言葉を皮切りに、いつの間にやらキッズタイフーンの只中にいた。だがちょっと気が変わった。折角の祭りだ、楽しく行こう。

 袋から一つ取り出せば、周りから邪気の無い歓声が上がる。

 

「まずは定番中の定番。王道なるタコ焼きだ……欲しい奴は手を上げろー!」

『ハイハイハイっ!!』

「うむ、良い返事。だが勝ち取れるのは一人だけだ。さあチミたちジャンケンしなさいよー?」

 

 相争い、勝ち取りたまえ若人よ。未来の競争社会への前練習だ。

 買い込んでいたのが功を奏して、一人一品くらいは渡せそうだ。望んだ物を得られなかった子達は諦めろ。勝負とは非情なのです。ちびっこの頃に知れて良かったね。これが人生の先輩からのプレゼントです。

 タコ焼きの次に始まるのは、わたあめ争奪戦。君たちの欲望のため、存分に手を伸ばしたまえよ。

 きゃいきゃいとやかましいキッズ達を囃し立てていれば、感心したような目線を感じる。なんだその意外そうな目は。人を失礼と言っておいて、そっちも大して変わらないではないか。

 

「えっと……なんすか?」

「お前、子供好きなんだな」

「……善悪も判別できなさそうなくらい年少だ、好きも嫌いも無いでしょう」

 

 エイヴィヒカイト、生まれて十数年。好きな色は透き通る色。好きな女性のタイプは、透いた印象の女の子。好きな霊長タイプは、澄んだ精神の持ち主。

 好きかどうかは兎も角、子供を嫌いになるのはちょっと難しい。

 常識という偏屈にまだ洗脳されていない、今くらいの子達が、一番カイトにとって触れ合いやすい相手だ。嫌えなどと強要されても、多分無理。

 

「それに、この子達は俺のこと知らないから尚更ですね」

「……アタシと変わるかい?」

「いえ、この後色々回る予定なんで」

 

 リンゴ飴だけ片手に、ちびっこ探検隊から離れていく。

 まだまだ祭りは続く。次は校内でも回ってみようか。

 

 

 簡潔に要約するとは、前振りを短縮させるに有用な対話のテクニック。不要な部分を無視して、事実を即座に伝える便利な論法だ。だからこんな前振りは、本来なら要らない。長ったらしい講釈など、無意味無用なのである。ここまで大した深い考えは無い。無駄な思考を使って、現実逃避を試みている最中である。

 つまりそれは今が、エイヴィヒカイトにとって最大最悪最低の危機であるとの示唆。

 事の始まりは、ヒトをおちょくることに愉悦を覚えたクソガキテイオーの一言から始まった。

 

『カイトもあの服似合うんじゃない?」

 

 ニタニタとした擬音を引っ提げて、そう言いやがったあのバカホントふざけんなガキがコラマジでキレそう。

 とは言えその一言だけなら、鼻で笑って突っぱねるだけなのだ。寝言は寝て言えと言い放って、鼻をほじりながら拒否していた。

 

『ああよく似合うだろう。着てみてはどうだ? サイズなら心配するな、こんなこともあろうかと思ってな、大きめのサイズを予め手配していた。遠慮するな、楽しんでいくといい』

 

 宝塚の鬱憤を発散してないだろうなと、カイトは一瞬疑った。しかしそんな粘着質なヒトでは無いので、恐らくは百%の厚意。

 こんなこともあろうかと。そんな状況をどうやってピンポイントに予見していた。昭和のSFか何かか。貴女は何処ぞの技術者だ。

 そんな副会長殿がいなければ、カイトはこの不幸に出会わなかったのに。

 

「ゲェッ!? べッ――メジロドーベル先輩……?!?」

「カイト……その姿……」

 

 エイヴィヒカイトが会わない方がいいランキング準トップのベルちゃん。ちなみに他は同率に、メジロ家etcと、やっぱりこの学園は危険地帯である。

 少しの跳ね癖のある黒髪と、過剰に白い肌。黒と白の燕尾服。シンプルな配色のアクセントに、煌めき輝くルビーの瞳。母親のから受け継いだ美形も、本人がどう嫌がっても服装とマッチしてしまう。白帽子もアンバランス過ぎて、どうしても注目を惹く。

 勝負服でもないのにコスプレとは、どう間違っても黒歴史だ。巻き込まれただけに、不本意では無い感じが半端では無い。

 そんな見られたくない姿を、見せたくないランキング上位に見られてしまえば、それはもう戦争です。全てを巻き込んで爆発四散しまする。指向性を持ってトウカイテイオーをシバきまする。

 

「……なんで、来たんです……?」

「エアグルーヴ先輩を見に来た、んだけど……」

 

 目をしばたたかせて、つま先から頭頂部までを往復し続ける。なんか、目が血走っていませんか。心無しか鼻息も荒く聞こえる気がする。

 いやでもあのベルちゃんだ。人の目をメチャクチャ気にしてるベルちゃんだ。そんなみっともないことするハズも無いから、きっと気のせい。

 

「そっかぁ……ではごゆっくりー……」

「待ちなさい……!」

 

 さり気無く逃げようとすれば、信じ難い程の勢いで腕を掴まれた。音にすれば『ガッ!!!!』って感じだ。オマケに万力の様に力強い。相当に咄嗟の行動だったらしい。加減も何もなく、ギリギリと腕に軽い鬱血跡が作られていく。

 

「いっつ……痛いですよ先輩……?」

「カイト……フゥッ、フゥッ……! その服……どうして、そんな……ッッ!!?」

「……まぁ似合いませんよね。着替えてきますから手を」

「ダメに決まってんでしょッ!?」

「ひぃっ!??!?」

 

 喰い気味を超越して、喰らわれてしまっているのかもしれない。ベルちゃんにこんな恐ろしさを感じるのは、余りに予想外過ぎて尚も怖い。目が血走っているのは気のせいでなく確かだった。やっぱ怖い。まんまドーベル犬みたいに、荒々しさを隠そうとしない。

 ぶっきらぼうに優しくて可愛いベルちゃんは、遠き過去へ旅に出たらしい。バイバイ昔の思い出。来ないでくれ今のドーベル。

 

「今のカイトは、執事、でぇ……今の、アタシは……お嬢、様なんだから……!!」

「ひょ、ひょぇぇ……こわすぎるよぉ……」

「あぁっ!? そのっ、顔っ! ……っっ!!!! ……はぁー…………ほら、早く言ってよ」

「えぇ……?」

 

 突然冷静になれば、ベルちゃんが微かに帰ってくる。狂犬ドーベルが遠ざかるのは助かる。頭からバリボリ食われるかと思ったが、どうやら助かったらしい。何が原因で落ち着いたかは不明ですが、一命取り留めてぼかぁ安心しました。

 言えとはアレか、生徒会長とかも言ってたアレか。おばちゃんおねえさん方をワーキャー言わせたアレか。見た瞬間絶対やりたくないと誓ったアレか。

 

「すいません先輩、アレだけはちょっと」

「してくれないんだ…………黙って居なくなったのに」

「ちっちゃい頃の話でしょうに……」

 

 やはり彼女は根に持っている。他の者達もその可能性が高いが、彼女に関してはもはや確信だ。それだけ手酷く裏切った自覚もある。

 大切な約束をカイトは振り払ったのだ。それを言われてしまえば、カイトには頷くことしかできないと知ってのことか。

 

「…………やるか」

「いいねカイトー、バシッと決めちゃいなよー」

「遺書の準備しとけよお前」

 

 殴打はしないが、チョークスリーパーくらいは許されるだろうか。死後の世界観は国によって様々だが、トウカイテイオーの魂は何処へ向かうのでしょう。ちょっと行って見てもらおう。覚えとけよ。

 そんな外野を一旦無視して、少しの深呼吸。

 

「……」

「あー……ゴホンッ……」

 

 どうせやるなら本気、それが座右の銘。

 チグハグの元となる帽子を置いて、外見を損なう耳を限界まで畳んで。

 バトラーのイメージを、この身に総動員させる。

 

「――お帰りなさいませ、ベルお嬢様」

「うん、ただいま……」

「……」

「……」

 

 感想も何もない沈黙が切に痛い。ただいまって何だ。もっと分かりやすい反応を頂けないだろうか。

 手本にするモデルケースは、運良く最良のが記憶に残っていた。流石に本家本元クラスに到底遠く及ばないだろうが、所詮は素人の物真似だ。このくらいで勘弁してほしい。

 たっぷり五分ほど。いくら祈ってても一向に打開の未来が見られない。

 

「っ! ハイ終わり!! それじゃあ俺はこれで!!」

「あっ……」

 

 気不味く精神が削られるだけなこの場合、逃げるが勝ちと知っている。そうして突然の邂逅から背を向ける。

 アルダンのように押し掛けてこないなら、逃走の有用性は更に高まる。着替えを持って飛び出すのもやむなしだ。

 さらばベルちゃん。願わくば今後出会わないよう。

 

 

 人混み溢れる中でも、緑の蛍光色はよく目立つ。そろそろ独りで回るのもつまらなくなってきた頃合いに、丁度良く知り合いを見つけれてよかった。

 

「よっすたづなさん」

「あら、カイトさん。楽しんでますか?」

「まあまあですかね」

 

 ついさっきまで冷や汗が半端では無かったが、それを忘れる様に楽しもうと努力中。

 特設ステージ上では、大きなぬいぐるみ目当てに先輩三名が、大量のドーナツをカッ食らい終わっている。訂正。約一名はドーナツのぬいぐるみでなく、ドーナツ自体を目当てに来てたそうだ。

 

「よくあんな食えますね」

「……カイトさん」

「いえ、俺は今日ぐらいなものです」

 

 大量の今川焼きを抱えながら言っても、多少説得力に欠けるだろうか。しかしあの芦毛先輩と一緒の量までは、流石に食いきれない。それでいて食べる速度も落ちないとは、カイトが始めに抱いた印象に変わりなく。

 それはそれとして、あの腹の膨らみはどうなのでしょう。この学園に来てから何度か目にしたが、女の子としてマズイ気がするが。

 

「あれが――怪物か」

「そんなシリアスに驚かなくても」

「これ食べます?」

「アレを見た後では、ちょっと……」

 

 見てる方が胃もたれする様なイベントだ。これで腹が減るのはスペシャルウィークくらいなものだろう。カイトとて例外ではなく、食べる気が失せてくる。でも冷め切る前に消費したくもある。

 ふと周りを見回せば、腹の鳴る音。こんなタイミングでこんな音を響かせる剛の者を、カイトは一人しか知らない。この手に抱く物を託すにはうってつけの勇士みっけ。

 

「ほらスペシャルウィーク、やるよ」

「カイトさん? いいんですか!?」

「おう。小一時間は食い物いらん」

「カイトくん……」

 

 美味しく食べてくれる者へ託す方が、作った人も嬉しいだろう。これは決して押し付けたわけでは無いのです。分かったかそこの異次元先輩。これは施しと言いいなさい施しと。

 

「この後はどうするの?」

「特には。強いて言うならブラブラする予定です」

「なら一緒に回りませんか? スズカさんもいいですよね?」

「ええ、カイトくんが良ければ」

 

 断る理由もないカイトは、快く申し出を受けことにした。たづなさんに聞きたい事もあったが、彼女の緑色は既に見えない。また今度聞くことにしよう。

 

「先輩達はどっか行きたいとことかあります?」

「私達も特には。だから見てまわろうかなって」

「食べ物飽きたんでそれ以外回りませんか」

「ふぃふぃでふね!」

 

 定番の射的などにもまだ手を出せていない。サイレンススズカに喧嘩ふっかけるのも悪くないだろう。

 あとは水風船なんかもあれば、言うことなしの祭りだ。

 パンフレットを開きながら、三人で歩き出した。

 

 

「ねぇ見て見て! カイトが執事服着てるよ!!」

「オイ」

 

 いつの間に撮りやがったのでしょうかこやつ。その手に持ったスマホには、エイヴィヒカイトの一礼する姿。

 スピカプラスアルファの目に晒される寸前で、間一髪携帯を奪い取る。衝動的にへし折ろうと、両腕に力が込もる。端末からメキメキ音がする気がする。さよなら液晶モニタークン、修理費用はビタ一文出さないのでよろしく。

 

「わあー!? ごめんごめんって!!」

「写真を消せ。さもなくば命を消せ」

「こっわ!? カイトって僕に対して扱い悪く無い!??」

 

 良くしてもらいたくば態度を直せクソガキテイオー。ブツブツと愚痴りながら携帯を弄るトウカイテイオーを横目に、グラスへと話しかける。

 

「しっかし……そっか、グラスも毎日王冠走るのか」

「ええ。カイトくんは出ないのですか?」

「出たくはあるけど、俺はいいかな」

 

 抹茶パフェをつつきながらそう答える。

 しかし確かな強者のサイレンススズカと、ジュニアチャンピオングラスワンダー。追加で無敗のエヌホンモウサマー。この一戦はG2で済ませていい程度のメンバーではない。出るレースを間違えた可能性を疑われていそうだ。

 

「カイトも出ましょう! そして私が全員に勝って世界に!!」

「いや俺は秋華賞あるから」

「カイトなら大丈夫デス!!」

「足壊せってか」

 

 宝塚前の地獄ローテをこなしたからか、妙なところで信頼感を得てしまっている。別に故障しづらい身体ってわけでもないのだが。

 メンツ的に出たくはあるが、G2で怪我なんてつまらない結果にはしたくない。故障するにしてもせめてG1だ。

 

「グラスの復帰戦、中々豪華なメンツだな」

「ええ……でも、必ず追いついてみせますから……見ててください」

「そりゃもちろん、見逃さないさ」

 

 グラスに限らず、二人も気合十分。面白いレースが見られそうだ。

 個人的にも、見逃す理由は無いかもしれない。

 

「…………テイオー……こ、これは……っ!?」

「…………まだまだあるけど、マックイーンはどうしたい?」

「…………言い値で買いますわ……ッッ!!!」

 

 買うな売るな交渉するな。

 溜息を吐きながら軽くストレッチ。運動前には大切なワンテンポだ。

 さあ、エイヴィヒカイト式チョークスリーパー、開始の時。

 

 

 ノックしても一向に反応が無い。指定された時間に来たハズなのだが、すれ違いでも起きただろうか。気配は感じたのだが、気の所為とも思えない。

 足踏みしているのも暇過ぎる。埒を開けようと、理科室の扉に手を掛ければするりと横に開く。

 

「ぅぉっ……すいませーん?」

 

 開けた瞬間鼻をついたケミカルな匂い。病院とも違う科学的な匂いに足を止めかけるのも一瞬。件の人物らしき娘の背中に、声を掛ける。

 ダボダボの白衣は不思議と着こなされて、サイズの合わないそれを着る姿は、彼女の横着さ加減を感じさせる。

 

「……ああ君か」

「貴女がアグネスタキオン先輩ですか」

「ああ、よろしくエイヴィヒカイトくん」

 

 エイヴィヒカイトを此処へ呼んだ意味、存分に聞かせてもらおう。

 すると挨拶もそこそこに、突然にも切り出される。

 

「それで、プレートは?」

「……すみませんが、自分は地学者じゃないので。何言ってるのか、よく分かりません」

「ほう! 君のふくらはぎには海洋プレートが埋まっていると? それは実に興味深い!」

「……アンタなら知っててもおかしくないか」

 

 芝居掛かったような言い草が、ちょろっとムカついた。

 病院を通したエイヴィヒカイトの調査書に横槍を入れたのだ。カイトの容体も、ある程度は把握して然るべきだろう。

 

「……先週抜いたばかりです。ボルトの穴が塞がるまで安静期は続きますね」

「そうか、大事無いようで何よりだ」

「そりゃどーも」

 

 観察対象に異常無し、そう顔にありありと出ている。隠す気無しのその姿勢は、一周回って尊敬すらできそうだ。

 頭頂からつま先までジロジロと見られている。民衆なんかとは一風変わった視線に、いつもと違った緊張感を強いられる。悪意が無い分、何をやらかすのか全く予想できない、そんな気配がする。たづなさんが目を付けるのも分かる話だ。

 

「ささ、座りたまえよ」

「うっす」

 

 早々に本題へ移ろう。

 エイヴィヒカイトがここへ来た理由。プランとやらの委細詳細を事細かに。

 単刀直入に、カイトの望みを伝えた。

 

「ぶっちゃけた話、俺をどう使おうと、どうでもいいんです」

「ほう?」

「俺が望むのは、俺を速くしてくれるってこと」

「さて、それは君次第だがね」

 

 まどろっこしい話は苦手だ。遠回しな意図は汲み取るのが難しい。

 何事もシンプルが一番なのだ。

 

「それが――プランってやつ?」

「そうだ。私は提供し、君は実証する。ギブアンドテイクの取引だよ……実に良心的だろう?」

「そうですね」

 

 目を細めて笑顔で答える。

 生物としての限界。それがプランCという彼女がちらつかせる予定外の理論。

 彼女の理論は確からしく、それを自らに用いたのがプランAとやら。その果てに、彼女は確かな走者となっている。そんなプランとやらを、エイヴィヒカイト用に調整して提示してくれる。それはとても魅力的だ。魅力的なのだが。

 

「魅力的な誘いってのは、大体は悪魔の囁きと同義ですよね」

「否定はしないとも。ともすれば君の身体へかかる負担は計り知れない。今後一生へと残り続ける、癒すことのできない傷を与えるかもしれないね」

「ふーん……そっすか」

「生物の限界を壊し尽くす、そんなコンセプトだ。もう二度と、走れなくなるかもしれない。それに、確実に速くなれる保証も無い訳だ」

 

 最終通告をするくらいの良識はあるらしい。言っておかないと面倒だから、の可能性も全然ありうるが。だが。

 それを聞いても、それでもやはり魅力的な誘いだ。

 

「それを聞いても、それでも悪魔と相乗りする覚悟はあるかい?」

「ああ……上等ですよ」

 

 使える物はなんだって使う。夢を叶えるためならなんだって使い潰す。

 アグネスタキオンの智慧。他者の知名度。エイヴィヒカイトの足。エイヴィヒカイトの命。その全てを擦り潰して夢に手が届くなら。

 悪魔だろうがなんだろうが、手を取るだけだ。

 

 

 今日も今日とて、家に帰ればアルダンがいた。それは良い。もう諦めた。

 だから溜息一つを吐きながら家に入れば、激怒マークを貼り付けたアルダンお嬢がいた。

 

「……え、なに?」

「これは、なんでしょうか?」

 

 一見柔和な笑顔の裏に、グツグツと煮えた怒りが張り付いている。シンプルにブチ切れです。ぼかぁ、何かやっちゃいましたでしょうか。

 覚えが無さ過ぎる。強いて言えばベルちゃんとのアレコレだが、その辺の口止めは済んでいる。だとすれば何故こんな事態になってしまった。

 そんな答えは、彼女の右手に持つ白い物体。

 

「……ぁ、ギプス」

「そうです。足の骨折等に使われるギプスですね。何故こんな場所で、カイトの部屋から見つかるのでしょう」

「……いやほら、あると何かと便利だしぃ?」

「――へぇ」

 

 勝手に部屋入りやがって、とは言えない迫力を秘めていた。

 無駄な努力と言ってくれるな。例え勝ちの目が透明を極めていても、それでも頑張る精神を褒めてほしい。でも今この場には、エイヴィヒカイトの味方はいません。なんでですか三女神様お前らちっとは仕事しようよ。

 

「そうだったのですね」

「あい。そうなのです」

 

 やったぜ諦めてくれた。これでもう安泰だ。ギプスを捨てて、病院へ通うことを気取られなければ無問題。大丈夫。カイトはまだ巻き返せる。

 この場を凌げさえすれば、この刹那の一瞬を切り返して見せる――――!!

 

「ところで関係の無い話なのですが、足を見せてくださいませんか?」

「あい」

「いえ違います。早く裾を――捲りなさい」

「ひゅぇっ」

 

 いつだって悪足掻きとは、急にしたくなるものだ。制服のまま左足を差し出せば、絶対零度の口調がぶっ刺さる。

 南無阿弥陀仏。過程をすっ飛ばして肝が冷やされ切った。何故だろう、心無しか足が震えてきたな。もう痛みとか無いハズなんですけど。震える要素なんて精神から来るものしか無いんですけど。

 

「……この傷は……?」

「えーっとー、古傷、ですかねぇー」

 

 切開の口跡の周りに、点々とある抜糸跡。

 そりゃもう年代物の古傷だ。大層なヴィンテージ傷物だ。具体的には二〜三ヶ月モノの古傷だ。数ヶ月は懐かしむには相応しい期間だとエイヴィヒカイトは主張します。口にはしないけど。

 

「……痛む?」

「いや、全然」

 

 壊れかけの宝物を扱うような手つきで、とっくに塞がっている傷跡を優しくなぞる。暖かい指先が、ひんやりと感じてくすぐったい。

 足がピクリと動けば、驚いたように指が離れる。そしてまた怯えたように、再びその指が触れる。

 足の温度と指先の温度が入れ替わって、それがなんだかこそばゆい。

 

「んっと……アルダン?」

「……カイト……どうして、いつ、こんな……?」

「あー、んー、そのー……」

 

 もう白状するしかあるまい。隠し通せない段階なら、変に隠そうとするほどにアルダンは悲しむ。

 強く怒られるより、悲しそうな顔の方がカイトに効く。

 

「……どうして?」

「〜っ…………宝塚で走って折れました」

 

 悲痛な顔がより歪む。どうしてそんな、カイト以上に痛そうな顔をしている。

 分からない。彼女は昔から、ずっとそうだった。それがなにより分からない。

 

「……カイトは、まだ走るの?」

「え、ダメ?」

「カイトがこのまま、消えそうで……恐い……」

「消えそうって……そんなこと、そんな、ことは」

 

 無い、とは言い切れなかった。

 

「カイトが傷つくのは……もう、……」

「……気にしすぎだよ」

 

 気にしてほしく無いのに、そうもいかない現実がままならない。

 彼女にはエイヴィヒカイトに関わってほしく無いのに、関わってきてしまう。

 このまま近くにいれば深く傷付くから、カイトは彼女を遠ざけたい。




骨折ったあとのプレート摘出が一番面倒
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